君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

文字の大きさ
49 / 52
復讐。その先に

復讐完了

しおりを挟む
 Side-芙美

 2015年6月某日

 あれから半年が過ぎた。
 私は、あの時の計画通り、伊藤農園で畑を手伝っている。

 朝5時から夕刻5時まで。日当5000円という過酷な労働条件だが畑仕事は楽しかった。

 自分が手掛けた野菜が立派に育ち、収穫して商品棚に並ぶのは、感慨深い物がある。
 アチラの方も、十分過ぎるほどの収穫があった。

 伊藤とはもちろん恋人同士だ。
 相変わらず、体は一切男を受け付けないが、伊藤には私より育て甲斐のある女がいるのだから、問題ないらしい。

 夜な夜な母親の目を盗んで、自室に連れ込んでは逢瀬を重ねていた。
 あの時15歳だった梨々花は、16歳になった。覚えたてのセックスが楽しくて仕方がないようだ。
 こっそり見た彼のスマホには、二人がシている最中の写真もたくさん保存されていた。

「芙美ちゃーん。3時よー。今日はもう上がって、お茶にしなさい」

 義母が畑の縁から手招きをしている。

「はーい。ここまで草取ったら行きます」

「いいのいいの。もう明日すればいいんだから。今日は大事な日だから」

 今日は大事な日。

 そう。
 今夜は、私と伊藤の、正式な婚約披露パーティだ。

 せっかちな義母の催促もあり、3年後と言っていた結婚を1年後と短縮し、バタバタと席を整えた。
 結婚式は、さすがにもうやらないが、今年の12月24日に入籍する事に決めた。

 これから婚約披露パーティというお披露目会はこの家で行われる。
 伊藤の姉たちや親せきも集まるため、私は体裁よくお化粧をして、見栄えのいい服に着替える必要があるのだ。

 結納もなし。
 全て割愛して、お嫁に行く準備がこれから始まる。

 と、皆思っている。

 手袋を外しながら、汗をぬぐい、仕事を切り上げた。

 家に上がり、シャワーを借りて帰途に着くのがいつもの日課だ。

 居間から続き間になっている座敷は3部屋。
 襖は外され、長テーブルがずらりと並んでいる。
 そこらの公民館よりも、広々とした大広間が出来上がっていた。
 この机に、これから配達されたお寿司やオードブルが並ぶのだ。

 縁側に繋がるガラス戸からは、広々としたパノラマの農園が広がっている。


 シャワーを済ませ、義母に愛想よく挨拶をする。

「お義母さん、私、一旦帰って着替えてきますので。5時には伺いますね」

 義母は台所でお茶を飲みながら、嬉しそうに微笑んで
「ああ、待ってるよ」と。


 泉君はというと、もちろん梨々花との交際が続いている。
 サロン内でも公認の恋人同士なのだとか。
 今年の春からモデルとしてデビューした梨々花の担当スタイリストからは、残念ながら外されてしまったらしい。

 スタイリストになるべくテストを通過してきたのは、未来の大牙なのだから仕方がない。
 泉君は、毎日遅くまでレッスンでクタクタになっている。
 そのせいで、梨々花のフラストレーションは自然と伊藤に向いたのだった。


 ――17時。

 念入りに化粧をして、薄いグレーのフォーマルなワンピースに着替えた。ホルダーネックにノースリーブ。
 サラっとした質感のロング丈。
 一世一代の勝負服は通販だが5万円もした。
 体に纏わり付く薄い布は肌触りがよくてテンションが上がる。
 新しく服を新調したのは何年振りだろう?

 伊藤の家に着くと既に車が数台敷地に停めてあって、玄関でスーツ姿の伊藤が私を出迎えた。

「いよいよだな」
 感慨深そうな顔を作ってこちらに手を伸ばす。
 迷いなど見せずにその手を掴み、彼の胸に頬を寄せた。

「いつも大事にしてくれてありがとう。私、とっても幸せよ」
 それは嘘ではなかった。
 人が変わったように暴力もなくなり、いつも労いの言葉を忘れない。
 
 彼は私の腰に手を回して抱き寄せた。

「絶対幸せにするから」
 伊藤はそう言って、涙ぐんだ。

 家に上がると、既に伊藤家の人々は集まっていて、口々に私を歓迎した。

「芙美さんがお嫁に来てくれて本当によかった」
「これで伊藤農園も安泰ね」
「よく出来たお嫁さんなのよ」
 義母も今日はいつになく上機嫌だ。

 因みにうちの母親は、この結婚には猛反対で、保坂家からは誰もこの会に参加しない。

 無理もない。
 結婚式で私のあんな体を目の当たりにしたのだから。

 テーブルには豪勢な料理と酒が並び、私と伊藤はテーブルの一番端っこの主役の席に並んで座った。
 差し向かいで瓶ビールを注ぎ合い、「乾杯」と威勢のいい声が響き渡った。

 忙しくお酌をして回る参列者たち。
 私もお雛様のように座っているわけにはいかない。

 ビールを持って、お酌に回る。

 一時間ほど宴が進んだ頃だ。

 酔いも回り、皆、上機嫌。
 手拍子が始まり、祝いの歌を親戚のおじさんが歌い始めた。

 その時だ。

 縁側に続くガラス戸がバンっと音を立てて開いた。
 湿気を帯びた生ぬるい風が室内に流れ込む。

 険しい顔を作った男と、泣きながら引きずられるようにやって来た若すぎる女の子の姿に、会場は一瞬静まり返る。

 顔面を蒼白にしたのは伊藤だ。

「い、い、泉……」

 サロンの制服姿で、鼻息荒く登場したのはもちろん泉君だ。

「伊藤! 貴様ーーーー!!!」

 若干、迫力に欠けるが「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣き叫ぶ梨々花の声が、会場を緊迫させた。

 泉君は律儀に靴を脱ぎ、部屋に梨々花を引きずりながら上がり込んだ。

「梨々花。何があったか言えよ!」

 そう言って、会場のど真ん中に彼女を投げ出した。
 梨々花は顔を覆って泣きじゃくっている。

「泉君? どうしたの? 何があったの?」
 私はおろおろとして見せる。

 その私の目の前に、泉君はスマホを掲げた。

「SNSに出回ってた動画と画像だ。伊藤と、僕の彼女。まだ15歳だった梨々花は、去年の12月から体の関係があったんだ。今も続いてるんだろう? そうなんだろう? 梨々花!」

「はい。昨日もエッチしました。ごめんなさい」

 今だ!!

「どういう事?」
 私は金切り声を出して、ワナワナと立ち上がった。

 打ち合わせ通り、泉君が差し出したスマホを見て、拳をぶるぶると震わせる。

「なに? なんなの? これ?」

「芙美。違うんだ、これには……」
 立ち上がり、私を宥めようと近づいた伊藤の頬に思いきりビンタした。

 バッチーーーーーン!!!

「言い訳なんて聞きたくないわ。騙してたのね。こんな子供とそんな関係になるなんて、信じられない。彼女、まだ16歳よ」

「優作! 一体どういう事なんだい? お前って子は……」

 義母がずかずかとこちらにやってきて、バチバチと伊藤を平手で叩いた。

「痛い痛い。母さんやめて」

「私、二人が結婚するなんて知らなかったの。伊藤さんは芙美さんと別れるって言ってたから。18歳になったら結婚しようって、いってくれてたから」

 梨々花は畳の上に両手を突いて、過呼吸になるんじゃないかと思うほど泣きじゃくった。

「いいわ。浮気するような男、私はごめんよ。あなたにあげる。どうぞクズ同士、お幸せに」

「保坂さん、行こう」
 泉君の言葉を合図に、廊下に向かった。

 ざわざわとどよめく伊藤家の人々を後に、家を出た。

「芙美ちゃん、芙美ちゃーーん。ちょっと、ちょっと待って」

 蒼白になった義母が息を切らしながら追いかけて来る。

 一応、立ち止まり、振り返ってあげる。

 義母は玉砂利の上に膝をついて、地面に額をこすりつけた。

「息子が、息子が大変な事をして、本当に……ごめんなさい。どうか、もう一度、考え直してはもらえないだろうか? あなたがいなかったら、農園は……」

 私は義母の目線に屈んだ。

「お義母さん、顔を上げてください。彼女は私より5つも若いんです。私よりもいい労働力になりますよ」

 額を地面にこすりつけたまま、義母は顔を上げようとしない。

「それじゃあ。あ、慰謝料はいりませんので」
 弁護士立てて、長々と裁判なんてめんどくさい。とっとと縁をきりたいので。

「今月分のお給料は、働いた分きっちり振り込んでくださいね。では、さようなら」

 泉君の車に乗り込んで、勢いよく伊藤家の敷地を後にした。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...