君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

神楽耶 夏輝

文字の大きさ
51 / 52
最終話

あなたを守りたかった

しおりを挟む
「芙美ーーーーー!!! 芙美!!! 誰かーーー!! 救急車! 救急車呼んでください」

 僕は叫んだ。
 泣き出したい感情をぐっと押し込んで。
 脱いだジャケットで、傷口を塞ぐようにして芙美の体を抱きかかえた。
 それ以外に、彼女を救う方法があったら誰か教えてほしい。

 フロアに飛び散った鮮血の生々しい匂いが、これは現実だと教えている。

 店内の悲鳴は更にヒートアップする。
 ギャルソンによって、梨々花は取り押さえられたが、大声でわめきながら暴れている。

「返してーーーーー!! あたしの幸せ、返してーーーーー!! 私の人生を返せーーーーーーーーーーー」

 脚をバタつかせる梨々花が目の端に映り込む。

「芙美。死ぬな、死ぬな!! 一緒に明日を見るって約束しただろう」

 芙美の口の端からは血が流れだしている。

 僅かに微笑みながら僕の頬に手を添えた。

「よかったわ……あなたを……まもれた」

「何言ってるんだよ。それは僕の役目だろう」

「まもられてるばかりじゃ……いやよ」
 弱弱しい声の後。
 吐息は薄れ、体温が徐々に落ちる。

「私の、命は……どうせ、もう、間もない、の。あなたは、明日をみなきゃ」

 記憶が上書きされていく。
 その記憶に僕は打ちのめされていく……。

 芙美は末期癌だ。
 いつも元気ではつらつとした姿しか見ていなかったから、僕は気付けなかったんだ。
 病気を知った時はもう既に手遅れだった。

 来年の桜はもう一緒に見られないかも。
 そんな思いで、僕は今日のこの日、この店を予約したのだ。

「私、嬉しかったのよ。だって、私は、この日でおしまいの命だったの。余命半年って言われた時、運命を超えたんだって」

「芙美……」

「大牙が、泉君が、私に、未来をくれた。あなたの、子供を、産む事ができなくて……ごめんなさい」

 彼女をぎゅっと抱きしめた。

「どうしてこうなるんだ? 何がいけなかった?」

「あなたは、何も、悪くないわ。私は、とても……しあ、しあわせ……だった」

 救急車のサイレンが遠くで聞こえ始めた。

「芙美!! もうすぐ救急車が来るよ、死ぬな! 死んじゃダメだーーーー!!!」

 僅かに感じていた吐息が、途切れた。

 僕は、まだ泣かない。
 諦めたくない。
 奥歯を噛んで、芙美の身体をさすった。
 体温が下がっていかないように。
 いつまでも柔らかな体を抱きしめていたくて――。

 救急隊員と同時に、警察官も店内に勢いよく入ってきた。
 ギャルソンによって、床に抑え込まれている梨々花の身柄はそのまま警察に引き継がれた。
 最後まで何かわめきながら、パトカーのサイレンと共に消えた。

 僕は救急隊員に促されるまま、芙美と共に救急車に乗った。

 ぼんやりとしていた記憶が、次々に鮮明になる。

 僕はなんて事をしたんだ。
 梨々花の最後の記憶はあの時。
 芙美と伊藤の婚約パーティの日だ。

 梨々花に対して、想いも恨みもなかった僕は、ただただ伊藤と梨々花をくっ付ける事に執着していた。
 芙美を手に入れたい、ただそれだけの想いだった。

 サロンの口コミ掲示板に梨々花と伊藤の淫らな画像を匿名でアップしたのだ。

『お宅の専属モデルじゃないですか?』というコメントと共に。

 ちょうど、梨々花が髪のメンテナンスで来店していた。
 そのタイミングは僕が作り上げた物だった。

 悲鳴を上げたのは梨々花。
 計算通りだった。

『きゃっ!! なに? これ、どういう事?』

 僕は驚いたふりをして取り乱す梨々花のスマホを覗き込んだ。
『どうしたの?』
 梨々花は慌ててスマホを隠した。
 僕は当時、彼女に300万ほど貢いでいたから梨々花としてはばれたくなかっただろう。

 嫌がる梨々花から無理やりスマホを取り上げ、伊藤とやり取りしているSNSメッセージや画像を全て確認したのだ。

『お前……裏切ってたのか。しかも伊藤には婚約者がいるんだぞ!』

 梨々花は椅子から転げ落ちるようにして床に手をついた。

『ごめんなさい。知らなかったの』

『なんのごめんなさいだよ。俺よりあいつの方がよかったのか?』

 梨々花は返事をしない。

『あいつの方がよかったんだろー。来いよ、連れてってやるよ、あいつの所に』
『いや! わからない、わからない』

『なにが?』

『大牙君と伊藤さん、どっちの事が好きなのかわからない』

『知るかよ。俺はお前みたいなビッチ大嫌いだ』

 そう言って、嫌がる彼女を無理やり車に乗せた。

 店内は静まり返り、誰も僕を止める者はいなかった。


 梨々花伝手でそれを知った両親は激怒し、伊藤を警察に突き出したらしい。
 それを、店内の噂で知ったのは8月ごろだった。
 梨々花は同意があった事を主張したため、伊藤の罪はさほど重い物にはならなかったようだが、彼女は人生を失った。

 1年間の契約で、梨々花が誌面を飾るはずだったティーン向けの雑誌『キラメキ』は、夏号までで契約を解除。

 梨々花の唯一の友達だった鈴がサロンに通い出したのはその頃からで、噂は学校中に広まり、そのうちいつの間にか転校していたそうだ。

 あの事件を機に、梨々花が僕の前に姿を現す事はなかったが、ずっと恨んでいたに違いない。

 そのせいで、芙美が……。

 救急車内では隊員たちが代わる代わる芙美の蘇生を試みているが、芙美の脈拍が動き出す事はなく――。

 そのまま、帰らぬ人となった。


 静かな夜だった。
 街はネオンに浮かれた人々が、酒と快楽を求めて行き交う。
 春一番が僕の頬を殴りつけた。

 僕は意志を持って歩みを進める。

 目的の場所は、あのレストラン。
『L'Époque Cachée』レポック・カシェ

 何度だってやり直してやる。
 この命を捨てたって、芙美を必ず守る。

 店の看板は灯りが消えていたが、ガラス戸の向こうは電気が点いている。
 ギャルソンが一人、カウンターで何やら作業をしている。
 扉を押したら、開いた。
 鍵はかかっていない。

「すいません」
 僕の声に、ギャルソンが顔を上げる。

「これは、泉様」
 そう言ってきれいな角度でお辞儀をした。

「今日は、大変、ご迷惑をおかけしました」

「いえ」

「あなたのお陰で、被害が最小限に抑えられました」

「痛み入ります」

「あの……今日のお客さんから、会計もらえなかったですよね? 全額、僕が払います」

「いいえ。とんでもございません。全てのお料理をご提供できていませんので、お会計を受け取るわけにはいきません。どうぞ行ってらっしゃいませ」

 その時だ。

 ぐらりと視界が歪んだ。

 ――来た!

 体が四方八方から引っ張られるような感覚。
 そしてクロスフラッシュ。

 やはり、この不可解な現象には、このレストランが関係している。

 僕はギャルソンの顔を睨みつけるようにして言った。

「何時からでも、どんな状況からでも、必ず未来を変えて見せる!」

「行ってらっしゃいませ」


 ――ぐわぁぁぁぁぁぁああああーーーーーーーー

 視界がホワイトアウトした。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...