君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう

最終話

Last Episode

　ミ～～～～～ン
　　ミ～～～～～～ン

　やかましい蝉の泣き声が鼓膜に流れ込んで来る。

　気だるい空気が体中に纏わり付く。

　ふぁさっと頭から何かが降ってきて、僕はようやく重い瞼を開けた。

　ぼんやりとした脳と視界では、ここがどこなのかよくわからない。

「はーい！　注目！　えー、明日から夏休みに入るわけだけど」

　なんだか懐かしいおじさんの声。
　誰だっけ？

　頭から降って来たのは数枚のプリントらしい。

　目をぎゅっと閉じたり開いたり。

　頭を振ってみたり。

　ぼんやりとしていた視界は徐々にクリアになり、プリントの文字がはっきりと見えた。

「夏休みのしおり。え？」

　見ると、僕は学生服だ。
　半袖シャツに、グレーのズボン。

　プリントには「２年３組便り」の文字。

「うぉおおおおおお！！！　中学２年になってるーーーー！！！」

　僕は思わずガッツポーズをして飛び上がった。

　しーんと静まり返る教室でみんなの注目が集まる。

　カツカツと先生がやって来て、プリンとでバシっと僕の頭を叩いた。

「どんだけ冬眠してたんだお前は。２年になってもう４ヶ月が経つんだぞ。さすがに自覚しろ」

　教室がどっと笑いに包まれた。

　僕は頭を掻き掻き、椅子に座った。

　中学２年の夏休み前日と言えば、伊藤が芙美に告白する日だ！

　――ありがとう、神様！！

「ねぇ、泉君！　早くプリント回して」

　そんな声が後ろから聞こえた。

　見ると、僕の机の上でプリントが停滞していた。

「あ、ごめんごめん。えっと……これか」
　自分の分を取り分けて、後ろに振り向いた瞬間、僕の心臓は飛び跳ねた。

「芙美！！」

　そうだ、同じクラスだった！

　僕の声に彼女は顔を真っ赤にして口を覆った。

　ついさっき、青白い顔であの世へ旅立った芙美が、まるで生まれ変わったようだ。
　初々しい頬には、まだ産毛がある。

　――か、かわいい！

「ちょ、ちょっと、泉君！　なんなのよ。急に下の名前で呼ぶなんて」

　恥ずかしそうに両手で頬を覆う仕草は芙美そのもの。

「あ、いや、ちが、違うんだ。海……！　そう、海って言いたかったの」

「海？」

「そう。海に行きたいなって……。熱いしさ」

「そう」

　少し唇を尖らせて、人差し指を教壇に向けた。

「また怒られるわよ」

「ああ、うん、ありがとう」

　前を向きかけて、もう一度振り返った。
　忘れちゃいけない。
　今日の放課後、伊藤は芙美に告白するんだ。

　あいつより先に恋を始めなければ、未来は変えられない。
芙美は結局、伊藤と過ごした１０年間のトラウマに、長い事苦しんでいたのだ。
そのストレスから癌を回避する事ができなかった。
　僕は、伊藤との結婚さえ回避すれば、癌も回避できるものだと思い込んでしまっていた。

「あのさ。放課後、何か予定ある？」

「うーん」

　芙美はとても言いにくそうに人差し指を顎に添えた。
「ちょっとね」

　しまった。既に伊藤が先約済みってわけか。

「どうして？」

　芙美が小首を傾げて訊いてきた。

　チャンスだ！
　落ち着け。

　一世一代のチャンス到来だ。

　どうして？　と訊いて来たと言う事は、満更脈なしってわけでもない。
　さて、どうする？

　どうやって彼女を僕に恋させる？

　僕は少し俯いて、モジモジしてみせる。

「あの……君と海に行きたいなって」

「今日？」

「うん！　今日！　今から」

「今から？　まだ４限目よ。まだこの後授業があるわ」

　僕は彼女の手を掴んだ。

「抜け出そう」

「え？　うそ、え？　ちょ、ちょっと、泉君！」

　戸惑う彼女の手を掴んだまま、僕は教室を飛び出した。
　一番前の席で目を丸くしてる伊藤と目が合った。
　僕はニタリと笑顔をお見舞いして、軽く手を上げ走り去る。

「おい！　お前たち、どこに行く！　こら！　戻れ！　戻りなさい」
　先生の声から逃げるように廊下を走った。

　悪い事してるドキドキ。
　先生に怒られるドキドキ。
　手を繋いでるドキドキ。

　吊り橋効果だ。

　彼女はきっと、このドキドキを恋だと思うのだ！


『了』


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あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
『今日虹』SEASON１完結です。
続きが気になる方は是非カクヨムの方にお越しください。
SEASON２も既に完結済です。
二人の完璧な幸せを是非見届けてやってください。