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王都の動揺

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 グリエルムス王戦死の報は元老院と人々に衝撃と大混乱をもたらした。先王が亡くなり、グリエルムス王が新たに即位して、まだそれほど経っていない。半島国と騎馬大国が連合を組んで攻め込んでくるという噂も流れた。この国はどうなってしまうのかと不安に駆られた人々の中には、早くも荷物をまとめて王都から逃げ出そうとする者も現れた。この状況下で元老院は速やかに次の王を決める必要があった。

 セルギウスは一緒に働く女たちの一人から、グリエルムス王が戦死した話を聞いた。実の兄が亡くなり悲しみを覚える一方、自分をこのような目に合わせた者に天罰が下ったという思いも浮かんだ。
 しかし何よりも、リベリオニスの儀式で失ったものを取り返すには、自らの手で兄のグリエルムスを手にかけなければならないのかと思い悩んでいた矢先に、セルギウスの葛藤は無意味なものになってしまった。

 セルギウスは部屋でぼんやりと壁を見つめていた。高い小窓から差し込む夕日が、セルギウスの白い横顔を照らしていた。
 この先一生、男でも女でもないこんな体で生きていかねばならないのか。自分の将来も、この国の危機も、どうでもよい気分だった。
 セルギウスが放心していると、突然扉がガチャガチャと音を立てて開いた。そこには兵士が立っていた。
「元老院へ出頭せよ」
 セルギウスは兵士に元老院の議場に連れていかれた。

 議場には議員たちが大勢詰めかけ、次の王を誰にするか話し合っていた。グリエルムスとマルチリアの間にはまだ子供がいなかったため、次の王を選ぶのは容易でなかった。
「グリエルムス王に子がおらぬとなれば、先王のリシマキウス王の血筋から選ぶのが妥当でしょうな」
「リシマキウス王にはグリエルムス王とセルギウス様の他に王子がおりません」
「リシマキウス王の兄弟とその子も戦で亡くなっております」
「リシマキウス王の血筋には誰かおらぬのか?」
 議論は延々と続き、セルギウスは議場の隅の影で静かに聞いていた。
 議論はリシマキウス王の従姉妹の系譜で、リキニウスという若者はどうかという流れになった。しかし、リキニウスはまだ成人したばかりで経験が乏しく、この難局で国を導くのは難しいと見なされた。そこで次にマルチリアが摂政としてリキニウスを補佐するのはどうか、という話が出た。
 既に元老院の議員にはマルチリアの息がかかった者がかなりいて、逆に反抗的な者の多くは既に失脚したり排除されていた。マルチリアは元老院を大半を掌握しており、権力を維持するための布石を打っていた。
 そんな中で一人の議員が中央に進み出て、発言を求めた。
「隣国が攻め寄せてくるかもしれないこの危機をセルギウス様に任せてはいかがでしょう?」師のオピテルが言った。「元々、リシマキウス王が後継者に指名したのはセルギウス様でした。その素質が認められての事です。グリエルムス王が戦死したとなれば、セルギウス様が王の後継として相応しいかと」
 その発言を聞いて他の議員たちはガヤガヤと話し始めた。
「セルギウス様はリベリオニスで破れた身」
「グリエルムス王の奴隷とされたとか」
「彼の者が王となった場合、子を成すことはできるのですか?」
「しかし、元々民からの評価も高いのは考慮に値しますな」

 セルギウスは師のオピテルの言葉を聞きながら考えていた。グリエルムス王に何もかも奪われ、萎えて縮んだこの身に何ができるのかと。しかし今、自分が立ち上がらなければ、マルチリアが摂政としてこの国の実権を握り、この先どうなっていくのか分からない。自分は力を失ったが、意思は残されている。マルチリアの権力を挫く好機は今であった。
 セルギウスは議場の隅から中央へ進み出た。議員たちはこの美しく装った人物が誰なのか一瞬分からなかったが、その気品で察した。
「リシマキウスの子、グリエルムスの弟のセルギウスです。兄グリエルムスと争った結果、このような身になってしまいましたが、志は変わっておりません。グリエルムス王が破れ、この国の危機が迫る今、私ならば人々をまとめ、立ち向かうことができるでしょう」
 セルギウスはよく通る声で言った。オピテルはその姿をじっと見ていた。他の議員たちは騒然とした。
 この状況下で人々をまとめるには、王として人々に認められることは重要だった。セルギウスの人気は高く、不安が広がりつつある今、結束の象徴としては適任だった。マルチリアは反抗する者を弾圧しており人望はなかった。しかし一方で、現在実権を握るのはマルチリアで、もしこのまま半島国と騎馬大国が攻め込んできた場合も、その背後にいる教団は戦力になる。マルチリアの息のかかった者、弱みを握られた者、マルチリア派に反目する者、様々な者たちの思惑が入り乱れ、議論はなかなか決着がつかなかった。最終的に評決は明日に持ち越された。

「どうなるか読めませんが、グリエルムス王がいなくなった今、少なくともセルギウス様の待遇は改善されましょう」
 セルギウスを見つけたオピテルが近づきながら言った。
「私がこの場に連れてこられたのは、師の取り計らいでしたか」
 セルギウスは師の手を取った。
「兵士に賄賂を握らせたのです。マルチリア派の兵士を動かすのは案外簡単なのです。しかし、あまり目立つ動きもできないので、接触は控えておりました」
「師のことでマルチリアに脅されたことがありました。師の判断は賢明でした。もしあまりに目立つ動きをすれば、マルチリアに拘束されるか、悪くすれば命を取られていたでしょう」
「私が泳がされていたのは、例えば私を拘束するなどして、反マルチリア派を刺激しすぎないためでしょうな」
「議論の行方はどうなるでしょう?」
「反マルチリア派にとっては今が好機です。弱みを握られるなどして、しぶしぶマルチリアに従っている者も、離れるかもしれません。そうなれば評決でセルギウス様が選ばれる可能性があります」
「いずれにせよ早く決めなければ、半島国と騎馬大国の対応に遅れてしまいます」
「明日には決着するでしょう。それを今は待つのみです」
 セルギウスとオピテルは議場の一角でしばらく相談して別れた。セルギウスは今王宮を離れると、権利を放棄したと見なされかねないので、おとなしく自室に戻った。夕日は落ち、外は既に暗くなっていた。

 しばらくすると、小窓から微かな喧騒が聞こえてきた。小窓は高い位置にあるため、直接外を除くことができない。廊下から何者かがガチャガチャと音を立てて近づく音がして、セルギウスの部屋の扉が開いた。
「マルチリア様がお呼びだ」
 本日二回目の兵士の来訪だった。
 セルギウスは兵士に連れられて王宮の廊下を進んだ。外壁の上に見える夜空は赤い光に照らされていた。王宮の外は騒ぎになっているようだった。上階にあるマルチリアの部屋にたどり着くと、壁を越えて外の様子が見えた。町並みからところどころ火の手が上がる光景がセルギウスの目に映った。

「賑やかな夜に、ようこそいらっしゃい」
 マルチリアはセルギウスを招き入れながら言った。
 マルチリアの部屋は絨毯が敷き詰められ、不思議な調度品が並び、相変わらず異国情緒を漂わせていた。マルチリアは布がかけられた大きな調度品を背後にして椅子に腰かけていた。その調度品は凹凸のある奇妙な形状だった。マルチリアは手に持った杖で促し、セルギウスに椅子を勧めた。セルギウスは警戒しながら椅子に座った。その椅子は木製で、浴場の時のようにマルチリアが意のままに変形させて操ることはできないと思われた。
「火事ですか? 何か起きているのですか? まさか敵国の工作ですか?」セルギウスが言った。
「半島国と騎馬大国は我が王を破った後に軍勢を整えて、この国との国境に向かう構えよ。けれど、まだこの国に侵入はしていないはず」
「では、なぜあちこちで火事が?」
 セルギウスの問いにマルチリアは答えず、傍らの小机に置かれた酒杯に手を伸ばして、それをぐいとあおった。
「私が火を放つように命じたの」
 マルチリアの唇は深紅の酒で濡れていた。
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