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第二十四話 責務と信じたからこそ
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「そこまでだよ、佩芳!」
耳に届いたのは、少年のような明るい声。
「媚薬を盛って無理やりにってのは、いただけねぇぜ」
目に入ったのは、戸口を塞ぐ大柄の人影。
「傑倫……?」
あえぐように呼んだ名へ、二つの人影はがくっと肩を落とした。
「そこでどうして、趙右丞相の名前が出てくるんですか!」
「俺らですよ! あなた様の面首、俊豪と小龍がお助けに参りました!」
言いながら二人は、部屋の中の甘い空気をバタバタと外へ追い出す。
「……はぁ」
佩芳は眼鏡を押し上げ、私の上から体をどけた。
「見られながらの趣味はございませんので、残念ですがここまでのようです」
「なにを賢ぶっていやがる、このド助平が!」
「なっ! 拙は助平ではありません。自身に与えられたお役目を全うしようとしただけです」
「厭がる相手にケダモノのように襲い掛かっておきながら、お役目も何もないだろ!」
新鮮な空気が肺に流れ込んでくるにつれ、頭にかかった霞も薄らいでゆく。
「……佩芳」
「は」
「妾は幾度も、そちにやめるよう言ったが?」
「い、いやしかし」
佩芳は困惑した表情を浮かべる。
「女人はこういう時、諾の意味を持って否の言葉を発すると、物の本にございました」
「ならば、本気で嫌がっている時は何と言うと書いてあった?」
「それは……、どこにも……」
「頭でっかちめが」
ため息をつくと、佩芳は瞬時に青ざめた。
「い、意図をきちんと汲めず申し訳ございませんでした、蓮花様! 媚薬香の効果への探求心、そして香の匂いと体温の関係への探求心も暴走してしまいました。また拙のここでの役目は、蓮花様への陽の気の献上と聞かされておりますゆえ、てっきり……!」
(あ……)
「決して、蓮花様を害しようと思ったわけではございませんので、どうか! どうかお許しを! 郷里には拙の出世に期待している両親が……!」
「もうよい」
立ち上がろうとして足元をふらつかせた私を、俊豪がさっと駆け寄り支えてくれる。そしてそのまま、いともたやすく抱え上げられてしまった。
「これ、俊豪。下ろせ」
「御心配なく、蓮花様。お怪我をされては大変ですし、このまま宮までお連れしますよ。ちゃんと石段の下から先は侍女に任せますし、どっかにしけこんだりしませんて」
「俊豪がそうしそうになったら、僕が全力で止めますのでご安心ください!」
「黙ってろ、小龍。話をややこしくするな」
安定した腕の中、私はふわりふわりと運ばれてゆく。ふと振り返ると、佩芳はガタガタ震えながら俯いている。
「俊豪、止まれ」
「はい」
俊豪の足を止めさせ、私は佩芳に声を掛ける。
「佩芳、そちは真に優秀な男子じゃ。このように妾との仲を無理に詰めようとせずとも、中央官吏としていかんなく実力を発揮できようぞ」
「蓮花様……」
「そなたの道は途絶えておらん。じゃから、二度とこのような真似をするでないぞ」
私の言葉に、佩芳は深く深く頭を垂れた。
夜が訪れた。
昼間の件について報告を受けた傑倫が顔色を変える。
「あいつら、またしても……!」
「ははは、文化史編纂の仕事をさせておけば安心かと思ったが、思わぬところに落とし穴があったのぅ。さて、あと数日。どうやって過ごさせるか」
傑倫は眦を吊り上げ、私を見る。
「蓮花様! やはり一週間など、悠長なことを言っている場合ではございませぬ! 不遜な輩は厳罰に処し、明日にも控鷹府は閉鎖いたしましょう。いつ、蓮花様のお体が害されるか分かったものではありません!」
「……」
「蓮花様!」
「聞こえておる」
私は窓の外へ目を向ける。
「あの者らは、妾に陽の気を捧げると言う枠割りを得てここに集められてきた」
「無論でございます。なれど、今の蓮花様にとって奴ばらの陽の気は身を滅ぼす毒。抱かれてしまえば年齢の半分、九歳のお子になってしまわれるのですぞ」
「じゃが、彼らはそれを知らぬ。むしろ、責務であると信じておる」
ふぅ、と細く息を吐く。
「いっそ、面首どもには正直にそのことを伝えた方が良いのではないか? ここ数日共に過ごしてきたが、話せばわかる者どもに思えるぞ」
「なりませぬ」
耳に届いたのは、少年のような明るい声。
「媚薬を盛って無理やりにってのは、いただけねぇぜ」
目に入ったのは、戸口を塞ぐ大柄の人影。
「傑倫……?」
あえぐように呼んだ名へ、二つの人影はがくっと肩を落とした。
「そこでどうして、趙右丞相の名前が出てくるんですか!」
「俺らですよ! あなた様の面首、俊豪と小龍がお助けに参りました!」
言いながら二人は、部屋の中の甘い空気をバタバタと外へ追い出す。
「……はぁ」
佩芳は眼鏡を押し上げ、私の上から体をどけた。
「見られながらの趣味はございませんので、残念ですがここまでのようです」
「なにを賢ぶっていやがる、このド助平が!」
「なっ! 拙は助平ではありません。自身に与えられたお役目を全うしようとしただけです」
「厭がる相手にケダモノのように襲い掛かっておきながら、お役目も何もないだろ!」
新鮮な空気が肺に流れ込んでくるにつれ、頭にかかった霞も薄らいでゆく。
「……佩芳」
「は」
「妾は幾度も、そちにやめるよう言ったが?」
「い、いやしかし」
佩芳は困惑した表情を浮かべる。
「女人はこういう時、諾の意味を持って否の言葉を発すると、物の本にございました」
「ならば、本気で嫌がっている時は何と言うと書いてあった?」
「それは……、どこにも……」
「頭でっかちめが」
ため息をつくと、佩芳は瞬時に青ざめた。
「い、意図をきちんと汲めず申し訳ございませんでした、蓮花様! 媚薬香の効果への探求心、そして香の匂いと体温の関係への探求心も暴走してしまいました。また拙のここでの役目は、蓮花様への陽の気の献上と聞かされておりますゆえ、てっきり……!」
(あ……)
「決して、蓮花様を害しようと思ったわけではございませんので、どうか! どうかお許しを! 郷里には拙の出世に期待している両親が……!」
「もうよい」
立ち上がろうとして足元をふらつかせた私を、俊豪がさっと駆け寄り支えてくれる。そしてそのまま、いともたやすく抱え上げられてしまった。
「これ、俊豪。下ろせ」
「御心配なく、蓮花様。お怪我をされては大変ですし、このまま宮までお連れしますよ。ちゃんと石段の下から先は侍女に任せますし、どっかにしけこんだりしませんて」
「俊豪がそうしそうになったら、僕が全力で止めますのでご安心ください!」
「黙ってろ、小龍。話をややこしくするな」
安定した腕の中、私はふわりふわりと運ばれてゆく。ふと振り返ると、佩芳はガタガタ震えながら俯いている。
「俊豪、止まれ」
「はい」
俊豪の足を止めさせ、私は佩芳に声を掛ける。
「佩芳、そちは真に優秀な男子じゃ。このように妾との仲を無理に詰めようとせずとも、中央官吏としていかんなく実力を発揮できようぞ」
「蓮花様……」
「そなたの道は途絶えておらん。じゃから、二度とこのような真似をするでないぞ」
私の言葉に、佩芳は深く深く頭を垂れた。
夜が訪れた。
昼間の件について報告を受けた傑倫が顔色を変える。
「あいつら、またしても……!」
「ははは、文化史編纂の仕事をさせておけば安心かと思ったが、思わぬところに落とし穴があったのぅ。さて、あと数日。どうやって過ごさせるか」
傑倫は眦を吊り上げ、私を見る。
「蓮花様! やはり一週間など、悠長なことを言っている場合ではございませぬ! 不遜な輩は厳罰に処し、明日にも控鷹府は閉鎖いたしましょう。いつ、蓮花様のお体が害されるか分かったものではありません!」
「……」
「蓮花様!」
「聞こえておる」
私は窓の外へ目を向ける。
「あの者らは、妾に陽の気を捧げると言う枠割りを得てここに集められてきた」
「無論でございます。なれど、今の蓮花様にとって奴ばらの陽の気は身を滅ぼす毒。抱かれてしまえば年齢の半分、九歳のお子になってしまわれるのですぞ」
「じゃが、彼らはそれを知らぬ。むしろ、責務であると信じておる」
ふぅ、と細く息を吐く。
「いっそ、面首どもには正直にそのことを伝えた方が良いのではないか? ここ数日共に過ごしてきたが、話せばわかる者どもに思えるぞ」
「なりませぬ」
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