野望を秘めた面首の愛は、我が身を蝕む毒となる~男後宮騒動記~

香久乃このみ

文字の大きさ
27 / 46

第二十七話 賞花の酒宴

しおりを挟む
 俊豪チンハオの言葉に、小龍シャオロン佩芳ベイファンが顔を見合わせる。
「んだよ」
「いえ、あなたは初日に真っ先に抜け駆けした方だったので」
「お前が言う? 的な」
「うっせぇな!」
 笑いあった後、ふと小龍は真顔になる。
「しかし蓮花様と右丞相様が、ね」
「……」
 俊豪は面白くなさげに口を尖らせた。


 ■□■

「と言うわけでございまして。今更ではありますが、面首たちと親睦を深める意味で、花を眺めながらの宴を開くのはいかがでしょうか。ちょうど月芍薬つきしゃくやくが見頃にございます」
 太監のマーから酒宴の話が出たのは、昼前のことであった。
「酒宴……、酔った勢いで羽目を外す者も出てきそうじゃの。危険じゃ」
「何の危険がございましょう。面首たちは皆一様に、太后陛下を心よりお慕い申し上げております」
「故に暴走する者が出てくることを懸念しておる」
「ほっほっほ」
 馬は朗らかに笑った。
「今朝、面首どもは丞相じょうしょうよりこっぴどく注意を受けておりましてな」
傑倫ジェルンからか」
「はい。皆、神妙な顔をして耳を傾けておりました。ですので、おかしな真似をする者はさすがにおりますまい」
 ならばよいのだが。
控鷹府こうようふを開いてから、陛下はごく一部のものとしか交流しておりませぬ」
 交流と言うより、強引に迫られている気がする。
「昨日は文化史編纂の作業中に、皆に声を掛けて回ったぞ」
「公務中の声掛けと、酒宴の声掛けではまた意味が違いましょう。皆、太后陛下と打ち解けたいと願っております」
「あぁ、わかったわかった」
 こうなると、馬はしつこい。
(一時間ほどでさっさと切り上げ、あとは皆で楽しめと言って帰ろう)



 蓬莱宮ほうらいきゅうの南に位置する一角、月芍薬はまさに満開の時を迎えていた。
 警戒をしながら参加した酒宴ではあるが、やはり目の前の華やかな光景には心が躍る。
蓮花リェンファ様!」
 四方八方から一斉に酒器が差し出される。
(飲めぬわ)
 苦笑いをしながら、つい昔に想いを馳せる。私たちもそうだった。先帝との酒宴の際には、皆それぞれ手に酒器を持ち、肩をぶつけながらお側を奪い合った。目に留まるため、覚えてもらうため、のし上がるため必死だった。
(この者たちは、あの日の私たちと同じか)
「焦るでない、一人ずつ順番に来よ」
 私の言葉に、面首たちは押し合いをやめる。
「順番に行儀よく、じゃ。そら、並べ」
 指で示すと、面首たちは酒器を手にしたまま素直に一列に並んだ。
 先頭の面首が、私の手にした杯へ酒を注ぐ。
「そなたはリー家の、秀英シゥインじゃったな」
「はっ、はい!」
 名を呼ぶと、秀英は嬉しそうに目を輝かせた。
「蓮花様、あの! 私は蓮花様を思いながら詩を作りました。ここで読み上げてよろしいでしょうか?」
「かまわぬ」
 秀英は嬉しそうに懐から巻物を取り出し、読み始める。そして読み終えると期待に満ちた眼差しをこちらへ向けた。
「さすがは李家の者。見事である。それは妾がもらっても良いのか?」
「はいっ、光栄です! どうぞお受け取り下さい」
「うむ。では次の者」
「はいっ!」
 面首たちは一人一人名乗りを上げ、酒を注ぎ、自分がどんな人間であるかを表現する。その懸命さがいじらしく、微笑ましい。皆一様に、私に目を掛けられたいと全身で叫んでいる。

(ふん?)
 やがて現れたのは、佩芳だった。昨日のこともあり気まずいのであろう。私と視線を合わせないようにしている。
「顔を上げよ、佩芳」
「は、いえ、しかし」
「主から目を逸らすなど、失礼ではないか?」
 意地悪く言ってやると、怯えの混じった眼差しをこちらへと向けた。
(これだけ反省しているなら、二度とあんな真似はすまい)
 私は酒杯を突き出す。そこへ佩芳は慣れぬ手つきで注いだ。
「佩芳」
「はっ!」
「昨日そちの書いたものに目を通した。そちの真面目な人柄と積み重ねた努力が、書面に表れておった」
 佩芳がはじかれたように顔を上げる。
「せっかくの才能を汚すような真似をせず、真摯に励めよ」
 私がそう言うと、佩芳はきゅっと眉根に皺を寄せ勢いよく頭を下げた。

 面首の列は進む。二十人から注がれる酒だが、一口ずつである上、話しながらでもあるのでそこまで酔いは回らない。今思うと、佳麗三千人から次々と酒を注がれる先帝は、さぞかし大変であったろう。

「蓮花様、お注ぎいたします」
 次ににこにこと無邪気な笑顔で近づいてきたのは、小龍だった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

後宮妃よ、紅を引け。~寵愛ではなく商才で成り上がる中華ビジネス録~

希羽
ファンタジー
貧しい地方役人の娘、李雪蘭(リ・セツラン)には秘密があった。それは、現代日本の化粧品メーカーに勤めていた研究員としての前世の記憶。 ​彼女は、皇帝の寵愛を勝ち取るためではなく、その類稀なる知識を武器に、後宮という巨大な市場(マーケット)で商売を興すという野望を抱いて後宮入りする。 ​劣悪な化粧品に悩む妃たちの姿を目の当たりにした雪蘭は、前世の化学知識を駆使して、肌に優しく画期的な化粧品『玉肌香(ぎょくきこう)』を開発。その品質は瞬く間に後宮の美の基準を塗り替え、彼女は忘れられた妃や豪商の娘といった、頼れる仲間たちを得ていく。 ​しかし、その成功は旧来の利権を握る者たちとの激しい対立を生む。知略と心理戦、そして科学の力で次々と危機を乗り越える雪蘭の存在は、やがて若き皇帝・叡明(エイメイ)の目に留まる。齢二十五にして帝国を統べる聡明な彼は、雪蘭の中に単なる妃ではない特別な何かを見出し、その類稀なる才覚を認めていく。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...