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第三十二話 眠れぬ夜に訪れた者
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(眠れぬ……)
傑倫の指圧を受けた後に寝床に入ったものの、どうにも寝付けない。甘い熱が私の中でくすぶっているのを感じる。
(指圧……、傑倫は床を共にするときは常に行っていたと言っていたな)
我が身を優しく慈しみながらも、巧みに体を昂らせていたのか。
(そこまでしておきながら、今宵は放り出されたわけだ)
わかっている。今は誰からも陽の気を受けるわけにはいかぬ。
(しかし切ない)
ここまで準備を整えながら、身を重ねることが許されぬとは。
熱を交わしたい。厚い胸に押しつぶされたい。疲れ果て、逞しい腕の中で眠りに落ちたい。
(それもこれも……)
「青蝶め。厄介な体にしおってからに……!」
「呼んだっスか?」
私は声もなく飛び上がる。
「青蝶!」
「どもっス! その後、塩梅はいかがっスか?」
「ど、どうもこうも!」
私は、陽の気を捧げさせる目的で集めた面首たちから日々迫られ、無力化されかねない危機に陥っていることを説明した。
「とにかく妾は難儀しておる!」
「えー、でも、抱かれるごとに若返る体にしてくれって言ったの、太后陛下ご自身じゃないっスかぁ。オーダー通りっスよ。それに、なんか適当な役所作って男集めたのは、太后陛下が勝手にやったことで、アタシに責任ないっスよね?」
「えぇい、黙れ! とにかく、この状況を何とかせよ!」
「うーわー、出ましたわー。王侯貴族にありがちなやーつー。言われた通りにやったのに、結果が気に入らないと責任押し付けてキレるやーつー」
(この、無礼な女道士め!)
落ち着け、息を整えよ。この者は神出鬼没の仙人ぞ。機嫌を損ねて二度と姿を現わさなくなれば、それこそまずい。
「のぅ、青蝶よ。今すぐこの体を何とかすることはできぬか?」
「何とかとは?」
「そうじゃのぅ。威厳のある四十……、いや三十半ばほどの年齢の体が良い。この姿は小娘過ぎて、睨みがあまり利かぬからのぅ。それから、陽の気を受けても若返らぬようになりたい。難しい条件かもしれぬが、そうでなくば……」
「出来るっスよ」
あっさりと返され。私はぽかんと口を開ける。
「出来るのか?」
「うっス」
肩から力が抜ける。一呼吸おいて、じわじわと怒りが湧きあがって来た。
「出来るのであれば、なぜもっと早くせなんだか!」
「具体的にどうされたいか、おっしゃいませんでしたし。それに」
「それに?」
「仙薬は立て続けに飲むと、人の命を縮めますんで」
命を縮めるという言葉に、ヒュッと背筋が冷える。
「……仙薬?」
「飲みましたよね? 黄金のシロップ」
『しろっぷ』とはなんぞや? またも仙界語か。
まぁいい。黄金と言っているから、私が飲んだあの甘い液体のことであろう。
「人の体を作り変えるほどの威力がある薬っスよ。そんなバカスカ飲めるわけないっしょ」
「ならば、どれほどの期間を置けば次のものを飲める?」
「一年っスかね」
一年!!
「そんなにも待たねばならぬのか……」
一年……、一年もこの体のままで……?
「術を解くだけなら、すぐ出来るっスけど」
私は顔を上げる。
「まことか?」
「あれ? アタシ、前に言いませんでしたっけ?」
「言っておらぬ」
「あ、そっか。アタシを殺したら術が解けるってだけ伝えたんでしたっけ」
青蝶は「てへぺろ」と言いながら舌先を口端から覗かせた。
「出来るっスよ。術さえ解けば、男の陽の気を受けても若返らない体に戻れるっス」
「そうか! ならばそのように……」
「体も元の七十二歳に戻りますけど」
そうじゃった。
「……それは嫌じゃ」
今一度、傑倫とむつみ合いたい。それに一年もの制限がかかるのはつらい。しかし。
「自信の持てる体で、納得いく姿で、傑倫と触れあいたいのじゃ」
「あの人、そのままの太后陛下を受け入れてますよね? 気にしなくていいんじゃないスか?」
「わかっておる! わかっておるが……」
すべやかできめ細やかな自分の手を見下ろす。ほんの数日前まで皺ばみ枯れ木のようだった私の手が、今はまさに凝脂と呼ぶにふさわしい艶めきをもっている。
「私自身が、最高に美しいと思える姿を傑倫に見てもらいたいし、それに触れてもらいたいのじゃ」
「乙女心っスねぇ……」
傑倫の指圧を受けた後に寝床に入ったものの、どうにも寝付けない。甘い熱が私の中でくすぶっているのを感じる。
(指圧……、傑倫は床を共にするときは常に行っていたと言っていたな)
我が身を優しく慈しみながらも、巧みに体を昂らせていたのか。
(そこまでしておきながら、今宵は放り出されたわけだ)
わかっている。今は誰からも陽の気を受けるわけにはいかぬ。
(しかし切ない)
ここまで準備を整えながら、身を重ねることが許されぬとは。
熱を交わしたい。厚い胸に押しつぶされたい。疲れ果て、逞しい腕の中で眠りに落ちたい。
(それもこれも……)
「青蝶め。厄介な体にしおってからに……!」
「呼んだっスか?」
私は声もなく飛び上がる。
「青蝶!」
「どもっス! その後、塩梅はいかがっスか?」
「ど、どうもこうも!」
私は、陽の気を捧げさせる目的で集めた面首たちから日々迫られ、無力化されかねない危機に陥っていることを説明した。
「とにかく妾は難儀しておる!」
「えー、でも、抱かれるごとに若返る体にしてくれって言ったの、太后陛下ご自身じゃないっスかぁ。オーダー通りっスよ。それに、なんか適当な役所作って男集めたのは、太后陛下が勝手にやったことで、アタシに責任ないっスよね?」
「えぇい、黙れ! とにかく、この状況を何とかせよ!」
「うーわー、出ましたわー。王侯貴族にありがちなやーつー。言われた通りにやったのに、結果が気に入らないと責任押し付けてキレるやーつー」
(この、無礼な女道士め!)
落ち着け、息を整えよ。この者は神出鬼没の仙人ぞ。機嫌を損ねて二度と姿を現わさなくなれば、それこそまずい。
「のぅ、青蝶よ。今すぐこの体を何とかすることはできぬか?」
「何とかとは?」
「そうじゃのぅ。威厳のある四十……、いや三十半ばほどの年齢の体が良い。この姿は小娘過ぎて、睨みがあまり利かぬからのぅ。それから、陽の気を受けても若返らぬようになりたい。難しい条件かもしれぬが、そうでなくば……」
「出来るっスよ」
あっさりと返され。私はぽかんと口を開ける。
「出来るのか?」
「うっス」
肩から力が抜ける。一呼吸おいて、じわじわと怒りが湧きあがって来た。
「出来るのであれば、なぜもっと早くせなんだか!」
「具体的にどうされたいか、おっしゃいませんでしたし。それに」
「それに?」
「仙薬は立て続けに飲むと、人の命を縮めますんで」
命を縮めるという言葉に、ヒュッと背筋が冷える。
「……仙薬?」
「飲みましたよね? 黄金のシロップ」
『しろっぷ』とはなんぞや? またも仙界語か。
まぁいい。黄金と言っているから、私が飲んだあの甘い液体のことであろう。
「人の体を作り変えるほどの威力がある薬っスよ。そんなバカスカ飲めるわけないっしょ」
「ならば、どれほどの期間を置けば次のものを飲める?」
「一年っスかね」
一年!!
「そんなにも待たねばならぬのか……」
一年……、一年もこの体のままで……?
「術を解くだけなら、すぐ出来るっスけど」
私は顔を上げる。
「まことか?」
「あれ? アタシ、前に言いませんでしたっけ?」
「言っておらぬ」
「あ、そっか。アタシを殺したら術が解けるってだけ伝えたんでしたっけ」
青蝶は「てへぺろ」と言いながら舌先を口端から覗かせた。
「出来るっスよ。術さえ解けば、男の陽の気を受けても若返らない体に戻れるっス」
「そうか! ならばそのように……」
「体も元の七十二歳に戻りますけど」
そうじゃった。
「……それは嫌じゃ」
今一度、傑倫とむつみ合いたい。それに一年もの制限がかかるのはつらい。しかし。
「自信の持てる体で、納得いく姿で、傑倫と触れあいたいのじゃ」
「あの人、そのままの太后陛下を受け入れてますよね? 気にしなくていいんじゃないスか?」
「わかっておる! わかっておるが……」
すべやかできめ細やかな自分の手を見下ろす。ほんの数日前まで皺ばみ枯れ木のようだった私の手が、今はまさに凝脂と呼ぶにふさわしい艶めきをもっている。
「私自身が、最高に美しいと思える姿を傑倫に見てもらいたいし、それに触れてもらいたいのじゃ」
「乙女心っスねぇ……」
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