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第三十九話 控鷹監閉鎖を告げる
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私の言葉に、星宇は息を飲んだ。
「何を驚いておる。そちが言ったのであろう? 皇帝へ薬を盛った者がいると」
「それは、申し上げましたが……」
「悠宗はそちの腕を気に入った。それは悠宗の暗殺を望んでいた者、そしてこれまで側で薬を調合していた者にとって、さぞかし面白くないことであろうな」
星宇がごくりと喉を鳴らした。
「つまり、私が今、皇帝付きの薬師となる話を受ければ……」
「あっけなく殺されるであろうよ。余計な真似をする者、顔を潰した者として。調合中に誤って毒を飲んでしまったなどと、適当にでっち上げられてのぅ」
星宇が青ざめ、震え出す。
「蓮花様は……、控鷹府を閉鎖したいのですよね?」
「うむ」
「しかし私の命を守るために、あの場ですぐ承諾しなかったということでしょうか」
「そうなるな」
私はため息をつく。
「妾に出来るのは、そちを無事にこの悠耀城から送り出してやることだけじゃ。出世は叶わぬが、命は残る。……それだけしかできぬ。すまぬな」
■□■
「……気付かれている」
黄麒宮の片隅に、皇帝付き太監霍宇辰と、太后付き太監馬俊煕の姿があった。
「気付かれている、とは?」
おずおずと問いかけた馬を、霍は鋭い目で睨む。
「分からぬか!? 太后には、我らが皇帝に薬を盛ったことを気付かれてしまった! でなくば、薬の中身を改めようとしたり、別に調合したものを飲ませなどするものか!」
霍はイライラと足を踏み鳴らす。
「あと一歩であったに、皇帝は持ち直してしまった。馬!」
「はいっ」
「お前は何をしておるのだ!」
「何を、とは」
霍が馬の胸倉を掴み上げた。
「お前の仕事は、太后を衰弱させることであったな? 若い男に溺れさせ、精も根も尽き果てさせ、頭を色欲でとろかせてやると言っていたではないか! だが太后は弱体化どころか、ぴんぴんしておる! それどころか余計な口出しまでするようになってしまった。お前、手を抜いておるのではないか?」
「と、とんでもないことでございます! そ、それに霍殿こそ、皇帝を弱らせるのに失敗なさって……」
「それはお前が、太后をまともに御せておらぬからであろうが!」
霍は馬を乱暴に放り出す。
「控鷹府を閉鎖する。それが太后を潰すいい機会となろう」
■□■
控鷹府の閉鎖が告げられたのは、翌日のことだった。
(一週間、じゃな……)
丁度、私が閉鎖を考えていた期限だ。
時間が欲しいと伝えたはずだが、最初に閉鎖を言い出したのは私自身であること、そして控鷹府の責任者である傑倫と馬が揃って同意したこともあり、皇帝が許可を出したのだ。
(これで、子どもにされてしまうことに怯えなくてよい。天佑と暁明のことは、傑倫と共に守っていこう。これで良かったのだ)
私は控鷹監の広間へと向かった。
そこにはすでに、面首たちが集められていた。皆、一様に衝撃を受けた表情をしている。李秀英など、今にも気を失いそうな顔色をしていた。
「皆がここを引き払うまでの期限は二日だ」
傑倫が淡々と今後についての流れを説明する。私が彼らから襲われかけていたことに、最も怒り、気を揉んでいたのは彼だった。故に、傑倫の横顔は安堵しているように見えた。
「蓮花様、お言葉を」
傑倫に呼ばれ、私は壇上に立つ。
「皆、今日までご苦労であった」
私の言葉にも、彼らの顔色は優れない。初めて彼らとここで顔合わせした時の、あの高揚はどこにもなかった。当然だ、中央の官吏としての安定した未来が約束されたと思っていたのに、こんな短期間で解雇されてしまうのだから。
「妾の都合に振り回す形になってしまい、申し訳ないと思う」
自然と出てきた言葉に、自分自身驚く。私は彼らをここへ集める際、「陽の気」を捧げさせるための道具だと思っていた。息子や孫を守るために、彼らを利用せざるを得ないのだと。
けれど今となっては、一人一人の落胆した表情が胸に刺さる。
「せめてもの詫びじゃ。それぞれが当面暮らしていけるだけの報酬を用意した。ここを去る際に持ってゆくがよい」
私は、先帝の心を掴んだ最上の笑みを浮かべて見せる。
「礼を言う。楽しかったぞ」
誰一人嬉しそうな顔をしない。そして我ながら、なんと空々しい言葉かと思う。
けれどこれで国の安泰に集中できる。私はきびすを返し、その場から去ろうとした。
そこへ一つの影が飛び込んできた。
「あぁ、待て待て。面首の皆に通達がある」
(馬?)
「何を驚いておる。そちが言ったのであろう? 皇帝へ薬を盛った者がいると」
「それは、申し上げましたが……」
「悠宗はそちの腕を気に入った。それは悠宗の暗殺を望んでいた者、そしてこれまで側で薬を調合していた者にとって、さぞかし面白くないことであろうな」
星宇がごくりと喉を鳴らした。
「つまり、私が今、皇帝付きの薬師となる話を受ければ……」
「あっけなく殺されるであろうよ。余計な真似をする者、顔を潰した者として。調合中に誤って毒を飲んでしまったなどと、適当にでっち上げられてのぅ」
星宇が青ざめ、震え出す。
「蓮花様は……、控鷹府を閉鎖したいのですよね?」
「うむ」
「しかし私の命を守るために、あの場ですぐ承諾しなかったということでしょうか」
「そうなるな」
私はため息をつく。
「妾に出来るのは、そちを無事にこの悠耀城から送り出してやることだけじゃ。出世は叶わぬが、命は残る。……それだけしかできぬ。すまぬな」
■□■
「……気付かれている」
黄麒宮の片隅に、皇帝付き太監霍宇辰と、太后付き太監馬俊煕の姿があった。
「気付かれている、とは?」
おずおずと問いかけた馬を、霍は鋭い目で睨む。
「分からぬか!? 太后には、我らが皇帝に薬を盛ったことを気付かれてしまった! でなくば、薬の中身を改めようとしたり、別に調合したものを飲ませなどするものか!」
霍はイライラと足を踏み鳴らす。
「あと一歩であったに、皇帝は持ち直してしまった。馬!」
「はいっ」
「お前は何をしておるのだ!」
「何を、とは」
霍が馬の胸倉を掴み上げた。
「お前の仕事は、太后を衰弱させることであったな? 若い男に溺れさせ、精も根も尽き果てさせ、頭を色欲でとろかせてやると言っていたではないか! だが太后は弱体化どころか、ぴんぴんしておる! それどころか余計な口出しまでするようになってしまった。お前、手を抜いておるのではないか?」
「と、とんでもないことでございます! そ、それに霍殿こそ、皇帝を弱らせるのに失敗なさって……」
「それはお前が、太后をまともに御せておらぬからであろうが!」
霍は馬を乱暴に放り出す。
「控鷹府を閉鎖する。それが太后を潰すいい機会となろう」
■□■
控鷹府の閉鎖が告げられたのは、翌日のことだった。
(一週間、じゃな……)
丁度、私が閉鎖を考えていた期限だ。
時間が欲しいと伝えたはずだが、最初に閉鎖を言い出したのは私自身であること、そして控鷹府の責任者である傑倫と馬が揃って同意したこともあり、皇帝が許可を出したのだ。
(これで、子どもにされてしまうことに怯えなくてよい。天佑と暁明のことは、傑倫と共に守っていこう。これで良かったのだ)
私は控鷹監の広間へと向かった。
そこにはすでに、面首たちが集められていた。皆、一様に衝撃を受けた表情をしている。李秀英など、今にも気を失いそうな顔色をしていた。
「皆がここを引き払うまでの期限は二日だ」
傑倫が淡々と今後についての流れを説明する。私が彼らから襲われかけていたことに、最も怒り、気を揉んでいたのは彼だった。故に、傑倫の横顔は安堵しているように見えた。
「蓮花様、お言葉を」
傑倫に呼ばれ、私は壇上に立つ。
「皆、今日までご苦労であった」
私の言葉にも、彼らの顔色は優れない。初めて彼らとここで顔合わせした時の、あの高揚はどこにもなかった。当然だ、中央の官吏としての安定した未来が約束されたと思っていたのに、こんな短期間で解雇されてしまうのだから。
「妾の都合に振り回す形になってしまい、申し訳ないと思う」
自然と出てきた言葉に、自分自身驚く。私は彼らをここへ集める際、「陽の気」を捧げさせるための道具だと思っていた。息子や孫を守るために、彼らを利用せざるを得ないのだと。
けれど今となっては、一人一人の落胆した表情が胸に刺さる。
「せめてもの詫びじゃ。それぞれが当面暮らしていけるだけの報酬を用意した。ここを去る際に持ってゆくがよい」
私は、先帝の心を掴んだ最上の笑みを浮かべて見せる。
「礼を言う。楽しかったぞ」
誰一人嬉しそうな顔をしない。そして我ながら、なんと空々しい言葉かと思う。
けれどこれで国の安泰に集中できる。私はきびすを返し、その場から去ろうとした。
そこへ一つの影が飛び込んできた。
「あぁ、待て待て。面首の皆に通達がある」
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