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事件解決はマングローブの歌と共に(2)
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「うあぁぁぁ、放せぇぇ!!」
尚も暴れる聖良に、
「ふんっ」
如月は気合と共に鳩尾に拳を叩き込んだ。容赦無いな。
「……っ」
意識を失い頭を垂れた聖良はソファーに寝かされた。
「通報しますか?」
声まで渋い如月を、俊が右手で制した。
「ここで警察を呼んだらお店に迷惑がかかる。彼女が気を失っている間にキミ達の車で、慎也さんと一緒に警察まで送ってもらえるかな? その後で解散して構わないから。あ、カラオケと飲食代の領収書は僕に回して下さい」
「かしこまりました」
「慎也さんも、それでいいかな?」
「えっ? あ、ああ」
「では」
地味な前川くんが聖良を背負った。一見、酒に酔って眠ってしまった客の完成だ。
「すみません、よろしくお願いします!」
慎也が伊能二人に頭を下げた。伊能達は表情を変えずに一礼して部屋を後にした。
こちらに向き直った慎也は土下座をした。
「すまないみんな! 俺達親子のせいで迷惑をかけた!!」
「慎也さん、やめろよ!」
「そうだよ、おじさんのせいじゃないよ!」
深沢親子が床に突っ伏す慎也に駆け寄った。
「俺が音楽を優先して、聖良にちゃんと向き合わなかったせいだ。俺があの子を歪めてしまったんだ」
ついに慎也の両目から涙が溢れた。
「友樹さんにも健也にも、何て詫びればいいんだ……」
私はもらい泣きしかできなかったが、才が慎也に歩み寄った。
「今のその苦しみ、それがあなたに科された罰です」
慎也は顔を上げて、涙で濡れた瞳を才に向けた。
「若輩者の俺が言うのはおこがましいですが、生きるってつらいことなんだと思います。なのに太古の昔から人類は生きることを諦めず、次の世代に命を繋いできました」
才の声は静かに響いた。
「きっと、生きて存在することには意味が有るんです。残りの人生で、どうかその意味を見つけて下さい」
生きることを選べ。私には才がそう言っているように聞こえた。
「さ、慎也さん。早くあの人達を追いかけないと」
慎也は姿勢を正し、私達に深くお辞儀をした。それから早足で部屋を出て伊能の後を追った。
終わったんだな。
床に転がるグラスを拾い上げた。美波がおしぼりでマットの汚れを拭き取った。男性陣も、聖良が暴れて散らばった食べ物の片付けを黙々としていた。
今日は濃い一日となった。緊張、恐怖、興奮、苛立ちに哀しみ。入れ替わり立ち替わり様々な感情が私の中を出入りして、そして最後に達成感をもたらした。
決して幸せな結末ではなかった。それは始める前から判っていたことだ。それでも才は、私は、俊は逃げなかった。二人はともかく事なかれ主義の私が、よくここまでやれたなぁと思う。
しかし俊は私とは違う感想を抱いたようだ。
「慎也さんのせいじゃない、僕のせいだよ……」
片付けの手を止めて俊が呻いた。
「僕が、自分の家の復讐にキリング・ノヴァを巻き込んだから。そこからみんなの未来が歪んでしまったんだ」
「俊、それは違うぞ」
「違わないよ! 全部僕が蒔いた種だ。何がヴィーナスだ、7対3だ、タービュランスだ!」
心を震わせるシーンのはずなのに、歌詞がダサいので伝わらない。
「僕が、僕が関わりさえしなければ……」
「馬鹿野郎!!」
海児が怒鳴った。彼は両手で俊の肩を掴んだ。
「おまえはな、俺達の夢を叶えてくれたんだよ!」
「夢……?」
「音楽をしてる奴なら誰だって夢見る。でかいキャパのコンサート会場を客でいっぱいにして、その中で演奏したいってな!」
海児の瞳は燃えていた。引退した後も、彼のロック魂は消えていなかったのだ。
海児は掴んだ俊の肩をガクガク揺さ振った。
「おまえのプロデュースで、俺達は一時だけでもスターになれたんだよ。感謝しかねぇよ!!」
揺さ振りは速度を上げて、遠心分離機並みに俊の下膨れた頬がシェイクされた。
「か、海児すわぁぁん……」
「友樹さんや健也さんも生前言ってた。俊は俺達の前に現れた、まさにゴッドだったってな」
「う、うわあぁぁぁぁぁ!」
俊は野太い声で男泣きした。海児は俊の背中をポンポン叩いた。
「ったく、やっぱりおまえは坊やだな」
「うえうえ、うおぉぉぉん」
そして海児はカラオケセットの前へ踊り出た。
「俊、おまえはここで過去を断ち切って前へ進むんだ。俺もそうしてみせる!」
海児はマイクのスイッチを入れた。
「これがキリング・ノヴァ、深沢海児のラストステージだ!!」
宣言して、海児は伴奏無しに歌い出した。彼らの代表曲を。
「しつこいのよ、キミに言われ僕の胸はチクリと痛んだ♪」
使用料問題のせいか、キリング・ノヴァの曲は現在カラオケ配信を止められている。
「うぴっ、うぴっ、海児さん……」
「終わったのよ、台詞を受けて僕の心は大いに病んだ♪」
ボイストレーニングをしなくなって二十年ほどだろうか。現役時代に比べれば声の伸びも安定性も劣る。それでも海児の歌声には私達の心を捉える力が有った。
「罵って見下して追い払って、残酷なキミは頑固なヴィーナス♪」
俊はフラフラと部屋の棚に向かった。そこには店のサービスで、パーティグッズあれこれが並べられていた。
「帰されてもまた来て縋り付いて、めげない僕はアポロンの子♪」
俊はグッズの中からマラカスを選び、海児の歌声に合わせて狂ったように上下に振った。
「過去にしたいキミ、未来に繋げたい僕♪」
私も俊に倣った。小走りに棚に近付き、タンバリンを手に取り叩いて拍を取った。
「二年間ずっと抱え込んだ僕の想い♪」
美波も続いた。楽器がもう無かったので彼女は、変装グッズの髭メガネを装着して髭ダンスを踊り出した。可愛い上にノリも良い子だ。
「月の船で夜空に飛ぼう、仲直りの遊覧飛行♪」
乗り遅れた才はええ~という表情で、残っていた金髪アフロのカツラを被ってぎこちない手拍子をした。照れを捨て切れていないな、未熟者め。
「だけれどすぐに航行不能♪ 引力? 強風?」
海児はウィンクした。
「いいやキミだね、困ったヴィーナス☆」
「キャー!!」と、私と美波が黄色い声援を送った。この曲ではこの部分に、女性ファンによる歓声が入るのがお約束なのだ。才が呆れた視線をぶつけてくるが構うものか。キリング・ノヴァがメジャーデビューした当時の、中学生だった私が感覚的に蘇る。
次からいよいよ一番盛り上がるサビに入る。
「まるでタービュランス、タービュランス♪」
何という高揚感。海児独りのアカペラなのに、他のメンバーによる演奏音が聴こえてくるようだ。
「キリモミキリモミ急降下、星の海から地上の海へ♪」
みんなの瞼の裏には浮かんでいるのだ。慎也と、友樹と、健也の姿が。
「砕けたアクアマリン、地上の海も星空のように♪」
カラオケ店の一室がライブ会場のような熱気に包まれていた。
そしてついに、
「煌きは僕の胸に、7対3でキミの胸にも♪」
最後の歌詞を紡いで、海児はマングローブは原生林一番を歌い切った。肩で息をする彼に、私達は惜しみの無い拍手を捧げた。
彼らは芸能界の一線を駆け抜け、またたく間に失速した。だがどちらも、キリング・ノヴァにとっては大切な思い出なのだ。成功で笑い、失敗で成長した。マングローブは彼らの青春の証だったのだ。
海児は左手を上げて再び口を開いた。聴衆への感謝の言葉が放たれるのを、私は期待と共に待った。
「マングローブ、実は種類が100以上も有るんだぜ♪」
ああ、うん。二番は歌わなくてもいいんじゃないかな?
尚も暴れる聖良に、
「ふんっ」
如月は気合と共に鳩尾に拳を叩き込んだ。容赦無いな。
「……っ」
意識を失い頭を垂れた聖良はソファーに寝かされた。
「通報しますか?」
声まで渋い如月を、俊が右手で制した。
「ここで警察を呼んだらお店に迷惑がかかる。彼女が気を失っている間にキミ達の車で、慎也さんと一緒に警察まで送ってもらえるかな? その後で解散して構わないから。あ、カラオケと飲食代の領収書は僕に回して下さい」
「かしこまりました」
「慎也さんも、それでいいかな?」
「えっ? あ、ああ」
「では」
地味な前川くんが聖良を背負った。一見、酒に酔って眠ってしまった客の完成だ。
「すみません、よろしくお願いします!」
慎也が伊能二人に頭を下げた。伊能達は表情を変えずに一礼して部屋を後にした。
こちらに向き直った慎也は土下座をした。
「すまないみんな! 俺達親子のせいで迷惑をかけた!!」
「慎也さん、やめろよ!」
「そうだよ、おじさんのせいじゃないよ!」
深沢親子が床に突っ伏す慎也に駆け寄った。
「俺が音楽を優先して、聖良にちゃんと向き合わなかったせいだ。俺があの子を歪めてしまったんだ」
ついに慎也の両目から涙が溢れた。
「友樹さんにも健也にも、何て詫びればいいんだ……」
私はもらい泣きしかできなかったが、才が慎也に歩み寄った。
「今のその苦しみ、それがあなたに科された罰です」
慎也は顔を上げて、涙で濡れた瞳を才に向けた。
「若輩者の俺が言うのはおこがましいですが、生きるってつらいことなんだと思います。なのに太古の昔から人類は生きることを諦めず、次の世代に命を繋いできました」
才の声は静かに響いた。
「きっと、生きて存在することには意味が有るんです。残りの人生で、どうかその意味を見つけて下さい」
生きることを選べ。私には才がそう言っているように聞こえた。
「さ、慎也さん。早くあの人達を追いかけないと」
慎也は姿勢を正し、私達に深くお辞儀をした。それから早足で部屋を出て伊能の後を追った。
終わったんだな。
床に転がるグラスを拾い上げた。美波がおしぼりでマットの汚れを拭き取った。男性陣も、聖良が暴れて散らばった食べ物の片付けを黙々としていた。
今日は濃い一日となった。緊張、恐怖、興奮、苛立ちに哀しみ。入れ替わり立ち替わり様々な感情が私の中を出入りして、そして最後に達成感をもたらした。
決して幸せな結末ではなかった。それは始める前から判っていたことだ。それでも才は、私は、俊は逃げなかった。二人はともかく事なかれ主義の私が、よくここまでやれたなぁと思う。
しかし俊は私とは違う感想を抱いたようだ。
「慎也さんのせいじゃない、僕のせいだよ……」
片付けの手を止めて俊が呻いた。
「僕が、自分の家の復讐にキリング・ノヴァを巻き込んだから。そこからみんなの未来が歪んでしまったんだ」
「俊、それは違うぞ」
「違わないよ! 全部僕が蒔いた種だ。何がヴィーナスだ、7対3だ、タービュランスだ!」
心を震わせるシーンのはずなのに、歌詞がダサいので伝わらない。
「僕が、僕が関わりさえしなければ……」
「馬鹿野郎!!」
海児が怒鳴った。彼は両手で俊の肩を掴んだ。
「おまえはな、俺達の夢を叶えてくれたんだよ!」
「夢……?」
「音楽をしてる奴なら誰だって夢見る。でかいキャパのコンサート会場を客でいっぱいにして、その中で演奏したいってな!」
海児の瞳は燃えていた。引退した後も、彼のロック魂は消えていなかったのだ。
海児は掴んだ俊の肩をガクガク揺さ振った。
「おまえのプロデュースで、俺達は一時だけでもスターになれたんだよ。感謝しかねぇよ!!」
揺さ振りは速度を上げて、遠心分離機並みに俊の下膨れた頬がシェイクされた。
「か、海児すわぁぁん……」
「友樹さんや健也さんも生前言ってた。俊は俺達の前に現れた、まさにゴッドだったってな」
「う、うわあぁぁぁぁぁ!」
俊は野太い声で男泣きした。海児は俊の背中をポンポン叩いた。
「ったく、やっぱりおまえは坊やだな」
「うえうえ、うおぉぉぉん」
そして海児はカラオケセットの前へ踊り出た。
「俊、おまえはここで過去を断ち切って前へ進むんだ。俺もそうしてみせる!」
海児はマイクのスイッチを入れた。
「これがキリング・ノヴァ、深沢海児のラストステージだ!!」
宣言して、海児は伴奏無しに歌い出した。彼らの代表曲を。
「しつこいのよ、キミに言われ僕の胸はチクリと痛んだ♪」
使用料問題のせいか、キリング・ノヴァの曲は現在カラオケ配信を止められている。
「うぴっ、うぴっ、海児さん……」
「終わったのよ、台詞を受けて僕の心は大いに病んだ♪」
ボイストレーニングをしなくなって二十年ほどだろうか。現役時代に比べれば声の伸びも安定性も劣る。それでも海児の歌声には私達の心を捉える力が有った。
「罵って見下して追い払って、残酷なキミは頑固なヴィーナス♪」
俊はフラフラと部屋の棚に向かった。そこには店のサービスで、パーティグッズあれこれが並べられていた。
「帰されてもまた来て縋り付いて、めげない僕はアポロンの子♪」
俊はグッズの中からマラカスを選び、海児の歌声に合わせて狂ったように上下に振った。
「過去にしたいキミ、未来に繋げたい僕♪」
私も俊に倣った。小走りに棚に近付き、タンバリンを手に取り叩いて拍を取った。
「二年間ずっと抱え込んだ僕の想い♪」
美波も続いた。楽器がもう無かったので彼女は、変装グッズの髭メガネを装着して髭ダンスを踊り出した。可愛い上にノリも良い子だ。
「月の船で夜空に飛ぼう、仲直りの遊覧飛行♪」
乗り遅れた才はええ~という表情で、残っていた金髪アフロのカツラを被ってぎこちない手拍子をした。照れを捨て切れていないな、未熟者め。
「だけれどすぐに航行不能♪ 引力? 強風?」
海児はウィンクした。
「いいやキミだね、困ったヴィーナス☆」
「キャー!!」と、私と美波が黄色い声援を送った。この曲ではこの部分に、女性ファンによる歓声が入るのがお約束なのだ。才が呆れた視線をぶつけてくるが構うものか。キリング・ノヴァがメジャーデビューした当時の、中学生だった私が感覚的に蘇る。
次からいよいよ一番盛り上がるサビに入る。
「まるでタービュランス、タービュランス♪」
何という高揚感。海児独りのアカペラなのに、他のメンバーによる演奏音が聴こえてくるようだ。
「キリモミキリモミ急降下、星の海から地上の海へ♪」
みんなの瞼の裏には浮かんでいるのだ。慎也と、友樹と、健也の姿が。
「砕けたアクアマリン、地上の海も星空のように♪」
カラオケ店の一室がライブ会場のような熱気に包まれていた。
そしてついに、
「煌きは僕の胸に、7対3でキミの胸にも♪」
最後の歌詞を紡いで、海児はマングローブは原生林一番を歌い切った。肩で息をする彼に、私達は惜しみの無い拍手を捧げた。
彼らは芸能界の一線を駆け抜け、またたく間に失速した。だがどちらも、キリング・ノヴァにとっては大切な思い出なのだ。成功で笑い、失敗で成長した。マングローブは彼らの青春の証だったのだ。
海児は左手を上げて再び口を開いた。聴衆への感謝の言葉が放たれるのを、私は期待と共に待った。
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