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三音 爽香の訃報(五)
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「店長が急に辞めることになって、現場は混乱しただろうね……」
蓮がもっともな感想を漏らした。
「藍理はチーフが居るから大丈夫だって……。今月の残りはそのチーフが店を回して、来月頭に本社から新店長になる社員が来るそうです」
「チェーン店なのか?」
「ええ。店舗数は少ないですけど、駅近によく在る女性向け雑貨を扱ったセレクトショップです。俺は、五月に出た初任給で苦労をかけた母親にプレゼントを贈ろうと思って。過ぎちゃったけど母の日も兼ねて」
孝行息子だな。
「それで行ったのが、たまたま藍理が店長をしている店だった訳です。ところが女性向けの店に男一人だと居心地が悪くて。まぁ、落ち着かなかったんです。オドオドキョロキョロしていた俺は挙動不審だったんでしょうね、店長の藍理が近付いてきて、何をお探しでしょうかって尋ねられました。恥ずかしさMAXの俺が母へのプレゼントが欲しいと伝えたら、藍理はニッコリと、本当に優しく笑ってくれたんです。アドバイスをくれつつ一緒に品物を選んでくれました。その時の対応に俺は感動しちゃって、その……惚れちゃったんです」
なんと微笑ましいエピソードだろう。蓮は冷めた目で見ているが、お饅頭に人間の恋愛事情は解るまい。
「その日から藍理の店に何度も通って……。会計の時にこっそりアドレスを書いたメモを渡したら連絡を貰えて、まずはメル友、そして飲み友達へ。押して押して、二ヶ月前に晴れて彼氏になれたんです」
イケメンはいいな。俺が同じことをやったら確実にストーカー案件だ。
「俺、藍理に対して無責任ですよね」
「そんなことは無いだろう」
ヒロは顔を上げずに言った。
「強引に口説いたのに、俺は藍理を不安にさせて仕事を辞めさせて……」
「仕事を辞めたのは彼女の意志だろうに」
「でも、俺がしっかりしていなかったから。さっき藍理に振り回されて疲れたなんて偉そうに言ったけど、振り回してんのは俺の方なんじゃないかって」
「考え過ぎだよヒロくん」
「俺……男として責任を取らなくちゃ駄目ですよね」
「えっ!?」
「はぁ!?」
「責任って、もしかして結婚するとか言い出さないよな?」
「駄目駄目駄目、早まっちゃ駄目だよ?」
俺と蓮に出鼻を挫かれてヒロは言葉に詰まった。しかしまたすぐに、
「でも仕事を辞めて藍理は収入が無くなったし……。俺が養わなきゃ……」
消え入りそうな小さな声で呟いた。ヒロめ、この数日間の疲労とストレスで正常な思考ができなくなっているな。
「今まで園部さんと、将来について具体的に話し合ったことは有るのか?」
「いえ……特には」
だろうな。ヒロはまだ23歳、遊びたい盛りの若者だ。
「なぁ、ヒロ」
俺は努めて優しく語りかけた。
「結婚自体は否定しないよ。俺にだって結婚願望有るもん。だけど俺さ、結婚というものはこれ以上無いってくらいシビアな現実だと考えているんだ。恋人同士の時と違って、お互いを好きという気持ちだけではやっていけないって。相手の親や親戚との付き合い、介護問題に出産や子育て。いろいろ有るからさ」
横で蓮がうんうん頷いて共感の意を示していた。
「一番の問題は経済面だな。一応上司だからおまえの給料のおおよその額は把握しているけど、彼女は無職になったんだろ? おまえの収入だけでこの先やっていけそうか?」
ヒロは何も言わなかったが、自信無さげな表情が答えとなった。
「余計なお世話だろうけど……」
蓮が遠慮がちに割り込んできた。
「藍理はお金のかかるコだよ? 高級とまではいかないけど、藍理が身に着けてる服やバッグは全部、若い女性に人気なブランドでそれなりにするよ。藍理は収入が減っても、生活レベルを落とすタイプじゃないと思う」
「………………」
「ヒロ、おまえは園部さんが退職したことを自分の責任のように感じているけどな、それは違うぞ。社会人として職に就いていた彼女が、おまえに相談無く自分の意志だけで辞めてきたんだろ? そのせいで園部さんが生活に困ることになったとしても、それは彼女自身が蒔いた種なんだ」
「俺……、俺どうしていいか判らないんです。どうしたらいいんでしょう?」
「彼女とちゃんと話し合うんだ。これから先、お互いにどうしたいのか。金銭面も含めてキチンとな。ここで逃げたら駄目だぞ」
「ヒロくんはさ、受け身過ぎるんだよ」
「え?」
「藍理のことが好きだからなんだろうけど、いつも藍理の言うこと聞いてばかりで、自分の意見を言ってないじゃん」
蓮の鋭いツッコミに、ヒロだけではなく俺も自然と背筋が伸びた。
「さっきは自分を格下とか言ってたけど、恋人同士で格付けって馬鹿みたい。これから先も藍理と付き合っていくつもりなら、対等の関係になれるようにしないと。ヒロくんはまずそっちを頑張るべきだよ」
「おお……」
「………………」
蓮、おまえ良いこと言うじゃないか。今のヒロに必要な的確なアドバイスだ。蓮のこの言葉がヒロに届いてくれたらいいんだが。
「ヒロ、まず休め。疲れた頭じゃ考えは纏まらないぞ。しっかり寝て疲れが取れたら、俺や相原さんが言ったことを少し考えてみてくれ」
「……はい」
「あたし達は帰るけど食事もちゃんとしてね。食べるものは有るの?」
「うん、大丈夫……」
「ごめんな」
「はい?」
弱り切った後輩に大したことはしてやれなかった。だいぶ年上なのに自分が情けなくて、つい出た謝罪の言葉だった。
「いや、何でも無い。今日はとにかく寝ろ」
「あ、はい、そうします……。今日はありがとうございました」
口下手の俺では碌な助言ができない。ならば明日以降、職場に出てくる彼のサポートを仕事面ですればいい。そう心に決めた俺は、蓮と並んでヒロの部屋を後にした。
良い思い出が無いせいか、どうもこのアパートは空気を重く感じる。敷地の外に出られたことに俺は安堵した。
蓮がもっともな感想を漏らした。
「藍理はチーフが居るから大丈夫だって……。今月の残りはそのチーフが店を回して、来月頭に本社から新店長になる社員が来るそうです」
「チェーン店なのか?」
「ええ。店舗数は少ないですけど、駅近によく在る女性向け雑貨を扱ったセレクトショップです。俺は、五月に出た初任給で苦労をかけた母親にプレゼントを贈ろうと思って。過ぎちゃったけど母の日も兼ねて」
孝行息子だな。
「それで行ったのが、たまたま藍理が店長をしている店だった訳です。ところが女性向けの店に男一人だと居心地が悪くて。まぁ、落ち着かなかったんです。オドオドキョロキョロしていた俺は挙動不審だったんでしょうね、店長の藍理が近付いてきて、何をお探しでしょうかって尋ねられました。恥ずかしさMAXの俺が母へのプレゼントが欲しいと伝えたら、藍理はニッコリと、本当に優しく笑ってくれたんです。アドバイスをくれつつ一緒に品物を選んでくれました。その時の対応に俺は感動しちゃって、その……惚れちゃったんです」
なんと微笑ましいエピソードだろう。蓮は冷めた目で見ているが、お饅頭に人間の恋愛事情は解るまい。
「その日から藍理の店に何度も通って……。会計の時にこっそりアドレスを書いたメモを渡したら連絡を貰えて、まずはメル友、そして飲み友達へ。押して押して、二ヶ月前に晴れて彼氏になれたんです」
イケメンはいいな。俺が同じことをやったら確実にストーカー案件だ。
「俺、藍理に対して無責任ですよね」
「そんなことは無いだろう」
ヒロは顔を上げずに言った。
「強引に口説いたのに、俺は藍理を不安にさせて仕事を辞めさせて……」
「仕事を辞めたのは彼女の意志だろうに」
「でも、俺がしっかりしていなかったから。さっき藍理に振り回されて疲れたなんて偉そうに言ったけど、振り回してんのは俺の方なんじゃないかって」
「考え過ぎだよヒロくん」
「俺……男として責任を取らなくちゃ駄目ですよね」
「えっ!?」
「はぁ!?」
「責任って、もしかして結婚するとか言い出さないよな?」
「駄目駄目駄目、早まっちゃ駄目だよ?」
俺と蓮に出鼻を挫かれてヒロは言葉に詰まった。しかしまたすぐに、
「でも仕事を辞めて藍理は収入が無くなったし……。俺が養わなきゃ……」
消え入りそうな小さな声で呟いた。ヒロめ、この数日間の疲労とストレスで正常な思考ができなくなっているな。
「今まで園部さんと、将来について具体的に話し合ったことは有るのか?」
「いえ……特には」
だろうな。ヒロはまだ23歳、遊びたい盛りの若者だ。
「なぁ、ヒロ」
俺は努めて優しく語りかけた。
「結婚自体は否定しないよ。俺にだって結婚願望有るもん。だけど俺さ、結婚というものはこれ以上無いってくらいシビアな現実だと考えているんだ。恋人同士の時と違って、お互いを好きという気持ちだけではやっていけないって。相手の親や親戚との付き合い、介護問題に出産や子育て。いろいろ有るからさ」
横で蓮がうんうん頷いて共感の意を示していた。
「一番の問題は経済面だな。一応上司だからおまえの給料のおおよその額は把握しているけど、彼女は無職になったんだろ? おまえの収入だけでこの先やっていけそうか?」
ヒロは何も言わなかったが、自信無さげな表情が答えとなった。
「余計なお世話だろうけど……」
蓮が遠慮がちに割り込んできた。
「藍理はお金のかかるコだよ? 高級とまではいかないけど、藍理が身に着けてる服やバッグは全部、若い女性に人気なブランドでそれなりにするよ。藍理は収入が減っても、生活レベルを落とすタイプじゃないと思う」
「………………」
「ヒロ、おまえは園部さんが退職したことを自分の責任のように感じているけどな、それは違うぞ。社会人として職に就いていた彼女が、おまえに相談無く自分の意志だけで辞めてきたんだろ? そのせいで園部さんが生活に困ることになったとしても、それは彼女自身が蒔いた種なんだ」
「俺……、俺どうしていいか判らないんです。どうしたらいいんでしょう?」
「彼女とちゃんと話し合うんだ。これから先、お互いにどうしたいのか。金銭面も含めてキチンとな。ここで逃げたら駄目だぞ」
「ヒロくんはさ、受け身過ぎるんだよ」
「え?」
「藍理のことが好きだからなんだろうけど、いつも藍理の言うこと聞いてばかりで、自分の意見を言ってないじゃん」
蓮の鋭いツッコミに、ヒロだけではなく俺も自然と背筋が伸びた。
「さっきは自分を格下とか言ってたけど、恋人同士で格付けって馬鹿みたい。これから先も藍理と付き合っていくつもりなら、対等の関係になれるようにしないと。ヒロくんはまずそっちを頑張るべきだよ」
「おお……」
「………………」
蓮、おまえ良いこと言うじゃないか。今のヒロに必要な的確なアドバイスだ。蓮のこの言葉がヒロに届いてくれたらいいんだが。
「ヒロ、まず休め。疲れた頭じゃ考えは纏まらないぞ。しっかり寝て疲れが取れたら、俺や相原さんが言ったことを少し考えてみてくれ」
「……はい」
「あたし達は帰るけど食事もちゃんとしてね。食べるものは有るの?」
「うん、大丈夫……」
「ごめんな」
「はい?」
弱り切った後輩に大したことはしてやれなかった。だいぶ年上なのに自分が情けなくて、つい出た謝罪の言葉だった。
「いや、何でも無い。今日はとにかく寝ろ」
「あ、はい、そうします……。今日はありがとうございました」
口下手の俺では碌な助言ができない。ならば明日以降、職場に出てくる彼のサポートを仕事面ですればいい。そう心に決めた俺は、蓮と並んでヒロの部屋を後にした。
良い思い出が無いせいか、どうもこのアパートは空気を重く感じる。敷地の外に出られたことに俺は安堵した。
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