おきつね様の溺愛!? 美味ごはん作れば、もふもふ認定撤回かも? ~妖狐(ようこ)そ! あやかしアパートへ~

にけみ柚寿

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1章

第1話 桜、咲く

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 春の昼下がり。
 桜の並木道を歩くわたしの心は晴れやかだった。

 薄紅に咲く桜の花たちまで、まるでわたしの新生活を応援しているみたい……。こんなベタなことを心の中でつぶやいてみる。
 普段のわたしは、別に夢見がちな性格ってわけじゃない。だけど、はっきり言って、今のわたしは、いつもの何倍も浮かれた気分だった。

(だって、今日はわたしにとって念願の1人暮らし開始日。そして、これから暮らすことになるアパートに、今まさに向かっているところなんだから……)

 周囲に人が見あたらないせいもあってか、気がつけば歌を口ずさんでいるほど、わくわくしてるわたし。

「ルルル~♪ 快適だといいな~♪ 今日から暮らす、アパート~♪」

 今歌っている『祝・1人暮らし!』は、どことなく昔なつかしのコマーシャルソングのようなテイスト。
 作詞作曲は、このわたし、谷沼たにぬま 紗季音さきね
 即興で作った、できたてほやほやの1曲。

 ちなみにわたしが作詞作曲をしたのは、これが初めて。
 この世に生をうけて20年たつけど、意識してだろうと、無意識にだろうと、ごく単純な歌だって作ったことは皆無だったのに――。
 それだけ、今日のわたしは気分が高揚してるんだと再認識する。

 自作の1人暮らし応援ソング『祝・1人暮らし!』の、曲としてのレベルは……、残念ながら どう考えても上手とは言えない。作ったわたしも、「もう歌うことはないだろうなぁ」というシロモノ。

 でもたとえ、その できばえがどうであろうと――。
 歌を作ったことのないわたしが即興でへたっぴながら、1人暮らしをテーマにした歌を作ってしまう……それくらい気持ちがたかぶっているって確認できたんだから、よしとしよう。

 ――というか。
 そういうことにして納得しなきゃ、わたし、自分で自分がとっても恥ずかしくなってくるから!
 単純なメロディなのに、特に最後のフレーズ『アパート~♪』のあたり、思いっきり調子はずれな歌声になってたし。

(誰かに聴かれなくて、本当によかった……)

 しみじみ心の中でつぶやく。
 すると、突然、あたりに風が吹いた。
 ひらひらと、花びらを舞わせる桜の樹々。

 一気に幻想的な雰囲気になった並木道で――。やわらかな風が、わたしの頬をふんわりとなでる。

 それはまるで、「誰か」が風をあやつって、わたしにふれているような、不思議な感覚。

(……「誰か」って。ここには、わたし以外誰も見あたらないのに――)

 念のため、周囲をきょろきょろしてみるけれど、やっぱり近くにわたし以外の人はいない。
 左右や前方後方だけじゃなく、頭をあげて上方向まで確認してみるけど、桜の樹に誰かが登っている、なんてこともなかった。

(……なのに、誰かの気配を、感じるような――。でもやっぱり気のせいかも。どっちにしても、なんか変な感じ……)

 誰もいないはずなのに、気配らしきものを感じてしまう理由がわからず、並木道に、ぽかんと立ちつくす私。

 ……そういえば――。意外なことが起きて、わけがわかんなくて呆然としちゃうことを、たしか「きつねにつままれた」って言うよね。あ、この場合の「つままれた」は「つねられた」って意味ではなくて「化かされた」とか「だまされた」って意味なんだっけ……。

 慣用句には、くわしくないけど前にそう聞いたおぼえがあるような。
 まぁ、まさか本当にキツネが何か霊的な力を使って、人にイタズラするわけじゃないだろうから、あくまで慣用表現なんだろうけど。
 いまは21世紀、令和の世。多くの人が『キツネやタヌキは人間を化かす』という迷信を信じていたであろう時代は、はるか昔に過ぎ去っている。

(それでも今のわたしは、いわゆる「狐につままれたような顔」をしているのかも……。なんにしても、不可解。誰もいないはずなのに、誰かがいるように感じるなんて――)

 不安な気持ちをぬぐいさりたいわたしは、この桜並木から一刻も早く抜けだすことを決めた。
 新生活に必要な引っ越し荷物のほとんどは、引っ越し屋さんに渡してある。今のわたしが持っている荷物は、肩にかけたバッグひとつだけ。
 重たい荷物は持ってなくてよかった。

 わたしはうしろを振り返ることなく、アパートに続く道を猛スピードで進んでいく。
 さっきまであんなに浮かれていたわたしの心が、今は奇妙にざわめいていた。
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