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第七日目に動き出す - ④
しおりを挟む思えば、今までに一之瀬が絡むと自分がおかしくなってしまうことがたくさんあった。自分が経験したことのない思いをして、行動をして、身体もおかしくなる。
渡したくない、行かせたくない、話しをさせたくない……全部、嫉妬だ。
それに、独占欲だ。
自覚するのが遅すぎたくらいだ。
誰も好きになんてなったことがなかったから、わからなかった。
こればかりは実践で誰も教えてはくれない。例え世の中に、本や映像や漫画などの教本や、経験談を話す周りの人のお手本があふれていたとしても。
(俺って……鈍かったんだな)
いまさらでおかしくなる。
(いや……。薄々…感じてたものは、たくさんあったんだ。俺は……認めたくなかったんだろうな)
恥ずかしくて情けなくて自分を大声で罵って笑ってやりたい。
そんな気持ちにちょっとなりかかったときに、安達が千紘の顔色をうかがうようにのぞき込んできた。
「ごめん……? 舛森君。……プレッシャーをかけちゃった?」
黙り込んでしまった千紘を心配したのだろう。
「え……?」
目の前に来た安達の顔を呆然と見返した。
「いまのままでも十分、舛森君はいい男よ。責任感はあるし、頼まれたことをやり通すこともできるし、積極的だし仕事はできるし、人に教えを請うこともできるし、礼儀正しいし、素直でいい子だし……」
「はは……最後のは、いい男の条件なんですか?」
自分が情けなくなって勝手に落ち込んでいただけなのに、そんな内情を知らないのだから当然なのだが、見当違いでも懸命に励ましてくれている安達を感じて我に返る。
こんなにいい人を心配させて尻拭いのように褒めさせて、自分がもっと情けなくなりそうだ。
「あっ……? ああ! ごめん…なさい」
「……っはは!」
「ふふ…」
千紘の笑いに、安達が釣られて笑ったあとちょっと待ってと言うと思案顔になった。
「うーん?……でも、そうかも。自分だけに従順な男……いいわね」
なにを言い出すかと思ったら、真剣な顔で腕を組みあごの下に軽く握った手を置いて考え込むふりをながら、声を落としてしみじみと言うので、ふたりで吹き出して笑ってしまった。
「「ははっ!」」
恋敵が、安達さんかぁ……。
(あ~あ……)
ふたりで笑いながらなんとも言えない複雑な心持ちで、気を回して心配までしてくれている安達を見返した。
「さっきの話が、よほど衝撃だった?」
「ええ……まぁ」
千紘が笑ったことにほっとしたのか、安達の心配顔が消えていつものちょっと強気の表情が戻ってきた。女性のこういう顔がかわいくてたまらないという男はたくさんいるんだろう。
(美人だしなぁ……)
くるくると表情の変わるそんな安達の顔を見ていると、女性ってこうやって繊細に表情が変わるんだよなぁということを思い出し、恋敵の前に自分は男なのだという事実に気づいてしまった。
もしかしたら、自分はスタートラインさえも立てないのかも…ということにも。
「そんなことたくさん、これからあるわよ。社会や人の裏側を見た! って思うわよ。世の中ってギブアンドテイクで、弱肉強食で、……欲の世界よ」
今度は脅すような表情になって、安達の声のトーンがだんだん下がっていく。
安達と話していると、落ち込ませてくれないようだ。次々と話題を振られるので、強制的に意識が塗り替えられていくようだった。
「……そんな希望がなくなること、言わないでください」
「うん。だから……一之瀬先生が、際立つんでしょうね」
「……?」
「いまのままだと、被告人はあんまりだって、思わない?」
「……はい」
確かにそうだ。
例え冤罪でも、一度張られたレッテルはなかなか外れない。噂は勝手に一人歩きを始めるものだし、人の口に戸は立てられない。どこでどんな言われ方をして、なにが起こるのかわからないのだ。
「ちゃんと一之瀬先生は、そのフォローもしたのよ」
「……どんなのです?」
千紘は少し身を乗り出す。
「あのあとすぐ、彼女に誤解でしたって謝罪文を書かせたの。今まで通りでお願いしますっていう嘆願書の意味も込めて、彼の会社に提出させた…婚約者にもよ。その上で、金輪際彼に近づかないっていう念書も取ったのよ」
「……それで大丈夫なんですか?」
双方のことが気になる。
「被告人の彼は、それでいいって言ったみたいよ。表沙汰にされたら自分ももっと好奇の目に晒されるし、婚約者の方が大事だって。それに…良い方に解釈すればよ? …勘違いでした、周りにも迷惑をかけましたごめんなさいで、お互いに今なら通るでしょう?」
早く忘れてしまいたいという気持ちはわかる。でも、本当の意味での日常が彼に果たして帰ってくるのだろうか。気の毒だと思ってくれるならばまだいい。疑われるような人…と思ってくる人もいそうだ。
かといって、安達の言う通りこのことが表沙汰になったら大げさに言うなら週刊誌が飛びつくような話題だ、周りの人の噂は止まらず、もっと生活は混乱してしてしまうだろう。結婚話だって、最悪、なくなってしまうかもしれない。
「民事の方の向こうの弁護士を通してるから、もうなにもないと思うけど…。お説教とかされてるかもねー。それに彼女も救われたと思っているんじゃないかな。相当、反省しているみたいよ」
「……………」
余計な波風を立てないように、処理をするやり方は聞いていて、一之瀬らしい対処の仕方なのかも…とも思う。研究室でのことを思い出す。正面から徹底的に戦えば、皆がもっと手酷く手負い状態になる。やったことは決して許されることではないけど……現実と心情の落としどころを探ることも、必要なことなのかもしれない。
「それが果たして正解かはわからないけれど、なんだか一之瀬先生らしい気がするのよ」
「ええ……」
正解なんてあるのだろうか。
弁護士の仕事って本当に難しい仕事だ。
何事だって、人とか…時間だって絡んできたら変わるってしまうのはよくあることだ。それに正しいことは平気でひっくり返るし、あらゆる効果は波及して変わっていく。
それ以上ふたりはお互いになにも言えなくなってしまって、間を埋めるようにそれぞれ飲み物を口に運んだ。
「悪いね。……どうした? 何の話してたの?」
そんなときにちょうど電話から帰ってきた一之瀬が、黙り込んでいるふたりを見て、少し怪訝な顔をして座りながら聞いてきた。
「……さっきまで楽しそうにしてたのに、空気が重いな?」
千紘は今の話を聞いたあとに見た一之瀬に、別世界から来たようなちょっとした違和感を感じてしまって、戸惑いながら真っ正面に座った一之瀬を凝視してしまった。
(……あれ?)
それに、感じた違和感の原因はそれだけではなさそうだった。
先ほど席を立った時と同じ人で、服装や髪型も同じはずなのに……おかしい。
好きだと自覚した途端に、急に目の前の一之瀬がより煌めいて見えてしまったようだ。
千紘は驚き、錯覚かと思って目を擦った。
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