【本編完結】水曜日の迷いごと

咲月千日月

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第七日目に動き出す - ③

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 おっ興味ある? と安達が素早く反応して、物知り顔でニヤリと笑った。

「そうそう、良くぞ、聞いてくれました。……守秘義務を守って聞いてね」
「は……はい」

 ゴホンとわざとらしく咳をする真似をすると、安達は真面目そうな顔を作って千紘に近づき、同意を求めた。
 千紘はその近さに驚きつつ、安達の迫力に押され、大きく頷きながら返事をした。

「ココだけの話………あの被害者の子ね、被告人が好きだったらしいのよー」

 唇に人差し指を当て、内緒よと指差し確認しながら安達が言う。

「………え、ええっ?!」

 あまりにも驚いて、大きな声が出てしまった。
 知っていた、とか、顔見知りとか、ではなくて……? 
 いきなり、好き? ……だった!?

 ボリューム! と安達に注意されて、すみませんと肩を落として小さくなって千紘は素直に謝る。
 さらっと、とんでもないことを話す安達にびっくりだ。
 自分は話す方だからいいけど、誰だってそれを聞いたら大きな声くらい出てしまうに決まってる。

「驚きでしょ?」
「はい……だって、見ず知らずだったはずじゃ……」
「の、ハズだった。でも、違った」
「……………」

 衝撃の事実に、声が出ない。そんな事実はどこにも書いてなかった。
 それが本当なら、心証どころか、元々の前提からくつがえる話だ。

「被告人の彼は、被害者の勤めていた会社を、仕事で訪問していたことが何回かあったんだけど、訪問した先の部署はフロアも違うし、個人的な接点は全く見つからなかったわけ。だから警察も、初対面同士ということで処理したんだけど……」

 安達はそこでワイングラスの中身を飲み干す。
 いつもなら何でもないその赤色が目にとまり、千紘にはその液体が血のような毒々しいものに見えた。
 千紘はデキャンタを手に取り、空になったグラスに吸い寄せられるように、安達のグラスにワインを注いだ。

「ありがとう」
「……いえ」

 グラスに注がれたものはとりあえず口をつけないと礼儀に反するとでも言いたげに、安達はワインを口に含んで続けた。

「接点があったの、一度だけ。給湯室で前の同僚にたまたま頼まれて、被告人にお茶を出したことがあったみたい。当の被告人は全く覚えてなかったけどね」
「……………」
 
 そうだろう。たった一度お茶を出されたくらいでは、お得意様が目の前にいて話をしているときにまじまじとは見ないだろうし、言葉も交わしてないようでは覚えてはいないだろう。

「多分、ひと目惚れ。その後、いろいろ調べたんじゃないかな。彼のこと」
「……ひと目惚れって、本当にあるんですね……」

 したことがないから、全くわからない。
 初恋さえもまだの千紘には、物語の世界の話だ。
 ひと目見て恋に落ちるなんて……聞くだけなら、とてもロマンチックなことなのに。

 好きになったのに、どうして……?
 それが…いったい、どうなってこんな事態になったんだ?

「別に、めずらしくもないわよ。好意を持つのって、容姿から入ることが多いし。ストーカーだって、その一種でしょう?」
「まぁ……」

 人を好きになることとストーカーを一緒に並べて語る安達を、千紘は不覚にも頼もしく感じてしまった。さすが法律事務所に勤務しているだけはある。恋愛に夢を見たりはしないのだろう。それはある意味寂しいことかもしれないけれど。

「それでね、事件のひと月前くらいに、被害者が友人と旅行に行ってるんだけど、その時に縁結びで有名な神社にも寄ったみたいでね、〈恋愛成就〉の絵馬に"両想いになれますように"って、願いごとを書き込んだのね。それをなんと……関さんが見つけてきてくれたの。ばっちり、被告人の名前入り」
「えぇ…。迂闊うかつすぎませんか……」
「旅行先で気が緩むなんてよくあることよ。遠いしわからないと思ったんじゃない?」

 そんなものが……あったなんて。
 顔だけ見知っていて、知り合いじゃない……好きな人……痴漢事件?
 
(でも、それって……もしかして……?)

「それって……狂言で、痴漢事件を…でっち上げたってことですか」
「そう。多分ね。被告人は婚約中で、結婚間近だったのよ。だから、別れさせようとして仕組んだんだのかも。まぁ、軽い気持ちだったのかもしれないし、憎さあまって…かもしれないわね。民事の方の弁護士経由で確認を取って、本人に直接聞いたわけじゃないから、断定はできないけど、ね。……怖いわね~」

 最後は声を落として言うと、安達は両手で自分を抱き寄せる仕草をした。

「……そんな人には、見えなかったけどな……」

 おどけるような安達の仕草も、こんな重大なことを聞いたあとでは笑いが出てこない。
 あの証人への反対尋問のあとに、入場から退場まで遮へい措置をされた被害者への証人尋問も行われたが、もしかしたら勘違いだったのかも……というニュアンスを漂わせたものになっていた。あれも全部演技なのか……。
 人の表に出ない意外な闇の一面を垣間見てしまったようで、放心して千紘はポツリと呟いた。

「甘いわね、舛森君。事実は小説よりも奇なりよ。恋愛の方のお勉強もしなさい。女は魔物なの。合格したら気をつけることね。途端に、うじゃうじゃ寄ってくるから。……特に、舛森君は、イケメンでかわいいから余計にね」

 ははは、と安達は高笑いをして続けた。

「で、問題の絵馬を関さんは持ってきてくれたわけよ。証拠として提出すれば、狂言だってバレちゃうわ」
「ですよね。すごい強い証拠能力をもった証拠品じゃないですか。どうして、一之瀬先生は提出しなかったんですか」

 誰もが思う疑問だろう。

「”優しい”からよ」
「え?」
「一之瀬先生の、優しさよ。事実がわかったら、被害者の立場はどうなると思う?」
「それは……」
「社会的に抹消されてしまう。会社には、いられなくなる。もしかしたら、友人だって失くすかもしれない。まだ若いのに、将来を含めてすべてを失くすことになる。男だったらまだいい、でも彼女は世間で言う、嫁入り前の独身の……普通の女の子、なのよ」

 安達は頬杖をついてグラスを掲げ、中の赤ワインを透かし見る。

「だから、一之瀬先生の、優しさ。私には少し、甘ったるいとも思えるけれど。彼が外見だけでもなく、弁護士としての能力だけでもなく、いい男なのはその所為かもね」
「……………」

 そう言って複雑そうな表情をした顔に、安達の本音が透かし見えたようで、千紘は何も言えなくなってしまった。

「舛森君だって、先生はいい男だと思うでしょ?」
「……はい」
「頑張って、君もいい男になりなさい。……楽しみにしてるから」

 言葉とは裏腹に、安達は少し寂しそうに見えた。様子から察するに、安達は一之瀬のことが好きなのかもしれない。
 先ほどまで安達の話を笑顔で楽しそうに聞いていた一之瀬の顔が浮かぶ。
 もし一之瀬もそうだとしたら、二人は……両思いになる。
 ここ数日間の一之瀬と安達のやりとりが走馬灯のように思い出される。
 いつも、一之瀬は楽しそうに話してはいなかったか。安達に笑いかけた顔、気の置けない者への軽口、その口調や笑顔ばかりが浮かぶ。笑い声も聞こえてくる。

(そんなの……嫌だ!)

 千紘は強く思った。
 胸が焦燥感で締め付けられる。

 ――絶対、誰にも渡したくない。

(渡したく、ない……?)

 独占欲? 
 いや…これは……嫉妬?

(ああ……嫉妬、してるんだ……)

 自分は安達に、嫉妬している。
 今まで感じてきた違和感は、嫉妬。
 そして……。
 嫉妬しているということは、その相手を……。

(そうか。俺は……)

 ――好きなんだ。

(……一之瀬先生が。好きに……なって、いたんだ)

 千紘は初めて、自分の感情をとうとう自覚し理解し認めたのだった。


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