31 / 106
第十夜 夜雷 - ①
しおりを挟む月曜日の夜に電話で話をした時、一之瀬は学校でのことは大丈夫だと言っていたのに、次の水曜日の朝、学校のサイトを確認すると、倒産法の授業は休講になっていた。
(どうしたんだろう?)
にわかに心配になる。
じっとしていられなくて、一応課題の答案を持って千紘はいつもの時間に家を出た。
念のため直接学校の掲示板でも確認したが、やはり休講になっていた。
(忙しそうだったから、体調でも崩したのかな)
昨日は日曜日も月曜日も夜に連絡をくれたのに今日は連絡をくれないのかなと、ちょっと残念な気持ちで疑問に思い待っていた。
勉強中、ずっとソワソワして千紘はスマホばかり見ていた。
でも毎日連絡を期待するのも、忙しい人相手では酷というものだろうから、諦めていたのだ。
心中は気になって穏やかではなかったが、仕方ないので、一之瀬にも頑張れと言われていることだし、とりあえずいつものように自習室に行き勉強することにした。
「舛森!」
まだスッキリしない気分で昼休みに学食へ行くと、その前で芹沢に声を掛けられた。
「おはよ」
「おう。はよ…って、もう昼」
芹沢が拍子抜けしたような表情になる。
「うん。わかってる」
「そうじゃなくってって、まあいい。それより赤澤が出てきてる」
「えっ?!」
千紘は一気に目が覚めた気分だ。
「みんながさ、質問攻め」
「本人なんて?」
「インフルだったんだって」
「マジか…」
「マジ」
「季節外れなのに…」
「そうなんだよ。だからそれ聞いて、みんな自分の体調の方心配してて。Aクラスは大騒動だったみたい。渦中の赤澤は、一之瀬が辞めるかもって聞いて、そんなの嘘だ! って騒いだらしい」
「ははっ!」
なんとお粗末な顛末だろう。
「人騒がせなヤツだよなー」
「ホントだね」
「まあ、みんな噂はデマだってわかったんじゃないかな? ウチの一年のヤツらも、未修でも、相手の女生徒は赤澤だって回ってたみたいだからさ。該当候補のその本人が否定したんなら」
「そう…だな」
(こちらは大丈夫そうだよ、水樹さん)
「じゃあなんで、今日は休講だったんだろうな?」
「体調不良とか?」
「そんなん、また噂になりそうだ」
「インフルか、って?」
「そう。一緒にいたのか? って、なると思わない?」
「そうかもな」
笑うところなのに、うまく千紘は笑えなかった。
「あのセンセ、突然休講なんてしそうにないのに」
「うん。だからちょっと心配…」
暗い顔になった千紘に芹沢が言う。
「やっぱ、なんかあったんだろ?」
「え…?」
「違うんだよ。一之瀬の話してる時の舛森」
「……」
「まあ、いいけどさ」
芹沢相手に誤魔化すことはこれ以上無理だと千紘は悟って、少しだけ情報を開示した。
「…答案をね、見てくれるって」
「え?」
「俺、民法苦手だから。みんなに内緒で」
「なんだよ、それ。めちゃ特別扱いじゃん」
言葉とは裏腹にマイナスな感情はこもっていない言い方で芹沢が言った。
「うん。ごめん。言い辛くて、黙ってた」
「いや、責めてるわけじゃなくて。そんなに懐に入るくらい仲良くなったんなら、心配するよな」
「うん…」
「エクスターンシップ、行って良かったな」
そう言って笑う芹沢を、千紘は騙しているようで気が咎める。
「うん。黙ってて、ごめん」
「いいよ。わかるから」
「ありがと」
「じゃあ、なおさら心配かぁ…。まあ、来週になったらわかるんじゃね?」
「そうだね」
でもそんなに千紘は待てなさそうだ。
待てない関係に、なってしまった。
昼を芹沢と一緒にとったあと、芹沢と話したことでますます一之瀬のことが気になってきてしまった。本来なら、一之瀬の授業を受けている時間なので、余計なのかもしれない。
一之瀬からかかってきた月曜日の夜の電話の後は、一之瀬が忙しいと思って、千紘からは連絡をしなかった。
その間、一之瀬からも連絡がなかった。
(うーん、どうしよう? 掛けてみようかな)
千紘は外のベンチに腰掛けて、数分スマホとにらめっこをした。
周りに誰もいないことを確認する。
いつでも掛けてきて良いと言っていたし、なによりもやっぱり心配で、不安に思って一之瀬の番号を呼び出し、思い切って通話ボタンを押してみた。
(えいっ!)
『お掛けになった電話番号は現在電波の届かないところにおられるか、電源が入っていないため、掛かりません』
お決まりのアナウンスが流れてきた。
一体、何がどうしたというのだろう?
次に自分が取るべき行動はなんだろうと千紘は思案する。
そして行き着いて悩んだが結局、居ても立ってもいられなくなって、重村法律事務所の番号を押した。
今千紘にできる確実な解決方法だった。
「はい。重村法律事務所、安達でございます」
幸運にも、安達の声が聞こえた。
「安達さん、僕、エクスターンシップでお世話になった舛森です」
「ああ、舛森君。どうしたの?」
「あの……」
「もしかして、一之瀬先生のこと?」
相変わらず察しがいい。
「はい」
「今夜空いてる?」
安達は話が早かった。
人の意図を見抜いて的確に対処してくれる。会ったほうがいいと判断してくれたんだろう。
「空いてます」
「じゃあ、ウチのビルの隣の喫茶店に八時でどう?」
声のトーンが落ち、口元を押さえているらしいくぐもった声になった。
「わかりました」
「じゃあ、また」
「はい。失礼します」
電話を切ると千紘は少しほっとした。
繋がる先があってよかった。
とりあえず、事情は聞けそうだ。
「安達さん、ここです」
入り口に姿を見せた安達に、千紘は立ち上がって手を振った。
「どうぞ」
席に促す。
「ごめん、遅れて」
安達が息を切らせて謝る。
「いえ。こちらこそわざわざすみません。お忙しいのに」
「大丈夫よ。私が言い出したことだから、子供は気にする必要ないの」
そう言って笑った。
笑いながら、傍らに寄って来た店員にブレンドコーヒーを頼んだ。
「俺、とっくに二十歳過ぎてますけど」
「あらそう? ごめん、いつもあんまりにも可愛いから」
「はぁ……そうですか」
「そこは笑うところよ。まあいいわ。それどころじゃないって顔してるから」
「………」
余裕のないところを言い当てられて、千紘は二の句が継げない。
「ふふ、そういうところが子供なのよ。大人はいつでも、いつも通りに振舞うの」
「そんな器用なことできません」
「今はね。…でも、弁護士はそれじゃあ、通用しない」
急に笑顔を消した安達に、ただならぬものを感じた。
「……何が、あったんですか」
「姿を、消したわ」
「え?」
「一之瀬先生」
「……?」
「昨日から、音信不通」
0
あなたにおすすめの小説
氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~
春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』
アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。
唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。
美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。
だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。
母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。
そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。
——カイエンが下す「最後の選択」とは。
ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。
ポケットのなかの空
三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】
大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。
取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。
十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。
目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……?
重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
・性描写のある回には「※」マークが付きます。
・水元視点の番外編もあり。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
※番外編はこちら
『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182
【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕
hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。
それは容姿にも性格にも表れていた。
なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。
一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。
僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか?
★BL&R18です。
人気俳優と恋に落ちたら
山吹レイ
BL
男性アイドルグループ『ムーンシュガー』のメンバーである冬木行理(ふゆき あんり)は、夜のクラブで人気俳優の柏原為純(かしわばら ためずみ)と出会う。
そこで為純からキスをされ、写真を撮られてしまった。
翌日、写真はネットニュースに取り上げられ、為純もなぜか交際を認める発言をしたことから、二人は付き合うふりをすることになり……。
完結しました。
※誤字脱字の加筆修正が入る場合があります。
選択的ぼっちの俺たちは丁度いい距離を模索中!
虎ノ威きよひ
BL
ぼっち無愛想エリート×ぼっちファッションヤンキー
蓮は会話が苦手すぎて、不良のような格好で周りを牽制している高校生だ。
下校中におじいさんを助けたことをきっかけに、その孫でエリート高校生の大和と出会う。
蓮に負けず劣らず無表情で無愛想な大和とはもう関わることはないと思っていたが、一度認識してしまうと下校中に妙に目に入ってくるようになってしまう。
少しずつ接する内に、大和も蓮と同じく意図的に他人と距離をとっているんだと気づいていく。
ひょんなことから大和の服を着る羽目になったり、一緒にバイトすることになったり、大和の部屋で寝ることになったり。
一進一退を繰り返して、二人が少しずつ落ち着く距離を模索していく。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
薫る袖の追憶を捨て、月光の君に溺愛される
あとりえむ
恋愛
名門の姫君・茜は、夫の高彬に蔑まれ、寂れた離れで孤独な死を迎えた……
けれど意識が途切れた瞬間、視界を埋め尽くしたのは命を削って輝く緋色の夕映え。
目が覚めると、そこは高彬との婚約が決まったばかりの十五歳の春に戻っていた。
「二度目の人生では、誰のことも愛さず、ただあの方の幸せだけを願おう」
茜は、かつて自身の孤独を救ってくれた「最推し」の東宮・暁を、未来の知識で密かに支えることを決意する。
執着を捨て、元夫に無関心を貫く茜。
一方、高彬は自分に興味を失った茜の価値に気づき、今更遅い後悔に狂い始めるが……。
「見つけた。お前は俺の、運命の番だ」
正体を隠して東宮を支えていたはずが、冷徹な暁に見出され、逃げ場のないほどの執着と溺愛を注がれることに。
平安の雅な風情の中で描かれる、逆転と救済の物語。
最後は、二人が永遠の契りを交わす和歌で幕を閉じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる