【本編完結】水曜日の迷いごと

咲月千日月

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第十夜 夜雷 - ①

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 月曜日の夜に電話で話をした時、一之瀬は学校でのことは大丈夫だと言っていたのに、次の水曜日の朝、学校のサイトを確認すると、倒産法の授業は休講になっていた。

(どうしたんだろう?)

 にわかに心配になる。
 じっとしていられなくて、一応課題の答案を持って千紘はいつもの時間に家を出た。
 


 念のため直接学校の掲示板でも確認したが、やはり休講になっていた。

(忙しそうだったから、体調でも崩したのかな)

 昨日は日曜日も月曜日も夜に連絡をくれたのに今日は連絡をくれないのかなと、ちょっと残念な気持ちで疑問に思い待っていた。
 勉強中、ずっとソワソワして千紘はスマホばかり見ていた。
 でも毎日連絡を期待するのも、忙しい人相手では酷というものだろうから、諦めていたのだ。

 心中は気になって穏やかではなかったが、仕方ないので、一之瀬にも頑張れと言われていることだし、とりあえずいつものように自習室に行き勉強することにした。



「舛森!」

 まだスッキリしない気分で昼休みに学食へ行くと、その前で芹沢に声を掛けられた。

「おはよ」
「おう。はよ…って、もう昼」

 芹沢が拍子抜けしたような表情になる。 

「うん。わかってる」
「そうじゃなくってって、まあいい。それより赤澤が出てきてる」
「えっ?!」

 千紘は一気に目が覚めた気分だ。

「みんながさ、質問攻め」
「本人なんて?」
「インフルだったんだって」
「マジか…」 
「マジ」
「季節外れなのに…」
「そうなんだよ。だからそれ聞いて、みんな自分の体調の方心配してて。Aクラスは大騒動だったみたい。渦中の赤澤は、一之瀬が辞めるかもって聞いて、そんなの嘘だ! って騒いだらしい」
「ははっ!」

 なんとお粗末な顛末だろう。

「人騒がせなヤツだよなー」
「ホントだね」
「まあ、みんな噂はデマだってわかったんじゃないかな? ウチの一年のヤツらも、未修でも、相手の女生徒は赤澤だって回ってたみたいだからさ。該当候補のその本人が否定したんなら」 
「そう…だな」

(こちらは大丈夫そうだよ、水樹さん)

「じゃあなんで、今日は休講だったんだろうな?」
「体調不良とか?」
「そんなん、また噂になりそうだ」
「インフルか、って?」
「そう。一緒にいたのか? って、なると思わない?」
「そうかもな」

 笑うところなのに、うまく千紘は笑えなかった。 

「あのセンセ、突然休講なんてしそうにないのに」
「うん。だからちょっと心配…」

 暗い顔になった千紘に芹沢が言う。

「やっぱ、なんかあったんだろ?」
「え…?」
「違うんだよ。一之瀬の話してる時の舛森」
「……」
「まあ、いいけどさ」

 芹沢相手に誤魔化すことはこれ以上無理だと千紘は悟って、少しだけ情報を開示した。

「…答案をね、見てくれるって」 
「え?」
「俺、民法苦手だから。みんなに内緒で」
「なんだよ、それ。めちゃ特別扱いじゃん」

 言葉とは裏腹にマイナスな感情はこもっていない言い方で芹沢が言った。

「うん。ごめん。言い辛くて、黙ってた」
「いや、責めてるわけじゃなくて。そんなに懐に入るくらい仲良くなったんなら、心配するよな」
「うん…」
「エクスターンシップ、行って良かったな」

 そう言って笑う芹沢を、千紘は騙しているようで気がとがめる。

「うん。黙ってて、ごめん」
「いいよ。わかるから」
「ありがと」
「じゃあ、なおさら心配かぁ…。まあ、来週になったらわかるんじゃね?」
「そうだね」
 
 でもそんなに千紘は待てなさそうだ。
 待てない関係に、なってしまった。





 昼を芹沢と一緒にとったあと、芹沢と話したことでますます一之瀬のことが気になってきてしまった。本来なら、一之瀬の授業を受けている時間なので、余計なのかもしれない。

 一之瀬からかかってきた月曜日の夜の電話の後は、一之瀬が忙しいと思って、千紘からは連絡をしなかった。
 その間、一之瀬からも連絡がなかった。

(うーん、どうしよう? 掛けてみようかな)

 千紘は外のベンチに腰掛けて、数分スマホとにらめっこをした。
 周りに誰もいないことを確認する。

 いつでも掛けてきて良いと言っていたし、なによりもやっぱり心配で、不安に思って一之瀬の番号を呼び出し、思い切って通話ボタンを押してみた。

(えいっ!)

『お掛けになった電話番号は現在電波の届かないところにおられるか、電源が入っていないため、掛かりません』

 お決まりのアナウンスが流れてきた。

 一体、何がどうしたというのだろう?

 次に自分が取るべき行動はなんだろうと千紘は思案する。

 そして行き着いて悩んだが結局、居ても立ってもいられなくなって、重村法律事務所の番号を押した。
 今千紘にできる確実な解決方法だった。


「はい。重村法律事務所、安達でございます」

 幸運にも、安達の声が聞こえた。

「安達さん、僕、エクスターンシップでお世話になった舛森です」

「ああ、舛森君。どうしたの?」
「あの……」
「もしかして、一之瀬先生のこと?」

 相変わらず察しがいい。

「はい」
「今夜空いてる?」

 安達は話が早かった。
 人の意図を見抜いて的確に対処してくれる。会ったほうがいいと判断してくれたんだろう。

「空いてます」
「じゃあ、ウチのビルの隣の喫茶店に八時でどう?」

 声のトーンが落ち、口元を押さえているらしいくぐもった声になった。

「わかりました」
「じゃあ、また」
「はい。失礼します」

 電話を切ると千紘は少しほっとした。
 繋がる先があってよかった。
 とりあえず、事情は聞けそうだ。





「安達さん、ここです」

 入り口に姿を見せた安達に、千紘は立ち上がって手を振った。

「どうぞ」

 席に促す。

「ごめん、遅れて」

 安達が息を切らせて謝る。

「いえ。こちらこそわざわざすみません。お忙しいのに」
「大丈夫よ。私が言い出したことだから、子供は気にする必要ないの」

 そう言って笑った。
 笑いながら、傍らに寄って来た店員にブレンドコーヒーを頼んだ。

「俺、とっくに二十歳はたち過ぎてますけど」
「あらそう? ごめん、いつもあんまりにも可愛いから」
「はぁ……そうですか」
「そこは笑うところよ。まあいいわ。それどころじゃないって顔してるから」
「………」

 余裕のないところを言い当てられて、千紘は二の句が継げない。

「ふふ、そういうところが子供なのよ。大人はいつでも、いつも通りに振舞うの」
「そんな器用なことできません」
「今はね。…でも、弁護士はそれじゃあ、通用しない」

 急に笑顔を消した安達に、ただならぬものを感じた。

「……何が、あったんですか」
「姿を、消したわ」
「え?」
「一之瀬先生」
「……?」
「昨日から、音信不通」

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