[完結]兄弟で飛ばされました

猫谷 一禾

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一歩前進、そして暗雲

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(あん時はびっくりしてただけだし……急にされたら固まるだろっ!怒られてる途中だったし…あの後なんも言ってこないし…)

ウダウダ自分に言い訳しながらチラリとアウロンを盗み見る。望のなかで処理しきれなかったアウロンとのキスの事、彼と居る時には極力話題に出さないようにしていた。うやむやと時間を掛けて無かった事にして流したかった。
アウロンのことを益々意識しているのはバレたくなかった。

(あーそれにしても眠い……昨日も見ちゃったんだよなぁ…話してみる?いやいや、ただの勘違いだった時の空気…地獄だろ。恥ずかしすぎるわっ。怖いテレビ見て夢に見ちゃう子供と一緒だよなぁ…)

そしてもう1つ、実は望は悪夢を見ていた。本に魔力を流して大騒動を起こしたばかりだ。何か関係を疑いそうなものだが、毎晩見てやつれているとかでは無かった。時々、怖がらせられた影響でそんな気になって見ちゃった感が強いのだ。
あれから毎日自分の身体中をチェックしている望だったが、印らしき物はどこにも見当たらなかった。何でもなかったんだとホッとしたのも事実。まだ怖いなって思っているのも事実。

(あれを悪夢と呼んでいいのかもなぁ…あの夢を見た時は夜中に目が覚めちゃうんだよな…実害ってそれくらいだし…すっごい怖い夢って感じでも無いし…うーん…自意識過剰のビビりって思われるのも…ヤダな。しかも見たの3回くらいだしなぁ)

「望様、あちらに使い様がお待ちです」

「おー兄ちゃん。久しぶりに見たな」

夢の中では望は違う人物になっている。周りから酷いことを言われて、城から追い出されるのだ。悲しくって心細くって悔しくて憎くて……そんな夢だった。そして最後に語り掛けるのだ、自分自身に。お前もだろ、お前も一緒だろ、と。本の内容をなぞっているかのような夢に、何影響されてんだ俺、と恥ずかしく思っていた。
夜中に目覚めた時に泣いていた事と、怒っていたことだけが気になっていた。
世間話程度に軽く話しても良いのかもしれないが、何となく口を噤んでしまっていた。

「望っ!」

少し先の、建物から出たところで樹が待っていた。
嬉しそうに望に声を掛けてきた。

「兄ちゃん…あ、えっと……使い様」

「ははっ望に言われると…流石に背中が痒いな」

「本日から宜しくお願い致します。望様の警護を致しますアウロン・カリーです」

「使い様!私、学者のガマズ・エネムと申します」

「宜しく、使い様……と呼ばれているけれど、望の前ではどうしても兄の顔になってしまうと思う。望のこと、どうか頼むよ。無鉄砲な所があるから」

「はっ重々承知しております」

アウロンの隣でガマズも何度も頷いている。

「ちょ、その感じだと俺が何かやっちゃったって言ってるようなもの何ですけど!」

「やっぱりね……」

樹が困ったように笑った。

「それじゃ、そろそろ行こうか?」

樹がそう言うと、それまで樹の後ろに控えていた者たちが一斉に動き出した。使い様の護衛や身の回りの世話をする者たちだ。そこには勿論、使い様信者の魔術使いクラー・スンナの姿もあった。そしてさらに後ろの方には、望と言葉の一件でイザコザがあったヒタム・ユーと見習いゲンコラ・ヤイミュの姿も目にした。

「……あの者たちも同行するのですね…」

アウロンは彼らを見てボソリと呟いた。

「出立前に皆に改めて言う」

樹が振り返りその場にいた者たちを一瞥した。

「私の弟、ここにいる治癒者の事は口外禁止だ。先日、正式に公表されたこと以外は決して口にする事ないように、いいね?これは王命でもある。加えて間違った噂も正すように、以上」

そう言い切ると望を見てニコリとした

「これでいい?」

「う……ありがと…迷惑かけます」

先日、正式に発表された内容とは
・治癒者様が力に目覚められ、現れた
・姿を現すとお力に影響される
・治癒者様を失いたくなければ詮索せぬように
・使い様の縁者ではない

議論の末、こう発表されたのだった。

「嘘も方便ってね」

樹が望の頭をポンポンとした軽く叩いた。

「使い様、改めまして御礼申し上げます」

アウロンが深々と頭を下げた。それを見て慌ててガマズと望も頭を下げる。
今回の旅の同行で望は、表向きは使い様の弟として行動する。しかしその実態は覆面の治癒者として力を発揮する予定だった。

(覆面治癒者って響きがカッコイイよな。ちょっと小っ恥ずかしいけど…)

望は指先で自分の顎を撫でながら考えていた。

この覆面のアイディアは偶然の産物であった。
治癒の力の修練、最初こそ魔力の流し方や魔力の強弱の練習だったが、実践に勝るものなしと怪我人や病人を次々治す日々だった。修練と言いつつ働かせられてるんじゃ…と思う望だったが、数をこなすうちに確かにスムーズに出来るようになっていった。

ただ、望がずっと訴えていたのは怪我を直接見たくない、血も見たくないという事だった。目をつぶって対応していたが、サングラス的なものはないか聞いたところ伝わらず、試しに布で目を覆ってみた。傍にはずっとアウロンが控えていたので周りが見えなくても、そこは信頼していた。

実はこれが良かった。

感覚だけで魔力を使うのでどんどん洗練されていった。感覚が研ぎ澄まされて、見る見るうちに上達して言ったのが、自分でも周りの者も如実に分かった。城にいる者に怪我人も病人も居なくなった頃、このスタイルでいこう!となったのである。
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