[完結]兄弟で飛ばされました

猫谷 一禾

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一歩前進、そして暗雲

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 仄暗い部屋でボソボソとした会話が聞こえている。

「何故、我の代でこの様な事が起きるのだ…」

「この難曲を乗り越えるお力がある、と神がお認めになられたのではないでしょうか…」

「ふん……まぁ、そうとも考えられるか…」

1人は椅子の肘掛に寄り掛かるように足を組んで座っている。もう1人はその者の足元に膝をついて頭を下げていた。

「忌々しいな…我は前例がない事が嫌いなのだ」

「左様でございますか。では?あの治癒者は…」

「それなのだ、治癒者などと…四の五の言わずに働けば良いものを…能力がある割に使えぬ者よ……」

「その者が最近、蔵書館の結界内に入ったと…」

「蔵書館の結界か……呪われでもするがよいっ。この世界には使い様がいらっしゃればそれだけで良い。あんな使えぬ治癒者など別にいらん」

「あの者でも使い用によっては……」

「よい、任せる」

恭しくお辞儀をしてその場を離れる。

「いっそ殺るか……」

ポツリと恐ろしい言葉が吐き出されたが、誰の耳にも届くことは無かった。




 ┉  ┉ + ┉  ┉ + ┉  ┉ + ┉  ┉ 




 空は青々と澄み渡り、どこまでも抜けるような快晴。暑くもなく寒くもない過ごし易い日。総称してとても良い日だ。

 望は心底気が重かった。準備は万端、いつでも直ぐに出掛けられる。望自身も余所行きの格好をしている。手には荷物まで持っている。声を掛けられれば直ぐに外に出られる。おまけに外はいい天気。
しかし望は外に出たくなかった。気が重くて気が重くて仕方がなかった。

「望様、そろそろ出立のお時間です」

望の気持ちとは裏腹に、無情にも声が掛かってしまった。喉元まで上がってきたため息を奥歯を噛み締めてやり過ごす。

「使い様もお待ちですよ」

アウロンがいつものようにキラキラの笑顔で伝えてくる。

「本当に行かなきゃいけませんか?俺、必要ですか?本当に??」

「望様……まだその様なことを仰られているのですか……もうご覚悟なさって下さい」

今出かけるというのに、いつまでもゴネル望の背を押し、強制的に部屋の外に連れ出すアウロン。こう言った時のあしらい方が日に日に上手になっているようである。
一方、ブスくれている望は最後の抵抗とばかりにアウロンに体重を預ける。

 今日から望は本格的に国中のあらゆる場所を巡り治癒能力を使って人助けの旅に出ることになっていた。既に兄の樹は何箇所か回っていて各地で発生している黒く濁った魔の力を浄化していた。歓迎、感謝され使い様、使い様、と崇められていた。
今回望は初参加の為、兄の樹と共に旅をして慣れてもらおういう意図である。

「兄ちゃんと一緒は良いけど……さ……」

(どーせまた比べられるんだろ?兄弟でも違う人間だっつーのにさ…この世界に来て初めての外出が善行ツアーかよ…はーあー…やる気でねぇなぁ)

「望様、城の外に出ましたらなるべくお顔に出さない方がよろしいかと……」

「…………はーい…」

部屋を出て、廊下を歩いていると

「治癒者様!本日からよろしくお願いいたします」

ガバッと頭を下げたのは学者のガマズ・エネム。アウロンの人選により今回のメンバーに入っていた。ひとえに望に害成すものを排除したい思いからだ。誰が、何が、望を危険に晒すのか分からなかったので蔵書館で見つけた日本語の本の事はこの3人だけしか知らなかった。使い様である樹でさえ知り得ない情報だった。それほど慎重になっているという事であった。

「ガマズさん、よろしくお願いします。面倒な事になっちゃいましたね」

「いいえ!どんな知り得なかった事実と出会えるか、今から興奮しております」

「そうですか……良かったですね」

自分の気持ちを共有出来る人物がいないことにガッカリする望。

「絶対に俺が治癒者だって声高に言わないで下さいね。絶対ですよ!これだけは譲れないですからね!俺が治癒者だってバレまくったら帰りますからね!力、使わないですからね!」

望は今回の旅に出る条件として望の顔を晒さない事とした。今だに自分の能力を疑っている望は上手く出来なかった時の保険がないと絶対にやらないと頑なに断っていたのだ。
治癒者という存在はいるが姿形は公表していなかった。

「はぁぁ……失敗して石とか投げられないですよね……俺、責任感なんて無いですよ……」

「そういった全てのことからお守りいたしますので、大船に乗った気持ちでいて下さい。きっと上手くいきますよ。大丈夫です」

「俺は俺が信じられない。だって俺だもん……しかも俺はインドア派だし、旅とか信じらんねぇ…野宿とかするんでしたっけ?ウゲー……しかも眠いし……文句しか出てこないし……俺、最低じゃん……はぁぁ」

「望様、体調が優れないのですか?延期いたしますか?昨夜は眠れませんでしたか…旅の道中なるべく快適に過ごしていただけるように気をつけますが……」

「あぁ!大丈夫です、心置きなく言える人達ってアウロンさんとガマズさんくらいだから…ちょっと大袈裟に言っちゃいました。すみません」

(流石にここまで事態が動いて、沢山の人が待ってるってのに無理です、とか言える訳ねえし。そこまで空気読めない奴じゃないよ……ヤベヤベ……何気ない言動もちょっと気を付けよう…特にアウロンさんには)

「なら良いんですが…何かあったら必ず、自己判断せず、必ず、仰って下さいね?必ずですよ」

「はい、重々承知してます」

桃尻を見られる羽目になった事を忘れる訳なかった。が、一つだけ望は誰にも言っていない事があったのだ。
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