2 / 6
stigma
1
しおりを挟む「……なんもねぇな」
荒野を貫くひび割れた道路の上、悪路にハンドルを取られそうになりながら大型のバイクが走っている。
周辺には目立った建造物はなく、時折打ち捨てられた石造の家屋や、文字すらも読めなくなった看板が景色に流れていくのみで人の姿はない。
バイクに跨る男は感慨もなく呟き、くわっとあくびをした。ゴーグルの奥の眠たそうな目が潤む。着古した黒革のジャケットが風を受けてバタバタと暴れ、音を立てた。胸元では三連に連なるクロスのネックレスが揺れている。
「なんもないね」
タンデムシートから返事がある。その声はあどけなく、少年とも少女とも取れる声だ。
ヘルメットから溢れる銀糸のような髪。民族的な刺繍が入った灰色のシャツに黒いワークパンツ。ゆったりとした装いは華奢な身体には少しオーバーサイズにも思える。その胸元に膨らみはない。
「前閉めなよ、ヴァイン」
前の男の暴れるジャケットを手で払いながら、少年が諭した。
声に怒気はなく、ジャケットの裾が顔の前にくる度ペチペチと叩く様子は遊んでいる様にも見える。
「風はこいつの友達。よって俺の友達だ。そいつを受け入れないわけにはいかないな。友達は大事で、俺は情が深い」
ヴァインと呼ばれた男はバイクのタンクを撫でて飄々という。
「要するに前を閉めたら暑いってことでしょ。後ろの人の顔に裾が当たるのは気にしない」
「ビア君よ。共に友情を感じようではないか」
ヴァインは遮るようにそう言うとスロットルを開けた。ジャケットが一段とはためき、ビアという少年の頭の上で踊った。
日は高く、雲のない空から差す陽光は鋭い。ヴァインは革のジャケットにブラックジーンズとブーツという少し暑苦しい格好をしているが、その顔は友達のおかげか涼しい。
ヘルメットを被っていないというのも要因の一つだろう。黒い天然パーマが空気を孕んで無造作に揺れている。
「ほらほら。しっかり走れ爺さん」
二人が跨るバイクは調子が悪いらしく、マフラーから異音が爆ぜた。ヴァインが所々錆が見えるタンクを叩く。錆や塗装剥げ、黒い大型バイクはよく見ると年季が入っている。
「友達は大事じゃないの?」
「殴り合う友情もあるのだよ」
「お爺ちゃんの友達を殴る?」
「ケースバイケース」
「……だってさ。おはようアルコ」
ビアが呆れたように下を向き、誰かの名を呼んだ。いつに間にかビアのシャツの胸元からは黒猫が顔を出している。凛とした顔立ちで右眼が青く、左眼が黄色の虹彩異色。
「喉が渇いた」
牙を剥き出しにあくびをした後、眠そうな目のまま黒猫が喋った。寝起きの不機嫌さがあり、どこか太々しい。
猫が人語を操ったが、ビアは「そうだね」と平然としている。ヴァインも気に留める様子はない。
「喉が渇いたっ」
ビアの胸元で黒猫がもう一度言う。二度目は訴えかけるように声量が上がっている。まるで駄々をこねる子供の様だ。
「それしか言えねえのか、猫助。でもまあ……」
「最こ……高の喉ご……ビール」
景色に流れ去った看板をビアが辿々しく読んだ。ヴァインもその看板を目で追っている。
ビール瓶を片手に笑顔を見せる女性の看板。赤いリップが印象的だが、その鼻から上はバッサリと切り取られたようになくなっている。
「ビールを飲もう。ビールを」
喉を鳴らしたヴァインがスロットルを更に開けた。バイクが大きく揺れ、アルコがシャツの中に潜る。
道幅が狭くなり、段々と建物が増えていく。しかし未だ人気はなく、建ち並ぶ石造の建物からは生活の匂いはしない。
【 CHOPPER CITY】——そう彫られたアーチを二人と一匹を乗せたバイクが潜っていく。
0
あなたにおすすめの小説
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる