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stigma
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しおりを挟む「チョッパーシティ、ね」
ヴァインは足を止め、遠くに見えるアーチを振り返って呟いた。
そのアーチを潜った後、景色は街らしくなってきたが、道路に広がる瓦礫でバイクで走るには適さなくなってきた。鋭利に切り取られた様な建物や賽の目状になった車だったであろう物。道路上にはそういった瓦礫が溢れている。
その妙な切り口をヴァインたちも訝しんでいたが、考えたところで問いかける住人もいなかった。
「元々は……というか今もだが、ここはネシアスって街だと」
ヴァインは思い出したように胸元から五インチほどのPDAを取り出し、地図情報を確認する。
四方を山岳に囲まれた大地の真ん中にポツリと街の姿があり、その上にネシアスという表示が浮かんでいる。その周辺に街らしき街は映されておらず、チョッパーシティという文字は見受けられない。
「放擲街か」
ヴァインはPDAの情報を追い、憂うように呟く。
北緯、東経、人口、面積。それらの情報に続けて注釈として——【※2022・世界変異により壊滅的な被害】とあった。PDA上の時刻は2032 7/23 13:46と表示されている。
「十年前はどんな街だったんだろう」
ビアは眼前に広がる荒涼とした景色を見つめている。
ヘルメットから解放された髪は柔らかく風に靡き、白い肌は陽光を受けて輝く様だ。ビアはその碧眼に感情を浮かべ、きゅっと唇を噛み締めた。
「さあな。俺の知ったこっちゃないさ」
ヴァインはまるで興味がないといったように手を振り、煙草に火をつけた。紫煙の立ち昇る先の青空を羽を広げた鳥が横切っていく。
「俺は今を生きる人間にしか興味はねえ。過去は何度振り返ってもいつも同じ顔してやがる。そんなの面白くねえ。だろ?」
「……うん」
「ガキは無駄なこと考えんな」
そう言ってヴァインは笑ってみせた。ビアは「また子供扱いして」と拗ねたように口を尖らす。ヴァインはクククと笑い「悔しかったら早く大人になってみろ」とバイクのハンドルを握った。
「しっかし、シティというか、こりゃまるで紛争地、だなぁっ!」
額にじわりと汗を浮かばせ、ヴァインが吠えた。
瓦礫だらけの道路はバイクを押すのにも体力が消耗する。何せ車体重量三百を超えるクルーザータイプだ。凹凸を越える度に汗が滲む。
車体が揺れ、ミラーにぶら下げたヘルメットとゴーグルがガチリとぶつかり音を立てた。
「さっきから揺れがひどいぞモジャモジャ」
アーチを潜って以降、シートに一人(一匹)鎮座する黒猫が言う。
「うるせえ! 降りろアルコ! 一人だけ楽しやがって! それと人を髪質で呼ぶなっ」
「名を呼んで欲しくば、俺の様な艶々の毛質を得ることだな」
「なんだその猫基準……差別だ差別! 毛質差別!」
「ふん」
天然パーマを揺さぶり唾を飛ばすヴァインを無視して、アルコは毛繕いを始める。ヴェルヴェットの様な体毛が一層艶がかっていく。
「二人とも、喧嘩はダメだよ」
そんなやり取りを見てクスクスと笑っていたビアが二人を優しく注意する。
「今は、どんな街なのかな」
見上げるようにしてビアが訊く。バイクを挟み、隣を歩くヴァインとは頭二つ分くらいの身長差があった。
「どんなって、よく分からん瓦礫だらけの見捨てられた街。ビールどころか水にもありつけねえ。あの看板に期待した俺が馬鹿だったよ」
「確かに喉は乾いたね。美味しいものとかも……あるのかな」
「放擲街でも立派に機能してる所はある。俺らも幾つか行ったろ? でもここにはその空気はねえ。あんまり期待すんなよ」
ヴァインは「それに」と続ける。
「俺らは観光に来たわけじゃないだろ? 多分」
「うん……多分ね」
曖昧な言い方に曖昧な返事が返る。二人に少し考えるような間が空いた。その時、「あっ」とビアが声を上げた。
「ヴァイン、あれ」
ビアの指差す先、建物と建物を結ぶ様に張られた紐に洗濯物が干されている。タオルや子供用のシャツが風に揺れ、はためく。
「人、いるみたいだね」
「ああ、いるぜ」
「え?」
当たり前の様な軽い返事に少し拍子抜けする。ヴァインは煙草を捨て、ブーツですり潰すように火を消した。その眼には鋭さが宿っている。
「出てこないだけだ」
突如張り詰めた空気感にビアの歩みが自然と止まる。
「両側の建物。合わせて五人」
——と言ったのはシートの上で耳を立てたアルコだった。
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