4 / 6
stigma
3
しおりを挟む足を止めた瓦礫の道の両側、ビルにすると二階建てくらいの石造の建物はまるでコンクリートブロックを積み上げた様な簡素な造りをしている。
片方の外壁は崩れ、もう片方の外壁には火事にでもあったのか、黒い煤が這っていた。
まるで人家の並びとは呼べない灰色の風景の中、吊るされた洗濯物だけが色を放つ。
アルコは二つの建物を見比べる様に顔を左右に振る。同時にピクピクと小さな鼻と耳を動かし気配を探っていた。
「ぎにゃっ⁉︎」
——が急に背中を撫でられ跳び上がった。バタバタと空中を掻くように手足を暴れさせ、ビアの頭上へと逃げる。
その犯人はクカカと笑い、毛を逆立てるアルコの前で指を振った。その仕草はアルコに「まだまだだな」と言っている様だ。
「プラス二人、子供だな」
そう言ったヴァインの指差す先に子供の顔が見えた。ドアの代わりに張られたカーテンの隙間、積み重なる様に顔が並んでいる。灰色の髪をした少年と、まだ幼さの残る栗毛のポニーテールの少女。その表情には警戒と怯えが色濃く出ている。
「……子供は苦手なんだ」
五人と言った自分の読みが外れ、アルコは少し悔しそうにそっぽを向いた。両の建物には実際、七人いるらしい。
「まあ子供でよかったじゃねえか。害はなさそうだ。他のやつらは知らねえがな」
ヴァインは「兄妹かな」と子供達に小さく手を振る。その眼から剣呑な輝きは消えている。元々下がり気味の目尻を更に下げ、笑顔を作ってみせるが、兄妹と思しき二人はびくりと顔を引っ込めた。
「んだよ可愛くねえっ」
「こんにちは」
ザッと地面を蹴り上げたヴァインに代わり、ビアはアルコを胸に抱き、その手を振った。ピンクの肉球をぐっと開き、アルコは抵抗する様に身悶えする。犬歯を剥き出しにしたその口からは「ニャー」ではなく「やめろやめろ」と人語が溢れていた。
「猫ちゃん!」
その効果あってか、少女が飛び出す様にしてカーテンを開けた。「あっ」と少年が止める様に手を伸ばしたが走り出した少女には届かない。
「ミシェールっ!」
少女を追い、走ってきた少年が奪うようにして少女——ミシェールの手を取る。少年のもう一方の手にはひしゃげた鉄の棒が握られていた。
引っ張られるように少年の背に回されたミシェールは瞳を潤ませ、少年の肩口からアルコを見ている。
「に、ニャア」
自分なりの気遣いか、ミシェールに向け、ぎこちなく猫が鳴く。
「あんたら、ファミリーの人間じゃないな。何しに来た」
歳の頃は十三、四。背丈の程はアルコと変わらない。痩せた身体、乱雑に切られた灰色の髪。前髪に隠れる様にしている片眼は傷によって塞がれていた。
隻眼の少年は刀の鋒を向けるようにヴァインの顎先に鉄の棒を向ける。
「ここはそういう感じか」
「僕たちはっ——」
何かを言おうとしたビアを遮る様にヴァインは両手を上げた。突き付けられている棒が、まるで銃であるかの様だ。
「おい第一街人。初対面の人間に鉄の棒を向けてはいけません。そう習わなかったか?」
言うや否や、鉄の棒を掴み自分の方へ引き上げた。その思わぬ膂力に少年の身体は握り締めていた棒ごと浮きそうになる。
すっぽ抜ける様に鉄の棒が手から離れ、少年が両膝を突いた。
「こうなる可能性がある。これが銃じゃなくてよかったな」
少年が顔を上げた時には既に状況は逆転していた。ピタリと額を狙う鉄の棒は、まるで微動だにしていない。その奥にある男の顔は、悔しさと恐怖で滲み、表情までは分からなかった。
「悔しかったら強くなれ。弱いんだったら隠れてろ。ただ、守りたいもんの手は離すな」
厳しくも優しい言葉。強い。誰だ? 目的は? 敵じゃない? ——と少年の思考はぐるぐると廻る。
「ほれ」と返ってきた鉄の棒を気が抜けた様に受け取った。
「ミシェールも、猫なんかに釣られる様じゃレディとしてまだまだだ」
「……うん」
ヴァインは視線を合わせる様にしゃがみ、落ち着いた声色で言う。その言葉にミシェールは素直に頷いた。そして小声で続ける。
「あいつはとんでもない化け猫なんだぞ。ミシェールなんか一口でペロリだ」
「おいこら聞こえてるぞモジャモジャ」
「ほらみろ、人の言葉を喋った!」
戯けて言うヴァインにミシェールが悲鳴を上げる。だがその顔は笑顔だ。猫が喋ることにはそれほど驚きはないらしい。
膝を突く少年は「は?」と眼を丸くしていたが。
「おっと……」
色濃くなった気配にヴァインが立ち上がる。騒がしくしていたことが原因か、建物の窓から覗いている顔が幾つかあった。皆一様に怯えと不安を浮かべ、歓迎している様な顔は一つもない。
まるで言外に出ていけと言っている様だ。
「俺らは捜し物の途中なんだ。見つかったら出ていくよ。出来るだけトラブルは——」
「おいおい! 誰だテメェらァ!」
「——避けられそうにもないが」
0
あなたにおすすめの小説
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる