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9日目 レッスン中にコンビニにわさびを買いに行ったフィリピンの少女

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静かな日の夜7時。

ミシェルさん 20代前半 フィリピン出身 北海道苫小牧市在住 ソフトウェア開発の仕事をしている

ミシェルさんの第一印象 
優しそうな女の子 声もか細く凄く可愛らしい

レッスン時間にスカイプをかけたが出なくて、5分後に折り返しのコールがあった。

「ミシェルさん、こんにちは~」

「こんにちは~。先生先程はすみません」

「大丈夫ですよ。何か用事がありましたか?」

「トイレ...」

「あ、トイレですか」

「はい。トイレ...トイレにしてきました(トイレしてきました)」

「問題ないですよ。今は大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。ありがとございます~」

まるでアニメの様な可愛らしい声だ。

「今日は初めてのレッスンを予約してくれてありがとうございました。講師のエリです。北海道に住んでいます」

「あ~~~、そうなんですね笑」

あ~が長くて思わず笑ってしまう。

「じゃあミシェルさんも簡単に自己紹介してみましょうか」

「はい...はじめまして。私はミシェルと申します。今は...苫小牧市、北海道に住んでいます」
 
「え、本当ですか?笑」

「あ、はい」

「北海道に住んでるんですか??」

「はい笑 先生と同じです笑」

「え~、そうなんだ笑 なるほど」

「今は...N5とN4の勉強をしています」

N5は日本語能力検定5級の訳で、N4も同様だ。英語などと同様に、数字が少なくなるほど難易度が上がる。

「両方の勉強をしているんですね」

「はい。日本には半年前に来ました。あと、日本の会社に勤めています」

「へー、そうなんですね。じゃあまだ来てからそんなに経ってないんですね」

「ん?」

「まだ日本に来たばっかりなんですね」

「あ、はい。あの、私の、日本後、下手です」

「いえいえ、そんな事ないですよ。最初から日本語だけで問題なくコミュニケーションも取れてるし、私の話す日本語も聞き取れてる様だし」

「あ、いえ。ありがとございます」

「ミシェルさんはどこの国出身なんですか?」

「えーと、フィリピンから来ました」

「へー、フィリピンなんですね」

「はい」

「フィリピンにいた時から日本語は勉強してたんですか?」

「はい、少し、だけ。えーと、三ヶ月間。でも1週間、2回。1週間に2回だけ」

「そうなんですね。1週間に2回勉強してたんですね」

「はい、勉強した。えーと、1日、3時間、くらい。3時間くらい日本語勉強しました」

「それは1人でですか?それとも学校に通ってたんですか?」

「ええと、先生も、ある」

「その先生は日本人なんですか?」

「あ、はい。日本人です」

「へー、そうなんですね。ちなみにフィリピンには日本人の先生は多いんですか?」

「えーと...多いじゃない」

「多くない?」

「はい、多くないと思います」

「そうなんですね~」

「はい」

「ええと、今は苫小牧市に住んでいるんですもんね。どんな仕事をしてるんですか?」

「えーと、なんだっけ...。私、今、software(ソフトウェア)...英語でいい?笑」

「いいですよ」

「Software developer(ソフトウェア開発者)」

「あー、なるほど。ソフトウェアを開発する人ですね。ええ、凄い」

「ええっ、そんなことないです笑 ええと、私、日本語、上手なりたい笑」

「はい! そこは私が全力でサポートするんで、頑張って行きましょう」

「はい笑 ありがとございます。宜しくお願いします」

「はい。こちらこそ。えーと、じゃあレッスンでは主にN5とN4の試験の対策、というか、勉強をしていく感じで大丈夫ですかね?」

「あ、はーい。あの、私、今度、N4を受けます」

「もう申し込んだんですね。N5は受けませんか?」

「はい、予定はないです...」

「そうですか。まあ、日本語のレベルは現段階でも高いので問題ないと思います。ちなみに今もN4の勉強は自分で始めてるんですか?」

「はい。自分で。これ」

そう言いミシェルさんはN4の参考書を私に見せてくれた。

「これは、ネットで評判が、良い、テキストです」

「なるほど」

「ほかに、オススメ、ありますか?」

「うーん、私、日本語の参考書には詳しくないんですよね...後で調べてみておすすめのものがあればまた教えますね。すみません」

「いえ、大丈夫。私、しゃべるの、日本語、しゃべるの、上手なりたい。聞く、聞くのも」

「そうですね。じゃあ、N4に向けての勉強と並行して話す練習もしていきますか」

「はい。え、いいですか?」

「もちろん。もちろん大丈夫ですよ笑」

「はい、ありがとございます笑」

「じゃあ、今日は最初のレッスンなので会話を続けましょうか。次回からのレッスンではN4の勉強も始めていきましょう」

「わかりました」

「じゃあ会話を続けましょうか。ミシェルすんは今どんな所に住んでいるんですか?」

「えっと、シェアハウス」

「それは、会社のシェアハウスですか?」

「あ、はい。そうです」

「北海道に住んでみてどうですか?もう暮らしは慣れましたか?」

「えー...なんて言うのか...。えーと、寒いです。雪もあるし。だってフィリピンに雪、ないから」

「そうですよね~。凄いビックリしたでしょ?笑」

「はいっ。そうそうそう。ビックリした」

突然ミシェルさんのテンションが上がる。

「ビックリしたんだ笑」

「はい笑 さっき、私、その言葉、言いたかったです笑」

コンコンっ。ミシェルさんの部屋のドアがノックされる。

「大丈夫ですか?」

「すみません。少し時間下さい」

そのままミシェルさんは部屋のドアを開け、日本人と思わしき中年女性と何やら話していた。

ー買い物してもらっていい?わさびー

ーわさび?ー

ーそう、チューブのやつ。買ってきてもらっていい?ー

ーえーと、私、ありますー

ーああ、いいのっ。今ね、今からー

ーあ...はい...。ー

ーじゃ、宜しくねー

そう言い中年の女性は部屋から出て行ってしまう。それからミシェルさんは急いでカメラの前に駆け寄ってくる。

「先生~、すみません。私の...友達...私に...コンビニ...わさび...買う、言いました」

ミシェルさんは取り乱しており、単語をつなげて文にするために一生懸命になっていた。

「そうですか...どうしましょうか」

「えっと...少し...時間...うんと...」

ミシェルさんは頭を抱えてしまう。

「焦らないで。私は大丈夫だから買い物に行ってきたらどうですか?」

レッスン時間の残りは6分しかないが、今すぐ買い物に行かなければならないのならそうするしか仕方なかった。

「はい、1分。コンビニ...近い...すぐ、戻れます」

そう言いミシェルさんは急いで部屋を飛び出して行く。

5分後...。

「先生~、すみません」

「あ、ミシェルさん。おかえりなさい」

「お待たせしました」

「大丈夫ですか...?わさび買ってこれましたか?」

「あ、はい。わさび...買ってこれました」

「それは良かった」

「あ、はい。シェアハウスのルームメイトが、刺身にわさびいる...言いました」

レッスンの終わりの時間

「ミシェルさん、せっかく急いで買い物から戻ってきた所申し訳ないんですが、もうレッスンの終わりの時間なので終わらなければいけません」

「あ、はい...」

「また是非私のレッスンを予約していただけると嬉しいです。またお話ししましょうね♪」

「あ、はい。今日はありがとございました」

「はい、じゃあ、さようなら~」

ミシェルさんと話した感想

優しくて良い子なミシェルさん。わさびの件に関しては思わぬハプニングだった。

画面越しにしかわからないが、ミシェルさんにわさびのおつかいを頼んだ中年のおばさんは職場の先輩なのだろう。まだ日本語を上手に話せないミシェルさんに無理矢理おつかいを頼んだように見えて正直感じが悪かった。しかし、初対面の日本語講師である私があまり首を突っ込んだり余計な詮索をするのも違うと思い、今回はミシェルさんのために特別な事は何も出来なかったが、次回ミシェルさんから予約があった際には色々と話を聞いてみようと思った。
在日外国人に関する問題は山積みだ。それは外国人側の問題だけではなく、日本人側、つまり日本人の在日外国人への態度や扱いなどのミクロなテーマも当然含まれる。今回の事だけで断定する事は当然できないが、日本語を話せない外国人に理不尽な要求や高圧的な態度を取る日本人がいる事も事実なので、これからさらに法律が改正され外国人労働者が増える現代日本において、言語や文化の壁を乗り越えようと努力している彼らを尊重し、優しくサポートしていくことがこれまで以上に必要になっていくのだ。


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