透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

震える 世界

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「………無に、帰した………。」

確か………?
そんな事を、言っていた気がするな?


高いアーチ天井、白く聳える本棚、大きな明かり取りの窓はまじないだ。
「カツン」と、小さく響く足音に少しまた驚いて気を付け歩く。

図書館が、響く床なのは。
どうしてなのか。

グロッシュラーみたく、フカフカの絨毯にしてくれればいいじゃん………。

自分の落ち着きの無さを棚に上げて、ゆっくりと資料を探しに歩いていた。



「どの辺りなのか、全く分からない。」

歩きながら無意識に撫でていた、手の中にあるツルリとした蕾の刺繍。

あの後、シリカに持ってきてもらったサンプルのハンカチである。


「モチーフを幾つかお願いします」

そう言って刺繍をお願いしたのはつい先日のこと。
しかし、律儀なシリカはきっと急いで仕上げたのだろう。
二日後の今日には、もう沢山の美しい刺繍を持って来てくれたのである。

多分、あの日「大丈夫ですから」と私に押し付けられた、魔法の袋を持って帰った事を気にしているに違いない。
とりあえずは二つ三つ、袋になる前の生地と糸を渡してまた縫って来てもらえるよう、お願いした。
虹色の袋に、繊細な植物柄はきっと映えるだろう。

それにきっと、あの人と私のまじないは相性が良い。
何故だかそれは、分かっていた。

一生懸命縫ってくれるであろう、シリカの作品はきっと綺麗にチカラが込もって。
「いい魔法の袋」が出来る筈だ。

「フフッ、少し抽象柄にしてもいいしね………。」

「こら、あまり喋るな?」

「はぁい。」

いっけない。

パタンと口に手を当て、大きな高い窓を見上げた。


今日はブラッドフォードに頼んで図書館へ連れて来て貰っている。
あの後本部長に相談した私達は、結局ブラットフォードに頼むのが一番だという事になった。

婚約者だと言っても私に図書館への権利はまだ無いらしい。

でも多分。
あの扉にお願いすれば、こっそり入れるんだと思うけどね………。


そう思いつつも私達はブラッドフォードと別れて歴史の資料を探しに来ていた。
基本的にアリススプリングスの家とブラッドフォードの家は図書館管理をしているので、別で仕事があるらしい。

「お前も結婚したら、色々出来るぞ?」

そんな殺し文句を言われたが、ぐっと踏みとどまっておいた。
隣にウイントフークがいたならば、熨斗を付けて差し出されたかもしれないけど。


「でも。お兄、いやブラッドに聞いた方が、早いかもしれませんね………。」
「それはあるかもな?少しここは広過ぎる。」

「楽しいんだけど、探し物には向いてないな…何か検索するやつ無いの…?」

人のいない端の方まで来て、途方に暮れた私達はコソコソと会話していた。

ここはデヴァイの人にとっては問題無いのか、本棚に分類表示が無い。
一体みんな、どうやって本を探しているのだろうか。

いや、そもそも何処かに見取り図でもあるのかもしれない。

「じゃあ俺は少し飛んでくる。この中は安全だとは思うが、油断するな?」

「あ、じゃあ私は禁書室にいますよ。それなら誰も入れないし多分あそこにはいい資料がありそう…。」

「確かにそうだな?じゃあそっちは任せた。そこ迄は一緒に行こう。」
「はーい。」

そうしてベイルートと一緒に中央の大きな白い柱の元へ向かう。

「おや、今日はどうした?」

そう扉が私に話すのを聞くと、キラリと背を光らせて飛び立って行った。


今日も柱にポツンとある、扉は美しくここを守っている様だ。
この前と変わりない様子で私に話しかけてきたこの子は、まだ私をセフィラだと思っているらしい。
まあ、その方が都合がいいのだけど。

「歴史の本は、勿論あるよね?」

「ああ。どんなものを御所望だい?」

そう言って、開けてくれた扉の中へ入った。


中はとても静かで、奥へ入っても扉の声は聞こえていた。
そのまま、説明を聞きながら歴史の棚を物色する。

「うーん、読めないのも多いな…………。」

何せ、古いものが多い禁書室。
それに重要そうな物は、古語ですら無い物も沢山ある。

トリルが見たら泣いて喜びそう…いや、きっと無言で籠り始めるな………。

「フフ」

一人でクスリと笑った、その時。

何かの違和感が走った。


 ん?


突然、ブルリと震えた空間。

「えっ?」

ドサドサと、本の落ちる音、徐々に増えていく音は時折悲鳴をも含み始め、この空間の外が震えているのだと分かる。

えっ?何?
大丈夫?

しかし禁書室の中は始めの震え以外は変わりなく、殆ど揺れも感じない。
本も落ちて来ないし、外の音、のみが。

響き、それはどんどん加速しているのが判った。


 怖い!


一際大きな音がして、全身が総毛立ち成す術もない自分の身体を抱き抱えた。


しかし、静かなこの空間は。

やはり何の影響も無く、静かにただ、そこに在る。
その外との乖離が私の頭を酷く冷静にさせて、スッと自分の中が冷えていくのが分かった。


「ああ、だ。」


ポツリと呟いた扉の声だけが、私の耳に響いて。

その瞬間、震えているのはこの世界でそれは「泣いている」のだと。

震え、恐れているのはこの世界なのだと、解ったのだ。


駄目だ、違う。
そうじゃ、ないんだ。

「行かなきゃ」

そう、呟いて扉を押す。

「此処だけが。安全、だ。」

「いいの。行かなきゃ!だって、泣いてる。」

一瞬だけサラリと扉を撫で「大丈夫」と伝えると、さっと禁書室を出て辺りを見回した。


なに、これ………。

想像よりも、酷い。

床には初めて片付けに来た時よりも、本が散らばって未だ大きな本が上から降ってくるのも見える。

「危ない!」

遠くで男の声がして。

ベイルート、ブラッド達は大丈夫だろうか。
いや、駄目だ。
探している暇は、無い。


そう感じ、一番近くの大きな、窓の側へ走る。

窓の側は少し広いスペースになっていて、本もまだ散らばっていなく落ちて来たものが当たる確率も低いだろう。

それに何よりも。

きっと、広いあの場所は声がよく響くだろうし、きっと私の声も。

に。

届く、筈だからだ。


遠く、近くに降って来る本を見上げ、大きく口を開く。

白い天井、大きな窓の区切られた白い空間に青を思い描いて、謳うんだ。


 響くか、この喧騒で。
 届くのか、この混乱の、中で。


改めて目に映したこの白い空間は、やはり打ち震え美しかった様子を崩し、自らを乱している。
その、姿を見て。
更に拳に力が入った。


 いいや、届かせるんだ。

私の、全力で。


さあ、口を開け、もっとだ。


そうして大きく、息を吸った。



  「 私は 小さな星

      いつでも 空に ある 星

昼には 明るく   見えなくとも


   必ず ある  小さな 星

  あなたのための  みんなの ための


 空に  輝く  小さな 星



 泣かないで  大丈夫

  忘れてないよ  少し 間違えただけ

 その  証拠に ほら


   拡がっている  あなたの 大事なもの


 解るでしょう  知って いるでしょう


 撒いたの みんなで   あなたの ために

  みんなの ために


 大丈夫  だから   泣かないで

  いつでも   どこでも  何度でも


 望めば  謳うよ  あなたの ために


 私は  いつでも



     あなたの  小さな  輝く 星 」



揺れが小さくなってきた。

本も、落ちて来るのが止まった様だ。

時折響く、誰かの足音、本を除けるバサバサという音、小さな話し声。


聴こえているの?

聴いて、いた?


それなら、謳って?
みんなで。


目を瞑り感覚を拡げ、玉虫色を見つけた。
側にはブラッドの、色。

あの人は金色っぽい黄色で、ベオ様と色が似てる。

さあて、他は、どうだ?


感覚を更に拡げ、ズワリと薄く伸ばしてゆく。

白の礼拝堂、フリジアの魔女部屋にはまだ私の魔法の袋がある。

黄のパミールの家には私の石、魔法の袋も。
茶のガリアの家にも、同じく。
赤にはそういえば何も、無いな?
今度考えなきゃ……。

青もまだ、置いてきてないな?

でも、彼処には。
そう、青の本がある。

スルリと通った薄いまじないが共鳴して薄く光るのが、判って。

「ああ、大丈夫だ。」

そう、分かる。


さてさて、仕上げは………。

銀の空間、あれは………。
多分、ブラッドの父だろう。

確かウイントフークが私の薬を渡している筈だ。
道理で、なんか光ってる。

「フフッ」

なんか面白いな?


「おい、大丈夫か。」

目を瞑っているが、玉虫色が肩に留まったのが分かってそのまま答える。

「はい、なかなか。ちょっと、みたいなので。みんなで。謳いません、か?」

「歌?」

「そう、さっき私が謳った子守唄ですよ。」

「どうだかな…………。」

。謳う、事で完成しますから。さあ、行きますよ~?ブラッドは?」

「いや、俺は…………」
「また泣いちゃうよ?この世界。」

「は?」

まあ、いい。

すぐに解ってもらえるとは。
思ってない。

じゃ、行きますか。


目を開けると、思ったよりも辺りには人が集まっているのが分かった。

丁度いい。

巻き込んじゃえ!
巻き込んで、ナンボでしょ?

さあ、いくよ?みんな。


「 はい、せーの!


    私は  小さな 星  」


なんだみんな、声が小さいな?
そんなんじゃ。

子供も、泣き止まないよ??


既に私の中では、この世界は。

小さな、子供の様で。

「忘れられた」
「省みることのない」
「過去の」
「誰も いない」

そんな寂しさを感じた、あの震え。

あの、まじない箱から感じた想いに似た、寂しさと胸を締め付けられる「なにか」。

だから。

きっと。

抱きしめて、あげなきゃいけない。

「大丈夫だよ」って。

言って、あげたいんだ。

そうして小さくとも私の星の、光で照らして。

「ここだよ」「いつも見てるよ」

そう、言ってあげれば。

きっと安心してそこに在れる、筈なんだ。


誰だって忘れられたら嫌だ。
等閑なおざりに、されるなんてとんでもない。

だって此処は、私達の「生きる」場所。

みんなの、「揺り籠」の筈だ。


きっと、絶対、揺ら揺らと優しく私達を包んで。

育んで行ってくれる、場所なんだ。

本来、ならば。

道を逸れたのは、私達の方で。

世界このこでは、ない。


だから。

ほら、謳って?
子守唄を。

それだけでも。
全然、きっと、違う。

少しだけでも。

「心」を。  

  
  返して…………?




多分、歌詞はさっきと違うし。

頭に浮かんだ側から出ている言葉は、もう覚えていないけど。


 「大丈夫」  「泣かないで」

 「安心して」「私はいつも」

    「あなたのために みんなのために」


 「小さく輝く 星」



そう、それだけを想って、謳っていた私。

少しずつ小さな声が重なるのが分かって。

そのまま、伸ばし響かせて謳う。

いいの、なんでも。
「心」が、伝われば。


だから。 お願い。


チラリと目を開け、傍らの青い瞳を見る。

肩をすくめつつも口を開けてくれたブラットフォードに安心して、再び目を閉じた。




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