透明の「扉」を開けて

美黎

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8の扉 デヴァイ

コーネルピンの絵

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「来てるぞ?」

「え?」

食堂へ入って開口一番、私にそう言った本部長。

「え?誰がですか?お客様?」

「コーネルピンだ。絵を持ってきたらしい。俺も後で行くが………こら!食事をしてから行け!」

「………っ。はぁい。」

なんだかウイントフークからこうして叱られるのもおかしな感じだ。

いつもならば食事も忘れて本を読んだり研究をしていたりの、そんな彼に気遣われた事が可笑しくてクスクスと笑っていた。

「ウイントフークさんも、大分お父さんらしくなってきましたね………。」

「俺はお父さんではない。それは、あいつだろう。」

「…………いただきます。」

パッと浮かんだ緑の瞳に危険を感じて、運ばれて来たスープに手をつける事にした。


すっかり森のお風呂の窓にも慣れた私は、時折あの景色で懐かしくなる事はあっても「景色」として楽しめる様には、なっていた。

だから。
こうして、具体的に話に出て来るとずっと会っていないあの人の事が思い出されてウルウルとしてしまうのである。

しかし、朝から泣いている訳にはいかない。
お客さんも来てるし。

気を取り直して、時計を見た。


「でも、随分と早いですね?私は、芸術家は朝が弱いと思ってました。」

「なんだそれは。」

既に食べ終えたらしいウイントフークは、カップを片手に呆れ顔である。
何故だ。

「完成したからじゃないか?そうなれば早く見せたいのだろう。」

「ああ、それは解る気がする。」

「まあ、この時間に来る所がお前曰くの「芸術家」ってところじゃないか。」

「まあ、そうかもですね?」

まだ、朝は早い。
もう少しで水の時間になろうかという、今の時間は普通で言えば人の家を訪ねる時間ではないと思う。

ま、いいけど。
私は、早く見たかったしね!


叱られない様、できるだけお淑やかに早食いをし、食堂を出たのは言うまでも、ない。




「珍しいですね?絵にも興味があるんですか?」

背の高い白衣と共に、青のホールを通り過ぎる。

「お前、あの時歌っただろう?畑の方も中々だったんだ。が絵になっているならば。見るだろう、それは。」

「………うん?まあ、そうか??」

「それに、次の祭祀は連れて来いとイストリアに言われているからな。どうなのか確かめておかないと…。」

ブツブツ言っているウイントフークに「お母さんでしょ」とツッコミたかったが、もう、応接室の前に着いてしまった。


「失礼します。」

ノックをして、扉を開ける。

すると、応接室には私達に背を向け座っていたコーネルピンと。
奥の壁際で腕組みをして、ニヤニヤしている極彩色が、いた。


えっ。
何してんだろ?
意外。

千里が留守番をしているのを意外に思いながらも、立ち上がったコーネルピンを「どうぞ」とまた座らせる。

部屋に入って一番に目に付いた、奥に立つ鮮やかな人と白い、布。

そう、丁度この部屋の真ん中にあるソファセットの、横に。

きちんとイーゼルに立て掛けられた、絵らしき物が置かれていた。


そのままスタスタと白い布が掛けられた絵に向かって歩くウイントフークの白衣を掴むと、とりあえず一旦ソファーへ座らせる。

私だって一番に見たいけど。

とりあえず、挨拶をしなければならないだろう。

ちょっと、他に大人がいる時ならいいですけど、ちゃんとして下さいよウイントフークさん………。


そうして二人でコーネルピンの向かい側に座る。

「ご苦労だった。代金はどうする?」

いきなり話し始めたウイントフークに驚きながらも、二人の間にどう言った約束が交わされているのかを知らない私はそのまま、じっと白い布が掛けられた「それ」を見つめていた。


「いいえ、それは。奉納、します。」

うん?
「奉納」?

聞き慣れない言葉に驚いて、くるりと黄茶の瞳に向き直った。

すっかりコーネルピンの風体を忘れていた私は、「こんな顔だったっけ?」としげしげと彼を見つめてしまった。
今、思えば大分失礼だったと、思うのだけど。

初めて見た時は「気難しそうなおじさん、というか芸術家」という雰囲気だった、コーネルピン。
ある意味、分かりやすく芸術家っぽかったと言えなくも、ない。

しかし、今日訪ねて来た彼は優しげな黄茶の瞳を細め、私を見ているのだ。
その、目付きからして別人の様に、見える。

しかし口を開いた彼の言う事を聞くと、なんだか「変わっていないかも」と思う内容だったけれど。
とりあえず雰囲気が柔らかくなったのだけは、確かだ。


「成る程。通常はその「御姿」だと。成る程。」

「御姿」??
再び首を捻った私に構わず、口を開くウイントフーク。

「…………とりあえず、絵を見せて貰おうか。」

満足そうに頷きながらそう言う、少し変化した彼を、気にも留めず。
傍らの白衣は既に立ち上がって、イーゼルの前に立った。

丁度私達の真ん中にあるテーブルの横に、置いてある、それ。

その掛けられた布を「パッ」と取ると。


現れたのは、「鮮やかな虹」が描かれた、絵だった。

いや、「虹色の光」なのか。


兎に角、が私のまじないの色である事だけは、間違い無い。

あの、円窓の下、踊り場の真ん中には眩く光る「虹色の丸い光」が、描かれていて。

丸い光、と言うよりは卵型、いや、人型と言った方が近いのか。
きっと私が光に包まれているから、そう見えたのかも知れない。

その、「虹色の光」を中心に、鮮やかな、しかし優しい光に縁取られた旧い、礼拝堂。

青灰の壁はその虹色の光に照らされる様子を、美しい虹色の線で表されて、いて。
緩く重なるアーチ天井、階段から繋がる曲線、きちんと再現されているベンチの並び、その脇にある瓦礫さえも。

虹色の光に照らされその「かたち」をくっきりと露わに、しかし全てが美しくそこに在り、「なにか」を物語る様で。

物言わぬその空気までをも再現する、その実力に言葉が出ない。

一旦深く、息を吐いて再び絵を眺め始めた。
「なにか」が込もる、この迫力には休憩が必要なのかも知れない。


全体として素晴らしく再現された静謐な雰囲気に、降りている鮮やかな虹色。
あの、私が溢したくて、謳いたくて堪らなくなって、そうしてできた、空間が。

この人に、こう見えて、いたこと。

圧倒的な画力と「なにか」が込もる、「この絵」自体の迫力。

そして、その、中でも。

一際目立つ、正面の円窓の「青」。

虹色と共に目を惹く、この色は。
こんなに鮮やかな、色だったのだろうか。


あの日は、曇りだったか、晴れだったか。

しかし、こうすっきりと「青」が見えた訳では無いとは思う。

でも。

だけど。


チラリと、黄茶色の瞳を見た。

満足気に頷く彼の目には、見えたのだろう。

小さな花の様な円が集まって大きな円形になる「かたち」の窓、そこから覗く透き通る「青」。


 なんと、美しいものか。


 なんと、素晴らしいものが。

 出来上がった、ものか。



  その瞬間、自分の「なかみ」が

       震えるのが  わかった。


「あっ、こら…」

ウイントフークの声、私は自分から蝶が舞い出たのを解っては、いたけれど。

止められる、訳が無い。


私は何も隠さず「本当のこと」を、漏らせばいいと言われているし。

多分、この人は。

くらいで、驚いたりしないだろう。

この、虹を見れば分かるよ。
そんなこと。

ね?
やっぱり。

で、しょう??


予想通りコーネルピンは、既に私から舞い出た蝶を凝視して視線がくうを彷徨っている。
少し手が動いているところを見ると、やはりこれも描きたいのだろう。


よ。

だって、私の自慢の。
美しい、蝶たちだもの。


とりあえずのコーネルピンはそっとしておく事にして、「大丈夫ですよ」とウイントフークに目で合図する。

「………まあ。そうだな。」

きっと同類であろう彼は、その様子を見て納得すると「なあ、あの時…」と千里の所へ行ってしまった。

「ほらな、凄いだろう」という顔の極彩色は何故自分が得意気なのだろうか。

「プイ」と絵に向き直った私は、改めてこの美しいものを観察する事に、した。

きっと見飽きないことは、解っているからだ。


「うん?これ、くれるって言ってたよね………?」

チラリと見た彼はまだ私の蝶達に夢中な様である。

「奉納」って確か、「納める」って事だよね………。
えっ。
うちって神社か、なにか??


そんなトンチンカンな事を、考えつつも。

よじよじとソファーを移動し、近くで絵を観察する事にしたので、ある。

うむ。
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