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1章 棄てられたテイマー
7話:アリ襲来 ~ウンディーネの思惑~
しおりを挟む水の女神の眷属であるウンディーネの私は今、一人の人族のテイマーにテイムされ、使役された従魔となっている。
私たちを使役できるのは水の女神様だけだが、適性を持つ魔法使いや精霊術士なら、契約を交わして力の一端を貸し与えることができる。
……なのだが、好奇心からテイムミートを食べたところ、テイマーにテイムされることに成功した。
他のウンディーネがテイムされたという話は聞いたことがないし、ただの精霊ならいざ知らず、大精霊である私がテイムされるとは実に面白い。
この森で生き残っていることや、一匹で人族の兵士百人程度を軽々と殲滅できる実力を持つ、シャドウスパイダーの亜種をテイムしていることだけでも面白いのに、そこに異世界人というオマケ付きだ。
暇や退屈が嫌いな私が、こんな面白そうな人族を放っておける理由はない。
そして今、その面白い私の主様はと言うと……。
「スゥー……スゥー……」
「……主は寝たか」
「キ」
「こんなただの人族が、この地でまだ生き残っているというのが面白い。アトラ殿もそうは思わないか?」
「キキ」
「そうだろう……いや、ただの人族ではないか。我らの主は異世界の人族だったな」
「キ」
「異世界とは、どんな場所なのだろうな」
異世界人は、遥か昔に存在していたという話を聞いたことがある程度で、実際にこの目で見たのはこれが始めてだ。
異世界人は超常的な力を持ち、その力で国を亡ぼしたり、ともすれば建国したり、今では遺物と呼ばれる道具を作り上げたという逸話がある。
主の話では、どこぞの王国が勇者召喚と称して異世界人を攫っているようだが、異世界人の召喚方法は遥か昔に消え去ったはず。それがまた行われているということは、もしかしたら世界の均衡が崩れるかもしれないな……。
アトラ殿――シャドウスパイダーはこの森では下位種とはいえ、簡単に人族を殺せる存在だ。しかも滅多に見ることのない亜種。そんな存在をテイムしたという主は、まさに逸話通りの異世界人なのだろう。
この私をテイムできたというのもそれだ。本当に面白い。
アトラ殿も普通の人族とは違う何かを感じ取って、主の従魔になったのかもしれないな。
「――アトラ殿と主は、どのような出会いをしたのか、教えてもらっても構わないか?」
「キキ」
「そうか、ではさっそく聞かせていただこう」
▽ ▽ ▽
「なるほどな……アトラ殿はソイツにやられて、逃げた先で主と出会ったと」
「キィ……」
「私もソイツは話で聞いたことがあるが……今遭遇してしまえば、主は殺されてしまうだろう
「キキ」
「そうか、死にかけていたところを助けてもらった恩を返したいのか」
「キィ……」
「そのためには、アトラ殿が更に強くなる必要があるが――丁度来客のようだ」
数えきれないアリの群れが幹を登ってやってきている。
狙いは主だろう。だがアトラ殿を鍛えていくには丁度良い相手だ。
ベヒーモスは……相手にされず気づかないまま寝入ってるな。仕方あるまい。
何かがきても、私たちで主を守れると確信して寝ているんだろうしな。
そしてベヒーモスに手を出さないアリも、アリ程度ではベヒーモスに蹂躙されるだけだということを、本能で理解しているんだろう。
「私はここで主を守っておく。アトラ殿、やれるな?」
「キキ!」
拳サイズしかないアトラ殿と、人族の大人ほどのサイズを持つアリ――アントソルジャーだが、下位種の中でも弱い存在だ。アトラ殿なら負ける道理はない。
しかし万が一があっては困る。確か主は私の名付けのときに言っていたな。
念のため主の周りには結界を張っておこう。さて、主の言っていたことだったが――
「こうか?」
濃い霧を部分的に発生させ、それをアリたちの顔に纏わりつかせる。
視界を奪われたアリたちは前後不覚に陥り、互いに衝突している。
「おぉ、これは面白いな。これが霞か……やはり主も面白いな」
今まで物理的な攻撃を主軸として戦ってきた私だが、こういう絡め手も良いな。
さて、あとはアトラ殿の仕事だ。お手並み拝見といこう。
月明かりが照らす戦場――
アトラ殿が音もなく消えると、先頭で登ってきたアリの影から現れ、アリの体を縦に真っ二つだ。流石はシャドウスパイダーといったところだろう。
影から影に移動して、脚の鋭い刃で敵の体を切り裂く。
そしてアリから出てきたエクスペリメンタルエネルギーの塊が、アトラ殿と私にも吸収されていく。いいぞアトラ殿、その調子だ――
「ん……?」
……その後もアトラ殿は、次々に登ってくるアリを、反撃させる間もなく真っ二つにしていく。実に惚れ惚れする手際である。
アントソルジャーの脅威は数と顎鋏の挟む力だが、拳サイズのアトラ殿をこの暗闇と霞で捉えるのは難しいだろうな。相手が悪い。
アトラ殿はこのエリアでは下位種の存在だが、亜種ということもあり中位種に近い存在だ。
そんなアトラ殿が下位種のアリ如きに負けることはない。仮に千匹やってこようと、アリの死骸の数が変わるだけだ。
ベヒーモスは避けたのに、アトラ殿を避けないのは、所詮はアリか……いや、そうでもないようだな。
「さかしいな」
一匹、アトラ殿の隙を突いて登ってきたが残念だったな。ここには私がいる。
背後をとったつもりのアリの頭を裏拳で砕き、頭を失った体は地面へと落下。
ウンディーネである私に襲い掛かってくるのは良い度胸だが、私はベヒーモス以下に見られたのか? であれば業腹だが――
「ほう?」
半分ほど殺されてやっと勝てないと理解したのか、アリたちが逃げ始めたか。だが――
アトラ殿はアリたちが逃げることを許さない。
高い接着性を持つ網を吐き、逃げるアリたちを捕らえていく。
あとは動けなくなったアリたちに、ゆっくりトドメを刺していけばいい。
このアリたちは下位種だが、決して弱い存在ではない。装甲は堅く、人族の武器では傷つけるのも一苦労であり、魔法で戦うのが常識なのだが、アトラ殿は全て物理攻撃だけで倒し切った。その数は百以上はいただろう。
アリたちにしてみれば災難だったかもしれないが、主を狙ったのが運の尽きだったな。
アトラ殿は大層主を気に入っておられるようだ。そんなお気に入りを害そうとしたのだ、殺されても文句は言えまい……いや、そもそも殺されたら文句も言えないか。
「キキ」
「ああ、素晴らしい働きだったな、アトラ殿」
「キ」
「大量の肉も手に入ったことだし、きっと主は泣いて喜ぶであろう」
「キキ!」
「うむうむ。ではアトラ殿も休むよい。私は睡眠を取る必要はないからな。見張りは任せてもらおう」
「キ」
「ああ、よい夢を」
▽ ▽ ▽
「……ああ、一人ではないことが楽しいし、実に面白く素晴らしい! もっと仲間が増えれば更に面白くなるだろう。主よ、期待しているぞ」
水の女神の眷属として、この地に存在する私たちの存在理由は、水を浄化して生命を育むためだ。
多くの水場を支配しているウンディーネほど、眷属として名誉であり、位が高くなる。
位と言ってもウンディーネ同士で言い合っているだけであって、水の女神様は何も仰られてはいない。
そのためウンディーネは群れず、個々で縄張りを持ち、他のウンディーネの侵入を許さない。
そういう理由があって、私は暫くのあいだずっと一人だった。一人でいるということはとても退屈であり、苦痛でもあった。
たまに話し相手になってくれていた変り者のウンディーネは、どこか別の場所に縄張りを移してしまい、今では話す相手もいなかったのだ。
刺激を求めて私も縄張りを移したかったが、そんな都合よく空いている場所はなかった。
戯れでゴブリンやオーク、コボルトや他の魔物たちの前に出てみたが、皆襲い掛かってきて話をすることもできなかった。
ダークエルフたちのいる場所は、他のウンディーネの縄張りで近づくこともできない。他の獣人たちがいる場所もそうだ。
限られた場所で変わらない日常。ウンディーネに寿命はない。倒されれば存在は消えるが、ウンディーネを倒せる存在はそうそういない。故に、ただただ苦痛の日々を送る毎日に嫌気がさしていた。
そんなときに主と出会えたのは、水の女神様の思し召しだと思ったほどだ。
そして主の魔物となった今なら、他のウンディーネの縄張りに近づくことも問題にならないだろう。文句を言ってくれば主と共に戦い、返り討ちにしてしまえばいい。なんなら仲間に加えてみるのも面白いだろう。
――しかし、エクスペリメンタルエネルギーが主に入らなかったことが気がかりだ。
通常、使役している従魔が倒したエネルギーは、その主にも入るはずなのだが……何故か主には入らなかった。
何故だ? 主が異世界人だからか?
……本当に退屈させてくれないな、私の主様は。その謎がいつか解けるときも楽しみだ。
「おや?」
アリを倒して大量のエクスペリメンタルエネルギーを吸収したアトラ殿の体が、白く光りだした。この光は――どうやら進化するようだな。
主のテイムした魔物がどんな風に進化していくか、これも楽しみの一つだ。
主といれば退屈することはないだろう。本当に主と出会えてよかったと思っている。
水の女神様、主と出会わせてくれたこと、感謝致します。
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【これまでの主な実績】
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