誰よりも美しい花を捧ぐ。

三川

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06.美醜の基準【捧げられし花テオエル】



結局散歩の許可は出なかったーーと、思っていたのだが。
なんの予定もない翌日、いつもなら惰眠を貪っている時間にナーサラーに叩き起こされ、マックナルと二人がかりで着替えさせられて朝食を詰め込まれ、急かされながら支度を済ませたところで、部屋をノックする者がいた。

「シドイェスカ様の護衛騎士、アングリフと申します。本日、案内役を仰せつかりました」

シドイェスカの護衛騎士であるというアングリフは、金髪碧眼の正統派イケメンだった。案内役として散歩に付き合ってくれるらしい。

「北棟は神人とその関係者の住まいとなっています」

テオエルも北棟で生活している。部屋から出ないため、どこになんの部屋があるのか興味津々で案内されながら歩き、一通り見て回ると渡り廊下を通って本棟へ向かう。

「シドイェスカ様はどのようなお方ですか?」
「世界一の神人であらせられます。お祈りの力が誰よりも優れていらっしゃるのです」

アングリフはテオエルの質問に、柔和な微笑みで答えてくれる。

「お祈りは夜にやるにはうるさいらしいですね」
「確かに騒がしいと感じる方もいるかもしれません。シドイェスカ様のお祈りは特に。でもとても神秘的で…………これは、説明しても実際に体験した者にしかわからないでしょう」

アングリフは常ににこやかで、物腰も柔らかい。それに、シドイェスカの護衛騎士ということは、誰よりもシドイェスカの近くにいる時間が長いということで。シドイェスカのことを聞くのなら妥当な人選であると思えたし、何より内心どう思っていようと、穏和に対応してくれそうなところがテオエルの背中を後押しした。

「……シドイェスカ様に捧げられた者達が、次々精神異常を来すのは何故ですか……?」

アングリフはやはり笑顔だったが、若干眉尻が下がって、困り顔になった。

「知らない方が幸せなこともありますよ」

じっと見つめていると、アングリフは微笑みながら眉間にしわを寄せるという器用なことをやってのけた。

「知ってしまったら、きっとあなたも狂って死ぬでしょう」


ーー決して振り向かないことだ。


シドイェスカと同じことを、アングリフも口にする。

「その決まりを破った者達が、狂っていったのです」

それは優しい忠告か、脅しか。

「次は騎士寮を案内いたしましょう」

アングリフは柔和に微笑んだ。






シュルテルマイヤー城の敷地内にある騎士寮では、休暇中の騎士達が物珍しげにテオエルを見やった。概ね遠巻きにされているが、アングリフに親しげに声をかけてくる者もいる。

「おいおい、どういうことだアングリフ。おまえがこんな別嬪さんを連れてるなんて。おまえは明日死ぬのか? どこから攫ってきた?」

肩を組まれたアングリフが、苦笑して答える。

「攫っていません。彼は神人へ捧げられた花です」
「アングリフが護衛を任されるってことはーーシドイェスカ様の花か? 気の毒に」

聞き耳を立てていたのか、周囲がざわめいた。

「狂ったら死ぬ前に一発ヤらせろよ」

下卑た野次が飛ぶ。

「シドイェスカ様に抱かれてるなんて可哀想だ。この俺が相手してやるよ。かわいこちゃん」

にやにやといやらしい笑みを浮かべる男を、テオエルはきっと睨んだ。アングリフがテオエルを庇うように前に出る。

「誘惑に乗ってはなりません」
「……誘惑?」
「あの男は自分の見目の良さを利用して、男女構わず食い散らかしているのです」

テオエルは思わず二度見した。

見目がいい?
あれが?

腫れぼったい一重に、団子鼻。タラコのような唇。ゲジゲジの眉毛。
それが、男女構わず食い散らかせるほど、見目がいい!?

やっぱりこの世界の美醜の基準は全くわからん。

「アングリフ様、行きましょう。僕は彼に欠片も興味がありません」

つんとした態度で退避を促すテオエルに、アングリフは目を見開いて振り返った。
マントを引っ張り、共に騎士寮から出る。

「……やはりあなたのように特別美しい者は、心惹かれる美しさの基準も高過ぎるのでしょうね」

正統派イケメンがなんか意味わからんこと言ってる。

「僕には先ほどの男よりアングリフ様の方がよっぽど見目よく見えますが」
「私の方が……?」

アングリフは愕然とした面持ちで口を開いたまま固まった。

「先ほどの男より……?」
「はい」
「私の見目が……その、」
「アングリフ様の方がかっこいいです」
「かっ、かっこ……っ!?」

その後も、しつこく何度も繰り返し確認された。
何故こんなにも動揺し、執拗に確認するのだろうと不思議に思っていたらーーなんと!


アングリフはイケメンではなかった!


「髪と瞳の色が濃いほど、美しいのです」

金髪碧眼のアングリフは、この世界では結構な醜男らしい。

「僕、アングリフ様は正統派イケメンだと思っていました」

アングリフは少しばかり疲れた顔をしていた。

「…………ナーサラーは?」
「美少女に見えます」
「マックナルは……?」
「平凡かと」
「あなたの美醜感覚が全くわからない……」

頭を抱えるアングリフ。
こっちのセリフである。
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