19 / 21
19.光が戻る【神人シドイェスカ】
テオエルの部屋は嵐でも通ったかのように荒れていた。
隅の方に縛り上げられて転がされている人数は、四人。ブデリナと、護衛騎士二人と、ニッケルヒだ。
この期に及んでわーわー喚き立てそうなブデリナは、ナーサラーに椅子代わりにされて鼻先に剣を突き立てられていることで口を固く閉ざしている。
テオエルの姿が、どこにもなかった。
「ナーサラー、テオエルは」
「湯浴み中です」
「……報告を」
「はっ!」
朝からテオエルはヒストーナーと本を読んでいた。途中でヒストーナーが呼び出され、テオエルに部屋から出るなと言い含めて出ていった。その後はナーサラーがテオエルと本を読んでいた。ニッケルヒにミシュナンドールから密かに呼び出しがかかったと耳打ちされ、何故新人側仕えのニッケルヒ経由で若き君主から自分に呼び出しが届くのか怪訝に思いつつ、ナーサラーは部屋を出た。王の執務室へ足を向けながらも、不信感は拭えず。迷った末、執務室を訪ねたが門前払いされた。やっぱり呼び出しなんかなかったじゃないかと不満に思ったが、嘘の呼び出しを告げたニッケルヒの目的が謎である。一番わかりやすいのは、ナーサラーが邪魔だった。部屋から追い出したかった。
マックナルの顔が頭をよぎる。
テオエルが狙われているーー?
走りかけ、いやそもそもこれら全て込みでなんらかの作戦が進行している可能性は? 深読みし過ぎか?
しかし、ナーサラーは王命を受けて裏で暗躍する秘密部隊が存在することを知っていた。
「誰から聞いた?」
ミシュナンドールが問う。
「あくまで噂だと……」
「誰から聞いた?」
ナーサラーはラーナンドに目を向けた。
顔を背けるラーナンド。
「ラーナンド~」
「……申し訳ありません」
ミシュナンドールに責めるように呼ばれ、ラーナンドは目を逸らして謝罪した。
「だっ、だから、何か知ってるかもしれないと思って、ラーナンドに声をかけたんです」
ラーナンドは考え過ぎだと笑ったが、万が一の時のためにと予備の剣をナーサラーに貸与し、テオエルの部屋までついて来てくれた。
ナーサラーの耳には、確かにテオエルの悲鳴が聞こえた。
ので、扉を蹴り破って飛び込んだ。
ら、ニッケルヒに直撃し図らずも昏倒させた。
素早く状況確認。テオエルを拘束する護衛騎士が二人と、汚らわしい手でシドイェスカの花を今にも手折らんとするブデリナを捕捉。真っ先にブデリナを排除しようとして護衛騎士達との戦闘になり、ラーナンドの加勢を受けて制圧。縛り上げて部屋の隅へ転がし、報告へ向かうラーナンドを見送った後、テオエルに湯浴みをすすめた。
「ラーナンドが戻ってくるまで、ブデリナ達を見張っていました。以上です」
「湯浴みをするには長過ぎるのではないか……?」
呟いてそわそわするシドイェスカを見て、ミシュナンドールが仕方がない奴とばかりに苦笑した。
「その様子ではテオエルが気になって何を聞かされても耳を素通りであろう。よい。テオエルの具合を見に行け」
ナーサラーの報告を聞いている間も、シドイェスカはずっとただただテオエルのことが気がかりだった。
足早に浴場へ向かい、そっと声をかける。
「テオエル」
テオエルは一心不乱に身体を擦っていた。力いっぱい繰り返し、繰り返し、擦り続けたのだろう。赤くなって、爪を立てたのか血が滲んでいる箇所さえあった。
「何をしておるのだ!」
慌てて駆け寄り止めさせる。腕を掴まれたことでようやくシドイェスカに気づいたテオエルは、顔を合わせるなり絶望の表情を浮かべ、シドイェスカからさっと距離を取った。
「テオエル?」
「手を放してください……」
「放したらまた自分の身体を血が滲むほど擦るであろう」
「汚いのです。どんなに擦っても擦っても、汚らわしい汚れが落ちない……」
「そなたのどこが汚れている? 綺麗な身体だ」
「汚れているのです! とても……とてもこんな汚い身体……シドイェスカ様に触れられるわけにはいきません」
「何を言ってーー」
美しい瞳が、絶望の淀んだ黒に染まっている。
「僕は、っ、汚れてるので……、う、花の役目、っく、から外して……くださ……っ」
テオエルは両手で顔を覆って、つっかえながら解任しろと言う。
隠したって、泣いているのはバレバレだった。
それが、ブデリナに襲われ傷ついた心から溢れたものなのか。
それとも、本当はシドイェスカの花のままでいたいと思ってくれているからなのか。
どちらにせよ、シドイェスカはテオエルを手放す気などさらさらない。
「テオエルでなければ嫌だから断る」
「僕が、っ、発狂……ぅ、しなかったから……!」
「好いておるからだ!!!!」
ミシュナンドール達がいる部屋まで響き渡ったであろう大声に、テオエルは顔をあげた。涙でぐちゃぐちゃで、鼻水まで覗いている。そのほおを両手で挟むようにして固定し、シドイェスカはまるでわかっていない相手に、真摯に訴えた。
「私がそなたを好いていて、そばにいて欲しくて、私にだけ抱かれてほしいと思っておるからだ。そなたの身体を汚れているだなんて、微塵も思わぬ。たとえ実際に手折られていたとしても、そなたの美しさは損なわれん。髪も、瞳も、心も、身体も、そなたは美しいままよ。汚れてなどいない」
「でも……、でも……っ」
「それでも汚いと感じるのなら、私が綺麗にしてやろう。私に触れられるのは嫌か?」
「嫌なわけが、ありません……っ」
くしゃり、とテオエルの顔が歪む。
涙に潤んだ美しい黒の瞳に、光が戻っていた。
あなたにおすすめの小説
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
寄るな。触るな。近付くな。
きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。
頭を打って?
病気で生死を彷徨って?
いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。
見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。
シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。
しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。
ーーーーーーーーーーー
初めての投稿です。
結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。
※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。
【完結。一気読みできます!】悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!
はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。
本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる……
そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。
いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか?
そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。
……いや、違う!
そうじゃない!!
悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!!
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
王子様の愛が重たくて頭が痛い。
しろみ
BL
「家族が穏やかに暮らせて、平穏な日常が送れるのなら何でもいい」
前世の記憶が断片的に残ってる遼には“王子様”のような幼馴染がいる。花のような美少年である幼馴染は遼にとって悩みの種だった。幼馴染にべったりされ過ぎて恋人ができても長続きしないのだ。次こそは!と意気込んだ日のことだったーー
距離感がバグってる男の子たちのお話。