誰よりも美しい花を捧ぐ。

三川

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19.光が戻る【神人シドイェスカ】


テオエルの部屋は嵐でも通ったかのように荒れていた。
隅の方に縛り上げられて転がされている人数は、四人。ブデリナと、護衛騎士二人と、ニッケルヒだ。
この期に及んでわーわー喚き立てそうなブデリナは、ナーサラーに椅子代わりにされて鼻先に剣を突き立てられていることで口を固く閉ざしている。

テオエルの姿が、どこにもなかった。

「ナーサラー、テオエルは」
「湯浴み中です」
「……報告を」
「はっ!」


朝からテオエルはヒストーナーと本を読んでいた。途中でヒストーナーが呼び出され、テオエルに部屋から出るなと言い含めて出ていった。その後はナーサラーがテオエルと本を読んでいた。ニッケルヒにミシュナンドールから密かに呼び出しがかかったと耳打ちされ、何故新人側仕えのニッケルヒ経由で若き君主から自分に呼び出しが届くのか怪訝に思いつつ、ナーサラーは部屋を出た。王の執務室へ足を向けながらも、不信感は拭えず。迷った末、執務室を訪ねたが門前払いされた。やっぱり呼び出しなんかなかったじゃないかと不満に思ったが、嘘の呼び出しを告げたニッケルヒの目的が謎である。一番わかりやすいのは、ナーサラーが邪魔だった。部屋から追い出したかった。

マックナルの顔が頭をよぎる。
テオエルが狙われているーー?

走りかけ、いやそもそもこれら全て込みでなんらかの作戦が進行している可能性は? 深読みし過ぎか?

しかし、ナーサラーは王命を受けて裏で暗躍する秘密部隊が存在することを知っていた。


「誰から聞いた?」

ミシュナンドールが問う。

「あくまで噂だと……」
「誰から聞いた?」

ナーサラーはラーナンドに目を向けた。
顔を背けるラーナンド。

「ラーナンド~」
「……申し訳ありません」

ミシュナンドールに責めるように呼ばれ、ラーナンドは目を逸らして謝罪した。

「だっ、だから、何か知ってるかもしれないと思って、ラーナンドに声をかけたんです」


ラーナンドは考え過ぎだと笑ったが、万が一の時のためにと予備の剣をナーサラーに貸与し、テオエルの部屋までついて来てくれた。
ナーサラーの耳には、確かにテオエルの悲鳴が聞こえた。
ので、扉を蹴り破って飛び込んだ。
ら、ニッケルヒに直撃し図らずも昏倒させた。
素早く状況確認。テオエルを拘束する護衛騎士が二人と、汚らわしい手でシドイェスカの花を今にも手折らんとするブデリナを捕捉。真っ先にブデリナを排除しようとして護衛騎士達との戦闘になり、ラーナンドの加勢を受けて制圧。縛り上げて部屋の隅へ転がし、報告へ向かうラーナンドを見送った後、テオエルに湯浴みをすすめた。


「ラーナンドが戻ってくるまで、ブデリナ達を見張っていました。以上です」






「湯浴みをするには長過ぎるのではないか……?」

呟いてそわそわするシドイェスカを見て、ミシュナンドールが仕方がない奴とばかりに苦笑した。

「その様子ではテオエルが気になって何を聞かされても耳を素通りであろう。よい。テオエルの具合を見に行け」

ナーサラーの報告を聞いている間も、シドイェスカはずっとただただテオエルのことが気がかりだった。
足早に浴場へ向かい、そっと声をかける。

「テオエル」

テオエルは一心不乱に身体を擦っていた。力いっぱい繰り返し、繰り返し、擦り続けたのだろう。赤くなって、爪を立てたのか血が滲んでいる箇所さえあった。

「何をしておるのだ!」

慌てて駆け寄り止めさせる。腕を掴まれたことでようやくシドイェスカに気づいたテオエルは、顔を合わせるなり絶望の表情を浮かべ、シドイェスカからさっと距離を取った。

「テオエル?」
「手を放してください……」
「放したらまた自分の身体を血が滲むほど擦るであろう」
「汚いのです。どんなに擦っても擦っても、汚らわしい汚れが落ちない……」
「そなたのどこが汚れている? 綺麗な身体だ」
「汚れているのです! とても……とてもこんな汚い身体……シドイェスカ様に触れられるわけにはいきません」
「何を言ってーー」

美しい瞳が、絶望の淀んだ黒に染まっている。

「僕は、っ、汚れてるので……、う、花の役目、っく、から外して……くださ……っ」

テオエルは両手で顔を覆って、つっかえながら解任しろと言う。
隠したって、泣いているのはバレバレだった。

それが、ブデリナに襲われ傷ついた心から溢れたものなのか。
それとも、本当はシドイェスカの花のままでいたいと思ってくれているからなのか。

どちらにせよ、シドイェスカはテオエルを手放す気などさらさらない。

「テオエルでなければ嫌だから断る」
「僕が、っ、発狂……ぅ、しなかったから……!」
「好いておるからだ!!!!」

ミシュナンドール達がいる部屋まで響き渡ったであろう大声に、テオエルは顔をあげた。涙でぐちゃぐちゃで、鼻水まで覗いている。そのほおを両手で挟むようにして固定し、シドイェスカはまるでわかっていない相手に、真摯に訴えた。

「私がそなたを好いていて、そばにいて欲しくて、私にだけ抱かれてほしいと思っておるからだ。そなたの身体を汚れているだなんて、微塵も思わぬ。たとえ実際に手折られていたとしても、そなたの美しさは損なわれん。髪も、瞳も、心も、身体も、そなたは美しいままよ。汚れてなどいない」
「でも……、でも……っ」
「それでも汚いと感じるのなら、私が綺麗にしてやろう。私に触れられるのは嫌か?」
「嫌なわけが、ありません……っ」

くしゃり、とテオエルの顔が歪む。
涙に潤んだ美しい黒の瞳に、光が戻っていた。
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