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第二章「王都イスターツ編」
第四十一話「イリスとユリウス」
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獣人の中でも元も年配の男が俺の前に跪くと、獣人達が一斉に跪いた。涙を流しながら俺を見つめる獣人達を見ているだけで、奴隷解放が正しかったと実感した。
魔物を狩り続ければ魔石化の力で効率良く魔石を集められる。そして魔石ガチャの力で魔石を高級な魔法道具に作り替え、魔法道具屋に持ち込む。お金ならいくらでも作れるのだ。勿論、時間も手間も掛かるが、これからもお金を稼いで獣人奴隷を開放しよう。
「我々を開放して下さってありがとうございます。ケットシー救済の英雄、ユリウス・シュタイン様! 私達はこの命が尽きるまでシュタイン様にお仕えします!」
「いや……せっかく自由になったんですから、わざわざ俺に仕えなくて良いですよ。俺は封魔師ですから、獣人奴隷が作り上げた力でこれまで生き延びてきました。皆さんの先祖に救われたのは俺の方なんです」
「ですが……! この恩は一体どう返せば良いのですか!? 私達をシュタイン様の配下に入れてください!」
「いや、配下とか仕えるとか、そういうのは困ります」
解放しただけではこれからの生活に困るだろう。当面の生活費を渡しておこう。俺はマジックバックから二百万ゴールド取り出すと、獣人の男に渡した。彼は呆然とお金を受け取り、仲間達と静かに見つめ合った。
「やはり私達はシュタイン様にお仕えしたいです。一族を殺され、奴隷の身分に落ちた私達は帰る場所も仕事もありません。あるのはこの肉体と忠誠心だけです!」
「それでは、冒険者ギルドに加入しませんか? 冒険者として地域を守りながら暮らすのはどうでしょうか。生活費も稼げますし、王都で安定した生活を送れると思いますよ」
「冒険者ギルドですか!? 私達は皆レベル30を超える戦士です、私達の力を是非お使い下さい!」
「ありがとうございます。実は、まだギルド用の建物も完成していませんが、近日中にギルド区に冒険者ギルド・ファルケンハインを設立します。ギルドが出来たらすぐにクエストを受けて頂ける様にしますので、それまでは宿で待機していて下さい」
「はい! シュタイン様、連絡係として我が一族の娘を一人置いて頂けませんか?」
「それは構いませんよ」
獣人達を取り仕切る男が十八歳程の女を呼んだ。身長は百七十センチ程だろうか。左右の瞳の色が違う。右目が青色で左目が茶色。何とも美しい容姿をしているが、栄養失調気味なのだろう。随分痩せこけた顔をしている。
彼女は他の獣人よりも人間の血を強く引いているのか、容姿も人間に近い。他の者は明らかに狼にしか見えない者も居る。男は限りなくダイアウルフに近く、体格も非常に良い。栄養を大量に摂取して鍛え込めば最高の戦士になるだろう。
思わぬところで十五人の新規加入者を得た俺は、獣人のリーダーであるアレックス・キールが宿泊する宿を教えて貰い、連絡役としてイリス・クラフトと行動を共にする事にした。
「それではシュタイン様、我々はこれで失礼します」
リーダーが仲間を連れて宿に入ると、俺はララとイリスさんを連れて商業区に向かった。イリスさんは奴隷商が用意したボロの布を身に着けており、足はすらりと長く、頭部からは灰色の耳が生えている。ララは極めて魔物に近い容姿をしているが、イリスさんは人間寄りだから新鮮だ。
「イリスさん、まずは新しい服を買いましょうか」
「イリス……」
「え? なんですって?」
「イリスでいい。敬語も要らない……」
「わかったよ、イリス。この子はフェンリルと人間の中間種であるララ」
ララがイリスの手を握ると、イリスは笑みを浮かべてララと俺を見つめた。
「ユリウスは獣人に優しいのね。この子は心からユリウスの事を信じている」
「わかるの?」
「ええ、同じ獣人だから。フェンリルの様な高位な魔物の血を引く獣人が人間と共に行動するなんて。余程あなたの事が好きじゃない限りありえないわ」
ララはイリスの言葉を聞いて嬉しそうに尻尾を振り、イリスもまた灰色のふわふわした尻尾を振った。家に帰ればケットシーのレベッカまで居るのだ。獣人率が高くなってしまったが、俺は獣人という生き物が好きだ。人間にはない力強さと意思の強さを持っている。
特にララは人間を凌駕する魔力と知能、肉体を兼ね備えたフェンリルの子だからか、一般の冒険者よりも遥かに高度な魔法を使いこなし、力強い魔法で敵を仕留める。俺はそんな人間とは異なる力を持つ獣人に惹かれているのだ。
「ユリウス、別に服はこのままでいい……」
「そういう訳にもいかないよ。屋敷には貴族も訪れるから、身だしなみには気を使わないと」
「私のためにお金を使わなくていいわ」
「ララ、イリスはこう言ってるけど、彼女に似合う服を選んであげて」
「うん! ララが選ぶ!」
俺はイリスの服選びをララに任せ、彼女の健康を取り戻すために商業区で野菜や肉を買い込んだ。まずは栄養満点の料理を作って彼女をもてなそう。獣人のリーダーのアレックスさん達は十分にお金を持っているから、今度再会する時までには肉体を仕上げてくるだろう。
身長二メートルを超えるダイアウルフの血を引いた戦士がどう戦うのか、今から楽しみで仕方がない。それに獣人達は全てレベル30を超えていると言った。Cランク、地属性の魔物であるダイアウルフはストーンシールドの魔法を操る。石の盾を作り上げる防御魔法だ。
魔力が高ければ防御の際に魔法攻撃をかき消す事も出来る魔法だと魔物図鑑で読んだ事がある。十歳の誕生日に母が送ってくれた魔物図鑑もマジックバックの中に仕舞っている。というより、大切な物はほぼ全てマジックバックに入れて持ち歩いている。
『ユリウス、まだ帰ってこないの?』
『ああ、商業区で買い物をしているんだよ』
『そう、ユリウスが戻るまで待っているわね』
こうしていつも念話で俺を気遣ってくれるヴィクトリアの事が好きだ。出会った当初はヴィクトリアが第一王女だからどう接して良いのか分からなかったが、最近では随分親しくなったし、魔大陸で毎日念話で話していた時に俺とヴィクトリアの距離は一気に縮まった。
「ユリウス! イリスの服を選んだよ!」
大きな袋を持ったララがイリスのために購入した服を見せてくれると、随分大きなブラジャーがいくつも入っていた。きっとブラジャーのサイズはエレオノーレ様と同じFカップだろう。
それからララはピンク色の可愛らしいパンツを俺に見せると、イリスは恥ずかしそうにララからパンツを奪った。クールな見た目と話し方とは裏腹に、下着の趣味は随分可愛らしい。
「ララ、一緒に服を選んでくれてありがとう……だけど下着はユリウスには見せないで」
「うん! いつでも選んであげる!」
「ララは良い子ね」
イリスはすっかりララの事が気に入ったのか、二人は手を繋ぎながら商業区を見て歩き、一軒の露店の前で立ち止まった。どうやら串焼きの露店なのだろう、店主が金属製の串に魔物の肉を差すと、串に杖を向けて魔力を込めた。
「フレイム!」
瞬間、強い炎が炸裂すると、肉が程良く焼け、辺りに香ばしい匂いが立ち込めた。ララはだらしなくよだれを垂らし、串焼きをじっと見つめている。最近は自分のしたい事や欲しい物をはっきりと言える様になったが、まだ控えめな部分があるのだ。
「ララ、食べたいの?」
「うん! 食べる!」
「イリスも食べたいの?」
「食べるわ……別にお腹が空いている訳じゃないんだけど……」
イリスが呟いた瞬間、彼女のお腹が大きく鳴った。店主と俺とララは一斉に噴き出すと、イリスも柔和な笑みを浮かべた。イリスの身長はエレオノーレ様とほぼ同じだが、筋肉はエレオノーレ様よりも大きい。エレオノーレ様も肉体を鍛えていたが、イリスの体格の良さは生まれ持ったものだろう。
一本三百ゴールドの串焼きを買うと、俺達は街を見ながら暫く肉の味に舌鼓を打った。イリスは食べたりないのか、モフモフした耳を垂らしながら俺を見つめた。彼女もなかなか自分の要求をはっきり言えない性格なのだろう。
「イリス、好きなだけ食べて良いんだからね」
「この恩はいつか返すわ」
「恩だなんて思わなくて良いよ。俺は封魔剣舞の力で生きているんだから。俺の方が獣人達に恩を返さなきゃならないからね」
「人間が獣人奴隷が作り出した剣舞を継承するなんて珍しいわ。ユリウスは本当に不思議な男ね。突然現れて私達を開放してくれるし、こんなに美味しい物もご馳走してくれるし」
それからイリスは串焼きを何本も食べ、ララはイリスと競う様に大量の肉を食べた。俺も体作りをしているから相当食べる方だが、イリスの食事量は俺とほぼ同等。
「ユリウス、ララはお腹いっぱいだよ。家族になるための手紙送ろう?」
「そうだね、お父様に手紙を送らないと」
ララの言葉にイリスが首を傾げると、俺はララをシュタイン家の養子に迎える事をイリスに話した。イリスは獣人が人間の養子になる事が信じられなかったのか、暫く呆然としていた。
「ケットシー救済の英雄、ユリウス・シュタインの名前は知っていたけど、心から獣人を愛しているのね」
「俺一人の力でケットシーを救った訳じゃないけど、俺はララの事が好きだし、ケットシー達も好きだよ。それに、イリスの事ももっと知りたいと思っているよ。これから屋敷で一緒に暮らすんだからさ」
「何でも聞いて、私もユリウスを知りたいわ」
話し方は時々ぶっきらぼうになるが、美しい見た目からは考えられない言葉遣いが妙に面白い。オッドアイの瞳も、長く伸びた灰色の髪も綺麗だが、長い間風呂に入っていないのだろう、僅かに獣の匂いがする。
ララを開放した時も彼女の心と肉体のケアをするのが大変だったが、イリスは大人だから大丈夫だろう。年齢は十八歳らしい。俺よりも三歳年上なのだ。
「ユリウス、武器が欲しいわ」
「武器? どんな物が使えるの?」
「スピア、ジャベリン、ランス、トマホーク、モーニングスター、フレイル」
早口で得意な武器の名前を言うと、俺は彼女の実力を知るために武器屋に行く事にした。ギルドの建物が完成したら彼女も冒険者として働く事になるのだ。今の内からイリスの戦い方を知っておきたい。
商業区で最も大きい武器屋に来ると、店主は俺の事を知っていたのか、慌てて駆けつけてきた。
「これはこれは! 封魔師のユリウス・シュタイン様! 本日はどういった武器をお探しですか?」
「彼女のための武器を探しています」
イリスがスピアのコーナーに行くと、地属性の魔力を秘めたミスリル製のスピアを手に取った。それから俺を見つめると、彼女は強い殺気を放出してスピアに魔力を注いだ。
「エンチャント・アース」
瞬間、スピアには地属性のエンチャントが掛かり、イリスがスピアを俺に向けた。店主は只ならぬイリスの魔力を感じて後退したが、ララは楽しそうに店内を見て回っている。
「試してみても良いかしら。あなたの力を知りたいの」
「全力で打ってごらん」
雷光閃の構えを取り、全神経を刀に注いで柄を握る。何十万回も放ってきた最高の剣技で彼女の最強の一撃を受け止める。
「ピアッシング!」
イリスが爆発的な魔力を放出させ、高速の突きを放った瞬間、俺は彼女の攻撃に合わせて石宝刀を引き抜いた。
「封魔石宝流抜刀術・雷光閃!」
オリハルコン製の刃に強烈な光が発生すると、切っ先でスピアを弾いた。イリスは俺の雷光閃を受けるには筋力が足りなかったのか、スピアが高速で吹き飛ぶと、店の壁に深々と突き刺さった。
壁には店主の肖像画が掛かっており、悪趣味な肖像画を全否定するかのごとく、スピアが肖像画の中で微笑む店主の額に突き刺さった。店主は悲し気に肖像画を見つめると、店の奥から店主の妻らしき人物が出てきた。
彼女は肖像画を見つめて微笑むと、スピアを引き抜いてイリスに投げた。やはり武器屋の妻は武器の扱いに精通しているのか、イリスは高速で飛んだスピア華麗に受け止めると、満足げに微笑んだ。
「その力でベヒモスを狩ったのね?」
「封魔石宝流を継承する前にね」
「継承前にベヒモスを討伐してしまうなんて。Aランク程度の魔物なら今の一撃で余裕で狩れるという訳ね」
「当時は随分苦戦したけど、今戦ったらもっと簡単に勝てると思うよ。ベヒモス討伐から半年以上鍛え続けてるし、奥義も継承したし」
「私が仕える価値がある男だと判断したわ。ユリウス、これからはこのイリス・クラフトがユリウスを守るわ」
「ありがとう、イリス」
俺はイリスと固い握手を交わすと、武器を交えた者同士が感じる不思議な友情を抱いた。決して言葉だけでは理解出来ない相手の力。鍛錬の成果がたった一撃で分かるのだ。筋肉の量、魔力の強さ、技の完成度、勝負の前に放つ殺気や剣気等。一撃の攻撃で随分多くを知る事が出来る。
俺は彼女が最高の戦士だと理解した。体内には地属性と水属性を秘めている。ダイアウルフの固有魔法であるストーンシールドを使えば、強力な盾で身を守りながらスピアの一撃で敵を仕留められるだろう。攻防のバランスが取れた優秀な戦士なのだ。
「いやぁ素晴らしい一撃でした!」
「ありがとうございます。このスピアを下さい」
俺はイリスのためにスピアを購入した。武器の正式名称はミスリルスピア。地属性を秘める強力な武器だ。代金は八十万ゴールド。
なかなか良い値段だが、イリスの力を引き出すためには武器にはお金を掛けなければならない。今日一日でかなりの財産を失ったが、気分は晴れ渡っている。
「ありがとう、ユリウス」
「どういたしまして」
「ユリウス程強い男とは初めて出会ったわ」
「俺もあんなに鋭い攻撃を放つ女性はエレオノーレ様以来だよ」
「エレオノーレ様? その人はユリウスの恋人なの?」
「いや、先代の封魔石宝流継承者だよ。俺の師匠なんだ」
「封魔師という訳ね。その方は今何処に?」
イリスが訪ねた瞬間、ララが悲しそうに俯いた。俺もエレオノーレ様の事が心から好きだが、ララもエレオノーレ様を愛している。自分の魔法でエレオノーレ様を氷漬けにするのは辛かった筈だ。
「いいえ、話したくないなら聞かないわ」
「氷の中で眠っているよ。きっと夢の中でお酒でも飲んでるんじゃないかな! 起きたら一緒にお酒を飲みたいよ」
「素敵な師匠なんでしょうね」
「ああ、最高の師匠だよ。さぁ屋敷に行こうか。服も買ったし、武器も買ったし」
「ええ、満足だわ」
終始クールなイリスが時折笑みを浮かべると、彼女の可愛さに心が和んだ。やはり獣人は見ているだけで何だか嬉しくなる。
それから俺達は手紙を出してから屋敷に戻り、仲間達に獣人達との出会いやイリスの実力などを教えた。
魔物を狩り続ければ魔石化の力で効率良く魔石を集められる。そして魔石ガチャの力で魔石を高級な魔法道具に作り替え、魔法道具屋に持ち込む。お金ならいくらでも作れるのだ。勿論、時間も手間も掛かるが、これからもお金を稼いで獣人奴隷を開放しよう。
「我々を開放して下さってありがとうございます。ケットシー救済の英雄、ユリウス・シュタイン様! 私達はこの命が尽きるまでシュタイン様にお仕えします!」
「いや……せっかく自由になったんですから、わざわざ俺に仕えなくて良いですよ。俺は封魔師ですから、獣人奴隷が作り上げた力でこれまで生き延びてきました。皆さんの先祖に救われたのは俺の方なんです」
「ですが……! この恩は一体どう返せば良いのですか!? 私達をシュタイン様の配下に入れてください!」
「いや、配下とか仕えるとか、そういうのは困ります」
解放しただけではこれからの生活に困るだろう。当面の生活費を渡しておこう。俺はマジックバックから二百万ゴールド取り出すと、獣人の男に渡した。彼は呆然とお金を受け取り、仲間達と静かに見つめ合った。
「やはり私達はシュタイン様にお仕えしたいです。一族を殺され、奴隷の身分に落ちた私達は帰る場所も仕事もありません。あるのはこの肉体と忠誠心だけです!」
「それでは、冒険者ギルドに加入しませんか? 冒険者として地域を守りながら暮らすのはどうでしょうか。生活費も稼げますし、王都で安定した生活を送れると思いますよ」
「冒険者ギルドですか!? 私達は皆レベル30を超える戦士です、私達の力を是非お使い下さい!」
「ありがとうございます。実は、まだギルド用の建物も完成していませんが、近日中にギルド区に冒険者ギルド・ファルケンハインを設立します。ギルドが出来たらすぐにクエストを受けて頂ける様にしますので、それまでは宿で待機していて下さい」
「はい! シュタイン様、連絡係として我が一族の娘を一人置いて頂けませんか?」
「それは構いませんよ」
獣人達を取り仕切る男が十八歳程の女を呼んだ。身長は百七十センチ程だろうか。左右の瞳の色が違う。右目が青色で左目が茶色。何とも美しい容姿をしているが、栄養失調気味なのだろう。随分痩せこけた顔をしている。
彼女は他の獣人よりも人間の血を強く引いているのか、容姿も人間に近い。他の者は明らかに狼にしか見えない者も居る。男は限りなくダイアウルフに近く、体格も非常に良い。栄養を大量に摂取して鍛え込めば最高の戦士になるだろう。
思わぬところで十五人の新規加入者を得た俺は、獣人のリーダーであるアレックス・キールが宿泊する宿を教えて貰い、連絡役としてイリス・クラフトと行動を共にする事にした。
「それではシュタイン様、我々はこれで失礼します」
リーダーが仲間を連れて宿に入ると、俺はララとイリスさんを連れて商業区に向かった。イリスさんは奴隷商が用意したボロの布を身に着けており、足はすらりと長く、頭部からは灰色の耳が生えている。ララは極めて魔物に近い容姿をしているが、イリスさんは人間寄りだから新鮮だ。
「イリスさん、まずは新しい服を買いましょうか」
「イリス……」
「え? なんですって?」
「イリスでいい。敬語も要らない……」
「わかったよ、イリス。この子はフェンリルと人間の中間種であるララ」
ララがイリスの手を握ると、イリスは笑みを浮かべてララと俺を見つめた。
「ユリウスは獣人に優しいのね。この子は心からユリウスの事を信じている」
「わかるの?」
「ええ、同じ獣人だから。フェンリルの様な高位な魔物の血を引く獣人が人間と共に行動するなんて。余程あなたの事が好きじゃない限りありえないわ」
ララはイリスの言葉を聞いて嬉しそうに尻尾を振り、イリスもまた灰色のふわふわした尻尾を振った。家に帰ればケットシーのレベッカまで居るのだ。獣人率が高くなってしまったが、俺は獣人という生き物が好きだ。人間にはない力強さと意思の強さを持っている。
特にララは人間を凌駕する魔力と知能、肉体を兼ね備えたフェンリルの子だからか、一般の冒険者よりも遥かに高度な魔法を使いこなし、力強い魔法で敵を仕留める。俺はそんな人間とは異なる力を持つ獣人に惹かれているのだ。
「ユリウス、別に服はこのままでいい……」
「そういう訳にもいかないよ。屋敷には貴族も訪れるから、身だしなみには気を使わないと」
「私のためにお金を使わなくていいわ」
「ララ、イリスはこう言ってるけど、彼女に似合う服を選んであげて」
「うん! ララが選ぶ!」
俺はイリスの服選びをララに任せ、彼女の健康を取り戻すために商業区で野菜や肉を買い込んだ。まずは栄養満点の料理を作って彼女をもてなそう。獣人のリーダーのアレックスさん達は十分にお金を持っているから、今度再会する時までには肉体を仕上げてくるだろう。
身長二メートルを超えるダイアウルフの血を引いた戦士がどう戦うのか、今から楽しみで仕方がない。それに獣人達は全てレベル30を超えていると言った。Cランク、地属性の魔物であるダイアウルフはストーンシールドの魔法を操る。石の盾を作り上げる防御魔法だ。
魔力が高ければ防御の際に魔法攻撃をかき消す事も出来る魔法だと魔物図鑑で読んだ事がある。十歳の誕生日に母が送ってくれた魔物図鑑もマジックバックの中に仕舞っている。というより、大切な物はほぼ全てマジックバックに入れて持ち歩いている。
『ユリウス、まだ帰ってこないの?』
『ああ、商業区で買い物をしているんだよ』
『そう、ユリウスが戻るまで待っているわね』
こうしていつも念話で俺を気遣ってくれるヴィクトリアの事が好きだ。出会った当初はヴィクトリアが第一王女だからどう接して良いのか分からなかったが、最近では随分親しくなったし、魔大陸で毎日念話で話していた時に俺とヴィクトリアの距離は一気に縮まった。
「ユリウス! イリスの服を選んだよ!」
大きな袋を持ったララがイリスのために購入した服を見せてくれると、随分大きなブラジャーがいくつも入っていた。きっとブラジャーのサイズはエレオノーレ様と同じFカップだろう。
それからララはピンク色の可愛らしいパンツを俺に見せると、イリスは恥ずかしそうにララからパンツを奪った。クールな見た目と話し方とは裏腹に、下着の趣味は随分可愛らしい。
「ララ、一緒に服を選んでくれてありがとう……だけど下着はユリウスには見せないで」
「うん! いつでも選んであげる!」
「ララは良い子ね」
イリスはすっかりララの事が気に入ったのか、二人は手を繋ぎながら商業区を見て歩き、一軒の露店の前で立ち止まった。どうやら串焼きの露店なのだろう、店主が金属製の串に魔物の肉を差すと、串に杖を向けて魔力を込めた。
「フレイム!」
瞬間、強い炎が炸裂すると、肉が程良く焼け、辺りに香ばしい匂いが立ち込めた。ララはだらしなくよだれを垂らし、串焼きをじっと見つめている。最近は自分のしたい事や欲しい物をはっきりと言える様になったが、まだ控えめな部分があるのだ。
「ララ、食べたいの?」
「うん! 食べる!」
「イリスも食べたいの?」
「食べるわ……別にお腹が空いている訳じゃないんだけど……」
イリスが呟いた瞬間、彼女のお腹が大きく鳴った。店主と俺とララは一斉に噴き出すと、イリスも柔和な笑みを浮かべた。イリスの身長はエレオノーレ様とほぼ同じだが、筋肉はエレオノーレ様よりも大きい。エレオノーレ様も肉体を鍛えていたが、イリスの体格の良さは生まれ持ったものだろう。
一本三百ゴールドの串焼きを買うと、俺達は街を見ながら暫く肉の味に舌鼓を打った。イリスは食べたりないのか、モフモフした耳を垂らしながら俺を見つめた。彼女もなかなか自分の要求をはっきり言えない性格なのだろう。
「イリス、好きなだけ食べて良いんだからね」
「この恩はいつか返すわ」
「恩だなんて思わなくて良いよ。俺は封魔剣舞の力で生きているんだから。俺の方が獣人達に恩を返さなきゃならないからね」
「人間が獣人奴隷が作り出した剣舞を継承するなんて珍しいわ。ユリウスは本当に不思議な男ね。突然現れて私達を開放してくれるし、こんなに美味しい物もご馳走してくれるし」
それからイリスは串焼きを何本も食べ、ララはイリスと競う様に大量の肉を食べた。俺も体作りをしているから相当食べる方だが、イリスの食事量は俺とほぼ同等。
「ユリウス、ララはお腹いっぱいだよ。家族になるための手紙送ろう?」
「そうだね、お父様に手紙を送らないと」
ララの言葉にイリスが首を傾げると、俺はララをシュタイン家の養子に迎える事をイリスに話した。イリスは獣人が人間の養子になる事が信じられなかったのか、暫く呆然としていた。
「ケットシー救済の英雄、ユリウス・シュタインの名前は知っていたけど、心から獣人を愛しているのね」
「俺一人の力でケットシーを救った訳じゃないけど、俺はララの事が好きだし、ケットシー達も好きだよ。それに、イリスの事ももっと知りたいと思っているよ。これから屋敷で一緒に暮らすんだからさ」
「何でも聞いて、私もユリウスを知りたいわ」
話し方は時々ぶっきらぼうになるが、美しい見た目からは考えられない言葉遣いが妙に面白い。オッドアイの瞳も、長く伸びた灰色の髪も綺麗だが、長い間風呂に入っていないのだろう、僅かに獣の匂いがする。
ララを開放した時も彼女の心と肉体のケアをするのが大変だったが、イリスは大人だから大丈夫だろう。年齢は十八歳らしい。俺よりも三歳年上なのだ。
「ユリウス、武器が欲しいわ」
「武器? どんな物が使えるの?」
「スピア、ジャベリン、ランス、トマホーク、モーニングスター、フレイル」
早口で得意な武器の名前を言うと、俺は彼女の実力を知るために武器屋に行く事にした。ギルドの建物が完成したら彼女も冒険者として働く事になるのだ。今の内からイリスの戦い方を知っておきたい。
商業区で最も大きい武器屋に来ると、店主は俺の事を知っていたのか、慌てて駆けつけてきた。
「これはこれは! 封魔師のユリウス・シュタイン様! 本日はどういった武器をお探しですか?」
「彼女のための武器を探しています」
イリスがスピアのコーナーに行くと、地属性の魔力を秘めたミスリル製のスピアを手に取った。それから俺を見つめると、彼女は強い殺気を放出してスピアに魔力を注いだ。
「エンチャント・アース」
瞬間、スピアには地属性のエンチャントが掛かり、イリスがスピアを俺に向けた。店主は只ならぬイリスの魔力を感じて後退したが、ララは楽しそうに店内を見て回っている。
「試してみても良いかしら。あなたの力を知りたいの」
「全力で打ってごらん」
雷光閃の構えを取り、全神経を刀に注いで柄を握る。何十万回も放ってきた最高の剣技で彼女の最強の一撃を受け止める。
「ピアッシング!」
イリスが爆発的な魔力を放出させ、高速の突きを放った瞬間、俺は彼女の攻撃に合わせて石宝刀を引き抜いた。
「封魔石宝流抜刀術・雷光閃!」
オリハルコン製の刃に強烈な光が発生すると、切っ先でスピアを弾いた。イリスは俺の雷光閃を受けるには筋力が足りなかったのか、スピアが高速で吹き飛ぶと、店の壁に深々と突き刺さった。
壁には店主の肖像画が掛かっており、悪趣味な肖像画を全否定するかのごとく、スピアが肖像画の中で微笑む店主の額に突き刺さった。店主は悲し気に肖像画を見つめると、店の奥から店主の妻らしき人物が出てきた。
彼女は肖像画を見つめて微笑むと、スピアを引き抜いてイリスに投げた。やはり武器屋の妻は武器の扱いに精通しているのか、イリスは高速で飛んだスピア華麗に受け止めると、満足げに微笑んだ。
「その力でベヒモスを狩ったのね?」
「封魔石宝流を継承する前にね」
「継承前にベヒモスを討伐してしまうなんて。Aランク程度の魔物なら今の一撃で余裕で狩れるという訳ね」
「当時は随分苦戦したけど、今戦ったらもっと簡単に勝てると思うよ。ベヒモス討伐から半年以上鍛え続けてるし、奥義も継承したし」
「私が仕える価値がある男だと判断したわ。ユリウス、これからはこのイリス・クラフトがユリウスを守るわ」
「ありがとう、イリス」
俺はイリスと固い握手を交わすと、武器を交えた者同士が感じる不思議な友情を抱いた。決して言葉だけでは理解出来ない相手の力。鍛錬の成果がたった一撃で分かるのだ。筋肉の量、魔力の強さ、技の完成度、勝負の前に放つ殺気や剣気等。一撃の攻撃で随分多くを知る事が出来る。
俺は彼女が最高の戦士だと理解した。体内には地属性と水属性を秘めている。ダイアウルフの固有魔法であるストーンシールドを使えば、強力な盾で身を守りながらスピアの一撃で敵を仕留められるだろう。攻防のバランスが取れた優秀な戦士なのだ。
「いやぁ素晴らしい一撃でした!」
「ありがとうございます。このスピアを下さい」
俺はイリスのためにスピアを購入した。武器の正式名称はミスリルスピア。地属性を秘める強力な武器だ。代金は八十万ゴールド。
なかなか良い値段だが、イリスの力を引き出すためには武器にはお金を掛けなければならない。今日一日でかなりの財産を失ったが、気分は晴れ渡っている。
「ありがとう、ユリウス」
「どういたしまして」
「ユリウス程強い男とは初めて出会ったわ」
「俺もあんなに鋭い攻撃を放つ女性はエレオノーレ様以来だよ」
「エレオノーレ様? その人はユリウスの恋人なの?」
「いや、先代の封魔石宝流継承者だよ。俺の師匠なんだ」
「封魔師という訳ね。その方は今何処に?」
イリスが訪ねた瞬間、ララが悲しそうに俯いた。俺もエレオノーレ様の事が心から好きだが、ララもエレオノーレ様を愛している。自分の魔法でエレオノーレ様を氷漬けにするのは辛かった筈だ。
「いいえ、話したくないなら聞かないわ」
「氷の中で眠っているよ。きっと夢の中でお酒でも飲んでるんじゃないかな! 起きたら一緒にお酒を飲みたいよ」
「素敵な師匠なんでしょうね」
「ああ、最高の師匠だよ。さぁ屋敷に行こうか。服も買ったし、武器も買ったし」
「ええ、満足だわ」
終始クールなイリスが時折笑みを浮かべると、彼女の可愛さに心が和んだ。やはり獣人は見ているだけで何だか嬉しくなる。
それから俺達は手紙を出してから屋敷に戻り、仲間達に獣人達との出会いやイリスの実力などを教えた。
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