レッドストーン - 魔王から頂いた加護が最強過ぎるので、冒険者になって無双してもいいだろうか -

花京院 光

文字の大きさ
36 / 64
第二章「魔石編」

第三十六話「賢者の試練」

しおりを挟む
 古ぼけた家の中に入ると、そこには一匹の猫が立っていた。不思議な事に、猫は二本の足で立っており、丁度着替えをしていたのか、下着姿の雌の猫は狼狽し、顔を赤らめて俺を見た。灰色の毛の猫は人間の様な体をしており、相手は猫だというのにも拘らず、俺は何だか恥ずかしくなって顔を背けて仕舞った。

「勝手に私の家に入って来るとは……! 全く無礼な人間だ!」
「すみません。賢者の試練の最中にこの家を見つけたので、つい入ってしまいました」
「賢者の試練? お前の様な若造が賢者を目指そうというのか?」
「いいえ、私が賢者を目指している訳ではありませんが、賢者の杖を入手したくて、試練に挑戦している最中なのです」

 当たり前の様に言葉を話す背の低い猫は、豊かな胸を手で隠すと、急いでローブを身に纏った。この生き物は魔物なのだろうか。それとも、人間以外の種族なのだろうか? 灰色の毛をした猫は古ぼけたソファに座ると、モフモフした小さな手を舐めて毛づくろいを始めた。

「それで、賢者の杖を手にして何をするつもりなのだ? 幼い人間よ」
「愛する女性に贈ろうと思っています」
「なんだと? 賢者の杖を贈り物に? そんな馬鹿な……お前は賢者の杖の価値を知っているのか?」
「いいえ、実は杖についてあまり知識がありません」
「そうじゃろう。賢者の杖は、攻撃魔法の威力を大幅に上昇させ、回復魔法の効果を倍増させる、この世で最も優れた杖だ。力の無い者が杖を使っても、幻獣を仕留められる程まで強くなれるだろう。杖の真価を発揮するには、賢者の素質を持つ者が杖を使う以外に方法はない。それで……お前さんが賢者の杖を贈りたい相手は、賢者の素質があるのかね?」
「はい。聖属性と雷属性の適性を持つ、賢者の素質を秘める女性です。アイゼンシュタイン王国の第三王女でありながら、冒険者ギルドのマスターをしています」

 身長は百三十センチ程だろうか、小さな猫は狭い部屋をゆっくりと歩きながら、何やら小声で呟いている。まさか、この猫が賢者なのだろうか? そんな事はないだろう。深い森で一人で暮らす猫か……。

「人間と話すのも久しぶりだな。私はケットシーのジル・ガウスだ」
「私はアイゼンシュタインの騎士、ラインハルト・フォン・イェーガーです」
「騎士? お主は騎士なのかね?」
「はい。国王陛下から騎士の称号を授かりました」
「ほう。騎士が賢者の杖を求めるか。愛する姫のために賢者の杖を贈り物にしようと、軽い気持ちで来たという訳かね?」
「いいえ。軽い気持ちで来た訳ではありません。杖があればレッドドラゴンとの戦闘で、生存率が上がる、勝利する可能性が生まれてくると思ったので、是非賢者の杖を入手したいと思って、試練に挑ませて頂きました」
「レッドドラゴン? 今の時代にも幻獣のレッドドラゴンに挑む者が居るのか。しかし、若き騎士よ。お前さんがレッドドラゴンを倒せる程の強さを持っているのかね? 賢者の杖を手にしたとしても、レッドドラゴンに殺されては、杖を使う機会もないだろう?」

 エメラルド色のクリクリとした目で俺を見つめながら、ケットシーは楽しそうに微笑んでいる。人間と猫の中間種なのだろうか。人間用の服を着ているが、見た目は猫にしか見えない。

「それはそうですが、私はレッドドラゴンを倒すために訓練を積んできました。そう簡単に負けるつもりはありません」
「レッドドラゴンを倒してどうするのだね?」
「レッドドラゴンが持つレッドストーンを手に入れる事が目的なのですが、レッドストーンを使って姫の目を治します。彼女は生まれつき盲目なのです……」
「ほう。盲目の姫に恋する騎士か。確かに、レッドストーンがあれば盲目程度は治せるだろう。レッドストーンとは全ての病を治癒する力を持つ魔石。魔石が割れるまでは何度も治癒の力を使う事が出来る。賢者の杖を求める理由は不純なものでは無いという訳だ」
「はい。今日は姫の、フローラの誕生日なので、贈り物に賢者の杖が必要なんです。彼女には最高の杖を使って欲しいですから」
「それでは、お主の姫に対する愛を確認させて貰おうか。私の試練に耐える事が出来れば、賢者の杖を差し上げよう」

 やはり目の前のケットシーが賢者だったのか。それにしても、自分自身を杖と共に箱に封印するとは、何故外の世界で暮らさないのだろうか。色々と謎がある人物だが、彼女の事は時間を掛けて知ってゆけば良いだろう。

「私は遥か昔に命を落としているが、この体は賢者の試練に挑戦する者と会話をするために作り上げた幻影だ。私は死後、優れた人間に賢者の杖を託すために、この様な試練の場を作り上げた。ここは箱の中の世界。この小さな世界で、杖を使うに相応しい者を待ち続けているのだ」
「今まで杖を授けた事はないのですか?」
「うむ。もう四百年は賢者の杖を持つに相応しい人物に出会えなかった。最近では試練を受ける者も居なかったから丁度退屈していたところだ。さて、最初の試練を与えようか」

 賢者は家の扉を開けると、外を指差した。外にはレッサーデーモンだろうか、全身に鎧を纏った無数の魔物の群れが待機していた。家の近くには結界が貼ってあるのか、レッサーデーモンは家に近づく事は出来ない様だ。

「この先にシュルスクの果実がある。十個ばかり取ってくるのだ」
「この先? この広い森の中で小さな果実を探すのですか?」
「そうだ。探せたら帰ってきなさい。ちなみに、外には千体以上のレッサーデーモンが居る。それ以外にも邪悪な魔物が巣食っているから、くれぐれも気をつけるのだぞ」
「千体? まさか、冗談でょう?」
「私はそんなつまらん冗談は言わんぞ。さぁ、私はシュルスクが食べたいのだ! つべこべ言わずに取ってこい!」

 賢者は小さな手で俺の背中を押すと、俺は家から締め出されてた。これが試練という訳か。一人で千体以上ものレッサーデーモンを狩り、シュルスクの果実を十個集めなければならない。果実の位置も分からなければ、敵の正確の数も不明だ。

 空を埋め尽くす程のレッサーデーモンの群れが、俺が結界の外に出る瞬間を、槍を構えて待っている。結界から出た瞬間、槍での一斉攻撃を喰らうだろう。この絶望的な状況を切り抜ける方法は無いだろうか。ヴォルフを連れてくれば良かったな……。

 使用出来る魔力も限られている。森の中で魔力が枯渇すれば、たちまちレッサーデーモンの餌食になるだろう。敵は俺よりも遥かに弱いが、数があまりにも多い。せめて仲間が居れば良いのだが……。

 タウロスを召喚して手伝って貰おうか。レッサーデーモンを狩り、召喚石を集めて仲間を増やし、敵を駆逐する。俺は魔王の加護を持っているのだから、敵を狩れば低確率で召喚石を入手出来る。まずはタウロスを召喚する前に、自力でレッサーデーモンを狩ろうか。

 賢者は扉の隙間から俺を見つめると、早く結界から出ろと言わんばかりに手を振った。魔剣を握り締め、精神を集中させてから結界の外に飛び出した。無数の黒い魔物の群れが一斉に槍での攻撃を仕掛けて来た瞬間、俺は魔剣に魔力を込めて振り下ろした。

『ソニックブロー!』

 魔力を温存するために、威力を控えて魔法を放った。赤い魔力から作られた巨大な刃が、一撃で五十体以上のレッサーデーモンを切り裂くと、空にはいつくもの魔石が舞った。それから魔物の群れは怒り狂って攻撃を仕掛けて来た。俺は咄嗟に後退して結界に入ろうとすると、結界が俺の体を弾いた。一度外に出れば、目的を達成するまでは戻れない仕組みになっているのだろう。

 魔剣よりもリーチが長い無数の槍の攻撃を魔剣で防ぐ事は困難で、俺は次々と繰り出される槍の攻撃を魔剣で受けているが、体力は徐々に減り始め、腕と肩の筋肉は悲鳴を上げた。敵の攻撃を全て受け切れる事もなく、防御に失敗した攻撃は容赦なく魔装を貫く。

 この場に居るレッサーデーモンは、アイゼンシュタインに居たレッサーデーモンよりも遥かに強く、軽々と魔装を貫く力を持っている。激痛に堪えながら森の中を走り、地面に落ちた無数の魔石の中から、召喚石を探して逃げまとう。

 逃げるだけでも精一杯で、頭上からは雨の様に槍が降り注いでくる。動きを止めた瞬間が最後。無数の槍が俺の体を貫くだろう。魔剣でレッサーデーモンを切り裂きながら、敵の攻撃を回避し、地面に落ちている魔石の中から召喚石を探そう……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。 しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。 絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。 一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。 これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

処理中です...