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日記帳には書かないで
恋愛映画でボロ泣きしようよ
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海に行った。
真冬の海風はとても冷たくて、ダウンを着込んだ自分ですら立ちすくんでしまうほどだった。きみはまるで何も感じていないかのように、ぽちゃぽちゃともじゃぶじゃぶとも似つかない音を立てながら白い波を掻き分けて、ぐんぐんと進んでいく。堪らなくなって後ろから声をかけた。意図は悟られないように、なるべく能天気に聞こえるように。
「今日お前が好きって言ってた歌手がテレビ出るぞ~」
その双眸に虚無の色を灯したきみは、しばし下を向いて考え込んだあと、ゆっくりとこっちに向かってきた。カバンから出したあたたかいタオルで、死んでるみたいに冷たいきみをくるんで、そっと抱きしめた。
×月○日
一緒に帰ろうときみの教室に寄っても、きみの姿が見えなかった。嫌な予感を覚えて、全力で家路を辿る。
きみの家に着いた。玄関から入るのもまどろっこしくて、2階の窓に飛び付いて中に入った。微かに目を瞠るきみの腕にはカッターの刃が当たっていた。
「明日お前が好きって言ってた季節限定品が復活するんだってさ」
それなら仕方ないな、みたいな顔をしているきみから、カッターを取り上げた。伏せられた長いまつ毛から覗く双眸には、虚無が色濃く宿ったままだ。
×月△日
早朝、空き教室の隅で、縄を結ぶのに四苦八苦しているきみを見かけた。本当は、また嫌な予感がして、死にものぐるいできみを探していただけなんだけど、なんでもないように教室に入って縄を回収する。つとめて明るく言い放つ。
「今週の金ロー、千と千尋の神隠しなんだってよ」
じゃあ金曜まではやめるよ、とあっけらかんと言ったきみの顔には、少しだけ笑みが浮かんでいた。
×月◻️日
冷たい風の吹き抜けるビルの屋上を目指して走った。階段をかけ登った先に見えたものは、裸足になって、風にスカートを踊らせるきみの姿。震える唇を叱咤して言葉を放った。こちらに振り向いたきみの顔は、不気味なくらいに穏やかだ。
「今日な、お前が劇場で見れなかったあの映画がアマプラに入ったんだ。明日はお前の好きなアーティストの新曲が出るし、明後日にはお前のよく見てるYouTuberのチャンネルで配信があるんだ。明明後日もその次も、チャンネル登録してる配信者の動画の更新があるかもしれないし、お前の食卓の夕飯に並ぶのは母親の作った肉じゃがかもしれない。お弁当のデザートにりんごがついてるかもしれない。来月にはマックの新作だって出るし、いつも予約のとれないコラボカフェの予約開始期間も来月の半ばで、お前の好きなアパレルブランドも、もうすぐ新作出すって言ってたんだ」
「……うん」
「だから……だから、だからさぁ、なぁ……」
ゆっくりと言葉を紡ぎながら、きみのすぐ近くにまで移動した俺は、俺ときみを阻むフェンスから身を乗り出して、フェンスに縋りついて。それ以上は何も言わなかった。言えなかった。鼻の先がジンといたんで、目頭がひどく熱くて、顔に集まる熱が、冷たい夜風に撫でられて、中途半端に消えていった。
きみはフェンスを乗り越えて、俺の背中に手を回した。きみの肩に額を押し付けた。もう堪らなくなってしまって、きみの小さな背中をかき抱いた。 きみの身体は冷たくて、俺の手がすごく熱くて、なんだかひどく悲しくなってしまった。ぽろぽろと落ちていく言葉は、もう俺の意思では止められなかった。
「……今日、帰ったら俺ん家で映画を観よう。明日はあのアーティストの新曲聴こう。明後日はYouTuberの配信リアタイしよう、来月はマックの新作買いに行こう、コラボカフェのホームページに齧りついて絶対に予約しよう」
「うん」
「いっぱいキスして、ぎゅって抱き締めて、やさしく手握って、どんなことでも言葉で伝えるから。だから、だから……。
俺のお願い、聞いてくれよ」
「……うん」
「……帰ろう」
情けないことに、きみから離れるのがとても怖かったから、帰ろうって言ったのに、全然動けなかった。俺の肩口に顎を乗せて、甘えるように頬をすり寄せるきみは、今日これから一緒に観る映画のことでも考えているのだろうかと思った。そうして、じんわりと熱を持ち始めたきみの身体に、今日も安堵する。
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