1 / 1
ささやかな
しおりを挟む
「いただきますっ♡」
「あい、いただきます」
ふたり並んで、ドカンと置かれた二郎系ラーメンに手を合わせる。繭人が頼んだ丼にはヤサイがうず高く積まれ、アブラが天に申し訳程度。ニンニクは少量、麺は半分。これが現在の繭人の基本二郎スタイルだ。かたや拓斗の丼はそれなりのヤサイの山に、溢れんばかりのアブラとニンニク。麺は中。以前は小で充分だったが、先輩であり大食漢の忍にあちこち連れられている内に胃が鍛えられ、今ではこの量も余裕で行けるようになった。
今日もデートの食事は二郎系。気取った食事のチョイスは基本的に繭人に任せていることもあって、拓斗が場所を決めると概ねがこうしたジャンキーな内容となる。初デートも二郎系を選び、忍から「正気!?」とさんざんに叱られたのは懐かしい思い出だ。ちなみに反省はしていない。拓斗にとって二郎系ラーメンは食事処であると同時にちょっとしたエンタメであり、繭人には自分が、一番に紹介してみたかったのだ。
「ふぅ、ふぅ……んむっ」
まだ茹でたてのヤサイにカラメを回し掛け、はふはふと冷ましながら食べる繭人。野菜が好きで、そこに限れば際限なく食べられる繭人は、二郎系でも変わらずその特性を発揮した。麺や豚の量は少なくても、ヤサイに関してはいつもマシマシ。モヤシとキャベツだけの「ヤサイ」ではあるが、繭人にとっては山盛りに食べられるのは幸せなことであるらしい。拓斗としてはアブラでベシャベシャにしたヤサイこそ至高、と思う所はあるが、二郎には各人のこだわりがあり、それは他者が簡単に侵していい領域ではない。二郎への向き合い方は性癖への向き合い方に通ず──。拓斗は常々そう思っているのである。
「んむっ。ふぅっ」
二郎を食べる繭人そのものも拓斗にとっては至極のエンタメに等しいが、自身の二郎に向き合わないのは失礼だ。それに放置していては麺がスープを吸って膨らみ、どんどん手がつけられなくなる。
拓斗はアブラにまみれたヤサイを早々に片付けると、天地返しをしながら一番にスープの中へ埋めていた豚を取り出す。スープの熱で温まった豚はとろとろと脂が溶け、まさに「神豚」と言える容貌で、一口かぶりついた拓斗は脳が旨さで痺れていくのを感じた。
「あー。うっま……っ」
思わずこぼした言葉に、繭人が嬉しそうに微笑む。しかし拓斗はそれにまったく気づかず、ワシワシと太く縮れた麺をかき込んでゆく。噛みごたえがあり、食い甲斐のある麺に、口も脳も「これこれ!」と騒ぎ立てる。二郎系がここまで人を惹きつけるのは、ビジュアル、麺、スープ、トッピング、そのすべてに中毒性があるからだ。そのすべてに人を呑み込む魅力があり、それが渾然一体となって一杯の中に収まっている。そんな芸術性が、ラーメン業界においてここまでの地位を築き上げたのだろう。
拓斗は「タクト」としてのレビュアー癖を発揮しながら、黙々と丼に向き合い、無事に麺と具を完食する。スープも完飲したかったが、健康を鑑み、泣く泣く自粛した。
「ふうっ。ごっそさん!」
「ごちそうさまでした。」
ぱん!と手を合わせると、隣で繭人も慎ましく手を合わせてお辞儀をする。彼も麺と具はすっかり平らげており、丁寧にナプキンで口元を拭っているのが、やけに色っぽく見えた。
店を出ると、爽やかな風が頬を撫でる。まだ午後に差し掛かったばかりの陽は高く、暖かい。
「ん~!美味かったなー!今日、マジ神豚だったわ」
「本当ですねっ♡ふわふわで、とろとろで……っ♡口の中で溶けちゃいましたっ♡」
「なーっ♡は~、まゆが二郎好きになってくれてよかったわー。最初はかなりビビってたもんな」
「そうですね。色々とルールがありましたから……。でも僕、最近はひとりでもこういうお店に行くんですよ」
「えっ!?まゆが!?ひとりで……っ、マジ!?」
「ええ。僕みたいなタイプが二郎系のお店を話題に出すと、面白がられたり印象に残ることが多くて。これ営業でも使えるなって思ってからは、色々なお店へリサーチがてら行っています」
「はーあ……なーる……営業術……」
まさか二郎系に通う理由がビジネスのためとは。いつでも仕事熱心な繭人に呆れてしまうが、それが彼の優秀な所以なのだろう。やはり元々の出来が違うな、と拓斗は少々己を情けなく思ってしまうが、そんな拓斗の手を、愛しげに繭人はとった。
「ふふっ。たぁくんが、僕にお店を教えてくれたおかげですよ?」
「っ。まゆ……」
「僕、たぁくんと出会って、お付き合い、して……今まで知らなかった色々なことを、たくさん知っているんです。これまで、見向きもしなかったものに……たぁくんのおかげで触れ合えているんです。たぁくんと恋人になってから……僕、毎日が、本当に楽しくて。だから……ありがとうございます、たぁくん」
「……。」
繭人ははにかむ。以前はまったく見せなかった柔らかい笑顔で、ささやかな感謝を告げる。それは本当に、繭人が毎日を「楽しんで」いるからなのだろう。そしてそんな日々を、拓斗が手助けしているからなのだろう。それを実感し、拓斗も繭人の手をきゅっと握る。何度振り払っても差し出し続けてくれたこの手を、もう二度と、離さないように。
「ん……。おう。俺も、毎日……そう思ってる。ありがとな、まゆ」
「あ……っ。はいっ♡」
拓斗も微笑む。手を繋いだまま、街を行く。
見慣れた景色も、繭人が居るといつになく光り輝く。これがひとを好きになるということ。これが、誰かを愛するということ。拓斗は右手から伝わる繭人の温度を絶え間なく感じながら、幸せだ、とそう思った。
「あい、いただきます」
ふたり並んで、ドカンと置かれた二郎系ラーメンに手を合わせる。繭人が頼んだ丼にはヤサイがうず高く積まれ、アブラが天に申し訳程度。ニンニクは少量、麺は半分。これが現在の繭人の基本二郎スタイルだ。かたや拓斗の丼はそれなりのヤサイの山に、溢れんばかりのアブラとニンニク。麺は中。以前は小で充分だったが、先輩であり大食漢の忍にあちこち連れられている内に胃が鍛えられ、今ではこの量も余裕で行けるようになった。
今日もデートの食事は二郎系。気取った食事のチョイスは基本的に繭人に任せていることもあって、拓斗が場所を決めると概ねがこうしたジャンキーな内容となる。初デートも二郎系を選び、忍から「正気!?」とさんざんに叱られたのは懐かしい思い出だ。ちなみに反省はしていない。拓斗にとって二郎系ラーメンは食事処であると同時にちょっとしたエンタメであり、繭人には自分が、一番に紹介してみたかったのだ。
「ふぅ、ふぅ……んむっ」
まだ茹でたてのヤサイにカラメを回し掛け、はふはふと冷ましながら食べる繭人。野菜が好きで、そこに限れば際限なく食べられる繭人は、二郎系でも変わらずその特性を発揮した。麺や豚の量は少なくても、ヤサイに関してはいつもマシマシ。モヤシとキャベツだけの「ヤサイ」ではあるが、繭人にとっては山盛りに食べられるのは幸せなことであるらしい。拓斗としてはアブラでベシャベシャにしたヤサイこそ至高、と思う所はあるが、二郎には各人のこだわりがあり、それは他者が簡単に侵していい領域ではない。二郎への向き合い方は性癖への向き合い方に通ず──。拓斗は常々そう思っているのである。
「んむっ。ふぅっ」
二郎を食べる繭人そのものも拓斗にとっては至極のエンタメに等しいが、自身の二郎に向き合わないのは失礼だ。それに放置していては麺がスープを吸って膨らみ、どんどん手がつけられなくなる。
拓斗はアブラにまみれたヤサイを早々に片付けると、天地返しをしながら一番にスープの中へ埋めていた豚を取り出す。スープの熱で温まった豚はとろとろと脂が溶け、まさに「神豚」と言える容貌で、一口かぶりついた拓斗は脳が旨さで痺れていくのを感じた。
「あー。うっま……っ」
思わずこぼした言葉に、繭人が嬉しそうに微笑む。しかし拓斗はそれにまったく気づかず、ワシワシと太く縮れた麺をかき込んでゆく。噛みごたえがあり、食い甲斐のある麺に、口も脳も「これこれ!」と騒ぎ立てる。二郎系がここまで人を惹きつけるのは、ビジュアル、麺、スープ、トッピング、そのすべてに中毒性があるからだ。そのすべてに人を呑み込む魅力があり、それが渾然一体となって一杯の中に収まっている。そんな芸術性が、ラーメン業界においてここまでの地位を築き上げたのだろう。
拓斗は「タクト」としてのレビュアー癖を発揮しながら、黙々と丼に向き合い、無事に麺と具を完食する。スープも完飲したかったが、健康を鑑み、泣く泣く自粛した。
「ふうっ。ごっそさん!」
「ごちそうさまでした。」
ぱん!と手を合わせると、隣で繭人も慎ましく手を合わせてお辞儀をする。彼も麺と具はすっかり平らげており、丁寧にナプキンで口元を拭っているのが、やけに色っぽく見えた。
店を出ると、爽やかな風が頬を撫でる。まだ午後に差し掛かったばかりの陽は高く、暖かい。
「ん~!美味かったなー!今日、マジ神豚だったわ」
「本当ですねっ♡ふわふわで、とろとろで……っ♡口の中で溶けちゃいましたっ♡」
「なーっ♡は~、まゆが二郎好きになってくれてよかったわー。最初はかなりビビってたもんな」
「そうですね。色々とルールがありましたから……。でも僕、最近はひとりでもこういうお店に行くんですよ」
「えっ!?まゆが!?ひとりで……っ、マジ!?」
「ええ。僕みたいなタイプが二郎系のお店を話題に出すと、面白がられたり印象に残ることが多くて。これ営業でも使えるなって思ってからは、色々なお店へリサーチがてら行っています」
「はーあ……なーる……営業術……」
まさか二郎系に通う理由がビジネスのためとは。いつでも仕事熱心な繭人に呆れてしまうが、それが彼の優秀な所以なのだろう。やはり元々の出来が違うな、と拓斗は少々己を情けなく思ってしまうが、そんな拓斗の手を、愛しげに繭人はとった。
「ふふっ。たぁくんが、僕にお店を教えてくれたおかげですよ?」
「っ。まゆ……」
「僕、たぁくんと出会って、お付き合い、して……今まで知らなかった色々なことを、たくさん知っているんです。これまで、見向きもしなかったものに……たぁくんのおかげで触れ合えているんです。たぁくんと恋人になってから……僕、毎日が、本当に楽しくて。だから……ありがとうございます、たぁくん」
「……。」
繭人ははにかむ。以前はまったく見せなかった柔らかい笑顔で、ささやかな感謝を告げる。それは本当に、繭人が毎日を「楽しんで」いるからなのだろう。そしてそんな日々を、拓斗が手助けしているからなのだろう。それを実感し、拓斗も繭人の手をきゅっと握る。何度振り払っても差し出し続けてくれたこの手を、もう二度と、離さないように。
「ん……。おう。俺も、毎日……そう思ってる。ありがとな、まゆ」
「あ……っ。はいっ♡」
拓斗も微笑む。手を繋いだまま、街を行く。
見慣れた景色も、繭人が居るといつになく光り輝く。これがひとを好きになるということ。これが、誰かを愛するということ。拓斗は右手から伝わる繭人の温度を絶え間なく感じながら、幸せだ、とそう思った。
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。
追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。
きっと追放されるのはオレだろう。
ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。
仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。
って、アレ?
なんか雲行きが怪しいんですけど……?
短編BLラブコメ。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
続編嬉し過ぎてやばい
真野多野のお話めっちゃ好きです
壇さん、ご感想ありがとうございます!
私も真野多野にはとても愛着があるので嬉しいです。新しいお話も頑張ります!💪