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1話《エンエレは全年齢向けゲームです。》

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「うっ。うううぅ゙~……っ!」
「オイ……オイオイオイ、はじめぇッ!まさかっ。そこでっ。泣いちまうのかぁッ!?」
「だって、やっとほんとのエーテルーフくんに会えたんだもん……!四人の賢者さんとのルートを乗り越えて、ついに辿り着いた、すべてをさらけ出したエーテルーフくん……!!!会いたかったよぉ~っ!!!」
「ま、まさかルート冒頭、エーテルーフの秘密とコンニチハ♬っちゅうレベルで泣くとは思ってなかった……うぅっ。うぅぅ゙っ……ぉ、おんげぇぇぇ゙~~~!!!」
「うぅぅ……!相変わらず、もらい泣きの声が汚い……っ!」
「ゔるせぇっ!はじめがソッコー泣くからやろがい~~!!!」

 うっかり感動で泣いてしまった俺につられてぐすぐすと赤くなった鼻をすすったりょうは、余裕で俺を越えるきたない嗚咽音をおげおげと発し続ける。
 男ふたり、平日の昼間っからゲーム画面を流して号泣──。正直ちょっとキツい光景だけど、涙もろいのがふたり揃えばこんな場面は日常茶飯事だ。ティッシュで目元を拭ったりょうは、怒りながらTV画面を指差す。

「ほらっ。いーからゴーゴーゴーぉっ!やっとトゥルーエンドルート解放したんだからよぉっ!エーテルーフの正体を知ったんだからよぉ!もう怖いモンはねぇ!あとはエンディングまで突き進め、はじめ機関車!シュッポッポ!!」
「う、うん。やっとエーテルーフくんに会えて、秘密を教えて貰えたんだもんね!!」
「おう!これからの行動で大分ED変わってくっからな、まぁ好きに動いてみろ!テレポは回数限られてるからここぞで使えよ!」
「わかってるって!ううぅ!これで俺もついに、エンエレの真骨頂を体感できるよ~!!!」
「うむ……!他の賢者のルートも至高であるが、それもトゥルーエンドルートを経ることによって更に魅力が引き出される無限スルメ仕様!俺の朝までりょうくんネタバレ生語りのためにも、はよクリアしてくれ、はじめッ!」
「りょうの朝まで生語り……!気合、入れないと……!」
 
 テンションも高く叱咤するりょうに、俺も涙を拭いてコントローラーを握りしめる。りょうの朝まで生語りは、本当に朝までぶっ通しになることを覚悟しなければならない過酷なトークショーだ。気合の入れ方も段違いになる。

「よぉ~し……!行きますっ!」

 ……このように俺達が現在ギャーギャー言いながらプレイしているのは、BLゲームの『エント‥エレメント』。俺の隣にいる矢來麻りょう(やくるまりょう)がドハマりにハマっているファンタジーゲームだ。これは「エターニア」という土地を舞台に、そこで起こっている異変をイケメン賢者達と調査しながらめくるめく恋愛をしてゆくドキドキの恋愛シミュレーション。あ、ちなみに俺は的夬利はじめ(まとわりはじめ)。ふたりともハタチの大学生だ。
 このエント‥エレメントはBLゲームなだけあって、プレイを始める時点で主人公は攻めと受けを選べて、どちらの立場でもキャラを攻略することができる。全年齢向けのゲームだからセクシーなシーンはないけど、攻めと受けで態度や反応が違う場面も多くて、両方選んでも新鮮にゲームを楽しめるようになっている。
 エント‥エレメント……通称エンエレは元々はPCでしかプレイできないインディーゲームだったけど、ごりごりなメタ要素の仕掛けとインディーゲームの間口の広がりで、遂に普通の家庭用ゲーム機にも移植配信されるようになった人気作だ。俺もりょうが操作してる隣で、プレイ自体は何度も見てきているゲームでもある。

「おんぎゃーっ!!!!!うっひぃ~~っ!!!!」
「りょう、シーッね。いつも言ってるけどここ、あんま壁厚くないんだからね」
「でもぉ~っ!!!!やっぱサラマンダー様ベラボーかっこい~からよぉっ!!!!♡ほんとっ!こういう相手をっ!カレシにしたいよなぁ~~~~っ!♡♡♡」

 相変わらず理性とブレーキが存在しないりょうのテンションに、俺は自分の口元に人差し指を当てて注意する。興奮するといつでもどこでも奇声と奇語を発し、臆することなく奇行を見せつけてゆく奇人タイプのりょうは、大人しくて地味な俺となんで友達続けてるのかわからないくらい心臓に毛が生えた元気っ子だ。
 俺はそんなりょうをうるさいなぁめんどくさいなぁと思いつつも、いつでも明るく自由に振る舞う姿を、羨ましく眩しく思っていた。

「! や、やっぱりサラマンダーさんみたいなのが好みなんだ?」
「そーだなー。なんたってサラマンダー様はオラオライケイケメラメラ男子。痒いくらいのラヴァー♡なキメキメセリフを相手の都合も考えずバンバン言っちゃうのは、ウザくも豪快でカッコイイよな。男と付き合うならあれくらい愛情表現ゴリッゴリのやつのがクる!背は余裕の自販機超えだから、メチャ見上げる可能性はあるけどな。ヨッ!サラマンダー屋ッ!ヨッ!自販機超えッ!」
「そ、そう……」

 相変わらず独特の言語で攻略キャラクターのひとりである炎の賢者、推しにして最愛キャラクターの「サラマンダー」さんをすらすらベラベラと語るりょうに、俺の口元はぴくぴくワナワナとひくつく。
 そう、俺は……りょうに、恋をしているのだ。
 大学に入って出会って、友達になってつるむようになって、うるさいけどよく笑ってよく泣いて、いつでも元気に俺を引っ張り回して世話を焼いてくれるりょうのことを……いつの間にか俺は、いいな、好きだな、と想うようになった。でも俺はこの通り弱気だし泣き虫だし小心者だしで、今言ったりょうの好みとは程遠い。背はそこそこ高いけど体格はがっしりもしてないし、情熱的な愛の言葉なんて夢のまた夢……。
 もちろんキャラクターへの愛と現実の好みはなにもかも同じってわけじゃないと思うけど、りょう自身が「男と付き合うなら」という言葉を使っている時点で、そういう想定がないわけじゃないだろう。
 やっぱり堂々としてて、頼りがいがある人がいいんだな。好きな相手からさりげなく突きつけられる好みのタイプに、俺はひっそりと打ちひしがれる。ゲームの中のエーテルーフくんも俺を励まして寄り添ってくれているみたいだ。うっうっ。俺の今の味方は、エーテルーフくんだけだよぉ……。
 そっとひとりで溜息をつけば、ぐりぐりとりょうが肩を押しつけて、自慢げに胸のネックレスを見せつけてくる。

「でもはじめははじめで手先が器用だもんな~♡これ、ガチンコ感謝しておりま~す♡」
「わっ♡ちょ、からかわないでよ……だってそれは、りょうがどうしても作ってって駄々こねるから!」
「サラマンダー様のネックレスな!さいこーの誕プレ!エン‥エレやる時はやっぱこれキメてブチあげねーとな~っ♡」
「は~。もぉ……」

 革の紐に獣の牙と鳥の羽、そして赤い宝石があしらわれてる令和らしからぬワイルドなネックレスは、俺がりょうにせがまれて自作したものだ。昔から妹のためにあれこれ作っていた経験を利用されて、誕生日プレゼントに、ってりょうからおねだりされた。
 勿論その頃からりょうが好きだった俺は断れるはずもなくて、見様見真似でなんとかネックレスを作り上げた。折角だから俺なりのアレンジとして、赤い宝石の横にりょうをイメージしたオレンジ色の水晶をくっつけたやつを。
 完成したネックレスをりょうは殊の外気に入ってくれて、エント‥エレメントをやる時は必ずこれを着けてるらしい。でもそう言うわりに外にいる時はぜったい着けてないのを見るに、普通のアクセサリーとしては痛い部類なのをりょうもわかってるみたいだ。
 今もりょうの胸の上で揺れるネックレスは、嬉しくも憎らしいシロモノだ。こんなものがあるせいで、俺はりょうへの気持ちを諦められない。りょうも、もしかしたら俺のことが好きなのかなって……淡い期待を捨てられないからだ。
 
「でもはじめだってエン‥エレん中じゃエーテルーフ推しだろ~?好みと近いんけ?」
「えっ?う、うーん……どうだろ。ビジュアルが一目惚れだったから……まさか、あんなに天然なキャラだとは思ってなかったけど。なんていうか、見た目は清楚でお上品なキャラだからさ……」
「真顔でふざけてくるタイプだもんな、エーテルーフ。チートでクールゆえの拭えぬポンコツさ、アレはズッコケるよな」
「ギャップ狙いのせいなのかもしれないけどビックリしたよね。でも好意をまっすぐ伝えてくれるのはキュンと来るよ。全然照れないで「好き」って言ってくるの、ズキューンってなる」
「わかるわ~。クーデレな。ウンディーネのツンツンとは全然違うタイプ。あいつとだったら俺は断然エーテルーフだわ!」

 エーテルーフ、ウンディーネ。
 この『エント‥エレメント』は四大元素がモチーフになっていて、登場する賢者さん達もその四大元素を司る存在として描かれている。ウンディーネさんはそのまんま、水の賢者さん。泣きぼくろと笑いぼくろが両方ついている黒髪三つ編み(ひとつ結び)のメガネっ子さんで、言動がちょっとキツめなツンツンキャラだ。ちなみにサラマンダーさんは赤髪で、でっかくてガタイもいい、ムキムキな色男さん。
 それでエーテルーフっていうのは俺の好きなキャラで、このゲームの隠しキャラ。なんと他の賢者さんのルートを全員クリアしないと登場しないキャラで、会うだけでもかなりハードルが高い。それだけじゃなく彼は「エターニア」の秘密を握っていて、特定の選択肢を選ぶとエンエレの真骨頂とも言えるトゥルーエンドのルートへ進むことができるんだ。
 俺もなんとか全員分のルートをクリアして、やっとエーテルーフくんと会うことができた。
 だけど他の賢者さんたちも今まで飛び飛びでシーンやスチルを見たりりょうの話を聞くだけだったから、実際にプレイするとそれぞれに事情や過去があって、彼らの背景や人物像にもかなり惹き込まれた。賢者さんと来訪者くんの関係が、どれもすごく真摯で素敵だったんだ。

「りょう、ウンディーネさん好きじゃないもんね。ルートも一番最後だったって言ってたし」
「だってあいつ、サラマンダー様との因縁匂わせヤベェんだもん。俺はやっぱ俺がサラマンダー様とイチャイチャ♡ラブラブ♡したいリアコ勢だからよぉ~。ウンディーネの野郎はどしても目障りなんだよなぁ」
「目障り、って。ハッキリ言うなぁ……確かにあの二人は目に見えて接点が多いわりに過去はなんにも語られなかったから、気になる人が多いのもわかるけど。俺も気になっちゃったもん」

 俺は賢者さんの中では年上キャラで女性口調を使う、包容力たっぷりのシルフさんが一番好きだけど、ウンディーネさんも厳しい中に優しさと孤独を隠していて、かなり守ってあげたくなるキャラだった。サラマンダーさんがウンディーネさんのルートでいちいちちょっかい掛けてくるのもなんだか可愛くて、実は俺は、あの二人のカップルが普通に好きだったりもする。

「この裏切り者ぉ~!!!ウンディーネがナンボのモンじゃい!サラマンダー様は俺のモンじゃい!」
「わわわわ、わかってるよ、揺さぶんないでぇ!!」

 逆鱗に触れてしまったのか、俺は怒り狂ったりょうに服を掴まれてぶんぶんと身体ごと揺すられてしまう。サラマンダーさんに関しては本人に負けず劣らずイケイケドンドンメラメラな過激派のりょうは、ウンディーネさんを相変わらずライバルだと思ってるみたいだ。うーん。厄介なファンだなぁ。

「だが全員のルートを見、トゥルーエンドルートをクリアしてこそのエン‥エレ。その末に『開発室』を解放してこそのエン‥エレ。そのためには俺もトゥルーエンドのルートを出すための全賢者攻略必須の鬼畜仕様もガンバで乗り越えましたよ」
「りょうにそこまで言わせるほどのトゥルーエンドと開発室、やっぱり気になるなぁ……メタ要素自体は結局ネタバレ回避できなかったけど、結末そのものはすっごい楽しみ!」
「俺だってメタ要素は先に知ってたけどそれでもドハマリしたぜ?やっぱ開発者の怨嗟のごとき執念にはやられたな。それに渋々やったウンディーネも最後までクリアしたら案外悪いやつでもなかった。ウン。あいつは受けのほうが可愛げあったな!」
「そっかぁ……。まだ敵視してるのはともかく、好きになれたのはよかったね」
「バッ!好きになったわけじゃねぇ!ちょっと!ちょ~っとだけマシになっただけじゃい!」
「えぇ?そんな、別に意地張らなくてもいいのに……。」

 ウンディーネさんへの愛情を誤魔化す、それこそツンデレのようなりょう。
 だけどやっぱり俺の本命はエーテルーフくんであり、トゥルーエンド。エント‥エレメントを人気作にまで押し上げた、噂のトゥルーエンドをやっとプレイできるんだ。りょうの話やレビューサイトなんかで多少のネタバレは知っちゃったけど、それでもやっとエーテルーフくんの「秘密」を知った今、楽しみで仕方ない。これから始まるエーテルーフくんとの「旅」は、一体どんなものになるんだろう?

『──ハジメ。来訪者としてのキミには、ボクの苦悩は理解出来ない。決して、分かち合うことは出来ないだろう』

 来訪者。
 それはプレイヤーの総称だ。このゲームは最近流行りの異世界トリップをモチーフにしていて、主人公は現実世界からエターニアにトリップしてきた人物として扱われる。その現象は物語のキーになっていて、エンエレを象徴するメタ要素にも絡んでいる、かなり重要な設定だ。
 りょうのプレイを見ていて、見た目に一目惚れしたエーテルーフくん。クーデレ天然キャラなのにはびっくりしたけど、プレイを見ている内にそれも可愛いと思うようになった。俺は今回攻め側でプレイしてるから、エーテルーフくんはたくさんデレデレしてくれるわけで。うっ、想像するだけでドキドキする。楽しみだなぁ……。

「ん~。やっぱいいわぁ~、エターニア。見てるだけでも愛、エン‥エレ~♡」
「!」

 そんなことを考えていると、りょうがクッションを抱えて俺の横にもたれ掛かってくる。俺より八センチ低いりょうの背丈は俺の肩に丁度よくて、しっかり重みを感じるその体勢と感覚に、俺はゲームだけじゃなく現実にもドキドキしてしまう。目の前にはエーテルーフくん。隣にはりょう。架空と現実の両手に花と言わんばかりの状況に、俺は汗ばんた手でコントローラーを握り直す。
 好き。
 たった二文字で完結する、普遍的でありきたりで単純な感情。だけどその感情があらゆる存在を動かして、途方もない数の文章や絵や音楽を生み出して、歴史も世界も変化させて、こんな「恋愛シュミレーション」なんてゲームのジャンルまで生み出した。そしてそんなシンプルで途方もない感情に、俺も現在進行系で振り回されている。
 こんなに近くに居るのに手を伸ばせない。想いでさえ口に出せない。首筋から腕、肌に当たるりょうの体温が、嬉しくもせつなくてさみしい。俺は二次元じゃなくて目の前に存在している相手にも勇気を出せないんだって、そう実感してしまうからだ。
 情けない自分にちょっとだけ涙が滲む。こんなときでも泣き虫で弱虫で。ああ、やっぱり俺はりょうの好みとは程遠いな、と実感してしまう。じわ、とゆれる視界に、トン、と身体が揺れる。
 
「なー、はじめ?」
「っ。な、なにっ?」

 まるで感情を見透かすようなタイミングの呼びかけに、俺は焦って姿勢を正す。すると画面を見つめたままのりょうは……あきれた顔で、口にした。

「その選択肢、死ぬで」
「……。ええっ、うっそぉっ!?」


【TIPS】
・隠しキャラである「エーテルーフ」は、四賢者全員の攻略後に貰える『無垢の水晶』というアイテムを封印された祭壇に使用することで会うことが可能。
・トゥルーエンドルートをクリアすると『鍵』が貰え、おまけコンテンツである『開発室』が開放される。
・サラマンダーの身長は189cm。好きなものは燃えるような恋。齢28。
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