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14話《俺は──恋をしている、みたいです。》

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「──にしてもよ。んな貴重なエーテル、剥き身で放置してんのはええのん?ここ、元々はそもそも封印されてるはずなんだけど」

 パタパタとウンディーネの後ろをついて回って、神殿の中を歩く。出てくるのは今更ながらの質問。元々ほとんどモブが出てこねぇ作品で悪意みたいなモンも意図的に排除されてる世界だから、窃盗とか悪用とかそういうこと自体を想定してないんだろうってのは察せられるトコだが……それでもあんな無防備にドサっと宝とか呼ばれるモンが置かれてんのはやっぱちっと気になるよな。
 俺の質問に、ウンディーネは視線を合わせるように振り返る。質問に答えようと開く口──だがその勢いで太ももの下まで編まれた三つ編みがぶるんッ!と揺れて、ムチみたいに俺の頬をひっぱたく。ぶばぁッ!!!!!!!!!!!

「痛ぁいッッッ!!!!!!!!!!!!」
「ああ、すみません……。……質問の答えですが。まず、そもそもエーテルは私達賢者でなければ触れることも出来ませんよ。四大元素を統括する高次の物質ですからね。賢者としての加護があるからこそ、私達が管理して扱えるのです」
「えっ、そ、そうなのぉ!?し、知らんかった……」
「本当ですか?貴方も『記憶者』と言われる割に知識に乏しい、とノームが言っていましたが……いつもの誇張発言ではなかった訳ですね」
「そ、そら俺が知ってるのはエーテルーフが居た世界のことだし。そもそもエーテルを肉眼で見る、っつーことがなかったからさぁ……」

 頬をさすさすしながら、涙目で答える。そう、俺が知ってるのはあくまでエーテルーフの居たエターニア……そのエン‥エレ世界の話。エーテルーフが不在っちゅうこのif世界のことは、当然ながら無知に等しい。だからそんな風に詰められた所でしょーがねぇのだ。つかノーム、お前、発言が常にイキってるって既にデフォで思われてんぞ……。

「とにかくここへは賢者、そして『来訪者』である貴方しか侵入は不可能です。身分がそのまま結界のような扱いになっているのですから、封印を施す必要もなかったということでしょう」
「ふーん……」

 ……なるほろ、やっぱエーテルーフが居ないなりに「整合性」ってのがとれてるようになってるみたいだな。トラブルがあっても世界が滞りなく流れるための調整……。それはプログラムの自律作用なのかなんなのか、具体的な理由はわかんねぇけど……確かに見た目だけじゃなんにも問題がないんだから、ウンディーネみたいに考えるやつがいたっておかしくない。「いま大丈夫なんだから、わざわざ騒ぐことなんてない」。そんなのは、現実世界でもゴロゴロ転がってる考えだしな。面倒なことはしたくない。そう考えんのは、ふつーのことだ。

「ほら、こちらへ。実際に近くで見るのは初めてですか?」
「う、う、ゔわ゙ぁ゙~……ッ!!!!!!」

 ウンディーネに促されて、俺は祭壇の奥へ近づく。そこにあるのは、マジモンホンモンのパないオーラを放つ無敵マンのドチートアイテム、エーテル大先生。開発者がこの世界、そしてエーテルーフのために組み上げた、激万能の力の器だ。
 そもそも本編じゃエーテルーフの身体に内包されてて、現物を見ることすら叶わない奇跡の秘器。
 設定画では見たことあるけど、実際にこの目で見るのは確かに初めて。うおっ。オッ。うおおぉ……ッ!!!!
 
「すっ、すっげ~……ッ!!これは──ッ。目が潰れそうな、光輝!!!!!」
「またずいぶん科白じみた言葉を……ふざけていないでしっかり御覧なさい。なにか気になる部分はありますか?」
「き、気になる部分?いやっ、どうかな……っ!?だって、見んの初めてだし……!?」
「だとしてもそこまで驚くことはないでしょう?」
「やっ、なんか、こんなッ、ビカビカしてるモンだと思ってなくて……っ!」
「貴方なら触れても問題はないはずです。触って確かめてみては?」
「えっ?さわっ?えっ!?いいの!?えっ!えっ!!へええぇっ!!!」

 うるせぇ……と言いたげに目を細めるウンディーネをスルーして、俺は恐る恐るエーテルに手を伸ばす。透明な立方体の中に、乳白色の水晶──恐らく『無垢の水晶』が内包されたそれ。古くはガチの五大目元素と呼ばれ、MP回復にアルバム名、エネルギー等々と世間のお助けアイテムとして事欠かなかった物質だ。もちろん俺もその恩恵に預かり続けていたひとり。ゴクリと唾を飲み込んで、そっと、エーテルへ触れる。
 すると──!

「うひっ!!!!」

 ──すると俺が触れた瞬間、本当に変化が起こった。俺のことだ、てっきり触ってもシーンとしてあっちゃ~☆みたいなダサい空気が流れるかと思ってたのに、エーテルから激しく光が迸って、俺は思わず目を瞑る。熱くもなく冷たくもなく、でも確かに存在していると思わせる手触りに、徐々に光が収束していくのを瞼の裏にも感じる。暗くなっていく空間。
 収まる光へ、ゆっくりと……目を開く。

「こ、これは……っ!」
「──!」

 ウンディーネが息を呑んで、目の前の景色に声を上げる。
 ……そこには、立方体の上から光で文字が浮かんでいた。
 俺が慣れ親しんだ日本語で──言葉が、浮かび上がっていた。

『ボクはエーテルーフ。いま、はじめとともにいる』

 それは、あまりにも鮮明な言葉。
 現状のすべてに決定的な答えを与える、なによりも、俺が望んでいた言葉。
 エーテルーフ。はじめ。──現実。
 それは、あまりにも明確な言葉。
 俺こそに決定的な意味を与える、なによりも……俺が、知りたかった言葉たち。

「あ……あ…………っ!」
「こ、これは、メッセージ……!?な、なんと書かれているのですかっ?」

 ああ……そうか。ウンディーネにはこれが読めねぇ、のか。こっちの現実の言葉が、キャラ達には理解できないようになってんだ。開発者と繋がってる……エーテルーフ、以外には。

「リョウ様……っ?」

 浮かぶ文字に愕然としている俺を見て、さすがにウンディーネも動揺してるようだった。さっきもそこそこ真面目ではあったが……今までの俺と、まるで反応が違ったからだろう。
 でも……俺も、いつもみたいに振る舞えなかった。当然だ。だって、エーテルーフがここに居ない理由がわかっちまったんだから。だって……俺が、別れる直前まで一緒に居た相手の名前が……俺がここへ来ても何度も思い浮かべてた顔が、こんな時に出てきたんだから。

『りょう、むりしないでね はやく、かえってきてね』
「……。」

 そして……。
 そのメッセージを見た俺は、へなへなとその場に崩れ落ちてしまった。
 なんでだろうな。それを見て、俺の意識は、俺が今まで地に足つけて生きてきた三次元の「現実」ってモンに、一気に引き戻されたからかもしれない。画面越しのエターニア。ゲームとしてのエント‥エレメント。それを見て、プレイして、はじめと一緒にはしゃいで笑ってた、お気楽な日常の日々。そんな、ただの大学生の矢來麻りょうとして生きてきた20年の人生が一気に襲い掛かってきて、そこに戻りたくて……たまらなくなっちまったからかもしれない。
 俺が生きてきた場所。俺が生まれてから、ずっと生きてきた世界。それは現代の日本で。それはここがどんなに憧れの場所でも、どんなに楽しくても、やっぱり「ここ」じゃねぇんだって、その言葉で、思い知らされたからかもしれない。

「う……うぅ゙……ッ」

 ここに来てから今まで、何度も頭をチラついていた郷愁やさみしさみたいなものが、一気に湧き上がってくる。今まで忘れたつもりでいた、俺の中にこびりついてた現実への感情に、一気に、押し上げられる。
 はじめ。ああ。やっぱ、はじめは。俺の帰りを、待ってるんだ。はじめは……あっちの。現実に居たまま。エーテルーフと一緒に。俺を……待ってくれてるんだ。

「うぅぅ゙……ッ。うあぁぁ゙……ッ」

 湧き上がって、沸き上がって、あふれて止まらない感情が、そのまま瞳からこぼれて涙になる。自分じゃひとつも止められない心の内が、ぼろぼろと粒になって際限なく、外へ外へと流れ出る。
 会いたい。はじめ。会いたいよ。
 おまえに、会いたい。
 げらげら笑って、ばかみたいに泣いて、また、おまえと一緒に、くだらないことを大事な思い出にして、当たり前のことを、当たり前じゃないみたいに、ずっと、特別にしていたい。
 それは、ここじゃ、できないんだ。このエターニアじゃ、できない。だってはじめが居ないから。おまえが、いないから。
 そうだ。ここには、おまえが、いない。
 だから……こんな。こんなにも。
 俺は。おまえに。はじめに。
 会いたくて、会いたくて……仕方ないんだ。

「うぅ゙っ……はじめ……はじめぇ゙……っ!」

 名前を呼ぶ。声に出す。届かないとわかっていても。届けたいと思ってるから。届けばいいと、願ってるから。だから、俺は、名前を呼ぶ。向こう側で俺を待ってる、俺がここに居ることを知ってる、たったひとりの、名前を呼ぶ。
 だってそれしかできなかった。今の俺にはそれしかできなかった。
 そんなことしか、俺には、できなかった。
 涙も、鼻水もとまんなくて、エーテルを見たままぐずぐずと鼻をすする。足に力が入らない。メッセージがぼやけて見えない。動けなくて。立てなくて。もうなにも……できないような、気がして。

「リョウ様……大丈夫、ですか?」
「あ゙……うぅ゙……うんでぃーねぇ゙……」

 そんな俺を、ウンディーネは覗き込む。そっとしゃがんで。俺と視線を合わせて。ゆっくりと背中を撫でながら。俺を見つめて、やさしく……笑顔を作る。

「貴方にとって、このメッセージにはそれほど意味があるものなのですね」
「ゔ……ッ。ゔん……うん゙……っ」
「ならば、きちんと見ておきましょう?こうやって座り込んでいても何も変わりません。ほら、涙を拭いて。何があっても……行動したほうが、後悔がないはずですから」
「ゔ。うぅ゙。ゔん……ッ」

 そうだ。その通りだと、思った。
 ウンディーネの言うことは正しい。このまま座り込んでたら、きっと俺は後悔すると思った。確かに一生……このままになりそうな気がした。
 差し出されたハンカチを受け取る。目に溜まった涙を拭く。俺の手をとるウンディーネの手を握り返す。拭ってもすぐにまた涙がこぼれてくるけど、俺は、気合を入れて立ち上がる。
 ゆれて。ぶれて。覚束ない視界。
 それでも……はじめからのメッセージはまだ薄ぼんやりと、消えないまま残って光ってくれていた。俺の祈りを。俺の願いを。叶えようとしてくれてるみたいに。
 だから俺はその言葉を、絶対消えないように瞳のシャッターで切り取って、心のフィルムに焼き付ける。元の世界へ戻ったら、おまえ、こんな恥ずかしいこと言ってたんだぞって。はじめを、笑ってやるために。
 ああもうッ、エン‥エレもゲーム内のスクショ機能作ってくれればよかったのになァ!!

「うぅ゙~……ッ。……あぁ゙ッ!はああぁ゙ッ!」

 もう一度だけ涙を拭いて、俺は、その場で絶叫する。メッセージを見りゃ何度も涙がにじんでくるけど、ここらで区切りをつけねぇと。重い瞼。詰まった鼻。だけど散々泣いたせいか、気分は妙に清々しい。

「……落ち着きましたか?」
「んおぉ゙~……ッ!落ち着いてねぇけどッ!でもッ!やるっきゃねぇッ!」
「……やるっきゃねぇ。」

 言葉の意味をわかっていないように、ウンディーネが俺の言葉を反復する。その反応も、なんやら無性に可愛く思えてくる。さっきも。今も。こいつにずいぶん優しくされちまって……俺の強固な鉄の心も、それなりに溶けて絆されたみたいだ。
 どっちにしろ、こいつとは協力関係になった。つまんねぇ隠し事は、ナシだ。

「おうッ!……さっきのメッセージさ。エーテルーフからだった」
「なっ!?先程話していた……あの!?」
「うん。あいつさ。たぶん、だけど……俺と、入れ替わったんだと思う」
「入れ替わった?……貴方と?」
「そ」

 エーテルーフが向こうに居る。向こうに……トリップした。そんなこと考えもしてなかったが、さっきのメッセージを踏まえんなら、今の状況は……お互いの居場所が入れ替わったって考えるのが一番簡単だ。んな賢くもねぇ俺が今のヒントで導ける、ドシンプルすぎる仮説。

「俺さ、『来訪者』じゃん?別の世界から来て、トリップしてきた、異世界の住人」
「ええ……そうですね」
「でも、たぶん……それが、今回は一方通行じゃなかった。俺がこっちに来る代わりに、エーテルーフが向こうに行っちまったんだ。なんでかは、わかんねぇけど」
「では……つまり……現在、エーテルーフ様は貴方が居た世界に居ると?」
「そうっぽい。メッセージから察するに……だけど」
「ふむ……成程。一応、ですが……辻褄は、合いますね」
「そう!辻褄は、合う……」

 そうだ。辻褄は、合う。
 そうじゃなきゃ、むしろエーテルーフがあっちに行った意味がわからない。俺かエーテルーフか、どっちが先にトリップしたのはわかんねぇけど、きっと俺達は、どっちかに引っ張られたに、違いない。

「まだ、よくわかんねぇことも……多いけど。でも、やっとエーテルーフが居ない理由が、わかった。そんだけでも収穫だ」
「ええ、そうですね。それに私にとっても……発見がありました」
「ほへ?発見?」
「はい。リョウ様にも、大切な方が居たということです」
「へッ」
「普段はふざけて適当な発言ばかりの貴方が、あんなに涙を流すほど誰かを想っていたなんて。驚きましたが、親しみを感じましたよ。『ハジメ』様はリョウ様にとって、かけがえのない方なのですね」
「……。──。──!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 その言葉に……俺は……硬直、する。
 はじめが。大切。かけがえのない、方。
 その、あんまりにもオブラートのない、あんまりにもそのまんまの直球を投げられて。
 俺は。
 一瞬に。
 その顔を……茹でダコボンボン真っ赤に……した。

「ンオオオォォォォ!!!!!!!!!ちげ!ちげ!!!!ちげぇ!!!!!!!!!!」
「えっ?」
「ははははっはははははあ、はじめはっ、ととととととととt,ともだちっ!!!!!!!!!!たたたたたたたっ。ただのっ。ともだちっ!!!!!!!!」
「ああ、ご友人なのですね。あの反応ですから、私はてっきり恋人の方なのかと思っていました」
「こここっここここぉ、こここおっこぉぉぉッ!!!!!!!!!」

 こ、こ、こ、こ、こ、こいびと!!!!!!!!
 そ、そ、そ、そ、それってつまり、お、俺が、は、はじめのことを、す、す、すき、好きだって、そういう、ことで……ッ!!!!!!!!!!!

「? リョウ様?」
「ちちちち、ちがうっ!ちがうって!!そ、そ、そ、そ、そりゃ、はじめはっ、ほ、ほ、ほっとけないやつ、だけどぉ!!!!!!すきって、すき、すき、すき……!!!!!」
「? ハジメ様を、好きなのですか?」
「ち、ちが、ちが、ちがぁぁぁ~~~~~~~~~!!!!!!!!!」

 無自覚にドンドコ人の心を刺しては抉ってくるウンディーネに耐えられず、遂に俺はゴロンゴロンと床にうつ伏せになってその場を転がり回る。数時間ぶりの俺の奇行に、戸惑いながら俺を見下ろすウンディーネ。

「リョウ様……大丈夫ですか?服が汚れますよ?」
「ンオォ!ンオォォォ!だって!だってぇぇぇ!!!」

 だって!!!だって!!!!!俺!!!!!!そんなん!!!!!!!知らなかったんだもん!!!!!俺!!!!!!俺がっ!!!!俺が、まさか、はじめのことがっ、すき……すきぃ……好きだったぁ、なんてぇ……っ!!!!!!!!

「ンォ……ぉおお……ぉおおぉ……っ!!!!!」
「……?」

 い、居たたまれない……居たたまれ、ない……ッ!!!!!!!
 そうだ……その通りだ……。俺は、きっと、ずっと、はじめをそう想っていたんだろう。そんな風に、す、す、す、すき……好き、だと……ッ。あいつのことを、そうやって考えていたんだろう。じゃなきゃこんな過剰反応するはずがない。そういう単語を突きつけられてここまで動揺してローリングしちまうっつうことは……間違いなく、ウンディーネの言うことが図星ってことだ。
 すき……好き……すき……反響する言葉が恥ずかしくて仕方ない。こんなゲームやるくらいなんだから人の色恋には興味津々だったが、まさかそれが自分に降り掛かってきたらこんなにもこっ恥ずかしい気持ちになるなんて、俺ァ、知らなかったぁ……ッ!!!!

「うひィ゙ッ、ひぃィ゙ッ、ンオォォ゙……ッ」

 だが……一度その想いを自覚しちまうと、なにもかもに納得しちまうのも、事実だ。自分の感情に名前がついて、自分の想いが定まることは、こんなにも……ストンとするモンなのかと。あるべきモンがあるべき場所に収まってる感覚は……こんなにも……「そうだったのか」、と思っちまうモンなのかと。

 ああ……俺は……はじめが……好き。

 どうしようもなく逃れられないとわかるそんな事実が、俺の中に染み渡る。
 ずっとずっとそうだったんだと。
 それを今気づかされたんだと。
 やっとやっと、……自覚する。

「……リョウ、様?」
「……。」

 ウンディーネが、相変わらず俺を心配そうに見つめている。俺の中にずっと存在していた想いを、どさくさにあっけなく引きずり出した男が俺を見ている。
 や、やっぱ、いた、居た、居たたまれねぇ……ッ!
 まだご本人はなんも気づかず、純粋に俺を見ているのが居たたまれねェ……ッ!!
 感謝。羞恥。困惑。そして……憤死。
 さまざまな感情でパンク状態の俺は、勢いよく正座になる。そして……パン!と顔の前で両手を合わせる。

「ウンディーネっ!……俺のことは!俺をッ!様づけしないでくれェ!」
「えっ?」
「協力関係!ナイショの関係!それはつまり!対等であるということッ!なら様づけとか、いらねぇだろッ!?!?」

 そう……俺が提案したのは……この居たたまれなさを少しでも解消すること。ウンディーネからここまでビシバシ無自覚に恋……恋心/////を指摘されて、こんな情けなくも真っ当な俺自身を晒されたのに、まだ「リョウ様」とか言われ続けたら憤死に憤死が重なりフンシッシに限界突破してしまいかねない。(フンシッシってナニ?)
 ならばここで先に俺が折れ、おとなしく敗けを認めたほうが潔い。

「そ、そういうものですか?あまり、気にしたことがありませんでした」
「でもオメェサラマンダー様はサラ呼びじゃねぇか!オラッ!じゃあ俺もりょうでいいだろがァ!」
「は、はぁ。まぁ、確かに賢者達は呼び捨てですね。判りました。貴方が、そう言うなら……これからはリョウ、とお呼びします」
「ヨシ……ッ。それで、ヨシっ!!!!!」

 勝手にブチ切れ散らかし勝手に譲歩をする俺の挙動に、素直に納得してくれるウンディーネ。自分でも無茶しまくってることは自覚してたが、ここまでアッサリと提案を受け入れるウンディーネに、俺は心から感謝する。
 よおおおおぉぉっしっ!!!!!!でたーーーー!!!!!出てくれたたァーーーーー!!!!!!!!ウンディーネの、押しに弱いトコっ!押したら大体折れてくれるトコっ!!!!おおおおおっ!!!よかったぁぁぁっ!!!!!サンキュー!!!!!サンキュー!!!!!!!!!押しに弱いウンディーネ!!!!!!!!!サンキュー!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 心のつかえがようやく少しばかり取れた俺は、深呼吸してビシリと外を指差す。

「はっ、はあぁぁッ。じゃあ、ちょっと、外、出ようか!?俺、泣き疲れちゃったからなッ!!!」
「ああ……そうですね。あまりエーテルに触れ続けるのも影響がありますし、長居をすると他の賢者にも知られてしまいそうですから。転がったままで大丈夫ですか?立てますか?」
「んっ!問題ねぇ!!ありがとォ!」

 差し伸べられる手をガッシリ握って、今度こそ俺は立ち上がる。ウンディーネは大分呆れた顔をしていたが、正座で痺れてフラフラする俺を丁寧に介抱し、丁寧に祭壇の外まで連れ出してくれた。
 外に出ると、それだけでなんとなく呼吸が楽になる。別に入ったときやエーテルに触ったときは普通だったけど、高次の物質って言ってたし、やっぱなんか負荷みたいなモンが掛かるんかな。それにしちゃウンディーネはピンピンしてるけど……こいつは毎回エーテルの管理してるって言ってるし、耐性でもついてんのかなぁ。やっぱすげーな、賢者。

「……それにしてもリョウから素直に感謝されると、何だかくすぐったいですね」
「オッ!?なんだ!?ナニがッ!?」
「いえ。蔵書舎から貴方の態度が随分柔らかくなっていましたから……先程のように感謝されることも、今までは無かったなと思いまして」
「オイオイ、素直じゃねぇな~!嬉しいだろ~!?」
「わっ。もう、何ですか……転がり回ったり元気になったり、忙しない人ですね……」

 うりうりと俺が脇腹を肘で小突くと、満更でもなさそうな顔をするウンディーネ。この反応、強引な輩の対応にすっかり慣れてる風体だ。いや。いやいや。わかっちゃいたが。クソッ、お前、やっぱオラオラ系に振り回されんの好きなんじゃねぇか……ッ!?

「ウンディーネこそ随分カワイくなっちゃってると思いますけど?エェッ?サラマンダー様の前じゃいっつもそんな態度なんか?エェッ?」
「は、はぁっ?な、何故今サラが出てくるんですか。彼は関係ないでしょう?」
「いや、お前が居りゃすかさずサラマンダー様が出てくんだからしょーがねーだろ。ウンディーネルートのときだって何回あの炎が出てきたか……」
「ウンディーネルート……?」

 コテン、と首を傾げるウンディーネ。まぁ、こいつがなにも知らんのは当然だ。
 俺が言ってんのは当時トゥルーエンドをクリアするため仕方なくプレイしたエン‥エレでのウンディーネルート。賢者ルートはなにかと他の賢者がちょっかいを掛けてくる仕様なんだが、ウンディーネルートだとその登場率はサラマンダー様がダントツだ。別に『来訪者』に意地悪してきたりするワケじゃないんだが、隙あらば出てくるのでLOVE推し♡と言えど「またかい」と思わずにはいられなかった。

「──おぉ、珍しいコンビだな。まさかそこが揃ってるとは」
「オラァッ、こんな風にィ!!!!!!!」
「っ、サラ……!」

 そしてその実、見事なタイミングで現れるサラマンダー様。こんなときだけはここがプログラムされた世界だっつうのを実感する──オォイサラマンダー様ッ!!あんたはホント!!!ウンディーネが大好きっすねぇ!?!?

「へぇ、随分仲良くしてるじゃねぇか。もっと険悪かと思ってたが……ほぉ~……?」

 並んでる俺達を、悠々と見比べてきやがるサラマンダー様。純粋に俺達が仲良くしてんのが嬉しいんだろうか。んな単純じゃねぇ?怪しんでるって可能性も充分あるな。豪快で開放的なようでいて、中々食えねぇところもある男だからな、サラマンダー様も。

「んな微妙そうな顔すんなよ。祭壇に行ってたって聞いたぞ。リョウを同伴させてたのか?」
「ええ。私にとってもリョウは大切な来訪者様ですからね」
「へ~ぇ……来訪者にゃそれほど深入りしないつもりだって言ってたお前がなぁ……しかも、いつの間にか敬称まで抜けてるときた」

 そう言って、なんの遠慮もなくウンディーネに近づいて、その顎をとるサラマンダー様。いきなりの行動に、さすがに驚いた様子でウンディーネも身を引いた。まぁ俺の前でいきなしそんなことされたんだから当然だろう。白い肌がさぁっと赤みがかって、俯くように揺れる視線。羞恥と戸惑いと。それでもどこか、離れがたい意思を感じる微妙な距離。それこそBL恋愛ゲームらしい美形同士の絡みは、なんつーか。この。クソ。絵になるな。

「っ。ちょっと……っ。リョウの前ですよ」
「リョウはこの程度で怒るようなみみっちい奴じゃねぇだろ」
「みみっちいっすよ。怒ってっすよ。」
「ハハハ、素直で良い。まぁ、後で滅茶苦茶愛でてやるから我慢しろ」
「ぐぬぬぅ……ッ!」

 メチャクチャ愛でる、とかいうパワーワードは大変滾るモノでございますが、だとしてもいきなりここまで豪快に他賢者と絡まれちゃ、受け主人公としちゃいい気はしねぇのが当然だ。推しだし。ライバルだし。でもサラマンダー様もハーレム気質っつうか好きな相手は全員娶って俺のモンにして侍らせるぜ☆彡みたいな性格だし、俺ら両方落とそうとしてもまぁ、性格的には全然おかしくないんだよな……。まぁんなことゲーム内じゃ不可能だと思いますが……。

「お前も、いつまで意地を張ってるんだ。このまま死ぬまで俺を拒んで、独りっきりで生きてくつもりか?」
「こんな立場で、意地くらい張らなくてどうするんですか。貴方こそ、いつまで私を所有物扱いするんです。幼い約束に囚われて、意地を張っているのは貴方のほうでは?」
「それだ。そもそも、俺の所有物であることの一体何が不満だよ」
「だから、貴方は……ッ。まずその視野の狭さをどうにかなさい!」
「お前こそいい加減折れちまえ。視野狭いのはお互い様だろ?」
「──。だあぁぁ~!わかったわかったッ!わかったからッ!人前で激重感情匂わせBLやめれ~~~~いッ!!!」
「っと」
「わっ」

 人前でクソ重BLすな!と俺は勢いよくドドドドドッ!とふたりの間に突進する。百合に挟まる男ならぬBLに挟まるBLゲー主人公……いや別になんにもおかしくねぇな!!!ただのトライアングルBLだなッ!!!!
 いや、それでも、俺だけ置いてきぼりで勝手に話をされるのは我慢ならねぇ。俺は壁になりたい男じゃない、こうやって男ふたりの間に挟まってサンドイッチの具になっていたい男なのだ。さながら、サラダ・りょう・チキン!!!ならばと俺はサラマンダー様を押し返し、ウンディーネの間に割って入る。今までの俺だったら一兆パーでウンディーネをゲシゲシしていたはずだが、今回ばかりはウンディーネの肩を持ってしまった。こればっかりは致し方ない。ウンディーネは協力者にして俺の恋心を暴いた心優しき無自覚男。それらの想いが複合的に複雑に混ざり合い、守ってやりたくなっちまったのだ。

「ほら、散った散った!サラマンダー様、俺はウンディーネとまだ用事あんのっ。だからほらっ!今日は終わり終わりっ!」
「へぇ、お前がディーネを庇うなんてな。どういう風の吹き回しだ?サラマンダー様には飽きちまったか?」
「そーゆーわけじゃありませんっ!男心と秋の空ですっ!」
「あぁ、こら、押すな押すな。わかったわかった。今日の所は退いてやるよ。かわいこちゃんに免じてな」
「うぐっ♡」

 俺の文句を軽くいなして、なんの躊躇もなく俺の額へチューをしたサラマンダー様は、じゃあな~とお気楽な素振りで去っていく。額へ残る熱をボーッと感じていると、はぁ、と後ろでウンディーネが溜息をつく。振り返ると、ウンディーネは乱れた髪を耳に掛けているところだった。どう見ても憂いに色気がある雰囲気に、俺はムスッと頬を膨らませる。

「……ウンディーネっ。なんじゃい、さっきのッ。サラマンダー様の所有物とかただならぬ単語が出てましたが、いいんですッ?あれはッ!?」
「いつものことですよ。彼は私をずっと自分のものだと思っているんです。迷惑なことにね」
「なんじゃそりゃ。いつからそうなってんのよ」
「幼い頃からです。彼と私は幼馴染ですから」
「おさァ……!!!!!!!!」

 お さ な な じ み !
 ある種BL的には鉄板のひとつと言える設定だが、いきなりそんなこと言われて俺はウソやろと顎を外す。いやいやいやいや、このふたりにそんな設定があるとか初耳だぞ!?んだそれ!?ファンのサラディネ妄想じゃねぇのか!?!?!?

「ちょ、ば、え、それ、俺、初めて聞くんですけど」
「ええ、当然でしょう。このことを他の者に話したことはありませんから……シルフは私達が生まれる以前から賢者でしたので、生い立ちは知っていると思いますがね」
「えええ……!?」

 当然なんか!?いや、つか、これ、公式設定なんか!?公式設定だとしたら色々と界隈がフッ飛ぶぞ!?!?!?しかもシルフが昔から賢者だった設定まで組み込まれてやがる……!?いやいや、ボツ設定に知らない設定までニョキニョキ生えて、マジで一体全体どうなってんだよ。なんだなんだ、ここに来てまた知らん設定生えるとか、マジでどういう状況なんだよエターニアァ……!

「……彼は幼い頃から私に好意を抱いてくれていたのです。私を最初に娶る、とずっと宣言していたんですよ」
「ゲゲッ、ちっちゃい頃の結婚の約束!ベタァ~!!」
「ですが所詮は幼い約束。サラは惚れっぽく、欲しい物をすべて手に入れようとする男性です。すぐに別の相手を見つけ、複数の相手と婚姻を結ぶものだと思っていました」
「あー。まぁ。そりゃそう思うよな。サラマンダー様アレだし。エターニアは同性婚重婚オッケーだし」
「しかし……彼は約束を忘れてはいなかった。私を忘れず想っていたのです。ですがそれは……私にとっては苦しいことでした」
「なんでよ。あんなサイコーの男に惚れられるとかイイことしかねぇじゃん」
「そうですね。私も、そう思います」
「んじゃあ、なにが……」
「……私も、彼も。幼い頃からの夢は、この国を護ることの出来る──賢者でしたから。」
「!!!!」

 け……賢者ッ!!!!!!!
 そこで、俺の脳裏にはウンディーネルートで辿ったこいつの過去や、蔵書舎で見た本のタイトルが思い浮かぶ。「賢者と異変の関係性について」。それを見透かしているようにウンディーネは笑う。

「幸か不幸か、私達にはそれぞれ別の元素の適性がありました。その他の能力適正も問題なく、私達は皮肉にも同じタイミングで、賢者への就任を認められた」
「……。」
「私はひとつの目標に向かって努力をすることしか取り柄がありませんでした。そしてそれは、昔から夢見ていた賢者になるための努力だった。ですが同時に、センスや勢いですべてを乗り越えてしまうサラへの……対抗心でもあったのです」
「はーん……。そっか。お前の努力を、認めさせたかったんだ」
「……そうです。私は私にしか出来ないやり方で、自らの夢を掴んだと。そう、彼にも証明したかった」

 確かに、サラマンダー様は才能バリバリで自信もあって、非の打ち所がないような存在だ。ちっさい頃からそれが常に隣に居るってのは、正直キツいモンもあるだろう。ウンディーネは自己主張も強いタイプじゃねぇしメンタル弱いトコもあっから、もしかしたら……サラマンダー様に劣等感みたいなモンをずっと感じてたのかもな。

「じゃあ……それで……賢者になった?」
「はい。私の努力が本当に認められ、報われたのです。それを、退けることなど出来なかった。賢者であることは私にとっても名誉で誇りになると、そう思っていましたから……。ですが知っての通り、賢者は元素を司り管理する存在です。故に賢者同士の過度な接触は禁忌とされている。当然、恋愛や婚姻もご法度です。ですから……サラはそれを知って、激怒しました」
「なーる……!それでずっと揉めてんだ。惚れた男が手の届かない存在になっちゃったから」

 サラマンダー様の俺様クソデカ自尊心とウンディーネの精進クソデカ自尊心が正面衝突した悲しい事故は、結局お互い好きだったから起きたことに違いない。それぞれ自分の信念通りに我を通しまくったから衝突して、こじれにこじれて解決しなくなっちまった。
 つかサラマンダー様、あんないろんなやつに手ェ出してるのにまだ一人もパートナー作ってねぇの、ウンディーネに言った「最初に娶る」って約束まだ守ってるってこと?ヒエッ……。まさかのっ……。執念攻めっ……。
 ……んひぃ~~~~ッ♡♡♡イイ~~~~~っ♡♡♡豪快に見えて、実は根っこは粘着質ぅ~~~~♡♡♡おほぉ~~~~♡♡♡そんなサラマンダー様もっ♡♡♡しゅき~~~~~~♡♡♡♡♡

「ですが、サラはまだ自らの想いを通そうと意固地になっている。昔の約束を叶えることに執着して……私から手を離さない」
「それは、フツーにまだウンディーネに惚れてるからじゃねーの?」
「私は賢者になると決めた時点でサラの想いを断っているのです。そもそも賢者になれば、諦めてくれると思っていましたから」
「それどころかむしろ今でも全力でグイグイ来てると。」
「……はい。もう、終わりにしたいのに、彼はさせてくれないのです。賢者になった時点で私の夢は叶いました。だからこそ、もう、私にも……諦めさせて欲しいのに……」

 自分の中の推し感情がまったくブレないことに悦びつつも戦慄する俺とは対照的に、小さくこぼして俯き、メガネを外して片手で顔を覆うウンディーネ。一層悲壮な雰囲気だが……その言葉は、どこまでも未練がましく湿っぽい。そしてそれは俺にとって……非常に苛立たしいモノだった。

「どおぉぉぉぉぉい!!!!!!!!!結局お前も好きなんじゃねぇかッ!!!!ウンディーネぇぇぇぇッ!!!!!」
「な……っ」
「諦めたいってことは好きってことだろが!要するにお前も賢者にゃなったがサラマンダー様好きなのは諦めらんなくて、向こうのせいにしてるだけやろがい!?!?」

 そう。結局ウンディーネは、サラマンダー様を好きだっつってる。頑張って夢を掴んで賢者になって。そこで区切りをつけたつもりになってるみたいだが、ウンディーネ自身も結局は今もサラマンダー様を想ってるのだ。だからあんな本を読んでたしこんな切ない顔をする。結局自分の恋っつうもんを、こいつは、ひとつも諦められてねぇままなのだ。それをサラマンダー様のせいにするなんて言語道断ッ!恋っちゅーのは一緒に溺れてこそのモンだろうがァ!!!

「そ、それは。ですが……っ。実際に、賢者同士の接触は禁じられていて……っ。想い合うことでも、問題が起きる可能性があるのですよっ?この異変だって、私達のせいかもしれないのに……!」
「だからやっぱあんな本読んでたんかいッ!オイ!どうせ好きなら向こうのせいにしないで自分も認めて一緒に堕ちろや!自分だけ逃げるような真似すんなッ!好きなら好きで覚悟キメて、異変にも一緒に抗ってみろよォ!!」
「そ、そんな無責任な……!私までそれを認めてしまったら、本当にどうなってしまうか判らないのですよっ!?」
「好きなんだろ!?愛してんだろぉ!?オイオイオイ!それも認めらんねぇくらい腑抜けなのかよ、ウンディーネぇ!!!!」
「な、なっ、な……ッ!!」

 激しい言い合いにトドメの「愛してるやろ」を叩きつけてやれば、ボッとウンディーネが顔を赤くした。まるで生まれて初めてその言葉を聞いたみたいに、自分の想いがそういう言葉で例えられるんだと初めて気づいたみたいに、その白い肌がさっきに増して真っ赤になった。金魚みたいに口をパクパク動かして、出てくるのは、ただ上ずった声。

「あ、あ、あ、あいっ、あいしてる……っ!」
「そうだろが!じゃあなんでそんなおカオ真っ赤っ赤にしてんの!鏡見る!?ねぇけどッ!」
「う、う、ぅ、ちが……違います……ッ!わ、私は……ッ。そ、そんな……っ。サラ……っ。サラの、ことを……っ。ぁ、あ、愛している、だなんて……!」
「……。」

 目をぐるんぐるんさせて、ぎゅうっと胸元を掴んで、今にもぶっ倒れそうに混乱を露わにするウンディーネ。あまりにもドウブな反応だけど、それくらい恋愛から自分を遠ざけてたってことなんだろうか。そいとも今まで誰にもこの話をしたことがなかったせいで、ここまでチョクにブッ込まれんのが初めてなんだろうか。
 しかしそれはさっきまでの俺を鏡で見ているような……そのままを映されているような光景だ。ああ……なるほど……これは……この反応は──まさしく──さきほどの──はじめに対する、俺ッ!!!つまり……これこそ……フンシッシ!!!!!!
 まさかここに来てフンシッシのフラグが回収されるとは思わなかった。誰もが既に忘れてんだろコレ。
 だが、これでハッキリしたな。やっぱりこいつもサラマンダー様が恋愛的な意味で好きなんだ。要するにハナからこいつらは両想いで、それを賢者の立場や元素の都合が邪魔してるってワケなんだな。
 そんなふたりの現状と想いは、俺の中にもひとつの答えを出す。今まで匂わせだけでモヤついてたモンが、こうやって色々明らかになって、俺の中にもハッキリとした目標が生まれてくる。
 なんだそれ……この……燃えるじゃねぇかッ!!!!

「オイ、ウンディーネっ!」
「ななななな、なんですか……っ!?」
「俺ぁよ。決めたぞ。てめぇらの恋を……応援することにしたッ!!!」
「は……はあぁッ!?な、なにを……っ!?」
「おう、とりあえず聞け」

 そうだ。聞け。この発言には、ちゃんと意味があんだからな。

「俺ぁな、サラマンダー様が好きだ。だがお前が、俺が好きなのははじめだと気づかせた。そんなら俺は帰るしかねぇ。俺が元いた場所に、帰るしかねーんだ」

 もうはじめが好きだと知っちまった俺は、どんなにサラマンダー様が好きだとしても、現実世界に未練が残る。絶対にはじめのことがチラついて、もしここに残されるようなことがあっても……ずっとあいつの影を追うことになるんだろう。
 俺はどうしたって現実世界の人間で。
 元いた世界への郷愁は、捨てきれない。

「けどお前は違う。お前はここに生きててずっとサラマンダー様と一緒に居られる。それは、お前がここに居るからこそ持ってる、特権だ」

 そう。お前はキャラ。エン‥エレの、エターニアの賢者で、キャラクター。それは今は障害なのかもしんねぇけど、俺じゃ逆立ちしたってなれない立場で、絶対にたどり着けない場所だ。それをお前が気づかせた。はじめへの好意で、気づかせたんだ。

「それになにより、ここはエーテルーフが存在しない世界だ。フツーのエターニアとは明らかに違う。だからよ、これきっとワンチャンあんだわ。この世界なら……たぶん、多少の無茶やっても、イケると思うんだわ」

 なにより……一番重要なのは……『コレ』だ。
 今この世界にはエーテルーフが不在で、普通のエターニアとは完全に違うモンになっている。俺も知らねぇ設定がバンバン出てきて、どっからどこまでがゲームなんだ、これはマジでエン‥エレなのか、そう思わずにはいられねぇレベルだ。
 だがそこまでおかしなことになってるこの世界なら、通常あり得ねぇはずの「賢者同士のカップルルート」……それを強行しちまっても、問題ないんじゃねぇか?と。俺はそう考えた。この世界だからこそ、こいつらの想いは、きちんと成就できるんじゃねぇかって。
 そんなら、俺が報いたっていいだろう。
 俺は『来訪者』。『祝福』の力を保持する者。
 そんならこいつらの想いを『祝福』したって……なんの問題もねぇハズだッ!!!

「俺は、元の世界へ帰る。元の世界へ帰って……自分の想いに向き合う。だからお前も、ここで恋を叶えろッ!たぶん、もう、こんなことできるチャンス、ここしかねぇから。だから……蹴り、つけてみろって!!!」
「……」

 まっすぐに、伝える。
 ライバルだって勝手にバチバチして敵視してたヤツにナニ言っとんだって話だが、ここまで首突っ込んじまったんなら俺だって最後まで見届けてぇと思うのが人情だ。
 だから俺の、エターニアの想いはこいつに託す。恐らく俺よりもずっと前から。サラマンダー様を愛していたかもしれない、この男へ。

「……正気、ですか?」
「どぅへへ~~!!!!残念ながらッ!俺はッ!ちょー100%っ!ショーキですっ!」
「……。その物言いは残念ながら100%正気に思えないですが。……貴方が下手な嘘をつかない性格だというのは、私ももう知っています。……。蹴りをつけろ……ですか」
「そぉ!!!ですっ!!!!」
「……。」

 力強く宣言してやれば、ウンディーネはしばらく俺を見つめて……そっと、溜息をつく。

「……はぁ。全く。……貴方も、サラに劣らず滅茶苦茶な人ですね」
「おーおー!無茶上等!サラマンダー様と肩並べちまったな!どぅへへ!」
「……賢者同士の問題はまだ解明していない部分も多く、今回の異変についても原因は見つかっていません。何も確約は出来ないというのが、今の私の正直な意見です」
「おう」
「ですが……。……はい。私が、サラへ想いを抱いているのは、事実です。そ、その。あ、愛。愛している、というのは。時期尚早、ですが……ッ」
「オイ。そこは別にもうイイだろ。愛してんだろ」
「リョウっ!」

 相変わらず茹でダコになってキレるウンディーネ。だがそれも既にカワイイ。恋する男子はBLゲーの華。それが俺相手じゃなくても……まぁ、ここまで来りゃ、オイシイモンだよな。

「と……とにかく。サラとの関係に、いつかは決着をつけなくてはならないとは思っていました。ですから……、……、はい。ここが私の、その機会なのでしょう」
「おう!つまり!?」
「つまり……リョウ。貴方の、言う通り……。私なりに、「蹴り」をつけるための努力を。してみようと、思います」

 うむ……こんな風に。
 前を向く美形ってのは。
 どんな時でも、絵になるモンだ。

「……それに、リョウのハジメ様への想いも知れましたから。リョウも、早くハジメ様に愛していると伝えられれば良いですね。照れている貴方は、中々可愛らしいですから」
「バッ!?ダッ!?かかかかかかかッ、かわいくねぇッ!!!!!ななななな、なんではじめが出てくんだよッ!!!!ははははッ!!!!はじめの話はすんなよなーーーッッッ!?!?!?!?」
「……ふふっ。貴方も、恋の前では型無しなのですね」

 はじめの名前を出されただけで負けず劣らず火照る頬に、俺はウンディーネを怒鳴り散らかす。でも俺を見るウンディーネの顔は、やっぱり、やたらと愉しげで。
 なんだか俺は、やたらと悔しげな気持ちになるしかないのだった。くっそぉ!!!!


【TIPS】
・通常賢者の過去は各ルートで語られる場合もあるが、賢者同士の接点については匂わせる程度で詳細はまったく語られない。
 これについて開発者は特典冊子のインタビューにて「あくまで「キャラ」と「来訪者」の関係を描きたかった」「こんなに賢者同士の組み合わせに人気が出るとは思わなかった」と語っている。
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