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13話《俺が好きなのは、矢來麻りょうです。》

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「こ、これは……っ!?そ、そ、そっ、ソフトだぞぉぉぉっ!?」
「えっ?ああ、そう!これね、他機種の移植で記念に発売された限定パッケージ版!りょうが買うからって、送料浮かすために俺も一緒に買ったんだ!特典もいろいろついててすごいんだよ!」

 エーテルーフくんが差し出してきたパッケージに、俺は大事にしまっていた特典のアートワークや収納BOX、店舗特典であるノアくんの帆立ぬいぐるみなんかを棚から出して、エーテルーフくんに見せてあげる。
 そういえば言ってなかったっけ。基本エンエレは配信版だけの販売なんだけど、俺が買ったのはパッケージ版なんだよね。ソフトの入れ替えはちょっとめんどくさいけど、パッケージやソフトが手元に残るのはやっぱり思い出になるしって、送料の意味だけじゃなくこれを選んだんだ。
 それを見たエーテルーフくんは仰け反る勢いで絶叫して、顔を真っ赤にして俺を怒鳴りつける。

「ばっ、ばっ、ばっかもーん!!!!それを早く言わないかーっ!!!」
「えっ?なんで?」
「当然だろう!ボクはこの現実と虚構を繋いでいる存在だぞ!?しかるべき媒介があれば、その力を最大限に引き出せるんだ!むむっ、カートリッジソフトに説明書……なにーっ、こっちは設定資料集ッ!?のののの、ノアの帆立までッ!!」
「ば……媒介っ!!!」

 媒介。俺の並べたグッズに逐一興奮するエーテルーフくんのその言葉を聞いて、さすがに俺にもピンと来る。エーテルーフくんがゲーム内でテレポートやすべての元素術が使える万能キャラだったのは、与えられた権限だけじゃなく……最強アイテムを持っていたからなんだって!

「そ、そっか、つまり──それは──エンエレ内では──、──エーテルっ!!」
「然りっ!!!!!だが現実世界にエーテルは存在しない。そこで──これの──出番だッ!」
「かかかかか、カートリッジソフト~~~~~っ!!!!!!」

 ようやく繋がった線に俺はエーテルーフを超える勢いで仰け反って、ふたたびのパンダよろしく背中から倒れて床に転がる。なるほど、エーテルはゲーム内アイテムであって、そのまま現実世界へ具現化することは不可能……でも逆に現実世界なら、本当に物質として存在するエンエレのアイテムが、媒介として使えるわけかっ!
 わ、わっ、よかったっ!パッケージ版買っといて、よかったぁ~~~~~っ!!!!!!

「良くやった、ハジメっ!これなら、何かしらの介入が可能かもしれんっ!」
「ほんとっ!?さすがエーテルーフくん、すごい……っ!」
「ふふん♪ボクに掛かれば造作もないことだ。ソフトは……このゲーム機に現在進行系で挿さっているカタチだな?」
「うん!絶賛起動中!」
「ならば抜くわけにはいかないな。電源を切るのも何が起こるか判らない以上、避けたほうが良いだろう」
「それじゃあ……どうするの?」
「ハジメ、ゲーム機に触れることは問題ないか?」
「うん、それなら大丈夫!ここがスイッチだから、そこには触らないようにして。ちなみに、ここがソフトが入ってる部分だよ」
「承った。ならば──よし──むぅん!!」
「わ……っ!」

 俺がゲーム機の上の部分、蓋に包まれたソフト差し込み口を指差すと、勇ましい返事とともにエーテルーフくんはコクリと頷いて、その部分へと触れた。今や国民的ゲーム機になった筐体に触っている、メタ認知のキャラクター……。シュールなような、それでいて厳かなような。筐体にもゲーム画面にも変化がないまま、少しだけ流れる時間。
 でも──。

「……あっ!」

 ──でも、徐々にエーテルーフくんの手の平へうっすらと光が帯びる。現代社会ではすぐにかき消えてしまうような小さな光。それでも俺の目には、その淡い光が確かに映る。この忙しなくて慌ただしい社会の中でも、かき消えそうになりながら絶え間なく光り続ける、まっすぐな希望や……祈りのように。

「ハジメ、キミも!リョウへ伝えたいこと、その想い──それを、この光へと乗せるんだ!」
「え!?わ、うわ……ッ!」

 そして、エーテルーフくんは俺にも手を伸ばす。ゲーム機へ触れた手に俺の手を重ね合わせるようにして、俺へ促す。
 りょうへ伝えたいこと。
 その想い。
 それを──この光へと、乗せろ、と。

「り、りょう……!」

 それは……今の俺の願い。
 俺が、心から望んでいることでもあった。
 それが叶えられるのなら。
 それが、届けられるのなら。
 俺は必死に、光を追って想いを描く。
 りょう。
 大丈夫?元気?無茶、してない?好き勝手なことばっかりして、賢者さんたちを困らせたり怒らせたり、してない?
 エンエレが大好きなりょうのことだから、きっと、どんな難しい問題も状況も、エターニアの中だから、って楽しんじゃうのかもしれないけど。
 でも……やっぱり俺は心配だよ。
 ゲームの中に入っちゃうなんてあり得ないことが起こって。
 これからも当たり前に続いていくと思ったりょうとの毎日がいきなり崩れ去って。
 自分がなんにもできないただの学生だってことを、思い知らされて……正直どうしたらいいのか見当もつかないよ。
 でも。だけど。だから。
 こんなあり得ないようなことが、起きたからこそ。
 俺も、できることを、できるときにやらなくちゃって思った。そうしないと、こんなにも後悔するんだって思った。
 りょう。このまま離れ離れなんていやだよ。
 俺、りょうに、伝えたいことを、なんにも伝えられてないんだ。まだ、なにも言えてないままなんだ。
 りょう。だから俺。ちゃんと、言うよ。
 りょうが、帰ってこれたら。
 俺。ちゃんと、りょうに。
 ……好きだって。
 ずっとずっと大好きだったって。
 そう、ちゃんと、伝えるから。

「りょう……っ!早く……無事に……帰ってきて……っ!」

 ちいさく。ちいさく、声にこぼす。それこそ祈りを捧げるように。希望を、届けるように。俺は目を瞑って、ただ、自分の想いを手の平と声に乗せる。
 りょう。
 好きだよ。
 大好き。
 だから、どうか……無事に帰ってきて。
 怪我や病気なんてしないで。
 ただ、健康に、元気に、りょうのままで帰ってきて。
 俺が願うのは……それだけだよ。

「──!」

 淡い光は徐々にその大きさと強さを増して、ゲーム機から部屋全体を覆うまでになる。視界を灼きそうなほどのその光に、思わずぎゅっと目を閉じると……ゆるやかに光は消えて、エーテルーフくんはゲーム機から手を離していた。

「──はじめ。」
「……っ。あっ。エーテルーフくん、なにっ!?」

 呼び掛けられる声に、俺はパッと目を開く。
 そこは俺の部屋。
 なにも変わりのない景色。
 だけどそこには、ゲームの中からトリップしてきた、俺が大好きなキャラの、エーテルーフくんが居た。
 エーテルーフくんは……俺を見て。
 さみしそうに、笑っていた。

「……キミは、「ハジメ」ではないのだな」
「えっ?な……なに?どういう、こと?」
「最初から……すこしだけ違和感はあった。キミは、ボクに夢中ではなかった。ボクだけを見ていなかったのだ」
「──!」

 その言葉に、俺はすぐに意味を理解した。
 その、さみしそうな表情の……意味も。

「ボクは、ここにもゲームと同じように「ハジメ」が居てくれると思っていた。この現実世界でも……ボクを好いて、ボクと共に居てくれる、そんな「ハジメ」が居るのだと思っていた。だが……そうではなかったのだな」
「え、エーテルーフくん。お、俺……っ」
「いや……何も言わなくて良い。ボクは現実世界を知識と知っていただけで……その本当の意味を知らなかった。『もうひとつの世界』が時間の経過や変化の在る世界だと、きちんと認識していなかったのだ。誰もが自由に誰かに恋をする。その意味を、知らなかった……」
「……」

 エーテルーフくんが目を伏せる。
 けれどしっかりと顔を上げて、俺を見る。

「──はじめ。」
「は……はい」
「……キミは、りょうが、好きなのだな。」

 それは……答え、だった。
 臆病で弱虫な俺が伝えなくても、その聡明さでエーテルーフくんが自ら辿り着いた、絶対に揺らぐことのない答えだった。
 突きつけられるそれに、俺は、エーテルーフくんを見る。
 俺は臆病で。弱虫で。
 だけどこんな風に差し出された自分の想いは……否定したく、なかった。

「……うん。俺は……りょうが……好き、なんだ。」

 そうだ。
 俺は。
 りょうが……好きなんだ。

「……ふ。……そうか」

 俺の返事に、やっぱりエーテルーフくんはさみしそうに笑う。
 でも、一度俯いて上げたその顔つきは──晴れやかに、澄み渡っている。

「……そう言われて、スッキリした!ボクにも、元の世界へ帰る確かな意味が、もうひとつ出来たようだ」
「え……っ?」
「ひとつは、ボクが欠けたエターニアを元に戻すため。そしてもうひとつは……ゲームの中に居る「リョウ」に再会するためだ」
「あ……「リョウ」……ゲームの中の、俺……!」
「そうだ。キミであって、キミではない存在。ボクが恋をし、ボクが逢いたいと願った……その相手だ。」

 それは、俺じゃない。
 的夬利はじめじゃない。
 エント‥エレメントの中に居る。
 『来訪者』の。
 プレイヤーの……リョウ。

「……なんだか、遠回りをしてしまった気分だ。やはりボクは向こう側の存在なのだと、思い知った」
「エーテルーフくん……」
「だが、そんなボクにも気づきがあった。発見があった。それは、キミに逢えたからこそ、見い出せたモノだ」

 そう言って、エーテルーフくんは俺に手を伸ばす。

「……はじめ。ボクに発見をくれてありがとう。それだけでも、ボクは……この世界に来た価値が、あったように思う」
「……うん。俺こそ……ありがとう。エーテルーフくんに会えて、よかった」

 俺は、その手を握り返す。
 ただの。手を繋げ合う。シンプルな握手。
 でもそれが、今の俺達になによりも似合う親愛の証だった。
 恋じゃない。愛じゃない。
 それでも俺達の間には、確かな尊敬と感謝があった。
 それを、誰でもない、推しの彼に教えて貰えたことが。
 とても幸せだと──俺は、思った。

「……ヒトは難しい。現実世界は複雑だ。しかし、それでこそ『エント‥エレメント』は誕生に至ったのだろう。開発者はこんなにも難解な想いを抱えて、それを、キャラクターとフィクションに託したのだと……ボクも、実感した」
「そうか。エーテルーフくんにも……開発者さんの心が伝わったんだね」
「うむ。勿論、その想いのすべてではないと思うがな」

『うん、うん……!あーしちゃんも、そう思うよっ><』

「……むっ?」
「……えっ?」

 しかし──そこに不意に聴こえてきた、新たなる声。
 その声に、俺達は揃って声を上げる。
 甲高い電子音は俺の声でもエーテルーフくんの声でもなく、どこから聴こえてきたのかさっぱりわからない。慌てて周りをキョロキョロ見回せば、ピキーン!とかわりにエーテルーフがその目を激しく開かせる。その視線が向かうのは──ゲーム画面っ!

「貴様っ!もしやっ!!しゃんちゃんッ!!!!!」
「んッ?しゃ……しゃんちゃんっ!?!?」

 しゃんちゃん──!!!!!
 エーテルーフくんが何度か呟いていた、謎の人物──!!!!
 その指摘にまるでタイミングを合わせたように、ザザッとTVのゲーム画面にノイズが走って、いきなり画面が切り替わる。
 そこは、ドットで描かれた現代的な暗い一室。ダンボール箱やら本やら紙やらが積まれた周りと、中央に置かれている机に乗った、大きくて古めかしいパソコン。そしてその前にある、回転式の椅子には──。

『コンニチハ!あーしちゃんは開発者さまが残した超有能AIちゃん!開発室の守護者にして開発者さまの代弁者、「開発しゃん」です!みなちゃまはお気軽に「しゃんちゃん」って呼んでねっ!』
「ななななななな、なぁ……っ!?!?!?!?」

 長方形の液晶モニターにピンク色のツインテールがくっついたキャラクターが……「>∀<」という顔文字をモニターに映して、椅子の上でピョンピョンと飛び跳ねている姿だった。
 ええええええええ!?!?!?
 こここここ、これが──開発者さん!?!?!?
 いやいや──開発、しゃん!?!?!?!?
 いやいやいやいや──しゃん、ちゃん!?!?!?!?!?
 その突然にして豪快な新キャラクターの登場に──俺は思わず、泡を吹いてぶっ倒れたのだった!
(※これはあくまで文章上の誇張表現です。実際には後ろに転げただけで、俺の意識は正常です!)

【TIPS】
・『開発室』には開発者の代行であるAI、「開発しゃん」──通称しゃんちゃんが存在する。彼女が開発室の主であり、ナビゲーターとしてボツ設定などの説明を行ってくれる。
 エーテルーフはこの場所を行き来できる存在で「システム」として彼女から与えられる命令と役割をこなしていたが、トゥルーエンドクリア後はゲーム内のエーテルーフと分かたれた存在となり、「リセバエーテルーフ」として開発室に在籍・常駐することになる。
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