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第二章 巡り合い

屋台の秘密

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 妖も並ぶ屋台の列に加わって暫くすると、屋台の切り盛りの様子がうかがえた。
 質素な屋台には全く似つかわしくない豪勢な美女が一部の乱れもなく、次から次へと握り飯や汁椀を並べては出し、出しては空いた椀や竹皿を引っ込め、その奥では大柄の若い男が数人の農夫たちにあれこれ指図しながら野菜を切って鍋に入れて、米を炊いていた。
 屋台の屋号にはホウサク村とある。
 興味深げに見ていた億姫が振り向いて月女に尋ねた。

「ホウサク村、聞き覚えがある気がします。月女は存知よりですか」

「はい。大したことは知りませんが、中央幕府の筆頭老中の狒々ジジイ……失礼。杉野山八州守様のご領地にある村で、八州様のお墨付きで、年貢徴用一切御免の自治村だと聞き及んでおります」

「ああ。あの自治村でしたか。なるほど」

 杉野山様は生来厳しいお方で、年貢や徴用などの役務などにおいても、定法を破ることを良しとせず、重ねて非常にケチと専らの評判である。
 そのお方が飢饉を理由に年貢や徴用を一切免除し、自治を認めた村があるというので一時期話にあがった村であった。
 飢饉があってもホウサク村なのかと、自分でも恥ずかしいと思うことを考えていたので記憶にあったのだ。
 そんなことを考えながらぼんやり前を見ていると、小さな男の子が居るのだが、少し様子がおかしい。
 姿形が定まらずぼやけているのだ。ほんのりと頭の上に皿が見える。
 月女は億姫の目線に気付き、青い着物を着た目のくりくりした小さな男の子に、

「皿がほら見え始めている。もう少し気張ろうね」

 と耳元で語りかけた。
 前に立っていたのは子河童だった。
 子河童は振り返り、くりくりとしたどんぐり眼で二人を眩しそうに見あげている。
そしてそして照れくさそうに、億姫にぺこりと頭を下げると、何も言わずに前を向いたその姿は、誰が見ても完ぺきな村の童だった。

「元も今の姿も可愛いです」
「やっぱり男前だって。良かったねぇ」

 二人の美女に声をかけられたのが嬉しいのか照れくさいのか、振り返らずにこくんと頷く子河童ならぬ子供だった。
 億姫は皿かもしれない場所を避けつつ頭を撫でた。
 すると、子河童の村の童が恥ずかしそうに笑顔をみせてお辞儀する。
 億姫の心に温かいものが溢れたその時である。
 屋台の美女から声がかかった。良く通る涼やかな声で遠くから声をかけてくる。

「そこのお嬢ちゃん達。坊の面倒見てくれてありがとうね。気持ちよく皆に美味い飯を食わせるから安心おし。ねぇ村長」

 村長と声をかけられた若い大柄な男は、振り向くと濃い紫に輝く茄子を両手に持ちながら日に焼けた浅黒い肌にニッカリと白い歯を見せて、

「おう。今年も来たなぁ、坊。ウチのコメと野菜はうんまいぞ。食わなきゃこの世の損だ。そこの別嬪さんたちに教えてやってくれ」

 子河童ならぬ村の童は言葉ではなく、それは嬉しそうに村長に大きく両の手を振って答えた。
 村長も嬉しそうに屈託なく手を振り返す。
 子河童は陽気なばかりで邪念が全くない。
 妖も人も売るほうも買うほうもこの屋台の皆は関係ないのだ。皆美味い飯を食いたい。ただそれだけだ。
 億姫も月女も妖と共にあるというのに更に、顔がほころんだ。
 愉しく順番を待っていると漸く子河童ならぬ村の童の番が回って来た。
 しかし問題が一つ。屋台の棚板より背が低くて、物は取れないし注文もできやしないのだ。
 月女はヒョイと童を持ち上げると

「どう何にする」
 
 と訊いた。子河童はなおも照れながら、もじもじしているので、億姫も、

「遠慮なさらず何にしますか」
 
 と見るもの全てが笑顔になるような溌剌とした表情で訊いた。
 これが良くなかった。宵闇でも隠せない美女二人の組み合わせは、多少の隠形術ではしっかり目立つ。
 仕切っているのが豪勢な美女であり、手助けしているのもこれまた、美少女と美女二人で、どうしたものか屋台の者だと勘違いされ始めた。

「なぁおい、姐さん。酒はあるのかい」

「こっちは年寄連れだ。なんか柔らかくてうまいの頼む」

「俺一人で三人前頼んでもいいかい」

 勘違いですよこちらも客ですと言っている間に、これまた声をかけられる。

「御馳走さん。いやぁ美味かったぜ」

 客の一人が話も聞かずに言葉とお代と椀を置いていった。
 流石にそのままにはしておけず、切り守りしている姐さんにお代です空き椀ですと手渡していたら、

「手伝ってくれてありがとう助かるよ。恩に着る」

 と云われてしまった。
 恩に着られては手伝わないわけにもいかない。
 そう思う億姫であり、そんな億姫をよく知る月女であった。
 億姫も月女もこうなればと腹をくくり、にこやかに

「いらっしゃい」

 と声をかけた。
 屋台仕事の始まりである。
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