THE HELLISH THINGS 地獄の蓋と泣き虫姫之物語

しきもとえいき

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第二章 巡り合い

お辰たちと億姫と月女

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「ありがとうございました」
「またいらしてくださいねぇ」

 億姫と月女が最後のお客に声をかける。
 両名共に良く働いた。
 人や妖の列がなくなり、本日は売り止めと札がでるまでさほど時間は要さなかった。
 最後の一人に出したものでドンピシャに売り切ったのだが、特に声をかけたわけでもないのに、きっちりと売り切るあたりは経験からなる技なのか、何かしらの術なのかわからないが、流石だと億姫は感心していた。
 屋敷の中ではわからない楽しい事ばかりである。
 自然に頬も緩む。

 そんな億姫と月女に切り盛りをしていた豪勢な美女が優雅にお茶を差し出した。
 卒も無く隙も無く、勿論悪意など微塵にも感じ取れないその女性を、月女は何者だろうと改めて豪勢な美女をつぶさに観察する。
 仕立てが良くて芯の通った着物を、貝ノ口みたいに絞り上げた帯で飾って、肉感的な肢体を包み込み、粋に着込んでいて、しっかりと結い上げた髷に紅玉や珊瑚の珠簪など豪勢な飾りが良く映えている。
 ちらちらと揺れる炎に煌めいて余計に綺麗だ。おさんどん姿でこれなのだから、派手な艶姿をしたらどれほど耳目を集めるだろう。傾国の美女とはこんな人をいうのかもしれない。

「はい。ぬるめのお茶をどうぞ。ホント助かったよ。こんな美人のお嬢さん方に手伝ってもらって村の株も上がるし言う事無しだよ。ありがとうね」

 ぺこりと素直に頭を下げる。
 月女はその様子に、持ち前の警戒を解いて苦笑いし、億姫と共に礼を言うとお茶をすする。
 月女が目配せした後、億姫もお茶を飲んだ。

 夏とは言え夜は涼しい。ほんのりとした温かみが躰に滲みる。
 お茶は雑味のない甘くて柔らかい味の緑茶であった。空いたお腹にじんわりと広がって行く。

「すごく美味しいです」

「あらま、沁みいるほどに美味しい。後で淹れ方を教えてくださいな」

「お安い御用さ。お待たせのご飯もいま村長が格別に腕を振っているから直に上がるよ。その間そこのきゅうりの漬物でも齧って待っていておくれ。あたしは洗い物に一っ走りしてくるから」

 豪勢な美女は大きな洗い籠に沢山の椀を詰め込みながら、近くにある大井戸の洗い場に農夫たちと向かった。
 小さくなる影から大きな声が二人に届く。

「あたしはお辰と呼んどくれ。ゆっくりしてくれていいから、もう少し店番頼めるかい。盗まれるものなんかないけどねぇ。美人二人の店番なんて滅多にないだろうからさ」

 月明かりが明々と辺りを照らし、空には満天の星が零れんばかりに輝いている。
 その星空に良く似合う陽気な笑い声を残して見えなくなった。
 軽い手助けの筈がすっかり働き手として扱われていたのだが、不思議な爽快感がある。
 初めは香気の秘密でも見ることができればくらいの気持ちであったが、客ものべつ幕無しに来るし、何よりこんな経験など思ってもできない億姫が心底屋台仕事を面白がって、結果気持ちよく働ききることとなった。

 あのお客さんはこうだった、あのあやかしがお礼を言ったなど、華やかな女二人に華やいだ雰囲気で話の花が咲く。
 話の間に例の香気が漂ってきた。

「手伝ってくれて助かったよ。別嬪のお二人さん。特に腕によりをかけて作ったつもりだ。まあ食ってくれ」

 声をかけてきたのは先程村長と呼ばれていた男で、鍛え抜かれたがっしりした体に、小ざっぱりとした着物にたすき掛けで、どことなく不思議な人好きのする雰囲気であった。温かみのある人柄が体からにじみ出ている

 そんな若い村長が持ってきたのは、溜り醤油を香ばしく焦がしつけ、じわじわいっている焼きおにぎりに、つわぶきにクルミをみそと甘くからめたものを盛り付け、湯気の立つ野菜汁はほんのり赤い色味の南瓜にとろとろとした冬瓜、風味づけに紫蘇の葉がちらしてある澄まし汁仕立てであった。

 装武士の眼が料理を捉えた。
 強い陽の気が料理から立ち昇っている。
 おにぎりもクルミのつわぶき味噌も野菜汁も全てが薄っすら輝いているのだ。
 香気に混ざって瘴気を払っていたのはこれだ。しかもこの膳は特に強い。米に野菜に汁に料理全てに陽の気が溶け込んでいる。
 億姫と月女は目を見合わせた。
 これはなんという御膳なのだろう。煮焚きの仕方も特に変わった様子はなかったのだが。
 ふわっと湯気に混じってお味噌と具材の立ったいい匂いがする。
 億姫も月女もお腹が減っていたことを痛烈に思い出した。

「コメも野菜も味噌も醤油も村で魂込めて作った自慢の一品だ。料理についても同じように魂こめている。野菜作ったのは村の衆。賄ったのは村長の俺、大歳だ。くるみ味噌は好みで握り飯につけてもいいし、汁椀に足して溶かしても美味いぞ。お上品とは向こう岸ぐらいかけはなれちゃぁいるが、味は色々な処からのお墨付きだ」

 さぁどうだといわんばかりの村長はどうやら料理自慢らしい。
 では戴きましょうと月女が箸をとる。
 隣では億姫が生真面目な顔をして七神流の食の祝願を唱えた。

「食を始めるに世を平らにする力と為さんことを宣言します。一切の乱を断ち世の穏やかなる事に尽力し、一切の生を尊ぶための七つの道を生す為に食させて頂きます」

 月女はすました顔をして、

「お嬢様、お嬢様。何かお忘れでは」

 と肘で億姫をつつく。
 億姫はしまったという顔をして、

「あの、いえ、その今のは忘れて下さいませ」
 
 と、慌てて取り繕う。億姫はこの祭りの間は身分を秘めておくようにと月女に念を押されていたのだ。
 よりによって忘れてくださいはないだろうが、若き村長大歳はにっかりと笑いながら言った。

「面白いじゃないか。いただきますも人の想いの分色々あって何もおかしくない。少しばかり違っていても、ほら何か凄く可愛らしいし。大好きだよ俺は」

 こんな時に伝心通が余計に働いた。
 伝心通は神武装術では基本である。
 装武士ともなれば、戦うためにも必要な技であり練達を強いられる。本来は、邪念や邪心殺意や殺気を感じ取り、戦うためのものではあるのだが、兎も角、心の奥まで見透かしてしまったのだった。
 大歳には邪念の一片も無かった。
 子河童にみせた屈託の無い笑顔を向けて、有難うと可愛いを交互に想いそれとは知らずにぶつけている。曇りのない心根で。

 億姫は言葉を無くし、目線を椀に落として、耳まで真っ赤になっている。
 月女は大事な姫様に、色目を使える男を面白そうに値踏みした。
 姫様の伝心通をあっさりと掻い潜るなど中々大したものだ。
 笑顔と心持ちはまずまず。
 何よりも馬鹿が付くぐらい裏表のない気持ちの良い得難い男だ。躰も普段の農作業で鍛えているのだろう。引き締まった鋼のような印象を与える。ただどんな男であろうとも姫様に相応しいのは家柄がどうのでは無く、七神流について来ることが出来る胆の太さが肝要だ。

 其処へごんっと音がした。いつの間にか現れたお辰が大歳の頭を擂り粉木棒で小突いたようだ。いきなりのお辰の行動に、億姫も月女も驚いた。

「飯食ってもらうのが先だろっ。何やってんだいっ、このヘッピリ村長」

 大歳は、殴られた頭を痛そうにさすりながら訴えた。

「加減ってものをそろそろ憶えたらどうだ。頭の形がいびつになっちまうぞ」

「はんっ。まだまだ生ぬるいね。こんな可愛い娘さんを誑かして困らせて見な。そのひょうたん頭を元の形が判らない位べこべこにしちまうよ」

 振りかぶるお辰に大歳は「こいつはいけねっ」と呟くと小走りでその場から離れて振りむいた。

「ゆっくりと食ってくれ。味は勿論だが、美人の御嬢さん方には持って来いの飯だからな。あと底意地が怖い姐さんに頭から齧られない様に、気をつけながら喰ってくれ」

 お辰の投げた棒を片手で受け止めて、「残念だった」と棒をぷらぷらさせて大きな声をかけると、農夫連中に「飯にしよう」と肩たたき合いながら竃へ向かう。

「ごめんよ。図体ばかりでかくてさ。あんなんでも腕だけは確かだから、冷めないうちにさ。おかわりもあるからね」

 お辰は周りの連中にも声をかける。

「さぁ飯にしようよ、みんな。美人三姉妹の姫君たちと一緒に飯を食えるのは今だけだよ」

 その声を聴いて更に農夫達から声が上がる。

「お辰さん。お辰さんはきっぷのいい美人だが品がないって」

「大歳村長も姉妹には歳がかけ離れているって、言っているぞ」

「あと気安く殴り過ぎだっ」

 その声を聴いてお辰はふふんと鼻で笑う。

「どこのへっぴり男の物言いだい。言いたいことがあるなら、あたしの真ん前で言っとくれな」

「今はやめておくよ。おかずになっちまう」

「丸かじりかい。いや叩きだなっ」

 最後の一言でどっと皆が笑った。
 億姫が声を立てて花のように笑う。
 こんなにも眩しく笑える億姫。月女はその光景を瞼の奥にそれは大事にしまいこんだ。
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