THE HELLISH THINGS 地獄の蓋と泣き虫姫之物語

しきもとえいき

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第二章 巡り合い

美女三人の束の間の休息

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 村長も農夫たちと一緒に自分の飯を盛りつけ始め、お辰も自分の膳を用意して、億姫と月女の並びに座る。

「何をするにしてもまずは食べてからでないとねぇ。腹が減っては何とやらだろ」

 食え食えとせかされて億姫と月女は箸をとった。
 億姫も月女も一口食べて驚いた。
 億姫に至っては箸を取り落としそうになったくらいだ。
 味の美味さ素材の旨さもさることながら、汁の一滴に野菜の一切れ一切れに強い活力「生気」が溢れている。
 森や泉や海の特別な場所にある、生命を育むものと同じ優しくて力強い活力だ。
 食べれば食べた分命が体の中に溢れてくる。米の一粒に椀の一滴の中に命が溢れて鎮座ましましている。

 どうすればこんなことが出来るのだろう。

 食べるだけで自分の活力と霊力が大きく回復するのがわかる。身体中に力が漲ってくるのだ。
 そして、何より、美味い。もう、箸が止まらない。
 あっと言う間に平らげると、億姫は箸をきちんと揃え、目を閉じて食の終いを言祝いだ。

「七つ道を生すがために今日も得難い恩恵にあずかりました。有難うございました」

 月女は優雅に、億姫は可憐にお辞儀した。
 若い村長大歳がお茶を運びながら顔を覗き込む。

「どうだい、美味かったかい」

「はいこの上も無く美味しゅうございました」

「見事な御手並みでしたわ」

 お世辞ではなく二人とも心底そう思った。億姫も月女も米粒一つなくそれは綺麗に食べている。

「美味くて当然。二人のことを想って腕によりと包丁に魂を込めた。それでも、だ。こんなに気持ちよく食べてくれて有難う。嬉しいよ。作り甲斐があるってもんだ」

 満面の大きな陽の塊のような笑顔だった。
 太陽を人で置き換えればこんな人になるのだろうと億姫が思うくらい、陽の気が零れている。
 大歳の発する気が、ほんのりと暖かく自分の中にも入り込んでくる。

 余りの心地よさに億姫は戸惑っていた。
 大歳は、笑顔がまぶしく心が何よりも真っ直ぐだ。心根に澱みがなくてキラキラしている。実に好ましい。何なんだろう? 自分の気持ちが分からない。
 何が照れくさいのだろう。何か恥ずかしい。
 頬を赤らめている億姫を、大歳はニコニコしながら覗き込んでいる。
 ゴンっと音がした。うっと呻くと大歳村長は頭を抱える。
 またまた、擂り粉木棒を片手のお辰だった。

「なっちゃいないねぇ、このトンチキ村長。美味くて当然じゃあなくて、そこはお粗末とか答えるところだろ」

「また、殴りやがった。痛いじゃないか」

「おや、生意気に口答えかい。でかい図体して、殴られることしか出来ない奴の、どの口が言ってんだい」

 擂り粉木棒を構えるお辰に、「ごめぇん。まいったまいった」と頭を抱え乍らおどけて大歳村長が逃げ回る。
 やいのやいのと農夫たちが声をかけて笑っている。

 楽し気な二人の様子を、億姫はニコニコしながら、そしてこの時間が直ぐに終わってしまう事に寂しさを感じていて、戸惑ってもいた。
 こんなに楽しいのに何なのだろう。この感じは。不意に悲しくなる。
 月女は、億姫の心の裡を表情だけで読み取って、一人にんまりとしながらお茶を飲んでいた。これから色々楽しくなりそうだと期待もあわせて。

 一通り騒いだ後、大歳もお辰も一息ついていた。
 のんびり水をのんでいる大歳に、億姫は居住まいをただし声をかける。
 月女から、例の香気の謎を聴いてこいとしつこく焚きつけられて、何か気恥ずかしいのを抑えて億姫は声をかけたのだった。

「あ、あの、お話がございます。大歳様」

「様ってがらじゃないよ俺は。で、どうした」

「そのですね。あの料理にあれほどの陽の気を注ぎ込むあの技、如何なる工夫をすればあのような事が可能なのでしょうか。是非ご教授を賜りたく」

 あっはっはっと大きな口を開けてお辰は大笑いした。面白くて仕方がないという顔だ。
 大歳はふむとちょっと考え込んで真面目に答える。

「心開いて同じ釜の飯を食えばもう仲間、これが村の掟だ。秘密も何も何にもないから教えるが、これは産まれ付きってやつで、何で出来るかって訊かれてもなぁ。済まねぇが言いようも教えようも無いんだよ。俺にとっちゃあほれ」

 億姫に差し出した青竹の湯呑の水は、闇にキラキラと光っていた。反射ではなく水自体が光を放っている。

「意識しないでこうなんだよ。つまり普通にしていたらなっちまう。それだけなんだ」

 申し訳なさそうに頭をかくと、

「しかし七神流の装武士ってのは、変わったところに目をつけるね。そうじゃないとなれないのかな」

 と言うと億姫と月女に目をやった。
 億姫ははっとした表情で拳を握り、月女は静かに湯呑を置いた。
 億姫は、「ごめんなさいっ」と深々と頭を下げた。重ねて月女が更に頭を垂れて声をかけた。

「やはりお気付きでしたか。名前すら名乗らずに失礼いたしておりました。此度の非礼の談全ては私の差し金でございます。わが主には――」

「いやっすまん!」

 大歳が拝むように手をあわせると、

「思ったことを言っちまうのが俺の悪い癖だ。事情や理由を考えず直ぐに言っちまう。大目に見てくれ。この通り」

 とこれまた頭を下げる。
 億姫は慌てて大歳に駆け寄り、

「お願いですから、頭をお上げください」

 と肩に触れた。その瞬間暖かくて優しい大きな気が体の中に大量に流れ込んで来る。体中の経絡にみるみる力が漲ってゆく。
 やはりこの方はすごい。改めて感心する億姫だった。
 大歳は頭を上げると、

「七神流だなってのは、峠の茶屋の噂と坊の中身を見ている時から、分かっちゃあいたんだよ。あやかし相手に肝が据わりすぎな気持ちのいい美人二人って、世の中そんなにいないだろ」

 素直な一言だった。億姫は耳とほっぺを更に赤くしながら、どう言葉を継いでいいのかわからなくなり、月女に助け求めて見やった。
 が、月女は目線すら合わせずに何処吹く風でソッポを向いている。口元はにやにやしているのだが。
 お辰はそんな億姫に優しく笑いかけた。

「そうさね。一度村にでも来てみたらどうだい。どんなところでどんな風に育ってああなったか、見てみるといいさ。どうだい」

 億姫は月女を見た。月女は黙って頷いている。

「はい。嬉しいです。是非お邪魔したいと思いますっ」

 それは嬉しそうに答える億姫にお辰も笑う。

「そんなに喜ぶようなところじゃ無いけどさ。邪気がなさすぎるね。いい娘さんだ。ところでさお嬢ちゃん方。名前くらい教えておくれな」

「重ねて非礼をご容赦下さりませ。私は億、そこに控えるは月女と申します」

「以後お見知りおきの程よろしくお願い申し上げます」

 二人とも手を揃えて深々とお辞儀をする。お辰と大歳はこらこらと声を出して顔を上げさせた。

「七神流ならこっちが頭下げたいくらいだよ。堅っ苦しいのは勘弁しておくれよ。息が詰まって死んじまう。もう仲間だろ。仲間を殺す気かい」

「少しぐらい息が詰まったほうが、おとなしくなっていいんじゃないのか?」

「何をって言いたいけど、間違っちゃぁいないねぇ」

 大歳の軽口にお辰が豪快に笑い、つられて億姫が可憐に月女も艶っぽく声を立てて笑う。美女三人が華やかに笑っている。
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