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二章 巫女の舞
20.パウさまの話-1
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アイラナという国は、本島であるマラマ島の他に大きな二つの島と小さないくつもの島が集まって成っている。
先代の巫女であるパウさまの家は、コモハナ島と言うマラマ島の近くにある小さな島のうちの一つにあった。
いつものようにルルティアが泳いで島に渡ると、パウさまのお付きの人があわてて出迎えた。
「ルルティアさま。いきなり泳いで来られると困ります。大事なお身体なんですからせめて船でいらしてください」
「心配しすぎだってば。アクアさまも泳ぐの好きだし」
「そういう事ではありません」
ルルティアの側をただよっていたアクアさまが何かを見つけてプクリと大きな音を立てて、宙に大きな孤を描きながらグルリと回った。
向こうから杖をついた小柄な老人がやってきた。
「パウさま!」
「おぅおぅ、ルルティア。あまりみなを困らせるな。おぬしは船を知らんのか?」
「知ってるけど泳いだ方が速いんだもの!」
「ふん、相変わらずのようだの。全然まじめに勉強しないとウラウが嘆いとるらしいじゃないか。ヌイが言っておったぞ」
「ウグッ……」
こんなところにまでルルティアのサボり癖がばれているなんて、と苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
パウさまはそれを見てヒャッヒャッと声をあげて笑った。アクアさまは嬉しそうにパウさまの周りをクルリクルリと回っていた。
精霊の加護はおおよそ三十年ほどで代替わりして次代の巫女に移るのだが、パウさまは六十年以上アクアさまの加護を受けた巫女だった。
正確な年齢は知らないがおそらくハ十を超えているのだろう。
ルルティアの知るパウさまは昔からおばあちゃんだったが、最近はさらに一回り縮んだように見える。
パウさまの部屋までくると、パウさまは大きなハンモックにゆったりと腰掛けた。
部屋のすみでは香炉が煙をくゆらせている。
アクアさまはその煙が苦手なようで、煙から逃げるようにして泳いでいる。
ルルティアはすぐ近くの床にクッションを敷いて座りこんだ。
「今日はパウさまに聞きたいことがあって」
「なんだ?」
「精霊のことについて知りたいの」
「ふむ」
パウさまは部屋の壁に貼られている大きなタペストリーに顔を向けた。
そこには世界の成り立ちの物語が描かれていた。
「かつてこの地には十二の精霊がいた。世界が空と陸と海に分かれた時に天の竜、地の竜、水の竜が生まれ、それぞれの地に四つの精霊を世に遣わしたとされる」
「へー」
「なぜ知らん。こんなの基本中の基本だぞ」
パウさまが呆れた顔をしてルルティアを見る。
そういえば家庭教師に与えられた本で読んだことがあるような気がしないでもない。
「今ではほとんどの精霊がそれぞれの地に還っていった。今この世に留まっているのはアクアさまの他にどれくらいおるのだろうな」
「パウさまは他の精霊に会ったことないの?」
「三つほど噂を聞いたことがあるがそのうち二つは既に失われたと聞いた」
「もう一つは?」
「大陸のさらに東の国アツマには鳥の愛し子がおるらしい」
「愛し子! それそれ! 巫女のことを愛し子って言うの?」
バズがルルティアに向かって『魚の愛し子』と言っていたことを思い出す。
「アイラナでは巫女と呼ぶが、国によって呼び方は違う。まあ愛し子と呼ばれることが多いな」
「へー。ねぇ、パウさま。他の精霊に会えたりしないかな?」
「難しいだろうな。そもそも精霊は土地に宿りその土地に住む民に加護を与えるものだ。だからあまり土地から離れたがらないもんだ」
「そうなの?」
ルルティアはパウさまの部屋の中をゆっくりとただよっているアクアさまに尋ねたが返事はない。
「巫女は必ずアイラナに住む者から生まれ、もし巫女がアイラナを離れ住む事になったら巫女の力を失う」
「え!? ……ねぇ、パウさま」
アイラナに来ているアミルとバズは平気なのだろうか。
不思議に思ったルルティアは、実はね……と精霊の愛し子に会ったことを告げた。
バズのことは誰にも言うなとアミルに言われているので詳しいことは話さなかったが、どうやら精霊と一体化して姿が変わりケガが治ったらしいことを伝えた。
「ふぅむ……」
パウさまはルルティアの話を聞いてしばらく考え込んだ。
アクアさまが香炉に水をかけたようで、部屋のすみでは香炉がジュッと音を立てていた。
「旅行程度なら精霊の加護は失われないが、その者がそこまで土地を離れていて平気な理由はよくわからんな。それより、その者はおぬしの番かもしれないぞ」
「番?」
「あぁ、会えば必ず惹かれあう運命の相手だ。先代の巫女も番に出会いアイラナから出て行った」
「先代の巫女ってパウさまじゃないの?」
「あぁ。ワシは正しくは先々代の巫女なんだよ」
そう言うとパウさまは『先代の巫女』の話をしてくれた。
先代の巫女であるパウさまの家は、コモハナ島と言うマラマ島の近くにある小さな島のうちの一つにあった。
いつものようにルルティアが泳いで島に渡ると、パウさまのお付きの人があわてて出迎えた。
「ルルティアさま。いきなり泳いで来られると困ります。大事なお身体なんですからせめて船でいらしてください」
「心配しすぎだってば。アクアさまも泳ぐの好きだし」
「そういう事ではありません」
ルルティアの側をただよっていたアクアさまが何かを見つけてプクリと大きな音を立てて、宙に大きな孤を描きながらグルリと回った。
向こうから杖をついた小柄な老人がやってきた。
「パウさま!」
「おぅおぅ、ルルティア。あまりみなを困らせるな。おぬしは船を知らんのか?」
「知ってるけど泳いだ方が速いんだもの!」
「ふん、相変わらずのようだの。全然まじめに勉強しないとウラウが嘆いとるらしいじゃないか。ヌイが言っておったぞ」
「ウグッ……」
こんなところにまでルルティアのサボり癖がばれているなんて、と苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
パウさまはそれを見てヒャッヒャッと声をあげて笑った。アクアさまは嬉しそうにパウさまの周りをクルリクルリと回っていた。
精霊の加護はおおよそ三十年ほどで代替わりして次代の巫女に移るのだが、パウさまは六十年以上アクアさまの加護を受けた巫女だった。
正確な年齢は知らないがおそらくハ十を超えているのだろう。
ルルティアの知るパウさまは昔からおばあちゃんだったが、最近はさらに一回り縮んだように見える。
パウさまの部屋までくると、パウさまは大きなハンモックにゆったりと腰掛けた。
部屋のすみでは香炉が煙をくゆらせている。
アクアさまはその煙が苦手なようで、煙から逃げるようにして泳いでいる。
ルルティアはすぐ近くの床にクッションを敷いて座りこんだ。
「今日はパウさまに聞きたいことがあって」
「なんだ?」
「精霊のことについて知りたいの」
「ふむ」
パウさまは部屋の壁に貼られている大きなタペストリーに顔を向けた。
そこには世界の成り立ちの物語が描かれていた。
「かつてこの地には十二の精霊がいた。世界が空と陸と海に分かれた時に天の竜、地の竜、水の竜が生まれ、それぞれの地に四つの精霊を世に遣わしたとされる」
「へー」
「なぜ知らん。こんなの基本中の基本だぞ」
パウさまが呆れた顔をしてルルティアを見る。
そういえば家庭教師に与えられた本で読んだことがあるような気がしないでもない。
「今ではほとんどの精霊がそれぞれの地に還っていった。今この世に留まっているのはアクアさまの他にどれくらいおるのだろうな」
「パウさまは他の精霊に会ったことないの?」
「三つほど噂を聞いたことがあるがそのうち二つは既に失われたと聞いた」
「もう一つは?」
「大陸のさらに東の国アツマには鳥の愛し子がおるらしい」
「愛し子! それそれ! 巫女のことを愛し子って言うの?」
バズがルルティアに向かって『魚の愛し子』と言っていたことを思い出す。
「アイラナでは巫女と呼ぶが、国によって呼び方は違う。まあ愛し子と呼ばれることが多いな」
「へー。ねぇ、パウさま。他の精霊に会えたりしないかな?」
「難しいだろうな。そもそも精霊は土地に宿りその土地に住む民に加護を与えるものだ。だからあまり土地から離れたがらないもんだ」
「そうなの?」
ルルティアはパウさまの部屋の中をゆっくりとただよっているアクアさまに尋ねたが返事はない。
「巫女は必ずアイラナに住む者から生まれ、もし巫女がアイラナを離れ住む事になったら巫女の力を失う」
「え!? ……ねぇ、パウさま」
アイラナに来ているアミルとバズは平気なのだろうか。
不思議に思ったルルティアは、実はね……と精霊の愛し子に会ったことを告げた。
バズのことは誰にも言うなとアミルに言われているので詳しいことは話さなかったが、どうやら精霊と一体化して姿が変わりケガが治ったらしいことを伝えた。
「ふぅむ……」
パウさまはルルティアの話を聞いてしばらく考え込んだ。
アクアさまが香炉に水をかけたようで、部屋のすみでは香炉がジュッと音を立てていた。
「旅行程度なら精霊の加護は失われないが、その者がそこまで土地を離れていて平気な理由はよくわからんな。それより、その者はおぬしの番かもしれないぞ」
「番?」
「あぁ、会えば必ず惹かれあう運命の相手だ。先代の巫女も番に出会いアイラナから出て行った」
「先代の巫女ってパウさまじゃないの?」
「あぁ。ワシは正しくは先々代の巫女なんだよ」
そう言うとパウさまは『先代の巫女』の話をしてくれた。
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