モナムール

葵樹 楓

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舞踏会

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 かく言う夫人は、何人もの男と仲を良くしていたが、恋愛がしたいというわけではなかった。

 夫人は、身分の高い男を侍らせて、自分のステータスとして活用していたのである。

 実際、夫人が友人たちと茶会に洒落こんでいる時も、交流会で話している時も、話の中に身分の高い男を匂わせて、自慢しているようだった。

 たくさんの貴族たちと挨拶を交わして、そして自身の自慢話をしている時、きまって夫人は、意地の悪いような、ひどく酔いしれたような表情を浮かべるのだ。

 羨ましいでしょう、私は貴方たちとは違うのよ。そんなことを暗に言っているようだ。

 かの舞踏会の時も、そうであった。

 屋敷の大広間では、数々のシャンデリアが輝きをちりばめ、テーブルや壁周りに添えられた装飾品が、黙って空気を柔らかくしている。

 招かれた客人たちは綺麗に着飾って、口元に手を当てながら、上品に談笑していた。

 まだワルツも流れていない、ゆったりとした時間が流れている時ごろ。ウェイターも活発に働き、客人にグラスを配っているなか、一人の紳士が到着した。

 高い身長に、生真面目そうに黒い服を着こなして、黒い髪をきれいにまとめた、整った顔立ちの男だった。

 さながらフランス人形のようで、青色がかった瞳が、ガラスケースに入れられて保管される様を彷彿とさせる。

「どなただろうか」
「見かけない方よね」

 そんな、ひそひそとした声が飛び交い、紳士は気まずそうに、ウェイターから受け取ったグラスを傾けていた。

 その紳士を目にした伯爵夫人は、すぐさま彼女を呼びつけて、こう言った。

「ねえフェルム、あの黒服の方はどなたなの」

 彼女は、急いで舞踏会の参加表を追いながら、おずおずと返した。

「おそらく、ルドルフ・フランツブルグ様かと…」
「フランツブルグって、あの? あんな顔をしていたのね。地位も申し分ないし、ちょっとお話してあげようかしら」

 夫人はアイシャドウでキラキラ光る目を向けると、すぐさま化粧を直して、自ら立ち上がって歩み寄っていった。

 その様は、とても気立ての良い女性のように見えることだろう。

 しかし実際のところは、夫人は、かの悪名名高いフランツブルグを横に並べる自分を自慢してみたくて、その薄汚い興味によるものだったのである。

 その夫人の後ろ姿を眺めながら、彼女は内心、その軽はずみな行動を止めた方がいいのでは、と危惧していた。

 いろんな噂の絶えない家の家主である。

 今までにどの貴族とも交流がなかったはずなのに、何のきまぐれか、この舞踏会に顔を出した。そのことだけでも何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。

 実際、周りの貴族たちは不思議そうに、けれど怪訝そうな顔も残して、扇や右手で口元を隠していた。

 けれど、あの夫人の性格だ。夫人は、自分のすることに邪魔が入ったり、思う通りにならないと、とたんに機嫌を悪くして、使用人たちに当たり散らす。

 そのため、彼女は黙って、自分の仕事に戻った。



 絢爛たるメロディーが鳴り響き、ゆったりとしたリズムが空気を震わせる。

 はためくレースに、調子のよい足音。三拍子で踊る男女の様子は、華やか、の三文字がよく似合う。

 柔らかいドレス、シックな礼服。それらが織り交ざり、混沌とした人の流れができていた。その中に混じる、ひときわ美しい男女の姿。

 男はぎこちないながらも、気遣うように優しく女をリードしている。そして女のほうは、目じりをさげて、心底楽しそうに揺れている。

 その横顔、その画、それはさながら、物語の中の王子と姫であった。広間の隅で見守る従者たちは、その光景を羨みながら、感嘆の息を漏らしている。

 彼女も、その一人であった。

 何度もその画のなかに入ることを望んだ。何度もそこの夢を見た。しかし、それは地位という汚らしい壁が阻んでいたのである。

 その画の裏側には、見るにも耐えない、グチャグチャの闇があるのも知らずに。
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