モナムール

葵樹 楓

文字の大きさ
上 下
6 / 33

ポストは空

しおりを挟む
 その手紙が続くこと、早数か月。

 手紙は一日も欠かされることはなかったが、こちらからは一切返事を送っていなかった。

 そのことを思ったのか、とうとう、その手紙のなかに、一つの意思が見え隠れしてきたのである。

 彼女がいつも通り文章を追っていくと、こんな一文が目に飛び込んできた。

「いかがお過ごしでしょうか。私は貴女に会いたくて、毎晩とても苦しい思いをしています」

 そして、また次の日の手紙では、

「私には詩を読む才能もなければ、貴女をうまく表現する言葉を見つける才能もないけれど、貴女に一目会うためならば、どんな事だって致します」

 と、つづられていた。

 彼女は勉学において何かちゃんとした教育を受けたわけではなかったけれども、この文章の中に含まれている意味を察せぬほど馬鹿ではなかった。

 つまり、ルドルフ・フランツブルグは、夫人に会いたいと言っている。

 彼女は戦慄をおぼえた。

 なぜなら夫人は、そのころにはとうに、フランツブルグのことなんて忘れていたからだ。

 フランツブルグが熱心に手紙を出しているそのときごろ、夫人は、サヘラベート家という、身分の高い貴族の跡取り息子と交際していたのだ。

 しかしながら、こうして明らかにアプローチされている以上、無視し続けるには無理がある。

 少なくとも彼女はそう思い、その手紙をもって、夫人の部屋の扉をノックした。

「何かしら」

 つまらなそうに夫人が言うのに対し、彼女は手紙の内容を伝え、そばのテーブルに、そっと手紙を置いた。

 すると夫人は、怪訝そうな顔をして手紙と彼女を順に見た後、ため息をつき、

「だから面倒なのよ」

 と、ぼやいた。

「いるのよねえ、こういう、のめりこんじゃう人。何が楽しくて、この私があんな男と会わなきゃならないのよ」

 柔らかそうな背もたれに身体をうずめながら、心底面倒くさそうに長く息をつく。

「しかし、一度お会いになれば、ご意思が変わるかもしれません…」

 彼女はそう説得したが、夫人は、普段絶対に男性に見せることのないような目つきで彼女を睨み、手紙を放り投げて言った。

「アナタってば、やっぱり、フェルムって名前がお似合いねえ。メイドのくせにうるさいですこと。きっと男からもモテないわよ。もういいわ、下がって。手紙は無視しなさい」

 そんなことを言われて、まだ堂々と物言いできるほど、彼女は怖い者知らずではない。

 結局のところ、彼女の説得もむなしく、またしても一つの返事すらも寄越すことはなかった。
しおりを挟む

処理中です...