モナムール

葵樹 楓

文字の大きさ
23 / 33

隠し扉

しおりを挟む
「奴は、主人をなだめておりました」
「……他の方は、どうなさったのです」
「逃げましたよ。私の妻と子供を含めて、全員逃がしました。あの様子では、死人が出てもおかしくないのでね」

 ラムールが主人を必死になだめているなか、誰かが屋敷の扉を叩いた。

 それが、サヘラベートとマシェリーだったのだ。

「今は私と奴しか、召使いは残っていません」

 そのエンメルトの声には、どこか疲れを感じさせるものがあった。

「…これから、フランツブルグ家はどうなってしまうのでしょうか」
「さあ。分かりませんが、まあ、無事では済まないでしょうね」

 その言葉に、沈黙が訪れる。

 屋敷の扉からは離れているというのにも関わらず、外の騒ぎ声がよく聞こえてきた。咆哮にも似た叫び声と罵声が、金属音と共にくぐもって響いている。

「…どうやら、ことは思ったよりもひどくなりそうだ。お嬢さん、急ぎますよ!」

 彼女とエンメルトは、揺らめく炎を頼りに屋敷のなかを走り始めた。

 その屋敷は彼女が外観を見て想定したものよりも広いらしい。たくさんの扉が、複数の廊下に従うように並んでいる。

  扉を開けたり閉めたり、階段を上ったり下ったり、どこをどう曲がったのかを把握する間もなく、広くて寂しい屋敷を駆け抜けた。

 ふと、先を走っていたエンメルトが立ち止まる。

 彼の目の前には、黒い壁があるだけだ。

「ここですよ」

 少し息を弾ませながら言うエンメルトに、彼女は怪訝そうな顔をする。

「けれど、行き止まりですわ」
「それはまあ、名ばかりと言えど隠し通路、ですからね」

 エンメルトが壁を押すと、重たそうに見えるそれは、彼の右手に従って動き出した。

 片開きの扉のように壁がずれ、その間から白い光が差し込んでくる。

 それと同時に、外のうす寒く、キリッとした空気が彼女の肌を撫でた。

 その先には、薄い闇を抱えた森があった。そのなかの、木々が避けるようにしてできた細い道が、ここを通れと促しているようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

処理中です...