1 / 4
第1話
しおりを挟む
玉座の間は震撼した。
書類が散らかった大きな長机を取り囲むように国務大臣たちが立ち、それをかばうようにして、屈強な衛兵たちが剣を構えて臨戦態勢をとる。先ほどまで彼らが座っていた椅子は、音を立てて床に転がった。
玉座の間の大きな扉は音を立ててゆっくりと開いていく。その場の空気に、鋭い糸が張り詰められたかのようだった。
長い礼服を着た国務大臣たちは皆怯えたような表情を作り、自らの背後に座っている国王の視線を感じながら、どよめいて、貧弱な細い四肢を漂わせていた。
それに対し、彼らの数段上の玉座に腰かけた黒ひげの男は落ち着いている。
頭上に輝く王冠をピクリとも乱さず、ただ黙って、目の前に起きた出来事を傍観しているようであった。
扉の半分が開く。衛兵たちは身構えた。中でも玉座の一番近くにたたずむ、銀縁眼鏡をかけた衛兵は、レンズの奥から鋭い目を一心に扉へ向けていた。
「やぁ、会議は順調ですかな?」
扉の影から、若い男の声が響く。
聞き馴染んだその声に、一同は目を見開いた。玉座に腰かける男だけが、静かに瞳を据えていた。
やがて扉が全開となる。部屋の明かりが漏れ出て、扉を押し開けた人物の影が伸びる。
そこにいたのは二人の男であった。
一人は端麗で整った顔の口角を上げ、人のよさそうな笑みを浮かべている。もう一人は背が高く、ひどくやせ細った体をやっとのことで支えているようだった。機嫌が悪そうに眉を寄せ、見るからに苛々としている。
二人はいずれも、黒を基調にした丈の長い服を身にまとっていた。
笑みを浮かべる男の方には青い糸で蝶の刺繍が施され、不機嫌な男の方には、赤い糸でサソリの刺繍が縫い付けられている。
「お困りのようだったから立ち寄ってみたのですがね」
青い刺繍の男が口を開いたその時、銀縁眼鏡の衛兵が駆け出した。
彼が足を踏み出したかと思うと、その場から姿が消える。次の瞬間、その衛兵は目にもとまらぬ速さで抜刀し、笑みを浮かべた顔にその刀身を振りかけた。
「……礼儀がなっていないなぁ」
が、笑みを浮かべた男は顔をのけぞらせてひらりとかわし、ゆらり、と動いてあっという間に衛兵の背後へと回ってしまう。
衛兵はすぐさま振り返って刀身を振る。
しかしその刃は金属音と共に虚空で止まり、男の細められた目から放たれる異様な影を反射させた。
「不敬罪に処す」
玉座の間の時間が止まる。一連の出来事に、その場のほとんどの者がついていけていなかった。
あまりにも速すぎる。先ほどまで身を固くしていた衛兵たちも、ぽかんとした顔で、剣を握る手を緩めていた。
「なぁんて、ね」
男は笑い声をあげた。その場の空気にそぐわない明るい声に、かえってその場は静まり返る。重なり合った白い刃は拮抗し、一寸の乱れもなく虚空にとどまっていた。
「まぁ、落ち着いてください。私がこの城に戻ってきたのには、きちんと理由があるのですから。……わざわざ、嫌がるコイツを連れてね」
不機嫌そうな男は顔を背けた。焼け焦げたかのように汚らしく伸びる白い長髪は、かつての艶を完全に失っていた。
「今こそ、王の両腕の出番でしょう、ね?」
黒い服に赤と青の刺繍。それは、この国の右大臣と左大臣にのみ着ることを許された、礼服であった。
書類が散らかった大きな長机を取り囲むように国務大臣たちが立ち、それをかばうようにして、屈強な衛兵たちが剣を構えて臨戦態勢をとる。先ほどまで彼らが座っていた椅子は、音を立てて床に転がった。
玉座の間の大きな扉は音を立ててゆっくりと開いていく。その場の空気に、鋭い糸が張り詰められたかのようだった。
長い礼服を着た国務大臣たちは皆怯えたような表情を作り、自らの背後に座っている国王の視線を感じながら、どよめいて、貧弱な細い四肢を漂わせていた。
それに対し、彼らの数段上の玉座に腰かけた黒ひげの男は落ち着いている。
頭上に輝く王冠をピクリとも乱さず、ただ黙って、目の前に起きた出来事を傍観しているようであった。
扉の半分が開く。衛兵たちは身構えた。中でも玉座の一番近くにたたずむ、銀縁眼鏡をかけた衛兵は、レンズの奥から鋭い目を一心に扉へ向けていた。
「やぁ、会議は順調ですかな?」
扉の影から、若い男の声が響く。
聞き馴染んだその声に、一同は目を見開いた。玉座に腰かける男だけが、静かに瞳を据えていた。
やがて扉が全開となる。部屋の明かりが漏れ出て、扉を押し開けた人物の影が伸びる。
そこにいたのは二人の男であった。
一人は端麗で整った顔の口角を上げ、人のよさそうな笑みを浮かべている。もう一人は背が高く、ひどくやせ細った体をやっとのことで支えているようだった。機嫌が悪そうに眉を寄せ、見るからに苛々としている。
二人はいずれも、黒を基調にした丈の長い服を身にまとっていた。
笑みを浮かべる男の方には青い糸で蝶の刺繍が施され、不機嫌な男の方には、赤い糸でサソリの刺繍が縫い付けられている。
「お困りのようだったから立ち寄ってみたのですがね」
青い刺繍の男が口を開いたその時、銀縁眼鏡の衛兵が駆け出した。
彼が足を踏み出したかと思うと、その場から姿が消える。次の瞬間、その衛兵は目にもとまらぬ速さで抜刀し、笑みを浮かべた顔にその刀身を振りかけた。
「……礼儀がなっていないなぁ」
が、笑みを浮かべた男は顔をのけぞらせてひらりとかわし、ゆらり、と動いてあっという間に衛兵の背後へと回ってしまう。
衛兵はすぐさま振り返って刀身を振る。
しかしその刃は金属音と共に虚空で止まり、男の細められた目から放たれる異様な影を反射させた。
「不敬罪に処す」
玉座の間の時間が止まる。一連の出来事に、その場のほとんどの者がついていけていなかった。
あまりにも速すぎる。先ほどまで身を固くしていた衛兵たちも、ぽかんとした顔で、剣を握る手を緩めていた。
「なぁんて、ね」
男は笑い声をあげた。その場の空気にそぐわない明るい声に、かえってその場は静まり返る。重なり合った白い刃は拮抗し、一寸の乱れもなく虚空にとどまっていた。
「まぁ、落ち着いてください。私がこの城に戻ってきたのには、きちんと理由があるのですから。……わざわざ、嫌がるコイツを連れてね」
不機嫌そうな男は顔を背けた。焼け焦げたかのように汚らしく伸びる白い長髪は、かつての艶を完全に失っていた。
「今こそ、王の両腕の出番でしょう、ね?」
黒い服に赤と青の刺繍。それは、この国の右大臣と左大臣にのみ着ることを許された、礼服であった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
恩知らずの婚約破棄とその顛末
みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。
それも、婚約披露宴の前日に。
さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという!
家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが……
好奇にさらされる彼女を助けた人は。
前後編+おまけ、執筆済みです。
【続編開始しました】
執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。
矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる