SIX RULES

黒陽 光

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第二条:仕事は正確に、完璧に遂行せよ。

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 その頃、静寂に包まれていた美代学園の周囲は、何やら物々しい雰囲気が漂い始めていた。
 学園の周囲に続々と集結する、多数の大型バンたち。ガラッと横開きのドアが開けば、中から出てくるのは完全武装をし、目出し帽(バラクラバ)で目元以外を覆い隠した連中だった。
 彼らは全て、国際犯罪シンジケート"スタビリティ"が海外から寄せ集めた傭兵集団だった。戦闘服に防弾プレート・キャリア、外国製の質の良い自動ライフルなどで身を固めた彼らの格好は、傭兵というよりも何処かの軍隊と言われた方がしっくりくるような出で立ちだ。
 しかしそんな彼らの中に、唯一目出し帽で顔を隠していない巨漢の姿があった。目元に黒の偏光レンズのサングラスを掛けた、黒い短髪のアジア人。この男こそ、"ウォードッグ"の異名を持つ香港出身の殺し屋、ジェフリー・ウェンだ。
 物々しい格好で身を包む他の傭兵たちの中、ウォードッグだけは独り、ジーンズに黒いTシャツ、黒の革ジャケットとラフな格好だった。指の部分だけが無い革製の黒い指ぬきグローブで口元に咥えるラッキー・ストライクの煙草を摘まむ仕草は、最早ベテランの余裕すら漂わせている。
「……余裕だね、ウォードッグ」
 すると、バンから降りてきたもう一人の女に、ウォードッグが後ろから声を掛けられた。
 のそっとした動作でウォードッグが声のした方へと振り返れば、そこには随分と幼げな風貌をした少女が立っていた。
 いや、少女と言うのは失礼か。幾ら顔立ちが幼かろうと、幾ら彼女が黒色を基調としたゴシック・ロリータめいた格好をしていても、今ウォードッグの見下ろす彼女は既に成人年齢をとうに過ぎているのだから。
「あァ? ――――なんだ、クララか」
「何だとは失礼じゃないか、ウォードッグ」
 クララ、と呼ばれた彼女はウォードッグの雑な対応に軽く肩を竦めつつ、小さく後ろで結ったすみれ色の髪を揺らしながら不満げに言葉を返す。
「僕としては、君を褒めたつもりなんだけれどね」
 呆れきった顔でウォードッグの顔を横目に見上げながら言う彼女、クララもまた、"スタビリティ"が海外から呼び寄せた殺し屋の一人だった。
 とはいえ、顔立ちは比較的西洋的なものの、クララの顔はやはり日系のそれだった。こんな名前だが、ハーフか何かなのだろうか。一瞬だけウォードッグも気にはなったが、それを彼女に訊くことはしなかった。
「……相変わらず小っちぇなァ、お前」
 ニィッと凶暴にも見える犬歯剥き出しの笑みを浮かべながら、クララを見下ろすウォードッグが言う。身長190センチ越えの巨漢なウォードッグと、140センチと少しぐらいしか無さそうなクララ。この二人が並び立つと、まるで大人と子供のようだった。
「ウォードッグ、その話は止しなって言ったじゃないか」
 すると、クララは笑顔のまま。しかし氷のように冷え切った瞳を見上げるウォードッグに向けながらで冷ややかに言う。
「おお、怖い怖い……」
 確かな殺気の籠もった視線を向けられると、ウォードッグは茶化しながらも思いのほかあっさりと身を引く。何せ此処に来てから一度、身長の件をクララに言って酷い目に遭っているのだ。ウォードッグとしても、仕事を前にした今、彼女と不用意に揉め事は起こしたくなかった。
「全く、君って奴は本当に……」
 何か文句を言いたげに唸るクララの横を、多くの傭兵たちが忙しなく通り抜けていく。
 ウォードッグとクララがそんなやり取りを交わしている間にも、別動の工作班によって学園周辺への妨害工作が始められていた。電話線に電線を切断し、更に随伴する指揮車両によって、広域への電波妨害を行う。こうすることによって、警察への通報を遅らせる狙いだ。
 美代学園の周辺は田畑が多く、人家が極端に少ない。そんな環境下にあっては車通りも極端に少なく、今この時を以て、この美代学園は一種の陸の孤島と化したのだ。他でもない、"スタビリティ"の遣わせた傭兵たちの手によって。
「各員、好きに動けばいいよ」
 一通りの妨害工作が終われば、作戦開始の指示を待つ完全装備の傭兵たちがクララと、そしてウォードッグの傍へと集まってくる。するとクララがそうやって、ある意味で適当とも取れる指示を下した。この現場での実質的な指揮権は、この二人に預けられていたのだ。
「僕とウォードッグは、こっちはこっちで好きにやらせて貰う。僕らの目的は荷物パッケージの速やかな回収だ、間違っても荷物パッケージを殺してしまわないように」
 そう言いながら、クララは腰の小振りなホルスターに収めていた自前の拳銃を抜いた。ベレッタの古い自動拳銃、モデル70"ピューマ"だ。
 弾倉を抜き、残弾を確認してから差し直し、それからホルスターに収め直す。こまめな残弾確認が、クララの癖だった。
「交戦規定は、ただひとつだけだ」
 そうしてから、クララは気怠そうに、至極言いたく無さそうな雰囲気を醸し出しながら、小さな溜息と共に目の前に集結した傭兵たちに告げる。
「……交戦規定は、園崎和葉の確保。そして――――それ以外、全ての抹殺だ」
 ――――日常が非日常へと変わり、そして緩やだった平穏は音を立てて崩れ落ちる。
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