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第四条:深追いはしない。
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「話が長くなりすぎたな。済まなかった、和葉」
ハリーが長かった昔話を終える頃には、既にブラインドの向こうに見える窓の外で茜色の夕焼けに染まっていた街は、既に真っ暗な夜闇に支配されているような頃になり。何本も山のように積み重なったデスクの上の灰皿へ最後の吸い殻を押し付けながら、ハッとしたハリーがソファに座る和葉へ小さく詫びた。
「良いわよ、別に」
そんなハリーの詫びに、和葉が軽く首を横に振る。
「聞けてよかった。……貴方のこと、少し誤解してかも」
「誤解も何もない」と、ハリー。「俺はただ、仕事で君に近づいただけだ。この一件が終われば、俺はすぐに君の前から消える。偶然以外で、二度と君に逢うことは無いだろう」
「そう……」
ハリーとしては至極当然なことを言ったつもりだったが、しかし小さく頷く和葉の横顔は、何処か寂しそうで。そして、何故か哀しいみたいな色をほんの少しだけ滲ませていた。
それから、二人の間には少しの無言が漂う。仄かな紫煙の香りに満ちた事務所の中、少しの間だけハリーも和葉も、互いに口を開かぬままで無言を貫いていた。
「……そういえば」
すると、ふとした時に和葉が思い出したように口を開く。
「私のパパが行方不明って、ちょっと前にハリー、貴方言ってたわよね?」
「ああ」頷き、ハリーがその問いを肯定してやる。
「もしかして、パパも今日のあの連中に?」
続けて問いかけて来るそんな和葉の言葉に、ハリーは「不明だ」と正直に答えた後、続けて「だが、高確率でそうだと俺は感じた」なんて具合に、己の素直な見解を彼女に示してやる。
「まあ、そうだよね。私を狙ってきた相手が、パパに手を着けないワケがない」
そんな風に和葉が独り言のように呟くと、見計らったかのようなタイミングでデスクの上に置かれていたハリーのスマートフォンが震えだす。電話の着信だ。
「……噂をすれば、何とやらだ」
億劫そうにそのスマートフォンを手に取ったハリーはディスプレイを一目見ると、呆れたみたいに肩を竦める。電話を掛けてきた相手は、他でもない冴子だったのだ。
「俺だ」
『はぁい、晴彦。こうして貴方の声が聞けてるってことは、無事に切り抜けられたのね』
「何とかな。ギリギリだったが、案外何とかなるモンだ」
『それは貴方だったからよ。他の人間じゃあ無理だったわ』
「お世辞は止してくれ」
『事実を述べてるまでよ?』
「それより、そっちの方は片付いたのか?」
『ええ』冴子が頷き、コトの顛末を話し始める。あの後、ハリーと別れた後に各所に連絡を取りまくり、最終的に機動隊、銃器対策班、SATのフルコースを学園に招集し、立て籠もっていた奴らはキッチリ全員を料理するか、或いは検挙してしまったことを。
『貴方の車も、無事にこっちで回収したわ。珍しいわね? 現場に置きっ放しにするなんて』
「不可抗力だよ」疲れ果てた様子で、ハリーが肩を竦める。
「あの状況じゃあ、とても無理だった。たまたま和葉がNSRに乗って来てたから、それを使って脱出したんだ」
続けてハリーがそんな言葉を口にすると、電話の向こう側で冴子が『ふふっ……』と微かに笑みを浮かべるのが分かった。
『まあ、貴方の車に関しては明日の朝、ミリィ・レイスに届けさせるわ。ついでに、彼女のバイクも回収した方が良さそうね』
「頼むよ、アレでも大事な仕事道具だ」
すっかり冷めてしまった珈琲の残りを啜りつつ、ハリーが頷きながら冴子に同意の意を示した。
『……で、此処からが本題。あの娘の父親、防衛事務次官・園崎雄一に関しての速報よ。一応、貴方の耳にも入れておきたい』
「構わない、話してくれ冴子」
どうやら、この先からは冗談では済まない話になりそうだ。
そう察したハリーは、飲みかけのコーヒーカップをデスクの上に戻して。そして知らぬ間にシリアスな表情になると、スマートフォンのスピーカーから聞こえる冴子の話に意識を集中させる。
『……事務次官だけれど、さっき発見されたわ。遺体でね』
気分が落ちるような冴子の言葉に、ハリーも思わず溜息をついた。
「……そうか」
『問題は、その遺体が酷く損壊した状態で発見されてるってことよ』
「損壊?」
拷問された痕、ということだろう。"スタビリティ"に捕まった後で和葉の父がどんな仕打ちを受けたのかは、何となく想像に難くない。激しい拷問の末に死亡し、雑に棄てられたといったところか。
『詳しいことが知りたいなら口頭でも、何なら写真付きで資料も送るけど。晴彦、見たい?』
「……遠慮しておこう。一ヶ月はステーキが食えなくなりそうだ」
『貴方みたいな仕事の男にだけは、言って欲しくない台詞ね』
ハリーの言ったちょっとした冗談に呆れながら、冴子が小さく溜息をつく。
『とにかく、それを報告しておきたかったの。これを彼女に伝えるかどうかは、晴彦の判断に任せるわ』
そして、そんな一言を最後に冴子との通話は途切れた。
溜息をつきながら、ディスプレイの電源を落としたスマートフォンをデスクへ雑に放るハリー。それに和葉が「……どうしたの?」と案ずるような顔で訊けば、ハリーはありのままを彼女に告げてやることにした。
「……残念な知らせだ。君の父親が、遺体で発見された」
「そう……」
泣き喚くかも、と少しだけ覚悟してから告げたハリーだったが、しかし和葉の反応は思いのほか薄く。だからか、逆にハリーの方が拍子抜けしてしまう。
「哀しまないんだな」と、ハリー。それに和葉は「まあね」と苦笑いしながら頷いて、
「仕方がないって感じかな、因果応報って言ったら変だけれど。
…………あの人、ママが死んじゃってからヒトが変わったみたいに冷たくなったから」
吐き出しておきたい気分なんだ。少しだけ、付き合ってくれない――――?
憂いの色を秘めた横顔で、遠くを眺めるように眼を細めながら和葉は言うと。ハリーの返答も待たずして、ポツリ、ポツリと話し始めた。
ハリーが長かった昔話を終える頃には、既にブラインドの向こうに見える窓の外で茜色の夕焼けに染まっていた街は、既に真っ暗な夜闇に支配されているような頃になり。何本も山のように積み重なったデスクの上の灰皿へ最後の吸い殻を押し付けながら、ハッとしたハリーがソファに座る和葉へ小さく詫びた。
「良いわよ、別に」
そんなハリーの詫びに、和葉が軽く首を横に振る。
「聞けてよかった。……貴方のこと、少し誤解してかも」
「誤解も何もない」と、ハリー。「俺はただ、仕事で君に近づいただけだ。この一件が終われば、俺はすぐに君の前から消える。偶然以外で、二度と君に逢うことは無いだろう」
「そう……」
ハリーとしては至極当然なことを言ったつもりだったが、しかし小さく頷く和葉の横顔は、何処か寂しそうで。そして、何故か哀しいみたいな色をほんの少しだけ滲ませていた。
それから、二人の間には少しの無言が漂う。仄かな紫煙の香りに満ちた事務所の中、少しの間だけハリーも和葉も、互いに口を開かぬままで無言を貫いていた。
「……そういえば」
すると、ふとした時に和葉が思い出したように口を開く。
「私のパパが行方不明って、ちょっと前にハリー、貴方言ってたわよね?」
「ああ」頷き、ハリーがその問いを肯定してやる。
「もしかして、パパも今日のあの連中に?」
続けて問いかけて来るそんな和葉の言葉に、ハリーは「不明だ」と正直に答えた後、続けて「だが、高確率でそうだと俺は感じた」なんて具合に、己の素直な見解を彼女に示してやる。
「まあ、そうだよね。私を狙ってきた相手が、パパに手を着けないワケがない」
そんな風に和葉が独り言のように呟くと、見計らったかのようなタイミングでデスクの上に置かれていたハリーのスマートフォンが震えだす。電話の着信だ。
「……噂をすれば、何とやらだ」
億劫そうにそのスマートフォンを手に取ったハリーはディスプレイを一目見ると、呆れたみたいに肩を竦める。電話を掛けてきた相手は、他でもない冴子だったのだ。
「俺だ」
『はぁい、晴彦。こうして貴方の声が聞けてるってことは、無事に切り抜けられたのね』
「何とかな。ギリギリだったが、案外何とかなるモンだ」
『それは貴方だったからよ。他の人間じゃあ無理だったわ』
「お世辞は止してくれ」
『事実を述べてるまでよ?』
「それより、そっちの方は片付いたのか?」
『ええ』冴子が頷き、コトの顛末を話し始める。あの後、ハリーと別れた後に各所に連絡を取りまくり、最終的に機動隊、銃器対策班、SATのフルコースを学園に招集し、立て籠もっていた奴らはキッチリ全員を料理するか、或いは検挙してしまったことを。
『貴方の車も、無事にこっちで回収したわ。珍しいわね? 現場に置きっ放しにするなんて』
「不可抗力だよ」疲れ果てた様子で、ハリーが肩を竦める。
「あの状況じゃあ、とても無理だった。たまたま和葉がNSRに乗って来てたから、それを使って脱出したんだ」
続けてハリーがそんな言葉を口にすると、電話の向こう側で冴子が『ふふっ……』と微かに笑みを浮かべるのが分かった。
『まあ、貴方の車に関しては明日の朝、ミリィ・レイスに届けさせるわ。ついでに、彼女のバイクも回収した方が良さそうね』
「頼むよ、アレでも大事な仕事道具だ」
すっかり冷めてしまった珈琲の残りを啜りつつ、ハリーが頷きながら冴子に同意の意を示した。
『……で、此処からが本題。あの娘の父親、防衛事務次官・園崎雄一に関しての速報よ。一応、貴方の耳にも入れておきたい』
「構わない、話してくれ冴子」
どうやら、この先からは冗談では済まない話になりそうだ。
そう察したハリーは、飲みかけのコーヒーカップをデスクの上に戻して。そして知らぬ間にシリアスな表情になると、スマートフォンのスピーカーから聞こえる冴子の話に意識を集中させる。
『……事務次官だけれど、さっき発見されたわ。遺体でね』
気分が落ちるような冴子の言葉に、ハリーも思わず溜息をついた。
「……そうか」
『問題は、その遺体が酷く損壊した状態で発見されてるってことよ』
「損壊?」
拷問された痕、ということだろう。"スタビリティ"に捕まった後で和葉の父がどんな仕打ちを受けたのかは、何となく想像に難くない。激しい拷問の末に死亡し、雑に棄てられたといったところか。
『詳しいことが知りたいなら口頭でも、何なら写真付きで資料も送るけど。晴彦、見たい?』
「……遠慮しておこう。一ヶ月はステーキが食えなくなりそうだ」
『貴方みたいな仕事の男にだけは、言って欲しくない台詞ね』
ハリーの言ったちょっとした冗談に呆れながら、冴子が小さく溜息をつく。
『とにかく、それを報告しておきたかったの。これを彼女に伝えるかどうかは、晴彦の判断に任せるわ』
そして、そんな一言を最後に冴子との通話は途切れた。
溜息をつきながら、ディスプレイの電源を落としたスマートフォンをデスクへ雑に放るハリー。それに和葉が「……どうしたの?」と案ずるような顔で訊けば、ハリーはありのままを彼女に告げてやることにした。
「……残念な知らせだ。君の父親が、遺体で発見された」
「そう……」
泣き喚くかも、と少しだけ覚悟してから告げたハリーだったが、しかし和葉の反応は思いのほか薄く。だからか、逆にハリーの方が拍子抜けしてしまう。
「哀しまないんだな」と、ハリー。それに和葉は「まあね」と苦笑いしながら頷いて、
「仕方がないって感じかな、因果応報って言ったら変だけれど。
…………あの人、ママが死んじゃってからヒトが変わったみたいに冷たくなったから」
吐き出しておきたい気分なんだ。少しだけ、付き合ってくれない――――?
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