SIX RULES

黒陽 光

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第五条:仕事対象に深入りはしない。

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 救援に訪れたミリィのハマーH1に揺られるまま、失意のままでハリーが連れて来られた場所。そこは市街の外れの方にあるミリィの隠れ家だった。
「此処は……」
「僕の隠れ家、セーフ・ハウスの一つさ」
 そこは三階建ての雑居ビルで、元は店舗のようだった一階部分を丸々ガレージとして再利用しているような趣だ。フロアごとの天井も割と高い造りで、かなり背の高いハマーも軽々と入れてしまう。
 一階ガレージに入ったハマーから降り、這うように外へ出たハリーはミリィに肩を担がれながら上へと登る。痛む身体を引きずりながらで階段を昇るのはかなり苦労を強いられたが、しかしミリィの手を借りながら何とか二階まで昇る。
「運が良いね、全部致命傷じゃあない。脇腹は臓器を傷付けずに貫通してるし、背中の奴も肋骨で弾が弾かれてる。多少ヒビが入ってる程度だ」
 そして、雑居ビルの二階フロア。元は何かの店舗だったらしい、しかし今はミリィの隠れ家としてデスクトップ型のパソコンやそれ用のデスク、ちょっとしたテレビなどの調度品が運び込まれている一室に到着するなり、ハリーはミリィの手によって応急処置を受けていた。
「……多分、狙ってやったんだろう」
 ボロっちいソファへうつ伏せに寝かされた格好で傷をミリィに処置されながら、ハリーが小さく呟く。
「クララは、昔からそういう女だった」
「……まあ、かもね。弟子の君がそう言うなら、きっとそうなのかもしれない」
 背中の傷を簡単に縫い合わせつつ、そっと眼を細めたミリィがボソリ、とハリーの言葉に呟き返した。
「でも、本当に彼女が敵に回ってたとはね」
「前にも、言ったろ……?」
 麻酔無しでの縫合だから、中々に痛む。ハリーは脂汗を流しそれに耐えながら、しかし顔だけはフッと不敵に笑ってみせつつミリィに言い返す。
「信じたくは無かったよ、クララほどの女が"スタビリティ"なんかに雇われてるだなんて」
「嫌気が差してる、とは言ってたけどな」
「それ、ホントかい?」
「ああ」頷くハリー。「とはいえ、アイツもプロだ。こっち側に寝返ってくれるなんてのは、あまりにも希望的観測が過ぎる話だろうよ」
「まあ、だろうね……」
 頷きつつ小さな溜息をついた後、そこからは無言でミリィはハリーの怪我の処置を進めていった。傷を縫い合わせ、パッチ代わりのガーゼをサージカルテープで貼り付け、そして固定用に腹と背中、肩に包帯を巻き付ける……。
「よし、これで大丈夫だ」
 一通りの処置が終わりミリィがそう言ってやると、ハリーは「すまない、助かった」と彼女に礼を言いながら起き上がり、ソファに座り直す。ミリィに渡された抗生物質と鎮痛剤の錠剤をミネラル・ウォーターのペットボトルで煽り、喉へ流し込んだ。
「……!」
 と、その時だった。玄関扉の扉の近くで階段を昇る足音が聞こえ、そしてガチャリと扉が外から唐突に開かれたのは。
(敵がもう嗅ぎつけたのか……!?)
 焦りながら、咄嗟にハリーは手元に残った最後の武器であるベンチメイド・9050AFOの飛び出しナイフをズボンのポケットから引っ張り出し、バチンとブレードを展開させながら左手で順手に構える。鎮痛剤がまだ効いていないせいで傷はまだまだ焼けるように痛むが、しかし敵が来たとあらば四の五の言ってはいられない……!
「待ちなよ」
 しかし、それをミリィがすっと彼の前に出した腕で制する。
「敵じゃない」
 そんなミリィの言い草に疑問符を浮かべながら、しかしハリーが未だナイフを構えたまま警戒を解かずにいると。すると玄関扉がバタンと閉じられ、コツンコツンという足音とともにハリーの前へ現れたのは、ある意味で意外な人物だった。
「はぁい、晴彦」
 現れたのは、にこやかに微笑みながら手を振る彼女。スカートスタイルのレディース・スーツに身を包んだ警視庁公安部の刑事・鷹橋冴子だったのだ。
「……なんだ、冴子か」
 そんな、ある意味で呑気にも見える冴子の姿を一目見るなり、ハリーは大きく溜息をついて肩のちからを抜いた。呆れた顔で冴子を見上げながら、ナイフのブレードをパチン、と両手で閉じる。
「あら? 珍しく男前になってるじゃない」
「……悪かったな、イレギュラーの連続でさ」
「聞いたわよ? 事務所が吹っ飛ばされたんですってね。災難だったわね、ハリー?」
「全くだ」ナイフをズボンのポケットへ仕舞いながら、本気で疲れたようにソファへもたれ掛かりつつハリーが頷く。
「事務所は吹っ飛び、俺の車はお釈迦。オマケに護衛対象の和葉まで連れ去られて、そんでもって俺はこのザマさ。……ホント、笑えないよ」
 肩を竦めながらハリーが皮肉っぽく、しかし何処か自嘲するような口振りで言うと、冴子はテーブルを挟んで彼の対面のソファへ腰掛けながら小さく微笑み、そして続けてハリーへとこんなことを訊いてきた。
「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたいかしら?」
 そんな冴子のありがちというか、ベタにも程がある問いかけを直に言われてしまえば、ハリーは参ったようにまた大きく肩を竦める。
「……今日一日、厄日かってぐらいに散々な目に遭いすぎてる。折角だ、良い方から聞かせて貰えないか」
 疲労困憊といった蒼い顔でハリーが言うと、すると冴子は「分かったわ」と小さく頷いてから、それから口を開く。
「まず良いニュース。連れ去られた園崎和葉の行方だけれど、ミリィ・レイスが彼女の服に縫い込んでおいた発信器のお陰で、今のところは追跡できているわ」
「それ、本当か?」
「本当だよ」
 そう会話に首を突っ込みながら、ミリィがテーブルの上、ハリーの前へと自前のノートパソコンを置き、その画面を見るように促してくる。画面に映し出されていたのは何処かの略地図で、何か――恐らくは和葉の現在位置を示す光点が物凄い速さで移動し続けていた。
「GPSを使ったトラッカーを仕込んでおいたんだ。あの服にもそうだけれど、彼女の家へセンサーを設置した時に、制服の方にも縫い込んでおいたんだ」
「もしかしなくても、これのお陰でミリィが助けに来られた、ってワケか」
「そういうことだね」フッと微笑みながら、ミリィが頷く。
「で、冴子? 悪い方のニュースってのは何なんだ?」
「……彼女が連れ去られる先が、間違いなく"スタビリティ"の拠点ってことよ。勿論、そこにはユーリ・ヴァレンタインも居ると見て良い」
「しかし、逆に好都合でもある」と、またもミリィが話に割り込んできた。
「上手く立ち回れば、和葉を助け出すついでにユーリ・ヴァレンタインも、"スタビリティ"そのものも始末できる」
「上手く立ち回れれば、の話だけれどね……」
 冴子が俯き、目を逸らしながらそう言うのが気になったハリーが「どういうことだ?」と訊くと、
「……一応、園崎和葉が連れ去られそうな場所には目星が付いてるわ」
「何処だ?」
「ここから何十キロも先、山奥にある大邸宅よ。完全に関係の無い別名義の所有ってコトになってるけど、ユーリ・ヴァレンタインの個人的な所有物の一端であることには間違いないわ」
「確証は、あるのかい?」と、ミリィ。それに対し冴子は「あるわ」と力強く頷く。
「殆ど別荘みたいな使い方をしていたみたいだけれど、今まさにあの男があそこに居るのは、ほぼ間違いないと断言してもいい。突き止めたのは、ほんの一時間前だけれどね」
「じゃあ、SATを動かせば良いだろ? それで全て解決だ」
 ハリーの言うことは、至極当然のことだった。敵の本拠地が分かっているのなら、さっさと対テロ特殊部隊を投入すればいい。こういった事例は彼らにとって得意分野、存在意義でもあるワケだし、彼らを動かさない理由は無いはずだ。
「……そうも、いかないのよ」
 しかし、冴子は申し訳なさそうにしながらも、それを否定する。
「学園での一件から、まるで日が経ってない。マスコミ向けの偽装工作も限界があるし、何よりあの一件でSATにも少しだけ殉職者が出てる。あまりの短期間で彼らを消耗させるワケには、いかないの」
 学園での一件――――。
 和葉が"スタビリティ"の傭兵たちに狙われた際に起こった襲撃事件の事後処理、表向きには武装テロ・グループの占拠事件とそれに伴うSATの出動案件して報じられている、美代学園でのあの一件のことだろう。ハリーが不可抗力で大分間引いておいたといえ、学園にはまだ重武装の敵がかなり残っていたはずだ。それらを制圧するのに、確かにSAT側にも死傷者が出ていたっておかしくはない……。
 しかも、忘れがちだがそれはつい昨日のことなのだ。まるで数ヶ月前のことのように当事者のハリーには思えてしまうが、しかし現実にはまだ昨日のこと。そう何度も続けてSATを動員するのも、ましてマスコミを黙らせる為の世間へ向けたカヴァー・ストーリーも用意し切れていないのだと、ハリーは冴子の浮かない表情から暗黙の内に察していた。
「…………はぁ」
 一通りの事情を察すれば、ハリーは更なる深々とした溜息が漏れ出てしまうのを抑えることが出来ない。
「つまり、どうにか出来るのは俺しか居ないってことだろ?」
 参ったような顔でハリーが訊けば、冴子は黙ったまま、ただ小さく縦に頷いた。
「……分かったよ。どのみち、まだ俺の仕事は終わっちゃいない。ルール第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ、だ」
 呆れ顔で言った後でハリーは「――だが」と続け、
「いい加減、和葉が狙われてるホントのトコを話してくれ」
 と、まるで交換条件のようなことを冴子に突き付けた。
「…………第五条、仕事対象に深入りはしない。そうじゃなかったかしら、晴彦?」
 しかし、冴子は俯いたまま、視線をハリーと合わせぬまま。尚も話をはぐらかそうとそんな言葉で返してくる。
「コトこうなった以上、話は別だ。こちとら事務所はグレネードと機関銃の雨あられで半壊、俺の大事な大事な車は派手に吹っ飛んでお釈迦になっちまってる。それにクララ相手にこんだけ手痛い奴を貰っちまってるんだ。こんな散々な目に俺を遭わせといても、君はまだシラを切ろうってのか?」
 詰め寄るようにテーブルへ両手を突きながらハリーが捲し立てれば、冴子も「っ……!」と小さく動揺を見せた。
「冴子、君にはいい加減、ハリーに説明する義務がある」
 と、横から意外な援護をしてくれたのはミリィだった。彼女も彼女で、いい加減に先の見えてこない真相に苛立っているのかも知れない。あのクールな横顔の奥に秘めた本心は、きっとそんなところだ。
「もし僕の存在が余計なら、話が終わるまで僕は席を外すけれど」
 次にミリィがそう言えば、遂に冴子もポッキリと折れて。「……分かったわ」と頷き、そしてハリーとミリィの方へと向き直った。
「ミリィ・レイス、貴女も居てくれて構わないわ。全てを話すわよ、こうなったからには、確かに貴方たち二人にも知る権利ぐらいはあるものね」
 諦めたみたく小さく微笑んだ後で、冴子は語り始める。コトの真相を、園崎和葉が"スタビリティ"に狙われる、その真相を――――。
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