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第五条:仕事対象に深入りはしない。
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「――――何故、園崎防衛事務次官が攫われることになって。そして園崎和葉がしつこく狙われているのか。そのことを説明するには、まず"ワルキューレ計画"のことから説明した方が良さそうね」
長話になりそうだと冴子が言うから、ミリィが人数分の珈琲と大きな灰皿をテーブルに出した後。冴子が切り出した話題の第一声は、そんな突拍子もないというか、まるで掴み所の無い謎めいた一言からだった。
「ワルキューレ、計画……?」
フィリップ・モーリスの煙草を加えながら、困惑したような顔でミリィが反芻するみたく呟いた。呟く小さな口元でカチン、とジッポーが跳ねれば煙草の先端に火が付く。他の二人が吸う奴より格段に副流煙はマイルドだが、しかしクララと同様に少女みたいな外見をした小柄な彼女が咥えていると、何だか変な違和感を感じてしまう。
「防衛省の最高機密プロジェクト、と言っても良いかしらね」
「そんなもの、俺たちに話していいのか?」マールボロ・ライトの煙草に火を点けながら、ハリーが問うた。「っつっても、言えって言ったのは俺たちの方なんだが」
「良いのよ、別に」
だが冴子の反応はあまりにも素っ気なく、今更どうとでも良いといった、何処か投げやりなようにも聞こえる感じだった。
「一応機密保持やら何やらは厳命されてるけれど、私たちの公安レベルにまで情報が下ってきてる時点で、そもそもプロジェクト自体半ばご破算みたいなものだもの。なんか、園崎事務次官のゴリ押しで進んでた計画みたいだしね」
呆れたようにそう言ってから、それから冴子は更に話を続けていく。更に奥深く、"ワルキューレ計画"とやらの確信へと迫る為に。
「ワルキューレ計画の根本となる"ワルキューレ・システム"自体は、元々は園崎和葉の母、亡くなった園崎優子が基本構想と基本設計、それに基礎システムを完成させたモノなの」
和葉の母・優子が天才とまでされていた優秀な科学者であったことは、既にミリィの調査によって二人とも知り得ていることだった。故に、その辺りの話は何ら違和感なく受け入れられる。
「で、その"ワルキューレ・システム"ってのは何なんだい?」フィリップ・モーリスの煙草を吹かしながら、興味津々といった具合にミリィが踏み込んだコトを訊いた。流石にコンピュータ関連のエキスパートだけあって、彼女も段々と純粋に興味が湧いてきたらしい。
「簡単に言ってしまえば、十数基の衛星を利用した新時代の諜報ネットワーク・システム」
「諜報……?」疑問符を浮かべるミリィ。「ってことは、米国のエシュロンみたいなものかい?」
「そんなところね。……尤も、あんなものとは比べものにならないぐらいに凄まじい代物だけれど」
エシュロンといえば、米国を中心とした数ヶ国が運営する……とされている、超大規模な世界的シギント(通信傍受による諜報)システムのことだ。未だに米国はその存在を公には認めていないものの、米陸軍特殊部隊デルタフォースの存在みたく、半ば公然の秘密と化している。また、この日本にもエシュロンの傍受施設が青森県の航空自衛隊、米空軍が共同で運営する三沢基地に設置されているというのも、中々に有名な話でもある。尤も公的に認めていない以上、都市伝説の域は出ないところがあるが……。
ともかく、ミリィの「エシュロンと似たようなもの」という問いを冴子は肯定した。つまりはその"ワルキューレ・システム"もまた、アレと同じようなシギント用のシステムということだろう。黙って二人の話を聞きながら、煙草を吹かしつつハリーはそんな推測を立てていた。
「"ワルキューレ・システム"自体は、新時代のエシュロンと例えても差し支えないと思うわ。衛星軌道上に打ち上げた十数基の衛星を使い、公的機関から日常のどうでもいい電話内容までを細かく収集し、それを統合管理する」
「本当に、日本版エシュロンといったところだね」
「……でも、この"ワルキューレ・システム"が恐ろしいのはここからよ」
勿体ぶったように一呼吸置いてから、冴子は珈琲を啜り。そうして一旦口を休めてから、それから漸く続きを話し始める。
「問題は、その情報を統合管理し、精査し、有益不益を勝手に判断するシステムの根幹、高度情報統合用・人工人格"ブリュンヒルデ"にあるのよ」
「……人工人格?」
ミリィが疑問符を浮かべる隣で、ハリーが「ニーベルングの指環か」と冗談めいた笑みを浮かべながら呟いた。「和葉の母親って奴は、随分と北欧神話がお好きらしいな」
「その辺りのネーミングセンスは、あんまり突っ込まないであげてよ」
「それより冴子、その"ブリュンヒルデ"ってのは何なんだい?」
「人工人格、要はAIね」
「AI?」
「少し言い方が違うわね……。もっと言うなら、光ニューロ・コンピュータ。私は詳しくないから分からないけれど、人間の脳構造を模してるんですって?」
「……ああ、その通りかもしれない」
神妙な顔で、冴子の言葉をミリィが頷いて肯定する。
「でも、光ニューロ・コンピュータが実用化されてただなんて、聞いたこともない」
「それはそうよ」と、冴子が頷く。「園崎優子の死後、研究資料は全部喪失して、残ってたのは既に衛星と一緒に打ち上げちゃった現物が一個だけだったもの」
「現物……?」
「よくは知らないけれど、人間の脳のクローン品ですって。つまり、脳に直接電極を刺してるってことかしら?」
「僕に訊かれても、困るんだけれどな……」
短くなったフィリップ・モーリスの吸い殻を灰皿に押し付けながら苦笑いする奥で、しかしミリィはかなりの戦慄を覚えていた。
(もし今の話が本当だったとすれば、園崎優子が"ブリュンヒルデ"とやらを人工人格という言い方にしたのも、一応納得がいく)
非ノイマン型である光ニューロ・コンピュータの処理能力は、0か1かの二択しか出来ず、それでいて直列処理しか出来ないノイマン型の比ではない。もしソイツが諜報システムの根幹に据えられているとするのなら、確かに冴子がそれを「新世代のエシュロン」と言ったのも納得だ。効率の面でも処理速度の面でも、あらゆる面で旧式のエシュロンではとても太刀打ちなんて出来やしない。
「"ワルキューレ・システム"の更に恐ろしいところは、ここからよ」
と、ミリィがそんな思案を巡らせている間にも、冴子は話を更に踏み込んだところへと進めていく。
「端的に言ってしまえば、諜報システム側から各種情報への干渉も出来るワケ」
「干渉?」ハリーが疑問符を浮かべる。「つまり、情報操作が可能ってことか」
「そういうことね。ネットワークに接続されているあらゆる機器へと侵入し、その情報を好き勝手に書き換えちゃえるワケ。例えばGPSの位置情報とか、インターネット銀行の金の流れだとか。細かいコトを言い出したらキリがないけれど、基本的にネットワークに接続されている機器が相手なら、あらゆるモノに侵入が可能とされているわ」
「……まして、その相手がウィンドウズなら、尚更ってことか」
「私は専門外だからよく分からないけれど、多分ミリィの推測で間違いは無いと思う」
曖昧ながらも冴子が肯定の意を示したことで、ミリィの胸中で蠢く危機感は決定的なモノとなった。
(まして、IoTなんてモノが進み始めてる現状なら、尚更このシステムは脅威だ)
IoT――――インターネット・オブ・シングス。家電や車、ありとあらゆる製品をインターネットに繋げてしまおうなんていう馬鹿げた発想だ。世界的にこれを普及させる――ある意味で不可思議な――流れが進行する中に於いては、"ワルキューレ・システム"が更なる脅威を増すことになると即座にミリィは考えた。
もしそんな、何もかもがIoT化された少し先の時代に"ワルキューレ・システム"が悪用されればどうなるか。車は暴走し、インフラは機能を停止し。それ以前の段階でも飛行機は落ちるわ、何やら何やら、エトセトラエトセトラ……。
とまあ、一個人の頭では想像も出来ないほどの大惨事が起こることは目に見えている。しかもその驚異的なシステムがテロリストまがいな巨大国際犯罪シンジケート"スタビリティ"の手に落ちようとしているのだから、目眩すら覚えたミリィは思わず口に咥えた新しいフィリップ・モーリスの煙草を取り落としそうになった。
「…………なるほどね」
落としかけた煙草を咥え直しながら、蒼い顔でミリィが頷く。
「冴子が焦るのも、納得だ」
「分かってくれたかしら」
「しかし冴子、それが何故、和葉が狙われる原因になる?」
ハリーが訊くと、冴子は「きっと、"鍵"が欲しかったんでしょうね」と答えた。
「鍵?」
「"ワルキューレ・システム"は九割五分ほど完成していて、起動実験の開始前だったんだけれど。でも園崎事務次官が攫われる直前、システムが特殊な方法でロックされてしまったの」
「ロックされた……?」
「方法は分からないわ、きっと生前に園崎優子から、何かあった時の為にって教えられてたんでしょうけれど」
「そのロックを解除する為に、"スタビリティ"に拷問された?」
「多分、そういうことね」懐から取り出したハイライト・メンソールの煙草を咥えながら、冴子が頷いた。
「時系列は前後するだろうけれど、きっと園崎事務次官はシステムを奪われまいとして、何らかの方法で"ワルキューレ・システム"をロックした。そしてその解除を迫り拷問され、結果があの惨殺死体ってワケかもね」
「……ということは、その"鍵"は和葉が持ってるのか?」
ハッと思い付いたハリーが顔を蒼くして言えば、冴子は意外そうな顔で「あら、よく分かったわね」と半分驚きながら肯定した。
「彼女の持ってるペンダント。園崎優子の形見だっていうアレが、どうやら"ワルキューレ・システム"と人工人格"ブリュンヒルデ"の封印を解く鍵――――"ノートゥングの鍵"ということらしいわ」
『昔ね、ママが死んじゃうちょっと前に、ママから貰った物なの』
冴子の回答を聞いた途端、ハリーの脳内で昨日の夜、和葉と交わした言葉が急激にフラッシュバックした。そして、彼女が愛おしそうに触れていた、首から提げていたあのペンダントのことも。
「アレか……」
そう思えば、ハリーは眉間を指で押さえた。全く、随分と粋な隠し方をしてくれるじゃないかと思いながら。
「しかし、ノートゥングとはね」
そんなハリーの横で、今度はミリィが呆れたように呟く。
「彼女の母親というのは、本当にニーベルングの指環が好きらしい。ブリュンヒルデの次は、ジークフリードの剣とは」
「趣味だったらしいわよ?」と、同じく呆れたように冴子。「もう一個、用途不明の隠しコマンドがあるらしいけれど。それも"ジークフリード・コマンド"なんて名前にされてたらしいわ」
「とにかく、一波乱ありそうな雰囲気だな……」
ハリーの呟きと共に、三人の間に少しの間の沈黙が訪れる。三種の銘柄が色濃く混ざった濃い紫煙の香りが滞留する中、夜を迎えた外界を窓の外に眺めつつ、淡い蛍光灯の明かりだけが照らす中で……。
長話になりそうだと冴子が言うから、ミリィが人数分の珈琲と大きな灰皿をテーブルに出した後。冴子が切り出した話題の第一声は、そんな突拍子もないというか、まるで掴み所の無い謎めいた一言からだった。
「ワルキューレ、計画……?」
フィリップ・モーリスの煙草を加えながら、困惑したような顔でミリィが反芻するみたく呟いた。呟く小さな口元でカチン、とジッポーが跳ねれば煙草の先端に火が付く。他の二人が吸う奴より格段に副流煙はマイルドだが、しかしクララと同様に少女みたいな外見をした小柄な彼女が咥えていると、何だか変な違和感を感じてしまう。
「防衛省の最高機密プロジェクト、と言っても良いかしらね」
「そんなもの、俺たちに話していいのか?」マールボロ・ライトの煙草に火を点けながら、ハリーが問うた。「っつっても、言えって言ったのは俺たちの方なんだが」
「良いのよ、別に」
だが冴子の反応はあまりにも素っ気なく、今更どうとでも良いといった、何処か投げやりなようにも聞こえる感じだった。
「一応機密保持やら何やらは厳命されてるけれど、私たちの公安レベルにまで情報が下ってきてる時点で、そもそもプロジェクト自体半ばご破算みたいなものだもの。なんか、園崎事務次官のゴリ押しで進んでた計画みたいだしね」
呆れたようにそう言ってから、それから冴子は更に話を続けていく。更に奥深く、"ワルキューレ計画"とやらの確信へと迫る為に。
「ワルキューレ計画の根本となる"ワルキューレ・システム"自体は、元々は園崎和葉の母、亡くなった園崎優子が基本構想と基本設計、それに基礎システムを完成させたモノなの」
和葉の母・優子が天才とまでされていた優秀な科学者であったことは、既にミリィの調査によって二人とも知り得ていることだった。故に、その辺りの話は何ら違和感なく受け入れられる。
「で、その"ワルキューレ・システム"ってのは何なんだい?」フィリップ・モーリスの煙草を吹かしながら、興味津々といった具合にミリィが踏み込んだコトを訊いた。流石にコンピュータ関連のエキスパートだけあって、彼女も段々と純粋に興味が湧いてきたらしい。
「簡単に言ってしまえば、十数基の衛星を利用した新時代の諜報ネットワーク・システム」
「諜報……?」疑問符を浮かべるミリィ。「ってことは、米国のエシュロンみたいなものかい?」
「そんなところね。……尤も、あんなものとは比べものにならないぐらいに凄まじい代物だけれど」
エシュロンといえば、米国を中心とした数ヶ国が運営する……とされている、超大規模な世界的シギント(通信傍受による諜報)システムのことだ。未だに米国はその存在を公には認めていないものの、米陸軍特殊部隊デルタフォースの存在みたく、半ば公然の秘密と化している。また、この日本にもエシュロンの傍受施設が青森県の航空自衛隊、米空軍が共同で運営する三沢基地に設置されているというのも、中々に有名な話でもある。尤も公的に認めていない以上、都市伝説の域は出ないところがあるが……。
ともかく、ミリィの「エシュロンと似たようなもの」という問いを冴子は肯定した。つまりはその"ワルキューレ・システム"もまた、アレと同じようなシギント用のシステムということだろう。黙って二人の話を聞きながら、煙草を吹かしつつハリーはそんな推測を立てていた。
「"ワルキューレ・システム"自体は、新時代のエシュロンと例えても差し支えないと思うわ。衛星軌道上に打ち上げた十数基の衛星を使い、公的機関から日常のどうでもいい電話内容までを細かく収集し、それを統合管理する」
「本当に、日本版エシュロンといったところだね」
「……でも、この"ワルキューレ・システム"が恐ろしいのはここからよ」
勿体ぶったように一呼吸置いてから、冴子は珈琲を啜り。そうして一旦口を休めてから、それから漸く続きを話し始める。
「問題は、その情報を統合管理し、精査し、有益不益を勝手に判断するシステムの根幹、高度情報統合用・人工人格"ブリュンヒルデ"にあるのよ」
「……人工人格?」
ミリィが疑問符を浮かべる隣で、ハリーが「ニーベルングの指環か」と冗談めいた笑みを浮かべながら呟いた。「和葉の母親って奴は、随分と北欧神話がお好きらしいな」
「その辺りのネーミングセンスは、あんまり突っ込まないであげてよ」
「それより冴子、その"ブリュンヒルデ"ってのは何なんだい?」
「人工人格、要はAIね」
「AI?」
「少し言い方が違うわね……。もっと言うなら、光ニューロ・コンピュータ。私は詳しくないから分からないけれど、人間の脳構造を模してるんですって?」
「……ああ、その通りかもしれない」
神妙な顔で、冴子の言葉をミリィが頷いて肯定する。
「でも、光ニューロ・コンピュータが実用化されてただなんて、聞いたこともない」
「それはそうよ」と、冴子が頷く。「園崎優子の死後、研究資料は全部喪失して、残ってたのは既に衛星と一緒に打ち上げちゃった現物が一個だけだったもの」
「現物……?」
「よくは知らないけれど、人間の脳のクローン品ですって。つまり、脳に直接電極を刺してるってことかしら?」
「僕に訊かれても、困るんだけれどな……」
短くなったフィリップ・モーリスの吸い殻を灰皿に押し付けながら苦笑いする奥で、しかしミリィはかなりの戦慄を覚えていた。
(もし今の話が本当だったとすれば、園崎優子が"ブリュンヒルデ"とやらを人工人格という言い方にしたのも、一応納得がいく)
非ノイマン型である光ニューロ・コンピュータの処理能力は、0か1かの二択しか出来ず、それでいて直列処理しか出来ないノイマン型の比ではない。もしソイツが諜報システムの根幹に据えられているとするのなら、確かに冴子がそれを「新世代のエシュロン」と言ったのも納得だ。効率の面でも処理速度の面でも、あらゆる面で旧式のエシュロンではとても太刀打ちなんて出来やしない。
「"ワルキューレ・システム"の更に恐ろしいところは、ここからよ」
と、ミリィがそんな思案を巡らせている間にも、冴子は話を更に踏み込んだところへと進めていく。
「端的に言ってしまえば、諜報システム側から各種情報への干渉も出来るワケ」
「干渉?」ハリーが疑問符を浮かべる。「つまり、情報操作が可能ってことか」
「そういうことね。ネットワークに接続されているあらゆる機器へと侵入し、その情報を好き勝手に書き換えちゃえるワケ。例えばGPSの位置情報とか、インターネット銀行の金の流れだとか。細かいコトを言い出したらキリがないけれど、基本的にネットワークに接続されている機器が相手なら、あらゆるモノに侵入が可能とされているわ」
「……まして、その相手がウィンドウズなら、尚更ってことか」
「私は専門外だからよく分からないけれど、多分ミリィの推測で間違いは無いと思う」
曖昧ながらも冴子が肯定の意を示したことで、ミリィの胸中で蠢く危機感は決定的なモノとなった。
(まして、IoTなんてモノが進み始めてる現状なら、尚更このシステムは脅威だ)
IoT――――インターネット・オブ・シングス。家電や車、ありとあらゆる製品をインターネットに繋げてしまおうなんていう馬鹿げた発想だ。世界的にこれを普及させる――ある意味で不可思議な――流れが進行する中に於いては、"ワルキューレ・システム"が更なる脅威を増すことになると即座にミリィは考えた。
もしそんな、何もかもがIoT化された少し先の時代に"ワルキューレ・システム"が悪用されればどうなるか。車は暴走し、インフラは機能を停止し。それ以前の段階でも飛行機は落ちるわ、何やら何やら、エトセトラエトセトラ……。
とまあ、一個人の頭では想像も出来ないほどの大惨事が起こることは目に見えている。しかもその驚異的なシステムがテロリストまがいな巨大国際犯罪シンジケート"スタビリティ"の手に落ちようとしているのだから、目眩すら覚えたミリィは思わず口に咥えた新しいフィリップ・モーリスの煙草を取り落としそうになった。
「…………なるほどね」
落としかけた煙草を咥え直しながら、蒼い顔でミリィが頷く。
「冴子が焦るのも、納得だ」
「分かってくれたかしら」
「しかし冴子、それが何故、和葉が狙われる原因になる?」
ハリーが訊くと、冴子は「きっと、"鍵"が欲しかったんでしょうね」と答えた。
「鍵?」
「"ワルキューレ・システム"は九割五分ほど完成していて、起動実験の開始前だったんだけれど。でも園崎事務次官が攫われる直前、システムが特殊な方法でロックされてしまったの」
「ロックされた……?」
「方法は分からないわ、きっと生前に園崎優子から、何かあった時の為にって教えられてたんでしょうけれど」
「そのロックを解除する為に、"スタビリティ"に拷問された?」
「多分、そういうことね」懐から取り出したハイライト・メンソールの煙草を咥えながら、冴子が頷いた。
「時系列は前後するだろうけれど、きっと園崎事務次官はシステムを奪われまいとして、何らかの方法で"ワルキューレ・システム"をロックした。そしてその解除を迫り拷問され、結果があの惨殺死体ってワケかもね」
「……ということは、その"鍵"は和葉が持ってるのか?」
ハッと思い付いたハリーが顔を蒼くして言えば、冴子は意外そうな顔で「あら、よく分かったわね」と半分驚きながら肯定した。
「彼女の持ってるペンダント。園崎優子の形見だっていうアレが、どうやら"ワルキューレ・システム"と人工人格"ブリュンヒルデ"の封印を解く鍵――――"ノートゥングの鍵"ということらしいわ」
『昔ね、ママが死んじゃうちょっと前に、ママから貰った物なの』
冴子の回答を聞いた途端、ハリーの脳内で昨日の夜、和葉と交わした言葉が急激にフラッシュバックした。そして、彼女が愛おしそうに触れていた、首から提げていたあのペンダントのことも。
「アレか……」
そう思えば、ハリーは眉間を指で押さえた。全く、随分と粋な隠し方をしてくれるじゃないかと思いながら。
「しかし、ノートゥングとはね」
そんなハリーの横で、今度はミリィが呆れたように呟く。
「彼女の母親というのは、本当にニーベルングの指環が好きらしい。ブリュンヒルデの次は、ジークフリードの剣とは」
「趣味だったらしいわよ?」と、同じく呆れたように冴子。「もう一個、用途不明の隠しコマンドがあるらしいけれど。それも"ジークフリード・コマンド"なんて名前にされてたらしいわ」
「とにかく、一波乱ありそうな雰囲気だな……」
ハリーの呟きと共に、三人の間に少しの間の沈黙が訪れる。三種の銘柄が色濃く混ざった濃い紫煙の香りが滞留する中、夜を迎えた外界を窓の外に眺めつつ、淡い蛍光灯の明かりだけが照らす中で……。
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