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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-
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――――その頃、邸宅の三階にある応接間では。
「ミズ・ブランシャール。まずは前祝いということで」
ふかふかとした応接用の高級ソファに腰掛ける、金髪オールバックにフレームレス眼鏡を掛けた白人の男――屋敷の主ことジルベール・シャンペーニュが、テーブルの隅に置いていたワインボトルを手に取り。対面に腰掛けていた褐色肌の女が持つワイングラスへと、綺麗な色をした赤いワインをそっと注いでいた。
「まだ、何も始まってはいない」
そう言いながらグラスに口を付け、ワインに舌鼓を打つその女。彼女が傭兵部隊を率いる女傭兵、ベアトリス・ブランシャールだった。
浅黒い肌に短い黒の髪、切れ長の瞳の奥には底知れぬ闇を湛えていて。タンクトップの上に羽織る、袖を折った黒いロングコートの下、両脇にはショルダーホルスターに収められた二挺の自動拳銃がチラリと顔を見せている。
そんなベアトリスはワイングラスを取る手に、不作法にも黒革の指抜きグローブを着けたままだったが、そんな彼女の不作法をシャンペーニュが見咎める様子はなかった。寧ろ、ニコニコと卑屈な営業用の笑顔を気味が悪いぐらいに絶やしていない。営業用にも見えるその笑顔は、きっとシャンペーニュの卑屈な性根が表れているからなのだろうと、ベアトリスは無言のままに見透かしていた。
「……そう、何も始まっていないんだよ、ミスタ・シャンペーニュ。
第一、私はしがない傭兵だ。貴方たちお得意の社交は、残念ながら得意ではない。もてなしには感謝するが、私はそういうのには疎いんだ」
「では、ミズ・ブランシャールは何がお得意で?」
「そんなの、決まっているだろう?」
ベアトリスはそう言うと、飲みかけのグラスをテーブルに置き。神速の内に閃いた右手で、左脇から何かを引き抜いた。
彼女の指抜きグローブに包まれた右手が手にしていたのは、自動拳銃だった。イスラエル製のジェリコ941-FBL。ベアトリスが得意げに見せつけるそれに、シャンペーニュは気圧されたように表情を強張らせる。
「殺しだよ、殺し。私たち世界の爪弾き者、アウトローに求められるのは、とどのつまりそれだけだ」
ニヤッと不敵な笑みを湛えて言えば、ベアトリスはそのジェリコの銃口をシャンペーニュの方へと向けた。
「……ばーん」
「ひっ!?」
怯えた顔でシャンペーニュは頭を抱え蹲るが、しかし撃鉄は空を切る。怯えきった、信じられないような表情でシャンペーニュが顔を上げれば、ベアトリスは「はっはっは」とおかしそうに高笑いをする。
「残念、空撃ちだよ」
「お、驚かせないでください、ミズ・ブランシャール……。寿命が十年は縮みましたよ」
「憎まれっ子、世に憚れりだ。どうせ貴方のような汚い人種は長生きをする。少しぐらい縮んだところで、誤差ですよ」
ハンカチで冷や汗を拭うシャンペーニュをニヤニヤとした顔で眺めつつ、ベアトリスは言って。ジェリコのスライドを引いて今度こそ薬室にカートリッジを装填すると、セイフティを掛けた上でそれをショルダーホルスターに戻した。
「……で、例の件ですが」
ベアトリスが拳銃を収めたのを見て、尚も冷や汗を拭い続けるシャンペーニュが、話題を切り替えるようにそう切り出した。
「東欧での作戦で、アレの実験も併せて行うというのは、本当ですかな?」
「ネクティス計画か」
再び飲みかけのワインを傾けながら、ベアトリスは小さく顔をしかめた。
「一応、やるそうだ」
クイッとワインを一気に飲み干し、継ぎ足しを要求するようにグラスを差し出す。シャンペーニュがそこにボトルを傾け、芳醇な香りを漂わせる赤ワインをつぎ足した。
ベアトリスは新たに注がせたそれに、また小さく口を付け。それから彼女は、至極忌々しげな顔と声音で言葉を続けていく。
「全くもって馬鹿げた話だ、アレは。我々のようなどうしようもない兵士から、あまつさえ誇りまでをも奪い去る。ハッキリ言って悪魔の所業だよ、あんなもの。アレでは遅かれ早かれ、SIAに眼を付けられるのは確実だ」
「私個人としましては、それがビジネスに繋がるのであれば大歓迎なのですが」
「フッ、これだから商売人は……」
シャンペーニュの、何処までも薄汚い商売魂に肩を竦める。ベアトリスの携帯電話が着信で震え始めたのは、丁度そんなタイミングだった。
「済まない、ミスタ・シャンペーニュ。少し電話だ」
着信相手を確認し、シャンペーニュに一言断ってからベアトリスは「私だ」と電話に出る。
「ああ、ああ……。そうか、では打ち合わせ通りに。頼むぞ」
それから数言の短い会話を経た後、ベアトリスは電話を切った。
「どうしましたかな?」
電話をしていた彼女の表情が段々とシリアスな色に切り替わるのを眺めていて、それを不思議に思っていたシャンペーニュが訊く。するとベアトリスは「ああ」と頷いて、
「部下からの連絡だ。……裏口の警備二人が、死体で発見された」
「っ!?」
狼狽し、息を呑むシャンペーニュ。それをワイングラスを傾けながらでベアトリスは一瞥し、
「鼠が何匹か紛れ込んでしまったようだ……。正義の味方気取りの、胡散臭い鼠がね」
――――その双眸の色を、狩人のそれへと変えた。
「ミズ・ブランシャール。まずは前祝いということで」
ふかふかとした応接用の高級ソファに腰掛ける、金髪オールバックにフレームレス眼鏡を掛けた白人の男――屋敷の主ことジルベール・シャンペーニュが、テーブルの隅に置いていたワインボトルを手に取り。対面に腰掛けていた褐色肌の女が持つワイングラスへと、綺麗な色をした赤いワインをそっと注いでいた。
「まだ、何も始まってはいない」
そう言いながらグラスに口を付け、ワインに舌鼓を打つその女。彼女が傭兵部隊を率いる女傭兵、ベアトリス・ブランシャールだった。
浅黒い肌に短い黒の髪、切れ長の瞳の奥には底知れぬ闇を湛えていて。タンクトップの上に羽織る、袖を折った黒いロングコートの下、両脇にはショルダーホルスターに収められた二挺の自動拳銃がチラリと顔を見せている。
そんなベアトリスはワイングラスを取る手に、不作法にも黒革の指抜きグローブを着けたままだったが、そんな彼女の不作法をシャンペーニュが見咎める様子はなかった。寧ろ、ニコニコと卑屈な営業用の笑顔を気味が悪いぐらいに絶やしていない。営業用にも見えるその笑顔は、きっとシャンペーニュの卑屈な性根が表れているからなのだろうと、ベアトリスは無言のままに見透かしていた。
「……そう、何も始まっていないんだよ、ミスタ・シャンペーニュ。
第一、私はしがない傭兵だ。貴方たちお得意の社交は、残念ながら得意ではない。もてなしには感謝するが、私はそういうのには疎いんだ」
「では、ミズ・ブランシャールは何がお得意で?」
「そんなの、決まっているだろう?」
ベアトリスはそう言うと、飲みかけのグラスをテーブルに置き。神速の内に閃いた右手で、左脇から何かを引き抜いた。
彼女の指抜きグローブに包まれた右手が手にしていたのは、自動拳銃だった。イスラエル製のジェリコ941-FBL。ベアトリスが得意げに見せつけるそれに、シャンペーニュは気圧されたように表情を強張らせる。
「殺しだよ、殺し。私たち世界の爪弾き者、アウトローに求められるのは、とどのつまりそれだけだ」
ニヤッと不敵な笑みを湛えて言えば、ベアトリスはそのジェリコの銃口をシャンペーニュの方へと向けた。
「……ばーん」
「ひっ!?」
怯えた顔でシャンペーニュは頭を抱え蹲るが、しかし撃鉄は空を切る。怯えきった、信じられないような表情でシャンペーニュが顔を上げれば、ベアトリスは「はっはっは」とおかしそうに高笑いをする。
「残念、空撃ちだよ」
「お、驚かせないでください、ミズ・ブランシャール……。寿命が十年は縮みましたよ」
「憎まれっ子、世に憚れりだ。どうせ貴方のような汚い人種は長生きをする。少しぐらい縮んだところで、誤差ですよ」
ハンカチで冷や汗を拭うシャンペーニュをニヤニヤとした顔で眺めつつ、ベアトリスは言って。ジェリコのスライドを引いて今度こそ薬室にカートリッジを装填すると、セイフティを掛けた上でそれをショルダーホルスターに戻した。
「……で、例の件ですが」
ベアトリスが拳銃を収めたのを見て、尚も冷や汗を拭い続けるシャンペーニュが、話題を切り替えるようにそう切り出した。
「東欧での作戦で、アレの実験も併せて行うというのは、本当ですかな?」
「ネクティス計画か」
再び飲みかけのワインを傾けながら、ベアトリスは小さく顔をしかめた。
「一応、やるそうだ」
クイッとワインを一気に飲み干し、継ぎ足しを要求するようにグラスを差し出す。シャンペーニュがそこにボトルを傾け、芳醇な香りを漂わせる赤ワインをつぎ足した。
ベアトリスは新たに注がせたそれに、また小さく口を付け。それから彼女は、至極忌々しげな顔と声音で言葉を続けていく。
「全くもって馬鹿げた話だ、アレは。我々のようなどうしようもない兵士から、あまつさえ誇りまでをも奪い去る。ハッキリ言って悪魔の所業だよ、あんなもの。アレでは遅かれ早かれ、SIAに眼を付けられるのは確実だ」
「私個人としましては、それがビジネスに繋がるのであれば大歓迎なのですが」
「フッ、これだから商売人は……」
シャンペーニュの、何処までも薄汚い商売魂に肩を竦める。ベアトリスの携帯電話が着信で震え始めたのは、丁度そんなタイミングだった。
「済まない、ミスタ・シャンペーニュ。少し電話だ」
着信相手を確認し、シャンペーニュに一言断ってからベアトリスは「私だ」と電話に出る。
「ああ、ああ……。そうか、では打ち合わせ通りに。頼むぞ」
それから数言の短い会話を経た後、ベアトリスは電話を切った。
「どうしましたかな?」
電話をしていた彼女の表情が段々とシリアスな色に切り替わるのを眺めていて、それを不思議に思っていたシャンペーニュが訊く。するとベアトリスは「ああ」と頷いて、
「部下からの連絡だ。……裏口の警備二人が、死体で発見された」
「っ!?」
狼狽し、息を呑むシャンペーニュ。それをワイングラスを傾けながらでベアトリスは一瞥し、
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