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Execute.03:ノエル・アジャーニ -Noelle Adjani-
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「ふぅーっ♪ 気持ちよかったぁ」
濡れた頭をバスタオルで拭いながら、気軽ながらも洒落たスタイルの寝間着に着替えたノエルが上気した顔で浴室から出てくると。ご機嫌な顔でリビングの方へと戻っていくと、ベランダへと続くリビングの窓を開け、何やらソファで細かな作業に興じている零士の姿が、風呂上がりなノエルのアイオライトの双眸に飛び込んで来た。
「お風呂、先貰ったよ。……それでレイ、何してんの?」
と、近づいていったノエルが座る彼の肩越しに覗き込むと。どうやら彼は拳銃の分解整備に興じているようだった。
テックマット社製の、グロックか何かの分解図が印刷された黒く小さな作業用マットが、ソファ前の低いテーブルに敷かれていて。そこでバラされているのは、零士が愛用するシグ・ザウエルP220-SAOの自動拳銃だ。スライドと銃身、それにリコイル・スプリング一式と、フレームの方はローズウッド材のグリップパネルまでもが外されている格好だった。
「ん?」
と、ノエルが声を掛けて間もなく、気配に気付いて小さく振り向いた零士の横顔、そこから横目で注がれる彼の視線と眼が合う。すると彼はぶっきらぼうに「メンテだ」と言うと、途端に視線を手元の方へと戻してしまった。
「マメだねぇ、君も」
「まあな」と、銃身の内側にクリーニング用の紐を通しながら、零士が頷く。
「機械は純粋で正直だ。日頃からしっかり手入れをしてやれば、コイツらが俺を裏切るコトは有り得ない。人間と違って、機械は俺を裏切ったりはしないからな」
そしてまたぶっきらぼうに、しかし何処か物哀しいようにも聞こえることを零士は言えば、銃身のクリーニングを終え。手近に置いてあった小振りなスプレー缶を手繰り寄せ、ガンオイルを各部へサッと吹き始める。シューッ、シューッという、細いノズルからスプレーの吹き出す小気味の良い音が、リビングに小さく木霊していた。
「……レイは、人間が嫌いなの?」
そんな一連の作業を、リビングから吹き込む微かな夜風に当たりながら。湯冷めしない程度に涼みながらで、ノエルは肩越しに零士へと問うていた。直近に彼の放った言葉が、妙に胸に引っ掛かっていたのだ。まるで、彼が人間をひどく嫌っているように聞こえて。
「まあな」
すると、零士はあまりにあっさりと、当然のような顔でそれを肯定した。人間が嫌いだと、さも当たり前のような素振りで。
「人間はすぐに裏切る。騙くらかし合い、薄っぺらな詭弁と暴論ばかりを並べては、哀しみばかりをバラ撒いていく。相互理解なんて有り得ない、できっこない。ただただ無為に傷付け合い、互いを否定し合う。
……俺は、こんな醜い生き物が、醜悪極まりない人間が嫌いで嫌いで仕方ないんだ」
まあ、こんな仕事に身を置いてる俺が、どうこう言う資格は無いのかも知れないが――――。
最後に付け加えた言葉は、何処か皮肉っぽく、そして自嘲するような言葉だった。自分もまた、自分が嫌う、その醜い人間の一部であることを、ひどく悔いているような。そんな響きだった。
「レイ……」
そんな彼の言葉が、あまりにも哀しくて。でも何だか凄く分かる気がして、ノエルはひどく心を痛める。彼の考え方を哀しすぎると思うと同時に、そんな哀しすぎる考えに、あまりにも強く共感してしまって。それが故に、ノエルは胸の奥を、彼女自身の心をひどく痛めてしまう。
「……じゃあ、僕のことは?」
胸を痛めながら、自分はどうなのかと少しだけ恐れながら。しかし訊いてみたいという気持ちには逆らえず、ノエルは恐る恐るといった風に続けて零士に問うてみた。
すると、零士はフッと横顔に微かな笑みを浮かべながら。しかし肩越しに覗き込んでくるノエルの方は見ないまま、手元の愛銃を組み上げる手を止めないまま、こんな回答を彼女に対して示す。
「他でもない、シャーリィが太鼓判を押す君だ。他の人間よりは断然、信頼できる」
その後で、零士は「それに」と言って言葉を続けようとした。
「それに……何?」
ノエルが相槌を打つように今一度問いかけると、零士は小さく頷いて。
「一度、一緒に仕事を果たした。短い間だったが、同じ時間を過ごした。その中で君の人柄はよく分かったし、それに君の実力も、才能も分かった。俺はそれを、評価しているつもりだ」
それが故に、危うい――――。
と、手元でP220-SAOのスライドをフレームに結合させると同時に、そうノエルに向かって言った。彼女に向かって言った言葉の裏側に、微かな真意を織り交ぜつつ。
「…………」
ガシャガシャと確かめるように零士がスライドを何度も引く機械的な動作音が、微かな沈黙の合間を埋める。何度か空撃ちもして、動作が快調なことを確認し、零士が満足げに頷いた後。そうした頃に、ノエルは微笑んだ。
「……そっか♪」
嬉しそうな顔で、ノエルは微笑む。そんな彼女の笑顔を、もう一度振り返った零士は横目に見て。そして、自分もまた彼女に小さく微笑み返した。
しかし、零士が言葉の裏に伏せた真意が伝わることは。微笑む彼女に、零士が言葉の裏に潜めた真意が伝わることはない。伝わらないまま、夜は更けていく。
濡れた頭をバスタオルで拭いながら、気軽ながらも洒落たスタイルの寝間着に着替えたノエルが上気した顔で浴室から出てくると。ご機嫌な顔でリビングの方へと戻っていくと、ベランダへと続くリビングの窓を開け、何やらソファで細かな作業に興じている零士の姿が、風呂上がりなノエルのアイオライトの双眸に飛び込んで来た。
「お風呂、先貰ったよ。……それでレイ、何してんの?」
と、近づいていったノエルが座る彼の肩越しに覗き込むと。どうやら彼は拳銃の分解整備に興じているようだった。
テックマット社製の、グロックか何かの分解図が印刷された黒く小さな作業用マットが、ソファ前の低いテーブルに敷かれていて。そこでバラされているのは、零士が愛用するシグ・ザウエルP220-SAOの自動拳銃だ。スライドと銃身、それにリコイル・スプリング一式と、フレームの方はローズウッド材のグリップパネルまでもが外されている格好だった。
「ん?」
と、ノエルが声を掛けて間もなく、気配に気付いて小さく振り向いた零士の横顔、そこから横目で注がれる彼の視線と眼が合う。すると彼はぶっきらぼうに「メンテだ」と言うと、途端に視線を手元の方へと戻してしまった。
「マメだねぇ、君も」
「まあな」と、銃身の内側にクリーニング用の紐を通しながら、零士が頷く。
「機械は純粋で正直だ。日頃からしっかり手入れをしてやれば、コイツらが俺を裏切るコトは有り得ない。人間と違って、機械は俺を裏切ったりはしないからな」
そしてまたぶっきらぼうに、しかし何処か物哀しいようにも聞こえることを零士は言えば、銃身のクリーニングを終え。手近に置いてあった小振りなスプレー缶を手繰り寄せ、ガンオイルを各部へサッと吹き始める。シューッ、シューッという、細いノズルからスプレーの吹き出す小気味の良い音が、リビングに小さく木霊していた。
「……レイは、人間が嫌いなの?」
そんな一連の作業を、リビングから吹き込む微かな夜風に当たりながら。湯冷めしない程度に涼みながらで、ノエルは肩越しに零士へと問うていた。直近に彼の放った言葉が、妙に胸に引っ掛かっていたのだ。まるで、彼が人間をひどく嫌っているように聞こえて。
「まあな」
すると、零士はあまりにあっさりと、当然のような顔でそれを肯定した。人間が嫌いだと、さも当たり前のような素振りで。
「人間はすぐに裏切る。騙くらかし合い、薄っぺらな詭弁と暴論ばかりを並べては、哀しみばかりをバラ撒いていく。相互理解なんて有り得ない、できっこない。ただただ無為に傷付け合い、互いを否定し合う。
……俺は、こんな醜い生き物が、醜悪極まりない人間が嫌いで嫌いで仕方ないんだ」
まあ、こんな仕事に身を置いてる俺が、どうこう言う資格は無いのかも知れないが――――。
最後に付け加えた言葉は、何処か皮肉っぽく、そして自嘲するような言葉だった。自分もまた、自分が嫌う、その醜い人間の一部であることを、ひどく悔いているような。そんな響きだった。
「レイ……」
そんな彼の言葉が、あまりにも哀しくて。でも何だか凄く分かる気がして、ノエルはひどく心を痛める。彼の考え方を哀しすぎると思うと同時に、そんな哀しすぎる考えに、あまりにも強く共感してしまって。それが故に、ノエルは胸の奥を、彼女自身の心をひどく痛めてしまう。
「……じゃあ、僕のことは?」
胸を痛めながら、自分はどうなのかと少しだけ恐れながら。しかし訊いてみたいという気持ちには逆らえず、ノエルは恐る恐るといった風に続けて零士に問うてみた。
すると、零士はフッと横顔に微かな笑みを浮かべながら。しかし肩越しに覗き込んでくるノエルの方は見ないまま、手元の愛銃を組み上げる手を止めないまま、こんな回答を彼女に対して示す。
「他でもない、シャーリィが太鼓判を押す君だ。他の人間よりは断然、信頼できる」
その後で、零士は「それに」と言って言葉を続けようとした。
「それに……何?」
ノエルが相槌を打つように今一度問いかけると、零士は小さく頷いて。
「一度、一緒に仕事を果たした。短い間だったが、同じ時間を過ごした。その中で君の人柄はよく分かったし、それに君の実力も、才能も分かった。俺はそれを、評価しているつもりだ」
それが故に、危うい――――。
と、手元でP220-SAOのスライドをフレームに結合させると同時に、そうノエルに向かって言った。彼女に向かって言った言葉の裏側に、微かな真意を織り交ぜつつ。
「…………」
ガシャガシャと確かめるように零士がスライドを何度も引く機械的な動作音が、微かな沈黙の合間を埋める。何度か空撃ちもして、動作が快調なことを確認し、零士が満足げに頷いた後。そうした頃に、ノエルは微笑んだ。
「……そっか♪」
嬉しそうな顔で、ノエルは微笑む。そんな彼女の笑顔を、もう一度振り返った零士は横目に見て。そして、自分もまた彼女に小さく微笑み返した。
しかし、零士が言葉の裏に伏せた真意が伝わることは。微笑む彼女に、零士が言葉の裏に潜めた真意が伝わることはない。伝わらないまま、夜は更けていく。
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