エージェント・サイファー

黒陽 光

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Execute.05:シチリアへようこそ -Welcome to Sicily-

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 そんなこんなで、割にコンパクトに纏まっている零士の装備。それこそホルスターを含めても、軽々と全部身に着けられるだけの量な彼の装備とは打って変わって、ノエルの物の方はかなり大仰な物だった。
「確かに、スナイパー・ライフルを持って来いとは言ったが。中々に渋いチョイスだな、ノエル」
「まあね、僕的にはこれに慣れてるし」
 感心した様子の零士に、ニコッとした小さな笑みを返しながら。そうしながらでノエルが慣れた手つきで手早く組み立てていたのは、一挺の大柄な狙撃ライフルだった。
 PGM-338。フランスはPGMプレジション社製の優れた狙撃ライフルだ。装填方式は手動操作のボルト・アクション式で、使うカートリッジは長距離狙撃時の弾道特性に優れた.338ラプア・マグナム弾。着脱式弾倉にピストルグリップの銃把、細かく調整の出来る折り畳み式の銃床に、誤差が生じにくいフリーフロート式な肉厚の銃身などなど。今日日の狙撃ライフルとして求められる性能は完全に満たしている逸品だ。
 ノエルが組み立てたそれには、どうやらブッシュネル社製の狙撃スコープが載せられていて。銃口部にはサイレンサーも取り付けるらしかった。基本的には右利き射手の使用が前提とされているボルト・アクション式のライフルだから、左利きのノエルには少しばかり扱いづらいようにも思えたが。これに慣れていると彼女が発言した辺り、問題なく扱いこなせるだけの習熟はしているのだろう。少なくとも零士は、彼女の口振りからそう判断した。
「僕は今回、狙撃支援で良かったよね?」
「ああ」組み立て終わったノエルの言葉に、零士が肯定する。「ラボには俺一人で潜り込む」
「……一応訊いておくけど、本当に一人で大丈夫?」
「問題ない、元は全部独りでこなしてきたからな。狙撃支援で君が綺麗な鷹の眼を光らせていてくれてるだけで、心持ちは幾らか気楽なもんさ」
 零士はそう言うが、しかし実際のところ、今回の任務は明らかに単独の方が立ち回りやすかった。そう判断した上で、ノエルには遠くからの狙撃支援を任せることにしたのだ。
 彼女が邪魔だとは言わない。寧ろ、彼女以外なら邪魔になると言っても良いぐらいだ。パリでの戦いから向こう、零士は確かにノエル・アジャーニの実力を認めてはいるし、背中を預けるに足るだけの人物であることも認識している。
 だが、零士は根本的には一匹狼ローン・ウルフだ。そういう戦いにも慣れている。言ってしまえば、零士はゲリラ戦のプロなのだ。
 まして今回の場合、警備の厳重な敵地への、しかも最深部にあるラボへの潜入と破壊工作だ。そういう任務ならば、単独の方が圧倒的に立ち回りやすい。気配と痕跡を極限まで消すにしても、破壊工作にしても、その後の脱出にしても。零士の経験上に於いて、今回のようなシチュエーションでは独りで立ち回った方が、全てがスムーズなのだ。
 故に、ノエルの装備は大仰なPGM-338狙撃ライフルを除けば、後はいつものマニューリン・MR73リヴォルヴァー拳銃に、ワイルドスティア社製のウィング・タクティックのナイフと、シンプルもいいところだ。正直な話その辺も必要無いような気はするが、万が一の護身用で持っておくに越したことはない。
「後は適当に試射して、零点補正ゼロイン取って。それで僕は大丈夫かな。レイ、今日は下見に行くの?」
 ノエルは組み立て終わったPGM-338を、ギター用のソフトケースに収めつつ。そう言って零士に訊けば、しかし当の零士は「いや」と首を横に振って否定する。
「着いて早々だ、今日のところはゆっくりしよう」
 そう言って、零士は小さく伸びをした。欠伸も漏れてくる。飛行機の機内で幾らか調整したといえども、時差ボケが響いてきたようだ。
「あー……それでね、レイ?」
 零士がそうしていると、ノエルは何故か頬を小さく朱に染めながら、言いづらそうに何かを訊こうとしてくる。零士が「ん?」とそれに反応してやれば、
「その、お部屋のベッドなんだけどね? えーと……」
 言いづらそうにノエルが言い切る前に、零士がチラリと客室のベッドを見る。
 そうすれば、部屋に置いてあったベッドはたった一つっきりで。横幅の広い、所謂ダブルベッドって奴だけだった。ご丁寧なことに枕も二つ分。確かに新婚のハネムーンを装った宿泊ではあるが、幾ら何でも気を回しすぎだ。
「ったく、シャーリィの奴め……」
 あの女、一体全体どういうつもりでこんなことをしでかしたのか。部屋はダブルルームでなく"ツイン"ルーム、即ちベッド二つの部屋だと事前に言っておいたはずなのに。ダブルとツインを間違えるのは、日本人旅行者にはありがちなミスではあるものの、シャーリィはそんなヘマを起こすタマじゃない。MI6として、そしてSIAのエージェントとして世界を股に掛けてきたあの女が、この程度のコトを知らぬはずがないのだ。
 だとすれば、わざとか。本当にどういうつもりなのか、零士は今すぐにでも文句の電話を叩き付けてやりたい気分に駆られていた。日本との時差など知ったことか、アイツが困れば良いぐらいの勢いで。
「……よ、良かったら! レイが良ければ、僕は一緒でも……! ううん、寧ろその方が……!」
「畜生、シャーリィめ。……良いさノエル、俺は床……は流石に人権がなさ過ぎるな。ソファで横になるから」
 頬を真っ赤にしながら、恥ずかしそうにしながらも、意を決してノエルが言い終える前に。それを話半ばでしか聞いていなかった零士はシャーリィへの恨み言を短い一言でのみ呟けば、ノエルの言葉を聞かずして一方的にそう宣言してしまった。
「ったく、旅先でもソファ生活なのか俺は。泣かせるぜ、全くよ……」
 そんな風にブツブツと独り言で文句を垂れながら、ご丁寧に枕を一つダブルベッドから剥ぎ取り、ソファに放り出す零士を横目に見ながら。きゅぅと表情をしょんぼりさせたノエルが、対面のソファで膝を抱え。頬を膨らまし、小さく小さくひとりごちる。
「もう、レイの馬鹿…………っ」
 少女の振り絞った勇気は、しかし今は空振るだけだった。彼を振り向かせるには、彼が振り向いてくれるときまでは。もう少しばかりの時間が必要らしい。
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