上 下
8 / 430
第一章『戦う少年少女たちの儚き青春』

Int.08:狭間、泡沫の平穏は永遠に思えて

しおりを挟む
「なぁなぁ弥勒寺ぃ、それに綾崎も。この後暇か?」
 オリエンテーションが終わって教官二人が教室を出て行くや否や、席を立ち一真たちの方へ駆け寄ってきた白井がそんなことを言ってきた。
「特にやることもないけど」と一真。「瀬那は?」
「ふむ、よく分からぬが、付き合うのもやぶさかではないぞ」
「いやー時間が時間だしさ、外で昼飯でもどうかなって思ってよ」
 と、白井は提案してきた。確かに今日は入学式ということもあり、先程のオリエンテーションで今日の行程は全て終了。午後は行事の類が何も入っていないから、昼飯に誘われるのも悪くない。
「外か」瀬那が反応する。「いいだろう、私はこの一帯の勝手が分からぬ故、何処に行くかは白井に任せるが」
「俺もこの辺の人間じゃないし、何処行くかは白井に任せた」
「よっしゃ、決まりだぜ!」
 やたらと大仰なリアクションで喜ぶのは、白井の癖なのだろうか。何にせよムードメイカーめいた奴だなと思いつつ、一真たち二人も席を立つ。
「後もう一人ぐらい誘いてえなあ……っと、そうだ!」
 ちょっと待っててくれと言って、白井は急に二人から離れて行く。一瞬瀬那と顔を合わせて苦笑いをした一真は、とりあえず彼の動きを目で追うことにした。
「なぁ東谷、ちょっといいか?」
 すると白井は、教室の隅で独り帰り支度を進めていた東谷――東谷霧香に声を掛ける。
「……私と?」
 ああ、と白井が頷く。「あっちに居る二人も一緒だけどさ」
「…………あの、二人も?」
 スッと横目でこちらを見てきた東谷に、一真は手を少し上げるだけの仕草で挨拶をする。瀬那の方はというと、腕組みをしたまま渋い顔をしていた。
「で、折角だし東谷もどうかなって」
「…………」
 相変わらず笑みを絶やさない白井の提案に東谷は少し思い悩んだ後、
「……ん、分かった。私も行く」
 と、彼の提案を了承した。
「っしゃ、決まりだぜ! んじゃ早速行こうぜ、な?」
「ん」
 席からスッと立ち上がる東谷の動きが、一真には一瞬瀬那とイメージが被って見えた。が、気のせいだろうとすぐに頭の外へ弾き出す。
(多分、東谷も武道かなんかやってたのかな)
 一真が頭の中でそう結論付けている内に、東谷を伴った白井がこっちに戻ってきた。
「ってことで、東谷も一緒に行くことになったけど、良かったよな?」
「勿論」即答する一真。しかし瀬那の方はというと、腕組みをしたまま東谷の顔をじっと見つめたまま、何も言おうとしない。
「瀬那?」
 怪訝に思った一真が瀬那の顔を覗き込むと、ハッとした瀬那は「こほん」と軽く咳払いをする。
「……よろしく頼む、東谷よ。綾崎瀬那だ」
「ん、よろしく」
 ぺこりとお辞儀をした彼女は「……呼び方、霧香でいい」と続けて言った。「そっちの方が、呼ばれ慣れてる」
「あー、そう? じゃあ霧香ちゃん、それに弥勒寺も綾崎も。さっさと行こうぜ? あんまグズグズしてっと、日が暮れちまうよ!」




 一真と瀬那、それに白井と霧香の四人が校舎を出た途端、強烈な地響きと共に四人の傍を巨大な影が覆った。
「うおーっ! すげーっ!」
 その影を見上げて、白井が興奮気味に叫ぶ。見上げる四人の視線の先、グラウンドに立つのは鋼鉄の巨人だった。
 ――――TAMSタムス
 人類が敵性生命体・幻魔に対抗すべく生み出した叡智の結晶。身長8mの、人の形を模った戦う為の鎧。オレンジ色の目立つ訓練機カラーに塗装されたその巨人は一真たちの方を一瞥すると、肩の日の丸マーキングを揺らしながらグラウンドの奥、半地下構造の格納庫の方へと地響きを慣らしながら歩いて行く。
「マジすげー、本物ののTAMSなんて初めて見たぜ」
 興奮冷めやらぬと言った顔の白井が、遠ざかっていく巨人の背中を目で追いながら感慨深そうに呟く。
「≪新月しんげつ≫か」
 ボソッと一真が呟くと、「弥勒寺、知ってるのか?」と白井が振り返りながら訊いてくる。一真は「ああ」と頷いて、
「型式番号はJST-1。国防軍のJS-1≪神武しんむ≫の訓練機仕様」
 さも当然のような顔で、たった今歩き去っていたあの巨人のことを語った。
「其方、詳しいのだな」
「まあね」感心した顔の瀬那に、半笑いで一真が返す。「俺、元々こういうの好きだったから」
 弥勒寺一真は元々、生粋のミリタリー・マニアだった。だからTAMSの機種は日本国防軍に限らず、米国に欧州連合軍など各国の主要な機体はおおよそ把握している。また他の兵器に関しても造詣ぞうけいが深く、知識の深みに差異はあれどある程度は理解出来る。そんな自分が今や士官学校でパイロット候補生となっているのは、また随分と数奇な巡り合わせだと一真は思っていた。
「……もしかして、オタクさん?」
 そんな一真に霧香は首を傾げながら、やはり抑揚の少ない声で小さくそんなことを呟く。
「ははは……否定できないのが辛いところだけど、出来るならマニアって呼んで欲しいかな」
「どちらも変わらんだろう」
「まあ、そうなんだけどさ……」
 瀬那の至極尤もな指摘に肩を落としつつ、「とにかく行こうぜ。腹が減って仕方ないんだ」と一真は話題を強引に戻し、白井の肩を無理矢理押しながら校門の方へ歩き出す。
「お、おい弥勒寺! 押すなって、コケる! コケる!」
 足元をもつれさせながら慌てる白井を尚も押しつつ、一真は後ろの二人も連れて士官学校の校門を出た。
 後は白井の案内に従い、ひたすらに道を歩く。そうして辿り着いたのは士官学校からほど近い場所の、少し入った裏通りにある一件の定食屋だった。
「こんちわー」
 "三軒家食堂"と書かれたのれんを潜り、引き戸を開けた白井を先頭にして定食屋に入っていく一行。
「おう、アキラか。らっしゃい……っと、今日はお友達も一緒か」
 と、早速出迎えたのはどうやらこの店の大将らしき親父だった。
「まあね」と白井は返しながら、勝手知ったる顔で適当な四人掛けのテーブル席に座った。一真たちも例に倣ってテーブル席の方へ行き、一真と瀬那が横並びになって、その対面に白井と霧香が並ぶといった配置に座る。
「おやまあ、こんな可愛い娘さんを二人もご同伴とは、あっくんも隅に置けないわねぇ」
 おほほほ、なんて笑いながらそんなことを白井に言うのは、お冷の水が入ったグラスを持ってきた小太りの女将さんだ。
「へへへ、まあな」
 鼻の下を指で擦りながら、さも自慢げに白井がうんうんと頷く。一真と瀬那はそんな白井を呆れながら眺め、彼の隣に座る霧香は何処吹く風と言わんばかりにお冷の水を啜っている。
「あっくんはいつもの牡蠣フライ定食?」
「勿論」と女将さんに頷く白井。「でもこの三人は初めてだから、後で改めて頼むよ」
「はいはい、ゆっくりね。決まったら呼んで頂戴よ?」
 慣れた手つきでテーブルの傍らから薄い冊子を取り上げた白井が、それをテーブルの上に広げる。
「メニューはこんな具合。俺はもう決まってるから、三人でゆっくり考えなよ」
 ということで、暫く一真・瀬那・霧香の三人は昼食に何にしたものかと暫しの間思い悩む。
「ん、俺は決まった」と、最初に言い出したのは一真だ。
「私も決まったぞ」続けて瀬那が、相変わらずの口調で言う。
「……ん、私も」最後に頷いたのは、霧香だ。
「オッケィ。――――女将さーん! 注文おねがーい!」
「はいはい、只今ね」白井の威勢の良い声に呼ばれ、奥から女将さんが小走りで寄ってくる。
「俺は唐揚げ定食で頼んます」まず最初に一真が注文を告げる。
「唐揚げ定食……ね。じゃあ、そっちの髪結んだ別嬪べっぴんさんは?」
「うむ、私は天ざる蕎麦で頼むぞ」容姿を褒められたことを別段気にすることもなく、続けて瀬那がそう言った。
「天ざる蕎麦……っと。それで、そっちの可愛いちゃんは?」
「……私も、同じ」
 最後に霧香が小さく答えると、「はいはい、天ざる二つ……。それであっくんはアレよね、牡蠣フライ定食だったわよね?」と女将が白井に再三の確認を取る。
「勿論だぜ!」と、やはり威勢良く返事をする白井。
「はいはい、それじゃあちょっと待っててね」
 女将が奥に引っ込み、四人分の注文を告げると厨房の中に居る大将が作り始める。
「はい、お待ちどおさま」
 暫く経って、女将がそれぞれの注文の品を持ってやって来た。各々の前に盆がスッと出される。
「さてさて、頂きましょうかね」
 バキッと割り箸を割りながらひとりごちた白井の言葉を皮切りに、四人は出された品に手を付け始めた。
「……旨い」
 早速唐揚げに手を付けた一真が、無意識でそんな風に呟く。カラッと揚がった醤油風味の衣に、中の鶏肉は何処かふわっとした食感で、揚げたてなのか少々口の中が暴れる程度には熱い。……だが、これが良い。
「だろぉ!?」
 牡蠣フライ定食を食いながら、対面に座る白井が満足げにそう言う。一真も「ああ、旨い」ともう一度深く頷いてから、もう一口を頬張った。横を見ると女子二人も似たような反応で、横顔はかなり満足げだ。
「霧香よ、これをやろう」
 軽く他愛も無い話を交わしながら食べ進めていると、ふとした時に瀬那は自分の分の海老天を掴むと、それをスッと対面の霧香の方に寄越す。
「……貰ったら、悪い」
「気にするでない。其方、海老は好きだったろうて」
「……うん」
「なら、持って行くがよい」
「…………ありがと」
 小さく礼を言った霧香に、うむと瀬那は満足げに頷いた。
「もしかして二人、知り合いだったのか?」
 そんな二人の会話から少し引っかかるものを感じた一真が訊くと、
「な……! ち、違うぞ! 断じて違う! 私と霧香は先程顔を合わせたばかりの初対面だ! ……そうであろう、霧香!?」
「…………」
 慌てた様子で瀬那が言うが、しかし霧香は黙って海老天を頬張ったまま。
「霧香、霧香よ、そうであろう!?」
「……うん」
 海老の尻尾を咥えながら、こっくりと小さく霧香が頷く。
「そういうことだ。それよりだな一真よ、其方はこの辺りの土地には疎いのか?」
 話題を無理矢理逸らしてきた瀬那に、一真は「あ、ああ」と戸惑いながらも肯定した。「俺、この辺の出身じゃないし」
「あ、だったら俺に任せてくれよ。一応俺、こう見えても地元だからさ」
「そうであったか」首を突っ込んできた白井の言葉に瀬那が興味を示す。「では今度、日を見てまた案内して貰わねばなるまいな」
「おっ、いいねえ! 色々と良いとこいっぱいあるからよ、このアキラ様が案内してやろうじゃーないの! 勿論、ここだってその一つだけどさ」
「まっ、お世辞ばっか上手くなっちゃって」
 どうやら白井の声が聞こえていたらしく、遠くから女将の照れっぽい声が届いてくる。
「お世辞じゃないって、女将さん! でなきゃこんなずっと通い詰めないだろ?」
 なんて具合に、話はどんどんと妙な方向に加速していく。こんな具合に随分と緩い空気の雑談は、四人が昼食を食べ終わった後も暫く続くのだった。
しおりを挟む

処理中です...