幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第一章『戦う少年少女たちの儚き青春』

Int.09:茜空、終わる日と始まる日々①

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「いやーっ、歩いた歩いた」
 そして、気付けば夕暮れ頃。士官学校の周りを白井に案内して貰っていたら、いつの間にかこんな時間になってしまっていた。
「弥勒寺と綾崎は分かってるとして……霧香ちゃんは、自宅通い?」
 立ち止まって振り返った白井の問いかけに、霧香は首を横に振る。「……私も、寮」
「そうかぁ……」
 露骨に残念そうに肩を落とす白井。その下心が丸見えってぐらいに透けて見えたものだから、一真は苦笑いをするしか出来ない。見れば隣で腕を組む瀬那も微妙な顔をしていたから、彼女も白井の下心は察しているのだろう。
「白井は実家だっけ?」
 一真がそう訊くと白井は「ああ」と反応し、
「俺、この辺が地元だからさ。だから、徴兵先がここってわけ」
 と、すぐ傍に見える京都士官学校の校舎を指差す。
「んじゃま、俺帰るわ。明日早いしさ」
「うむ」帰ると言い出した白井の方を見ながら頷くのは、瀬那だ。「あまり遅くなると、其方は寝坊しかねん」
「げっ、綾崎なんで知ってんだよ、俺の寝坊癖……」
 顔を見れば分かると綾崎は言って、フッと小さく笑みを作ってみせた。
「うっわー、綾崎の洞察力こえー、マジ半端ねー……。
 ……っと、あんま引っ張っても迷惑か。んじゃあな三人とも、明日からまたよろしくなっ」
 そう言い残し、白井は後ろ手に振りながら独り士官学校の校門前から去って行った。
「んじゃあ瀬那、それに霧香も。帰ろうか」
「……待つがよい、一真」
 一真もさっさと部屋に戻ろうと思ったが、しかし瀬那に止められてしまう。
「ん?」
「私は少し、霧香と話したいことがある。一真、其方は先に部屋へ戻っていてくれ」
「霧香と……?」
 ああ、と瀬那は頷く。「私にだって、女同士で話したいこともあるのだ」
「ふーん……」
「一真、ここは一つ、私の思い通りにさせてはくれまいか?」
 瀬那の金色の瞳で真剣な眼差しを向けられてしまえば、一真も「分かった」と了承せざるを得なくなる。
「あんまり遅くならないようにな」
 とにかく、ここは瀬那の言う通りにしてやるのがベストだろう。そう考えた一真は、二人を残し先んじて寮の部屋に戻ることにした。




「……霧香よ」
 そして、士官学校の敷地内にある体育館。徴用した公立高校が元々保有していたそこの裏手へ霧香を誘い込んだ瀬那は、周りに人の気配が無いことをチラリと確認した後、霧香に正対する。
「其方が、何故此処に居る」
「……簡単なこと」
 真剣な顔の瀬那に対し、普段通りの平然とした薄い顔色で霧香は言う。
「瀬那を、守るため」
「其方が着いてくる必要は無いと言ったであろう、霧香」
「……でも、やっぱりそれには従えない。私の役目は、瀬那を守ることだから」
「しかし……!」
 キッと眼を細めた瀬那に「……それに、旦那様からの勅命でもある」と、やはり平然とした顔で霧香は続けて言った。
「父上の……?」
「うん」頷く霧香。「瀬那と同じ所に通えって」
 それに瀬那は「ちっ……!」と苛立たしげな態度を取って、
「父上め、余計なコトを……!」
 と、怒りを露わにする。
「……大丈夫、瀬那の邪魔にはならない――――」
 霧香がそう言いかけた直後。
「――――霧香」
 目にも留まらぬ速さで抜刀した瀬那の刀、その切っ先が、霧香の鼻先に突き付けられる。
「今すぐ此処を去るがよい」
 低い声色で告げる瀬那の顔は平然を装いつつも、、やはり何処かに怒りの色が見え隠れしている。
「……それは、出来ない」
 しかし、刀を眼前に突き付けられても尚、霧香は平然とした顔を浮かべたまま。
「でなければ、今此処で其方を斬り捨てる」
「……瀬那が私に、勝てる?」
「不意の闇討ちとは違う。正面からであれば、其方におくれを取る私ではない」
「…………私を斬るだけの覚悟、ある?」
「……」
 瀬那は一瞬、押し黙った。しかしその後で、
「――――覚悟は、ある」
 と、口を固く結んでそう答えた。
「…………そう」
 その言葉を聞いた霧香は小さく目を伏せると、一方後ろに下がって瀬那に背を向けた。
「何のつもりだ、霧香」
「安心した」
「安心?」
 瀬那が訊き返すと「うん」と霧香は頷いて、
「それだけの覚悟があれば、きっとここでもやっていける。…………だから、安心した」
 珍しく笑みを浮かべながら言うと、スッと霧香は何処かに去って行ってしまう。
「あっ、待たぬか! 霧香っ!」
 慌てて瀬那が呼び止めるが、しかしその頃には既に霧香の姿は無く。体育館の裏手にただ一人残された瀬那の左手が、虚しく空を切った。
「霧香……」
 相変わらず、意図の読みにくい奴であるな、其方は――――。
 胸の内でそう思いながら、瀬那は握り締めた刀を腰の鞘に収める。キンッ、と刀のつばと鞘の留め具が噛み合う音が、茜色に染まる夕暮れの空に霧散していった。
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