幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第一章『戦う少年少女たちの儚き青春』

Int.10:茜空、終わる日と始まる日々②

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 一真と別れて三十分ほどしてから、瀬那は訓練生寮の203号室へと帰ってきた。
「一真よ、戻ったぞ」
 玄関先でローファー靴を脱ぎながら瀬那が奥に呼びかけるが、しかし一真の気配は感じられない。一応電灯が点いていて、ベランダに続く窓のカーテンも半分は閉められているから、あの後入ってきたことには間違いないのだが……。
「ふむ」
 瀬那は独り唸りながら、スカートの左腰に差していた刀を鞘ごと抜き取って左手に持った。
「買い出しにでも出かけておるのか?」
 きっと、外のコンビニにでも出かけているのだろう。
 そんな風に考えた瀬那は、とりあえずシャワーを浴びることにした。一真の帰りを待ちつつ、その間に入ってしまおうという魂胆だ。
 そして、浴室の戸に手を空けた瀬那が、ガラッとその戸を開けると――――。
「ん?」
 ――――そこには、風呂上がりで全裸の一真が立っていた。
「…………」
「…………」
 暫くの沈黙。一真も瀬那も、お互い何が起こったか理解が追いつかず、ただ互いの顔を見合ったままで硬直する。
「…………あっ」
 最初に間抜けな声を上げたのは、一真の方だった。
 途端、それを皮切りに瀬那の顔がみるみる内に赤くなる。
「かず……! そ、其方……っ!?」
「ま、待て! 待ってくれ瀬那! 事故だ、これは完全に事故……」
 顔を真っ赤にしながらも目付きだけはキッと食いしばり、瀬那は左手に鞘を持つ刀のつかに手を掛ける。
「馬鹿、やめろ! 死ぬから! 死ぬから! とりあえず瀬那、落ち着こうぜ!? な!?」
 一真は両手を慌てて振ってとにかく瀬那を宥めようとする……が。
「……一真ぁ……!」
 スッと、たかが一歩を踏み込んだのみで、一瞬の内に瀬那が一真の懐に飛び込んでくる。そして刀を抜刀し――――。
「待ってくれ! 死ぬから、イヤホントマジで俺死んじゃうからっ!」
「――――まずは前を隠さぬか、馬鹿者ぉぉぉぉぉっ!!」
「うわああああッ!?!」
 すっ飛んでくる鋼鉄の刀身が閃いたかと思えば、途端に一真の目の前に星が瞬いた。




「痛てててて……」
 それから、暫くした後。
 ぷいっと腕組みをしながらそっぽを向く瀬那の隣で、座布団の上にあぐら・・・をかく一真が側頭部のたんこぶ・・・・をさする。
「……其方が悪いのだぞ、全く……」
「だからって刀でぶつことないだろ……おー痛ててて……」
「峰打ちだ、加減もしたから心配は要らぬ」
「そういう問題かなあ」
「そういう問題だ」と、一真の方をチラリと横目で見ながら瀬那が言う。
「大体、嫁入り前の女にあんな……あ、あんなものを見せるなど、其方はどうかしているぞ」
「だから、事故だって」
「なら何故さっさと隠さなかったのだ」
「あんまり突然なもんでテンパっちまったんだよっ!」
「むう……」
 納得のいかない顔を浮かべる瀬那。
「……まあ、隠さなかった俺も悪いけどさ。だからってぶつことないだろ……」
「…………すまぬ、一真。私も余りのことゆえ、少々加減を誤ったやもしれぬ」
「じゃあ、これでこの間の件とおあいこってことで。不可抗力といえ、お互い見せ合っちまったことだし……」
「やはりここで其方を叩き斬っておいた方が、世の為か」
「冗談! 冗談だからね!? 分かってる瀬那さんんん!?!?」
 スッと膝立ちに振り返って刀の柄に手を掛けた瀬那を、一真が慌てて止める。すると瀬那はフッと小さく笑うと「冗談だ」と言って、柄から手を離し座布団の上で正座の格好をし座った。
「冗談になってないって……。――――そうだ瀬那、夕飯まだだったっけ?」
「ん?」一真が唐突に話題転換をしてきたものだから、瀬那は一瞬反応が遅れる。「当然、まだであるが」
「なら学食行こうぜ。まだ寮生の夕飯対応はしてる時間のはずだし」




 制服に着替え直した一真は、瀬那を連れて士官学校敷地内の学食棟へと向かう。丁度訓練生寮と校舎の中間位置ぐらいにある鉄筋コンクリートの建屋で、昼間は訓練生たちの昼食を提供する場所だ。勿論、一真たちのような寮生の為に夕飯も対応している。
 幸いにして、まだ学食は営業していた。客の数はまばらだったが、決して少なくはない。大方は寮生か、或いはこの時間まで熱心に作業に取り組んでいた整備メカニック・コースの先期生たちだろう。
 二人も夕飯にありつくべく、早速食券の自動券売機の前に立った。採算の問題で一応料金は取られるが、どれも外部に比べるとリーズナブルな値段だ。
 まず先に、一真が唐揚げ定食の食券発行ボタンを押した。今日のオリエンテーションで使い方を教わったばかりのICカードを券売機に通し、自動精算。シュッとカードを通すだけで、自動的に支払いは完了する。
「ほい、お先」
「うむ」
 続いて瀬那が券売機の前に立ち、彼女はメンチカツ定食のボタンを華奢な長い指でそっと押す。それから自分のカードを瀬那は通そうとしたが、一真はそれを片手で制し、
「一真、何をする」
「待て待て、ここは俺が」
 と言って、瀬那の隙を突き自分のICカードを券売機に通してしまった。
「待て一真、其方は」
「いいのいいの」と言って、困惑する瀬那の口を閉じさせる。「さっきのお詫びも兼ねて、ここは俺が持つよ」
 そう言って、一真は券売機から出てきた食券を瀬那に手渡した。
「……あり、がとう」
 何故か顔を赤くした瀬那がぷいっとそっぽを向いてしまうが、その真意を一真は理解しないまま、さっさとカウンターの方へと歩いて行ってしまう。
「おばちゃん、これお願い」
「はいよ」四ッ谷よつやと書かれたネームプレートを割烹着かっぽうぎの胸に付けた調理係のおばちゃんに、一真が食券を手渡す。
「私のも頼む」瀬那も、横から自分の食券を差し出した。
「はいはい。…………おや、見ない顔だね。新入生かい?」
「はい」一真が答える。続いて瀬那も「うむ」と頷いた。
「へえ、今年の新入生は随分とまあ男前で、別嬪べっぴんさんだ。アタシは四ッ谷ってんだ。一応ここのまとめ役してる。見かけたら声掛けておくれよ、初めて会った新入生だし、たっぷりサービスしてあげようじゃないの」
 四ッ谷のおばちゃんはそう言うと、あっはっはと豪快に笑い出す。その笑い顔には何処か愛嬌もあり、恰幅の良い腹もあって正にオカンといった感じの、気持ちの良い人間だと一真は感じていた。
「あははは、楽しみにしてます」
「えーと、唐定にメンチ定ね。出来たら呼ぶから、少し待ってておくれよ」
 ニッと笑って、奥に引っ込んでいく四ッ谷のおばちゃん。カウンターの近くで二人が暫く待っていると、戻ってきた四ッ谷のおばちゃんが定食の乗った二つのテーブルをカウンターの上に置いた。
「ほい、唐揚げ定食にメンチカツ定食、おまちどおさん!」
「おっ、ありがとうございます」
「うむ、大義である」
 一真と瀬那はそれぞれ盆を受け取り、備え付けてあった箸箱から箸を取る。
「そういえば、アンタら名前は?」
 そんな二人をカウンターの向こう側から眺めていた四ッ谷のおばちゃんが、ふとそんなことを訊いてきた。
「弥勒寺、弥勒寺一真です」最初に一真が名乗る。
「綾崎瀬那だ」続けて、瀬那が名乗った。
「そっちの色男がカズマで、別嬪べっぴんさんの方が瀬那ちゃんね。よっし、覚えた!」
 パンッ、と手を叩き、ニコニコとしながら四ッ谷のおばちゃんがうんうんと一人で大きく頷く。
 それから二人は窓際の方の席へ陣取り、少し時間のズレた夕飯と洒落込んだ。
「して、一真よ」
「ん?」唐揚げを口に放り込みながら、瀬那に反応する一真。
「其方、唐揚げが好きなのか?」
「なんで?」と、一真が訊き返す。
「いや、昼間も似たようなものであったろう。一日に二回も同じものを食すとは、余程好みであるのかと思うてな」
「まあ、好きっちゃ好きかなー」
 もう一個の唐揚げを頬張りながら、一真が頷いた。「特に理由は無いんだけど、好きなんだよね」
「左様であるか、うむ」
 何度も深く独りで頷く瀬那。「どうした?」と一真が訊くと、
「いや、何。其方のことをまた一つ、知ることが出来たと思ってな」
「……変わってるよな、瀬那って」
「そうか?」と瀬那が訊き返してくる。一真は「ああ」と言って、
「その口調に、腰に差した刀。まるで何処かのお殿様みたいだ」
 と、冗談めいて彼女に言ってみた。
「殿様、であるか……」
 しかし瀬那は箸を置き、神妙な顔で反芻するようにひとりごちる。
「一真よ」
「ん?」
「私は……変か?」
 瀬那が真剣な眼差しを向けてくるものだから、一真は一瞬口ごもってしまう。
「うーん……」
 一真は少し思い悩んだ後、
「変じゃないかって言えば、嘘になるけど」
「そうか……」
「――――でも、俺はそんな瀬那、嫌いじゃないぜ?」
 ニッと笑みを作ってみせながら、俯く瀬那に続けて一真はそう言った。
「……私を、嫌いじゃないと?」
 伏せていた視線を一真に向けた瀬那が、金色の瞳で彼を見つめながら訊く。「ああ」と一真は頷いて、
「最初はアレだったけど、今は瀬那がルームメイトで良かったかなって思ってる」
「……そうか、そうであるか」
 瀬那はフッと小さく笑うと、再び箸を取る。
「変なことを訊いたな、すまぬことをした、一真」
「気にすんなって」笑いながら一真が言う。「それより、さっさと平らげちまおう」
「ああ」
 小さく頷いて、瀬那は再び目の前の定食に手を付け始めた一真の仕草を眼で追う。やはり彼を友として良かったと、独り胸中にて思う瀬那であった。
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